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第六章 その祈り、届かなくとも……
453 戦士と巫女の役割
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集落はミャアの言っていた祭事が近づいたらしく何やら慌ただしくなって来ていた。
結果として俺たちを気にする人間も減って、見張りの少年たちの緊張も緩んで来たのか、ちょくちょく仲間を連れて俺の体験したことを聞きたいと言い出すようになった。
族長に叱られないかと聞いたら、族長達は他の部族との事前の打ち合わせや準備があって、ほとんど集落にはいないということらしい。
それにしても表に誰もいなくなって大丈夫か?
「なぁなぁダスターさん、冒険者はどうやって精霊の力を借りずに魔物と戦うんだ?」
「それより魔法だよ! 精霊の力とは違うんだろ?」
「ばっかお前、勇者の話を聞かずに何を聞くんだよ! 勇者って奴、うちの精霊の戦士様よりも強いのか?」
集落とその周辺しか知らずに生きて来た少年達は好奇心のかたまりだ。
争うように話をねだった。
「メルリル姉さんのその耳と尻尾って精霊憑きじゃないって本当?」
「あの……その薄い布地は材料は何なのでしょうか?」
女の子達は俺よりもメルリルの話が気になるようだ。
そう、どうも少年達が自分の意中の少女にいろいろ話したらしく、いつの間にか女の子の姿も見られるようなって来ていた。
メルリルは故郷では小さな子どもにものを教えていたこともあり、俺なんぞよりもずっと話し上手だった。
だが、やはり男は男の女は女の話のほうが相性がいいらしく、俺とメルリルそれぞれに絡んで来るのはほぼ同性で固まっていた。
とは言え、少年達は俺に話をねだったかと思えば、一方で俺が知らないことを教えることにも熱心だった。
自慢話をしたがるのは男の本能なのかもしれない。
「ダスターさんは何も知らないんだな。今準備をしているのは大祭礼って言うんだよ。三年に一度、部族の命運を賭けて代表の戦士と巫女がペアを組んで戦うんだぜ。我が風舞う翼はもう何年もずっと負けなしなんだぜ」
見張りの少年が胸を張って自慢する。
「特に今の代の戦士である鷹のダックは歴代最強の戦士と言われているんだ。今回もうちの勝利は間違いないね」
「そうそう。ダックさん最強だかんな!」
「俺もダックさんのような戦士になるんだ!」
「へっ、お前の動きじゃあ風の精霊も付き合いきれないってそっぽを向くだろ」
「なんだと!」
やはり鷹のダックは相当な戦士として認識されているようだった。
ほかの部族の戦士に対して圧倒的なのだろう。
誰も負けて今の場所を追われる心配などしていない。
この空気はまずいと俺は思う。
それほど明白に力の差があり、長年一つの部族だけが利益を受け続けている。
ほかの部族はさぞ面白くないだろう。
問題が発生しやすい状況だ。
というか、戦うのは戦士だけでなく巫女もということに俺は驚いた。
「なぜ巫女と戦士が組んで戦うんだ?」
少年達に尋ねてみる。
「大祭礼での戦いは神聖なものだから戦士の力と精霊の加護を示さなきゃならないんだ。だから戦士と巫女が一緒に戦うんだよ。ダスターさんは本当に何も知らないんだなぁ」
少年達は呆れながらも教えてくれた。
俺はもう少し突っ込んだところを聞いてみる。
「負けた戦士や巫女はどうなるんだ?」
「生き延びればそれだけで格が上がるし、戦いのなかで死んでしまっても精霊に捧げられる名誉が与えられるんだ。選び抜かれた戦士と巫女の流す血によって精霊の力が増してこの大地も豊かになるし、勝利した戦士と巫女の力はより強くなるのさ」
そうか。
この大祭礼という儀式は、土地を選ぶための代理戦争であると共に、生贄の儀式でもあるんだ。
精霊とは違うが、魔物を神として崇める人々の集落では、生贄の儀式が行われることが多い。
たいていは獣や作物を捧げるのだが、なかには若い女性や戦士を犠牲にするところもある。
恋愛云々を抜きにしても、あの優しいミャアはきっと悩んでいたのだろう。
年齢から考えても、おそらく巫女として初めての大祭礼に違いない。
よそ者である俺がこの国の風習にケチをつけるのは間違っているが、ミャアの悩みは人として当然のことだ。
特に負けて優秀な戦士と巫女を失うかもしれない部族からすれば、とうてい納得出来ない風習なのではないだろうか?
ミャアの気持ちは常勝のこの集落では異端だろうが、ほかの負け続けている集落では理解されやすいだろう。
次にミャアが来たらそのことを話して、賛同する部族を増やして大祭礼の内容の見直しを提案するという方法があることを教えてやればいい方向に向かうかもしれない。
どれほどこの部族が強いと言っても、やはり数が多いほうが結果的には強いものだからな。
……俺はそんな風に思っていた。
だが俺は、結局のところやはり外から来た部外者にすぎなかったのだ。
掟のなかで苦しみあえぐ小さな少女の心を、本当の意味では理解し得なかった。
事態が取り返しのつかないところに進んでしまうまで、全くその徴候に気づくことすら出来なかったのである。
祭事の犠牲を憂いていたミャアが、その後俺たちの天幕に姿を見せることは、永遠になかった。
結果として俺たちを気にする人間も減って、見張りの少年たちの緊張も緩んで来たのか、ちょくちょく仲間を連れて俺の体験したことを聞きたいと言い出すようになった。
族長に叱られないかと聞いたら、族長達は他の部族との事前の打ち合わせや準備があって、ほとんど集落にはいないということらしい。
それにしても表に誰もいなくなって大丈夫か?
「なぁなぁダスターさん、冒険者はどうやって精霊の力を借りずに魔物と戦うんだ?」
「それより魔法だよ! 精霊の力とは違うんだろ?」
「ばっかお前、勇者の話を聞かずに何を聞くんだよ! 勇者って奴、うちの精霊の戦士様よりも強いのか?」
集落とその周辺しか知らずに生きて来た少年達は好奇心のかたまりだ。
争うように話をねだった。
「メルリル姉さんのその耳と尻尾って精霊憑きじゃないって本当?」
「あの……その薄い布地は材料は何なのでしょうか?」
女の子達は俺よりもメルリルの話が気になるようだ。
そう、どうも少年達が自分の意中の少女にいろいろ話したらしく、いつの間にか女の子の姿も見られるようなって来ていた。
メルリルは故郷では小さな子どもにものを教えていたこともあり、俺なんぞよりもずっと話し上手だった。
だが、やはり男は男の女は女の話のほうが相性がいいらしく、俺とメルリルそれぞれに絡んで来るのはほぼ同性で固まっていた。
とは言え、少年達は俺に話をねだったかと思えば、一方で俺が知らないことを教えることにも熱心だった。
自慢話をしたがるのは男の本能なのかもしれない。
「ダスターさんは何も知らないんだな。今準備をしているのは大祭礼って言うんだよ。三年に一度、部族の命運を賭けて代表の戦士と巫女がペアを組んで戦うんだぜ。我が風舞う翼はもう何年もずっと負けなしなんだぜ」
見張りの少年が胸を張って自慢する。
「特に今の代の戦士である鷹のダックは歴代最強の戦士と言われているんだ。今回もうちの勝利は間違いないね」
「そうそう。ダックさん最強だかんな!」
「俺もダックさんのような戦士になるんだ!」
「へっ、お前の動きじゃあ風の精霊も付き合いきれないってそっぽを向くだろ」
「なんだと!」
やはり鷹のダックは相当な戦士として認識されているようだった。
ほかの部族の戦士に対して圧倒的なのだろう。
誰も負けて今の場所を追われる心配などしていない。
この空気はまずいと俺は思う。
それほど明白に力の差があり、長年一つの部族だけが利益を受け続けている。
ほかの部族はさぞ面白くないだろう。
問題が発生しやすい状況だ。
というか、戦うのは戦士だけでなく巫女もということに俺は驚いた。
「なぜ巫女と戦士が組んで戦うんだ?」
少年達に尋ねてみる。
「大祭礼での戦いは神聖なものだから戦士の力と精霊の加護を示さなきゃならないんだ。だから戦士と巫女が一緒に戦うんだよ。ダスターさんは本当に何も知らないんだなぁ」
少年達は呆れながらも教えてくれた。
俺はもう少し突っ込んだところを聞いてみる。
「負けた戦士や巫女はどうなるんだ?」
「生き延びればそれだけで格が上がるし、戦いのなかで死んでしまっても精霊に捧げられる名誉が与えられるんだ。選び抜かれた戦士と巫女の流す血によって精霊の力が増してこの大地も豊かになるし、勝利した戦士と巫女の力はより強くなるのさ」
そうか。
この大祭礼という儀式は、土地を選ぶための代理戦争であると共に、生贄の儀式でもあるんだ。
精霊とは違うが、魔物を神として崇める人々の集落では、生贄の儀式が行われることが多い。
たいていは獣や作物を捧げるのだが、なかには若い女性や戦士を犠牲にするところもある。
恋愛云々を抜きにしても、あの優しいミャアはきっと悩んでいたのだろう。
年齢から考えても、おそらく巫女として初めての大祭礼に違いない。
よそ者である俺がこの国の風習にケチをつけるのは間違っているが、ミャアの悩みは人として当然のことだ。
特に負けて優秀な戦士と巫女を失うかもしれない部族からすれば、とうてい納得出来ない風習なのではないだろうか?
ミャアの気持ちは常勝のこの集落では異端だろうが、ほかの負け続けている集落では理解されやすいだろう。
次にミャアが来たらそのことを話して、賛同する部族を増やして大祭礼の内容の見直しを提案するという方法があることを教えてやればいい方向に向かうかもしれない。
どれほどこの部族が強いと言っても、やはり数が多いほうが結果的には強いものだからな。
……俺はそんな風に思っていた。
だが俺は、結局のところやはり外から来た部外者にすぎなかったのだ。
掟のなかで苦しみあえぐ小さな少女の心を、本当の意味では理解し得なかった。
事態が取り返しのつかないところに進んでしまうまで、全くその徴候に気づくことすら出来なかったのである。
祭事の犠牲を憂いていたミャアが、その後俺たちの天幕に姿を見せることは、永遠になかった。
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