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第六章 その祈り、届かなくとも……
447 勇者一行と東方の軌跡
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勇者アルフはため息をついた。
何もかもが思い通りにならない。
以前からそう感じていたが、師であるダスターと巡り合ってからは、そのもどかしい思いが消え去っていたことを今更ながらに悟ることともなった。
天守山の主であったおろかな男を魂の輪に戻した後、勇者は当然のこととして行方不明になった師とメルリル、そしてフォルテを探しに旅立つつもりだった。
しかし、天守山を囲む街々で、建物は崩れ果て、人々は倒れ伏して瀕死という状況に至っていては、さすがにそのまま放置して行く訳にもいかなかったのである。
聖女の「天よりの慈雨」と「癒やしの光」を勇者特有の魔法である「神の祝福」で増幅して広域にばらまいて、助けられる人間をなんとか助けた。
そして絶望に打ち据えられた人々を励ます聖女に付き合いつつ、とりあえず陸路を使い海岸へと移動したのだが、そこには幻島姫ではなく、南海国の戦艦が待っていた。
小舟でわざわざ迎えに来たのがッエッチで、嫌がる勇者を説き伏せて乗船させることに成功したのだが、船に到着した途端、勇者一行は大歓声と、感涙と、平伏に囲まれてしまう。
勇者の苛立ちは最高潮だった。
「あの邪神の最期に巻き込まれて師匠が行方不明だ。俺は探しに行かなければならない」
「それは気の毒なことだけど、当てはあるのかい?」
だがそうッエッチに言われてしまえば当てはないと答えるしかない。
さらにものごとを面倒にしたのが若葉の存在だった。
若葉は白いドラゴンが消えても、戻ろうとしなかったのだ。
帰れと言っても全く言うことを聞かないし、腕ずくでどうにか出来る相手でもない。
仕方なくそのままにしていた勇者だったが、そのせいで「ドラゴンを従えた勇者」などという異名まで流布する始末だ。
半分神格化されてしまい、勇者の従者として付き従うと言い出した者たちが大勢出て、勇者が本気で怒り狂って周囲を慌てさせたというエピソードまで作った。
さらに親友であるッエッチの考え方が勇者の苛立ちをいや増していた。
「私は北冠の監督官になることになったよ」
「実質は国王だろ」
「君は相変わらず言いづらいことをズバリと言うね」
「お前バカなんじゃないか? 半ばどさくさに紛れて征服したような国を治めるというのがどれだけ大変かわかってるのか? 暗殺される危険もデカいんだぞ?」
「だから私なんだよ。死んでも我が国にとってそれほど痛手ではないし、その際には復讐という大義を持って完全な支配体勢に移せる」
「お前……それ、本気で言ってるのか?」
ッエッチの国に対する献身は度が過ぎていると勇者は感じていた。
だが、その考えをッエッチ自身は変える気がない。
「それ、だけじゃないよ。本当はね、私には北冠の民に負い目があるんだ」
「負い目だと?」
「君が邪神を討って、災害を引き起こしたおかげでそのどさくさに紛れて国盗りをした、というのが今の我が国の評価だけど」
「お、おう……」
勇者にも自分のやったことが結果的に多くの人を苦しめた自覚はあった。
自業自得だろうという思いはあるが、ただ盲目的に邪神を信じていたというだけで死んでもいいとまでは言えないだろう。
「そうでなかったら私達は、災害を起こして国を奪った卑劣な国となっていた」
「……どういうことだ?」
「アンリカ・デベッセの守護神のなかには海の水をある程度自在に操れるモノが存在する。私達はその力を使って、一つの国を海の下に沈める予定だったのだよ」
「っ!」
勇者は言葉もなく親友であるッエッチを見つめた。
そこには非道ですらも受け入れて、やるべきことをやろうとした男の姿がある。
「でも、結果的にそれをせずに済んだ。君達には深く感謝している」
そう礼を言うッエッチに、どう言葉を返していいのか、勇者にはわからなかった。
(師匠だったらどう言ったんだろう)
多分、なんらかの言葉をかけてッエッチの気持ちを軽くしてやれたのではないだろうか。
そんな風に今更ながらに自分の未熟を知る勇者だった。
北方三国が混乱の末、南海とアンリカ・デベッセ、それとちゃっかり一枚噛んで来た海王に半ば支配される形となって、よかったことが少しだけあった。
それは研究所に捕らわれていた子どもたちが家に帰ることが出来たことだ。
もちろん家族間のしこりがあってぎくしゃくした環境となった子や、家族に受け入れてもらえない子もいたが、半分ほどの子どもは帰れたし、赤ん坊と生き別れたネス・マイアが無事自分の赤ちゃんをその手に抱けたことは、ミュリアやテスタの目を潤ませる慶事だった。
だが、それによってさらなる悲劇が明らかになった子どももいた。
キメラにされていた双子の両親は、子どもを奪われた際に抵抗したため、殺されてしまっていた。
また、央国の生まれで、クルスの弟子となっていたミハルの一族は、なんと身内から魔人を出した穢れた一族として迫害され、一族郎党自殺してしまっていたのだ。
双子はネスが自分の子と共に我が子として育てることとなった。
そしてミハルは、何日も泣きじゃくった後、クルスを始めとする勇者一行に平伏して願ったのである。
「私は、何が正しいか、何が正しくないか、自分の目で見て判断出来るようになりたい。私を一緒に連れて行ってください!」
彼女を弟子としたクルスはもちろん、勇者一行はミハルを受け入れた。
そんなこんなで、なかなか出立出来なかった勇者一行だったが、北冠で帝国から攫われた大地人の技術者を発見したことを契機に、西方へと一度戻ることになる。
「一度大聖堂に戻って今回の初代勇者の因縁の件、きっちり後始末をつけさせる。それと師匠の行方を神の盟約で探そうと思う」
「わたくしも、それでいいと思います。わたくしたちが身勝手に行ったことが結果として東方の国々を苦しめたのです。それが遠い過去の話とは言え、知らぬ存ぜぬでは神の盟約を持って人を救うという大聖堂の在り方が揺らぎましょう。大聖堂は全力で東方の国々の救済をするべきなのです」
勇者の方針に、聖女も自らが籍を置く大聖堂の行いに対する非難を交えつつ力強く応じた。
そうして、彼らは北冠の港からまずは大神聖帝国へと向かうこととなったのである。
何もかもが思い通りにならない。
以前からそう感じていたが、師であるダスターと巡り合ってからは、そのもどかしい思いが消え去っていたことを今更ながらに悟ることともなった。
天守山の主であったおろかな男を魂の輪に戻した後、勇者は当然のこととして行方不明になった師とメルリル、そしてフォルテを探しに旅立つつもりだった。
しかし、天守山を囲む街々で、建物は崩れ果て、人々は倒れ伏して瀕死という状況に至っていては、さすがにそのまま放置して行く訳にもいかなかったのである。
聖女の「天よりの慈雨」と「癒やしの光」を勇者特有の魔法である「神の祝福」で増幅して広域にばらまいて、助けられる人間をなんとか助けた。
そして絶望に打ち据えられた人々を励ます聖女に付き合いつつ、とりあえず陸路を使い海岸へと移動したのだが、そこには幻島姫ではなく、南海国の戦艦が待っていた。
小舟でわざわざ迎えに来たのがッエッチで、嫌がる勇者を説き伏せて乗船させることに成功したのだが、船に到着した途端、勇者一行は大歓声と、感涙と、平伏に囲まれてしまう。
勇者の苛立ちは最高潮だった。
「あの邪神の最期に巻き込まれて師匠が行方不明だ。俺は探しに行かなければならない」
「それは気の毒なことだけど、当てはあるのかい?」
だがそうッエッチに言われてしまえば当てはないと答えるしかない。
さらにものごとを面倒にしたのが若葉の存在だった。
若葉は白いドラゴンが消えても、戻ろうとしなかったのだ。
帰れと言っても全く言うことを聞かないし、腕ずくでどうにか出来る相手でもない。
仕方なくそのままにしていた勇者だったが、そのせいで「ドラゴンを従えた勇者」などという異名まで流布する始末だ。
半分神格化されてしまい、勇者の従者として付き従うと言い出した者たちが大勢出て、勇者が本気で怒り狂って周囲を慌てさせたというエピソードまで作った。
さらに親友であるッエッチの考え方が勇者の苛立ちをいや増していた。
「私は北冠の監督官になることになったよ」
「実質は国王だろ」
「君は相変わらず言いづらいことをズバリと言うね」
「お前バカなんじゃないか? 半ばどさくさに紛れて征服したような国を治めるというのがどれだけ大変かわかってるのか? 暗殺される危険もデカいんだぞ?」
「だから私なんだよ。死んでも我が国にとってそれほど痛手ではないし、その際には復讐という大義を持って完全な支配体勢に移せる」
「お前……それ、本気で言ってるのか?」
ッエッチの国に対する献身は度が過ぎていると勇者は感じていた。
だが、その考えをッエッチ自身は変える気がない。
「それ、だけじゃないよ。本当はね、私には北冠の民に負い目があるんだ」
「負い目だと?」
「君が邪神を討って、災害を引き起こしたおかげでそのどさくさに紛れて国盗りをした、というのが今の我が国の評価だけど」
「お、おう……」
勇者にも自分のやったことが結果的に多くの人を苦しめた自覚はあった。
自業自得だろうという思いはあるが、ただ盲目的に邪神を信じていたというだけで死んでもいいとまでは言えないだろう。
「そうでなかったら私達は、災害を起こして国を奪った卑劣な国となっていた」
「……どういうことだ?」
「アンリカ・デベッセの守護神のなかには海の水をある程度自在に操れるモノが存在する。私達はその力を使って、一つの国を海の下に沈める予定だったのだよ」
「っ!」
勇者は言葉もなく親友であるッエッチを見つめた。
そこには非道ですらも受け入れて、やるべきことをやろうとした男の姿がある。
「でも、結果的にそれをせずに済んだ。君達には深く感謝している」
そう礼を言うッエッチに、どう言葉を返していいのか、勇者にはわからなかった。
(師匠だったらどう言ったんだろう)
多分、なんらかの言葉をかけてッエッチの気持ちを軽くしてやれたのではないだろうか。
そんな風に今更ながらに自分の未熟を知る勇者だった。
北方三国が混乱の末、南海とアンリカ・デベッセ、それとちゃっかり一枚噛んで来た海王に半ば支配される形となって、よかったことが少しだけあった。
それは研究所に捕らわれていた子どもたちが家に帰ることが出来たことだ。
もちろん家族間のしこりがあってぎくしゃくした環境となった子や、家族に受け入れてもらえない子もいたが、半分ほどの子どもは帰れたし、赤ん坊と生き別れたネス・マイアが無事自分の赤ちゃんをその手に抱けたことは、ミュリアやテスタの目を潤ませる慶事だった。
だが、それによってさらなる悲劇が明らかになった子どももいた。
キメラにされていた双子の両親は、子どもを奪われた際に抵抗したため、殺されてしまっていた。
また、央国の生まれで、クルスの弟子となっていたミハルの一族は、なんと身内から魔人を出した穢れた一族として迫害され、一族郎党自殺してしまっていたのだ。
双子はネスが自分の子と共に我が子として育てることとなった。
そしてミハルは、何日も泣きじゃくった後、クルスを始めとする勇者一行に平伏して願ったのである。
「私は、何が正しいか、何が正しくないか、自分の目で見て判断出来るようになりたい。私を一緒に連れて行ってください!」
彼女を弟子としたクルスはもちろん、勇者一行はミハルを受け入れた。
そんなこんなで、なかなか出立出来なかった勇者一行だったが、北冠で帝国から攫われた大地人の技術者を発見したことを契機に、西方へと一度戻ることになる。
「一度大聖堂に戻って今回の初代勇者の因縁の件、きっちり後始末をつけさせる。それと師匠の行方を神の盟約で探そうと思う」
「わたくしも、それでいいと思います。わたくしたちが身勝手に行ったことが結果として東方の国々を苦しめたのです。それが遠い過去の話とは言え、知らぬ存ぜぬでは神の盟約を持って人を救うという大聖堂の在り方が揺らぎましょう。大聖堂は全力で東方の国々の救済をするべきなのです」
勇者の方針に、聖女も自らが籍を置く大聖堂の行いに対する非難を交えつつ力強く応じた。
そうして、彼らは北冠の港からまずは大神聖帝国へと向かうこととなったのである。
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