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第五章 破滅を招くもの
408 南海国の大使邸
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翌朝、俺たちは早々に出立した。
誰もがあまり眠れなかったようだった。
夏場なので隙間風はそれほど問題なかったが、虫が多くて、しかも外から悲鳴や物音がして気が休まらないのだ。
ミュリアによると虫には害意がないので結界でも排除出来ないのだそうだ。
そうか、虫は害意なく噛むんだな。
下に降りていくと、途中でほかの子どもたちに出会うことはなかった。
ウルスによると警戒してさっさと仕事に出たのだろうということだ。
少し申し訳ない。
建物の表には昨夜とは違う爺さんがいた。
「話は聞いとる。ったく、もう来るなよ、ウルス」
「わあってるよ」
ウルスの返事は悪態というよりも甘えのような響きがある。
いい年の男がそういう言い方をするのは気持ち悪いが、ある意味身内のようなものらしいから仕方ないか。
「まず南海の大使のところに行こう。全員引き取ってくれると助かるんだがな」
早く面倒事から開放されたいという気持ちがありありと分かる言い方に子どもたちがしょんぼりしていた。
ウルスのような奴の言うことをいちいち真に受ける必要はないんだが、子どもだからな。
他人に気を使わないウルスは、フォローすることもなく、昨夜辿った道とは違う道を東へと向かう。
「海が近い」
メルリルが風に耳を澄ませるように言った。
しばらく進むと何やら見覚えのある雰囲気の場所に出た。
ここはあれだ。
帝国にあった倉庫街に似ている。
まだ明るくなりかけぐらいの早朝なのに、すでに多くの男たちが半裸で仕事をしていた。
「どいたどいたっ! こんなとこにガキ連れて来んじゃねえよ!」
大勢の子どもを連れた俺たちは明らかに邪魔だ。
「ここ以外通るところはないのか?」
「北の連中があまり近寄らない場所を選んでるんだ。黙って俺に任せろ!」
ウルスがイライラしたように答える。
昨日からずっと機嫌が悪い。
予知の結果が悪かったのか?
途中はもう間違いなく道ではないというところを塀を乗り越えながら移動し、やっと目的地に到着した。
「おお」
そこは今まで見て来た海王の建物とは趣が違って、木材を使って建築されている美しい建物だった。
柱や壁に装飾が施されているのはもちろん、あちこちに鮮やかな布が垂れ下がっている。
それらが風になびいている風景は、なんと言うか、優美だった。
朝から元気がなかった子どもたちも鮮やかな布が風に翻るのを見て、夢中で眺めている。
ぐるりと周囲を囲む塀も木材で作られたもので、黒く塗られたものに赤や緑で文様が刻まれていた。
壁伝いに回り込むと、大きな門があり、そこに変わった装束の守衛が立っている。
変わった装束とは言ったが、実は一般的な東の民の服装よりも西の人間の服装に近い。
そのため、少し親近感が湧いた。
腰に下げているのも銃ではなく、長剣だ。
少し湾曲している独特の形が気になる。
「何用だ!」
俺たちを見て、さっそく誰何の声を上げる。
一人はすでに剣に手をやっていて、練度の高さを伺わせた。
「すみません。実は南海の子どもを保護したので、連れてまいりました」
「なんだと?」
守衛の二人は素早く目配せをして、一人が小さな扉に何やら合図をしている。
「チェッチ、おい、説明しろ。あと、もう一人いたよな」
お前、国の民を助け出したという風を装うなら、もっと子どもたちを丁寧に扱え。
俺はウルスのいい加減な対応にため息をついて、メルリルにカウロとヒシニアを頼んでッエッチとローエンスの傍に行く。
「付き添ったほうがいいか?」
「いえ、……あ、いや、そうですね。師匠には一緒に来てもらいたいのですが、その前にウルスさんを逃さないようにしてもらえますか?」
「へ?」
ウルスを逃がすな?
言われて、俺はウルスは見た。
なるほど、腰が後ろに引けていて、チャンスがあれば逃走しようとする体制になっている。
「だが、ウルスはもう関係なくないか?」
「あのひとにも関係あるお話があります。お願いします」
「わかった」
ッエッチの言葉には他人を従える強さがあった。
とは言え、それは意識的にというよりも、無意識にそういう振る舞いになっているように感じる。
何やらやらかす気だなと思ったが、まぁここまで来たんだ。最後まで付き合おう。
俺はさりげなくウルスの背後に忍び寄り、どう動いても確保出来るように位置取りした。
ッエッチは緊張する守衛の元へローエンスと手を繋いだ状態で近寄り、間近に寄ったところで、相手に何かを見せた。
俺にはピンと来た。
宝石商に見せたあの袖口のボタンのようなものだ。
途端に守衛の緊張感が高まる。
俺たちを見る目に殺気が籠もった。
その殺気に勇者たちが反応しかけるが、聖騎士がさりげなく守衛と勇者たちとの間に入り込んで暴発しないようにしてくれたようだ。
危ないからうちの連中に殺気を向けないで欲しい。
その守衛もッエッチが何やら話すと緊張を解いた。
ふう、どうなるかと思ったぜ。
と、その緩んだ空気を好機と捕らえたか、ウルスが咄嗟に走り出そうとする。
すぐさま肩と腕をがっちり掴んで身動きを封じた。
「な、なんのつもりだ。俺はやるべきことはやっただろうが!」
「まぁ待て、何かお前に話があるようだ。お礼がもらえるかもしれないぞ」
「何言ってやがる連中の顔を見たか? 俺たちを仇を見るような目で見やがったぞ。殺される!」
「落ち着け。どうやら誤解は解いてくれたようじゃないか。ほらほら、呼ばれているぞ」
ちょっとしたやりとりをやっている間に木製の大門がゆっくりと開く。
「どうぞなかへ。ゆっくりくつろげるし、昨日からあまりちゃんと食べてないでしょう? 食事も出るみたいですよ」
ッエッチがにっこりと笑って言う。
あ、この雰囲気知っているぞ。
俺のなぜか経験豊富な偉い人との遭遇体験からわかる。
絶対に逆らったらいけない奴だこれ。
誰もがあまり眠れなかったようだった。
夏場なので隙間風はそれほど問題なかったが、虫が多くて、しかも外から悲鳴や物音がして気が休まらないのだ。
ミュリアによると虫には害意がないので結界でも排除出来ないのだそうだ。
そうか、虫は害意なく噛むんだな。
下に降りていくと、途中でほかの子どもたちに出会うことはなかった。
ウルスによると警戒してさっさと仕事に出たのだろうということだ。
少し申し訳ない。
建物の表には昨夜とは違う爺さんがいた。
「話は聞いとる。ったく、もう来るなよ、ウルス」
「わあってるよ」
ウルスの返事は悪態というよりも甘えのような響きがある。
いい年の男がそういう言い方をするのは気持ち悪いが、ある意味身内のようなものらしいから仕方ないか。
「まず南海の大使のところに行こう。全員引き取ってくれると助かるんだがな」
早く面倒事から開放されたいという気持ちがありありと分かる言い方に子どもたちがしょんぼりしていた。
ウルスのような奴の言うことをいちいち真に受ける必要はないんだが、子どもだからな。
他人に気を使わないウルスは、フォローすることもなく、昨夜辿った道とは違う道を東へと向かう。
「海が近い」
メルリルが風に耳を澄ませるように言った。
しばらく進むと何やら見覚えのある雰囲気の場所に出た。
ここはあれだ。
帝国にあった倉庫街に似ている。
まだ明るくなりかけぐらいの早朝なのに、すでに多くの男たちが半裸で仕事をしていた。
「どいたどいたっ! こんなとこにガキ連れて来んじゃねえよ!」
大勢の子どもを連れた俺たちは明らかに邪魔だ。
「ここ以外通るところはないのか?」
「北の連中があまり近寄らない場所を選んでるんだ。黙って俺に任せろ!」
ウルスがイライラしたように答える。
昨日からずっと機嫌が悪い。
予知の結果が悪かったのか?
途中はもう間違いなく道ではないというところを塀を乗り越えながら移動し、やっと目的地に到着した。
「おお」
そこは今まで見て来た海王の建物とは趣が違って、木材を使って建築されている美しい建物だった。
柱や壁に装飾が施されているのはもちろん、あちこちに鮮やかな布が垂れ下がっている。
それらが風になびいている風景は、なんと言うか、優美だった。
朝から元気がなかった子どもたちも鮮やかな布が風に翻るのを見て、夢中で眺めている。
ぐるりと周囲を囲む塀も木材で作られたもので、黒く塗られたものに赤や緑で文様が刻まれていた。
壁伝いに回り込むと、大きな門があり、そこに変わった装束の守衛が立っている。
変わった装束とは言ったが、実は一般的な東の民の服装よりも西の人間の服装に近い。
そのため、少し親近感が湧いた。
腰に下げているのも銃ではなく、長剣だ。
少し湾曲している独特の形が気になる。
「何用だ!」
俺たちを見て、さっそく誰何の声を上げる。
一人はすでに剣に手をやっていて、練度の高さを伺わせた。
「すみません。実は南海の子どもを保護したので、連れてまいりました」
「なんだと?」
守衛の二人は素早く目配せをして、一人が小さな扉に何やら合図をしている。
「チェッチ、おい、説明しろ。あと、もう一人いたよな」
お前、国の民を助け出したという風を装うなら、もっと子どもたちを丁寧に扱え。
俺はウルスのいい加減な対応にため息をついて、メルリルにカウロとヒシニアを頼んでッエッチとローエンスの傍に行く。
「付き添ったほうがいいか?」
「いえ、……あ、いや、そうですね。師匠には一緒に来てもらいたいのですが、その前にウルスさんを逃さないようにしてもらえますか?」
「へ?」
ウルスを逃がすな?
言われて、俺はウルスは見た。
なるほど、腰が後ろに引けていて、チャンスがあれば逃走しようとする体制になっている。
「だが、ウルスはもう関係なくないか?」
「あのひとにも関係あるお話があります。お願いします」
「わかった」
ッエッチの言葉には他人を従える強さがあった。
とは言え、それは意識的にというよりも、無意識にそういう振る舞いになっているように感じる。
何やらやらかす気だなと思ったが、まぁここまで来たんだ。最後まで付き合おう。
俺はさりげなくウルスの背後に忍び寄り、どう動いても確保出来るように位置取りした。
ッエッチは緊張する守衛の元へローエンスと手を繋いだ状態で近寄り、間近に寄ったところで、相手に何かを見せた。
俺にはピンと来た。
宝石商に見せたあの袖口のボタンのようなものだ。
途端に守衛の緊張感が高まる。
俺たちを見る目に殺気が籠もった。
その殺気に勇者たちが反応しかけるが、聖騎士がさりげなく守衛と勇者たちとの間に入り込んで暴発しないようにしてくれたようだ。
危ないからうちの連中に殺気を向けないで欲しい。
その守衛もッエッチが何やら話すと緊張を解いた。
ふう、どうなるかと思ったぜ。
と、その緩んだ空気を好機と捕らえたか、ウルスが咄嗟に走り出そうとする。
すぐさま肩と腕をがっちり掴んで身動きを封じた。
「な、なんのつもりだ。俺はやるべきことはやっただろうが!」
「まぁ待て、何かお前に話があるようだ。お礼がもらえるかもしれないぞ」
「何言ってやがる連中の顔を見たか? 俺たちを仇を見るような目で見やがったぞ。殺される!」
「落ち着け。どうやら誤解は解いてくれたようじゃないか。ほらほら、呼ばれているぞ」
ちょっとしたやりとりをやっている間に木製の大門がゆっくりと開く。
「どうぞなかへ。ゆっくりくつろげるし、昨日からあまりちゃんと食べてないでしょう? 食事も出るみたいですよ」
ッエッチがにっこりと笑って言う。
あ、この雰囲気知っているぞ。
俺のなぜか経験豊富な偉い人との遭遇体験からわかる。
絶対に逆らったらいけない奴だこれ。
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