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第五章 破滅を招くもの
377 活人の剣
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「ミュリア、どうだ?」
魔法での治癒で出来るだけのことはしてあるが、ものを食べて消化することが出来ない状態で長く過ごして来た合成魔獣にされた子どもたちの衰弱は酷かった。
ほかの子どもたちに支えてもらってやっと歩いて来たのだ。
「わたくし一人の力では無理です。わたくしは失った体を再生することは出来ますが、現在融合している状態からそれを分解して再構築することは出来ません」
聖女が子どもたちを確認してしょんぼりして言った。
実験体として魔物と合成された子どもたちを見て、最も憤っていたのは聖女だ。
神との盟約は人を守るためにある。
命を救うのが聖女たる自分の役割だと思っているのだ。
命を弄ぶ輩を許すことは出来ないのだろう。
「切り離したら人間部分を治療することは出来るか?」
そう言った俺をその場にいた全員が見つめた。
「師匠、もしかして……」
「俺の技は普通の剣技とは違う。魔力を剣に纏わせて認識したものを切り離す技なんだ。人間部分と魔物の部分をはっきりと別々に認識出来れば斬れると思う」
「マジか?」
勇者の言葉に答えた俺を予知者ウルスが呆れたように見た。
「人間の部分は首しかねーじゃねーか。そのお姫様は首だけになった人間を再生出来るのかよ」
「首だけ、じゃない!」
ウルスの言葉を否定したのは天性の治癒者であるカウロだった。
「その子たちの体は単純に切って繋げたものじゃないんだ。もっと複雑に重なっているんだよ。その体のなかにちゃんとその子たち二人分の体が残っているよ。じょうずに説明出来ないけど」
「……嘘だろ」
ウルスはまるで悪夢のなかの怪物のような見た目になっている子どもたちを見て、うめくように呟いた。
実際、俺も嘘だろと言いたい。
「それなら、お師匠さまが斬った体をわたくしが繋げることが出来るかもしれない。でも……あなた、カウロと言いましたね?」
「は、はいっ!」
治癒者であるカウロは、聖女に名指しされて真っ赤になって姿勢を正して返事をした。
「天から治癒の力を授かった者は精密な治療は苦手ですが、なんとなくで他人を癒せてしまうという、治療に対する驚くべき天性の勘のようなものがあると聞きます。あなたはこの子たちの体の状態を支えてくれますか?」
「ええっ! そんな重要な役目、ぼ、僕に出来るでしょうか?」
「出来ます。いえ、あなたにしか出来ません。わたくしを助けてくださいますね?」
「わ、わかりました!」
声を裏返しながら聖女に答えるカウロは小さくても男の子である。
「ですが、この治療の要はお師匠さまです。わたくしの見るところ、この子たちと魔物の体は、肉体のもっとも小さい単位で交わってしまっています。魔物の体の部分を選り分けるのは至難の業となるでしょう」
「……俺は」
自分たちのことだけにおそらく話を聞いているだけで恐ろしいだろうに、魔物と一体になった子どもたちは震えもせずに俺たちをじっと見つめていた。
「やれないことをやれるとは言わない。冒険者って奴は誰よりも自分の技量を正確に理解している必要があるんだ。だから、安心しろ」
「はい!」
聖女がにっこりと微笑む。
魔物の体の子どもたちも無言でうなずいた。
「フォルテ、余分なことは何もしなくていい。感覚だけを上げてくれ」
「キュッ!」
ふわりと俺の頭の上で羽を広げたフォルテが青銀の光となって降り注ぐ。
その途端、俺の目に世界が今までよりもはるかに鮮やかに、そして複雑に映った。
「ミュリア、いけるか?」
「はい。カウロさん、いいですか?」
「うん。痛くなくなれー」
カウロ少年が子どもたちの蹄をぎゅっと握る。
ドクンと、脈打つ心臓の音が一人一人違う音色で世界を彩った。
これはあれだな。
色も材質も太さも違う三本の毛糸が絡まった状態なんだ。
もうどこからも解いていくことは出来なくなってしまったこの毛糸の束を、一度断ち切って繋ぎ治す。
俺の今の力では結びってところまでは届かないかもしれないが、その部分は聖女や治癒の力があるカウロ少年がなんとかしてくれるだろう。
ふと、なんとなくおかしくなった。
ずっとソロで頑張って来たのに、ここに来て自分が出来ないことを補ってくれる相手と共にいることを誇らしく思うなんてな。
「さて、出番だぜ、星降りの剣よ。ずっとつまらないものを斬らせていたが、ここに来て、命を繋ぐためにその力を振るってもらうぞ。不満か満足か知らんが、まぁ俺の剣になったんだ。文句はないだろ?」
鞘から抜かれた「星降りの剣」は、常に変わらない黒銀の光を狭い岩陰の空間に振り撒く。
「きれい……」
捕らわれてやっと逃れることの出来た少女が思わずといった風に声を漏らした。
お前、褒めてもらったじゃないか。
頑張れよ。
「生かせ! 断絶の剣!」
世界が夜に染まる。
少し青みのかかった闇のなかで、清らかな銀色の光が命を照らす。
合成魔獣の体はバラバラに千切れ飛び、見守る人々の顔が真っ青になる。
だが、それで終わりではない。
まるで見えない糸に引き寄せられるように、バラバラになった肉や骨が一つにまとまって積み重なる。
「今よ! カウロ! 生命の活性化を!」
「はい!」
聖女の指示に呆然としていたカウロが我に返って魔力を注ぐ。
「神よ、その敬虔なるしもべに慈愛をもたらし、心身に完全なる回復を」
聖女が癒やしの魔法の詠唱を行う。
その様子を何と言って表現したらいいのだろうか。
子どもが作った泥人形がなめらかな肌を持った人間に変わる。そんな現象が有り得るなら、それはそういう現象だった。
魔物の血肉の汚濁のなかから、二人の子どもが今生まれ落ちたようなまっさらな姿で蘇る。
その場は凄まじい異臭に包まれたが、そのことで不平を鳴らす者は誰もいなかった。
見た感じ五、六歳だろうか? 首だけだったときよりも少し幼く見える兄妹の姿があった。
「い、生きてるのか?」
ゴクリと生唾を飲み込んで、ウルスが掠れた声を出した。
こんな場面で声を出せるとは胆力があるというか、空気を読まない男と言うか、なんともタフな野郎である。
「ゲホッ、ガハッ!」
「ヒッ、ヒック!」
二人の子どもが引き攣ったように息を吸ってむせる。
「水を……」
勇者がいつの間にか水の魔具からカップに水を注いで子どもたちに差し出した。
子どもたちは震える手でそれを受け取ろうとするが、うまく掴めないようだ。
「飲ませてやれ、勇者さま」
「お、おう」
勇者は、おどおどと、子どもたちを片手で支えてやりながらゆっくりと順番に水を飲ませてやった。
次男坊だと聞いていたが、案外とお兄ちゃん役が似合っているんじゃないか?
俺はそんな風に思いながらその様子を眺めていたのだった。
魔法での治癒で出来るだけのことはしてあるが、ものを食べて消化することが出来ない状態で長く過ごして来た合成魔獣にされた子どもたちの衰弱は酷かった。
ほかの子どもたちに支えてもらってやっと歩いて来たのだ。
「わたくし一人の力では無理です。わたくしは失った体を再生することは出来ますが、現在融合している状態からそれを分解して再構築することは出来ません」
聖女が子どもたちを確認してしょんぼりして言った。
実験体として魔物と合成された子どもたちを見て、最も憤っていたのは聖女だ。
神との盟約は人を守るためにある。
命を救うのが聖女たる自分の役割だと思っているのだ。
命を弄ぶ輩を許すことは出来ないのだろう。
「切り離したら人間部分を治療することは出来るか?」
そう言った俺をその場にいた全員が見つめた。
「師匠、もしかして……」
「俺の技は普通の剣技とは違う。魔力を剣に纏わせて認識したものを切り離す技なんだ。人間部分と魔物の部分をはっきりと別々に認識出来れば斬れると思う」
「マジか?」
勇者の言葉に答えた俺を予知者ウルスが呆れたように見た。
「人間の部分は首しかねーじゃねーか。そのお姫様は首だけになった人間を再生出来るのかよ」
「首だけ、じゃない!」
ウルスの言葉を否定したのは天性の治癒者であるカウロだった。
「その子たちの体は単純に切って繋げたものじゃないんだ。もっと複雑に重なっているんだよ。その体のなかにちゃんとその子たち二人分の体が残っているよ。じょうずに説明出来ないけど」
「……嘘だろ」
ウルスはまるで悪夢のなかの怪物のような見た目になっている子どもたちを見て、うめくように呟いた。
実際、俺も嘘だろと言いたい。
「それなら、お師匠さまが斬った体をわたくしが繋げることが出来るかもしれない。でも……あなた、カウロと言いましたね?」
「は、はいっ!」
治癒者であるカウロは、聖女に名指しされて真っ赤になって姿勢を正して返事をした。
「天から治癒の力を授かった者は精密な治療は苦手ですが、なんとなくで他人を癒せてしまうという、治療に対する驚くべき天性の勘のようなものがあると聞きます。あなたはこの子たちの体の状態を支えてくれますか?」
「ええっ! そんな重要な役目、ぼ、僕に出来るでしょうか?」
「出来ます。いえ、あなたにしか出来ません。わたくしを助けてくださいますね?」
「わ、わかりました!」
声を裏返しながら聖女に答えるカウロは小さくても男の子である。
「ですが、この治療の要はお師匠さまです。わたくしの見るところ、この子たちと魔物の体は、肉体のもっとも小さい単位で交わってしまっています。魔物の体の部分を選り分けるのは至難の業となるでしょう」
「……俺は」
自分たちのことだけにおそらく話を聞いているだけで恐ろしいだろうに、魔物と一体になった子どもたちは震えもせずに俺たちをじっと見つめていた。
「やれないことをやれるとは言わない。冒険者って奴は誰よりも自分の技量を正確に理解している必要があるんだ。だから、安心しろ」
「はい!」
聖女がにっこりと微笑む。
魔物の体の子どもたちも無言でうなずいた。
「フォルテ、余分なことは何もしなくていい。感覚だけを上げてくれ」
「キュッ!」
ふわりと俺の頭の上で羽を広げたフォルテが青銀の光となって降り注ぐ。
その途端、俺の目に世界が今までよりもはるかに鮮やかに、そして複雑に映った。
「ミュリア、いけるか?」
「はい。カウロさん、いいですか?」
「うん。痛くなくなれー」
カウロ少年が子どもたちの蹄をぎゅっと握る。
ドクンと、脈打つ心臓の音が一人一人違う音色で世界を彩った。
これはあれだな。
色も材質も太さも違う三本の毛糸が絡まった状態なんだ。
もうどこからも解いていくことは出来なくなってしまったこの毛糸の束を、一度断ち切って繋ぎ治す。
俺の今の力では結びってところまでは届かないかもしれないが、その部分は聖女や治癒の力があるカウロ少年がなんとかしてくれるだろう。
ふと、なんとなくおかしくなった。
ずっとソロで頑張って来たのに、ここに来て自分が出来ないことを補ってくれる相手と共にいることを誇らしく思うなんてな。
「さて、出番だぜ、星降りの剣よ。ずっとつまらないものを斬らせていたが、ここに来て、命を繋ぐためにその力を振るってもらうぞ。不満か満足か知らんが、まぁ俺の剣になったんだ。文句はないだろ?」
鞘から抜かれた「星降りの剣」は、常に変わらない黒銀の光を狭い岩陰の空間に振り撒く。
「きれい……」
捕らわれてやっと逃れることの出来た少女が思わずといった風に声を漏らした。
お前、褒めてもらったじゃないか。
頑張れよ。
「生かせ! 断絶の剣!」
世界が夜に染まる。
少し青みのかかった闇のなかで、清らかな銀色の光が命を照らす。
合成魔獣の体はバラバラに千切れ飛び、見守る人々の顔が真っ青になる。
だが、それで終わりではない。
まるで見えない糸に引き寄せられるように、バラバラになった肉や骨が一つにまとまって積み重なる。
「今よ! カウロ! 生命の活性化を!」
「はい!」
聖女の指示に呆然としていたカウロが我に返って魔力を注ぐ。
「神よ、その敬虔なるしもべに慈愛をもたらし、心身に完全なる回復を」
聖女が癒やしの魔法の詠唱を行う。
その様子を何と言って表現したらいいのだろうか。
子どもが作った泥人形がなめらかな肌を持った人間に変わる。そんな現象が有り得るなら、それはそういう現象だった。
魔物の血肉の汚濁のなかから、二人の子どもが今生まれ落ちたようなまっさらな姿で蘇る。
その場は凄まじい異臭に包まれたが、そのことで不平を鳴らす者は誰もいなかった。
見た感じ五、六歳だろうか? 首だけだったときよりも少し幼く見える兄妹の姿があった。
「い、生きてるのか?」
ゴクリと生唾を飲み込んで、ウルスが掠れた声を出した。
こんな場面で声を出せるとは胆力があるというか、空気を読まない男と言うか、なんともタフな野郎である。
「ゲホッ、ガハッ!」
「ヒッ、ヒック!」
二人の子どもが引き攣ったように息を吸ってむせる。
「水を……」
勇者がいつの間にか水の魔具からカップに水を注いで子どもたちに差し出した。
子どもたちは震える手でそれを受け取ろうとするが、うまく掴めないようだ。
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「お、おう」
勇者は、おどおどと、子どもたちを片手で支えてやりながらゆっくりと順番に水を飲ませてやった。
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