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第五章 破滅を招くもの
361 おぞましいもの
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ジリジリと鍋の上で焦がされている食材の気分を味わいながら、山間部の渓谷に侵入を果たした。
山のなかに入ってしまうと、高低差があるため、ほぼ平地だった森のなかの河原よりはずっと影が多く、少し暑さもマシになる。
『そっち、イヤ』
だが、山に入ってすぐに、若葉がぐずり始めた。
『そっち、嫌い』
そっちというのは俺たちの進んでいる方向らしい。
「俺たちの目的地はこっちだ。行きたくないなら戻ればいいじゃないか。別に俺たちは拘束したりしてないぞ?」
ドラゴンを拘束出来る人間がいたら驚くけどな。
若葉はしばし勇者の背中をウロウロしていたが、いくら駄々をこねても俺たちが引き返さないと理解すると、突然元の大きさに戻った。
「うぎゃっ!」
勇者が若葉に押しつぶされる。
「勇者さま!」
聖女が悲鳴を上げるが、勇者はジタバタしているので、若葉も本気で体重をかけた訳ではなさそうだ。
そしてブチブチッ! と草を千切るような音と共に、さらなる勇者の悲鳴が上がる。
「いてぇっ!」
『少しちょーだい』
若葉が勇者の髪を咥えて食いちぎったのだ。
食ってから言うな、聞いてから実行しろ。
そう思ったが何か言うよりも早く、勇者の黄金の髪をムシャムシャした若葉は空へと飛び立った。
「ギャォオオ!」
そして一声雄叫びを上げると、どこかへと姿を消した。
「いてて……」
「見せてみろ」
勇者が頭を押さえているので、皮でも剥けてしまったのかと思って見てみたが、そこまで無茶はしていないようだった。
何本かは引っこ抜いたのだろうが、ハゲるほどではなかったようだ。
それはよかったのだが、髪が半ばから揃えずに断ち切られた形となってしまい、勇者の髪型は酷い有様となってしまった。
「浮浪児のようになったな」
「あのやろう!」
派手な装備やマントを失い、ボサボサの揃ってない髪型になってしまった勇者は、もはやとても勇者には見えない。
見た目からすると街の片隅で腹を空かして獣のような目をしている浮浪児や、冒険者に成り立てで全く稼げてない若手のようだった。
「去ってくれたのはよかったが、なんでアルフの髪を食ったのやら」
一瞬、とうとう若葉が勇者を食ったのかと思って焦ったが、髪だけだったのでほっとした気持ちもある。
「くそっ、今度会ったら覚えてやがれ!」
言葉遣いも街の不良少年のようなので、見た目と合っている。
「髪には魔力が溜まりやすいと言いますから勇者さまの魔力をつまみ食いするみたいな気持ちだったのかもしれませんね。若葉ちゃんがいないと、少し、寂しくなります」
聖女は意外と若葉がお気に入りだったようだ。
「俺は気が楽になったけどな。しかし、若葉が行くのを嫌がるとか、この先になにがあるのやら」
黒のドラゴンだけならあんな反応はしないだろうしな。
「ダスター!」
まるでドラゴンのことを考えたのがわかったようなタイミングで、メルリルが警告の声を上げる。
「ドラゴンが、あの黒いドラゴンがこっちに向かって来ます!」
「っ! ミュリア!」
「お任せください。みなさまわたくしの近くに! 『神と愛し子に堅牢なるゆりかごを』」
聖女が全員の位置を確認した後、素早く神璽に手を触れ、聖句を唱える。
そしてその後すぐに周囲が突然暗くなった。
結界があるからか、いや、結界があってもなおと言うべきか、先日よりは薄くだが体を押さえつけるようなプレッシャーが上空から降り注ぐ。
ゴウゴウと何かが頭上で鳴り響き、気持ちが深く沈み込む。
どのくらい経ったか、時間としてみればほんの僅かな間だったはずだ。
暑い日差しが戻り、周囲が静けさに包まれても、しばらくは口を開く気力もなかった。
「……大丈夫か? みんな」
「平気だ」
何かに腹を立てたような勇者の声が返る。
「今回はなんとか大丈夫でした」
「平気とまでは言えないけどね」
聖騎士とモンクが返事を返す。
「うっ、精霊の気配が消えてしまいました。気持ちが悪い……」
「メルリルは少し休んでろ」
「はい」
ドラゴンによって消し飛ばされたのか食われたのかわからないが、精霊と常に接触をしているメルリルにとって、その消失はかなり堪えるようだ。
荷物のなかから毛布を取り出してそこに座らせる。
「ドラゴンはもう去ったみたいですけど、念の為もう少し結界はこのままにしておきますね」
「頼む」
黒のドラゴンが営巣地に戻って行ったのか。
若葉はそれを感じて嫌がった?
いや、それなら黒のドラゴンが来たときも嫌がったはずだ。
そもそも若葉は黒のドラゴンの気配を読んで向こうにいることを教えてくれていたし、ドラゴンと嫌な気配とやらは別と考えたほうがいいか。
しばらく休憩を取って、再び進み始める。
「フォルテ、さっきドラゴンがいた場所はわかるか?」
「キュ!」
わかるらしい。
フォルテは若葉がいなくなっても様子が変わらないな。
寂しくないのかな?
いや、友達という感じではなかったか。
しばらく進むと、何か異様な臭いを感じて足を止める。
「なんだ? この臭い」
「師匠! 川の上流を!」
勇者の声に目をやると、川の上流から何かが流れて来るのが見えた。
ソレが近づくほどに異臭が強烈になる。
「メルリル、臭いを避けられるか?」
「ごめんなさい。今、動かせるほど精霊が回復していない」
「そうか、仕方ないな。みんな、布を湿らせて鼻にあてるんだ。それでだいぶマシになるはずだ」
「わかった」
「はい」
俺の言葉に勇者と聖女が返事を返し、聖騎士とモンクは無言でうなずいてすぐに実行する。
それぞれが持っている水袋でマントの端やシャツの襟元を濡らして鼻を覆った。
そして、川を流れて来たソレを目にすることになる。
「ぐぅっ」
「ひぃっ!」
勇者が吐きそうな顔をして、モンクが悲鳴を上げて飛び退く。
聖女はその場にペタンと座り込んだ。
聖騎士はさすがというか、逆にソレに近づいて行く。
「おぞましい……」
メルリルはふらふらとソレから離れた。
マントで鼻を覆っても、その突き刺すような異臭が感じられる。
川には赤黒い塊がいくつか、周囲を赤く染めながら流れていた。
形はよくわからない。
丸みを帯びているモノ、グズグズに溶けてボコボコと泡立っているモノ、そのなかにあって、一つだけ異彩を放つ存在がある。
それは手だ。
明らかに人の手と思えるものが、ぐちゃぐちゃになったおぞましいモノと繋がって突き出ていた。
まるでその塊が元は人であったと主張しているかのように。
しかもその手は俺のものよりもふた周り程小さかった。
「ゲボッ!」
とうとうたまらず勇者が吐いている。
「人間、でしょうか? 私は断ち切られた人体を幾度か見たことがありますが、コレは全く違う。いえ、同じ部分もありますが、同じと言ってしまっては人への冒涜になってしまう気がします」
異臭に耐えて、冷静にソレを観察していた聖騎士がそう言った。
「これが、若葉が、……ドラゴンすら嫌がったものの正体なのかな?」
思わず発した問いに、当然ながら答える者はいなかった。
山のなかに入ってしまうと、高低差があるため、ほぼ平地だった森のなかの河原よりはずっと影が多く、少し暑さもマシになる。
『そっち、イヤ』
だが、山に入ってすぐに、若葉がぐずり始めた。
『そっち、嫌い』
そっちというのは俺たちの進んでいる方向らしい。
「俺たちの目的地はこっちだ。行きたくないなら戻ればいいじゃないか。別に俺たちは拘束したりしてないぞ?」
ドラゴンを拘束出来る人間がいたら驚くけどな。
若葉はしばし勇者の背中をウロウロしていたが、いくら駄々をこねても俺たちが引き返さないと理解すると、突然元の大きさに戻った。
「うぎゃっ!」
勇者が若葉に押しつぶされる。
「勇者さま!」
聖女が悲鳴を上げるが、勇者はジタバタしているので、若葉も本気で体重をかけた訳ではなさそうだ。
そしてブチブチッ! と草を千切るような音と共に、さらなる勇者の悲鳴が上がる。
「いてぇっ!」
『少しちょーだい』
若葉が勇者の髪を咥えて食いちぎったのだ。
食ってから言うな、聞いてから実行しろ。
そう思ったが何か言うよりも早く、勇者の黄金の髪をムシャムシャした若葉は空へと飛び立った。
「ギャォオオ!」
そして一声雄叫びを上げると、どこかへと姿を消した。
「いてて……」
「見せてみろ」
勇者が頭を押さえているので、皮でも剥けてしまったのかと思って見てみたが、そこまで無茶はしていないようだった。
何本かは引っこ抜いたのだろうが、ハゲるほどではなかったようだ。
それはよかったのだが、髪が半ばから揃えずに断ち切られた形となってしまい、勇者の髪型は酷い有様となってしまった。
「浮浪児のようになったな」
「あのやろう!」
派手な装備やマントを失い、ボサボサの揃ってない髪型になってしまった勇者は、もはやとても勇者には見えない。
見た目からすると街の片隅で腹を空かして獣のような目をしている浮浪児や、冒険者に成り立てで全く稼げてない若手のようだった。
「去ってくれたのはよかったが、なんでアルフの髪を食ったのやら」
一瞬、とうとう若葉が勇者を食ったのかと思って焦ったが、髪だけだったのでほっとした気持ちもある。
「くそっ、今度会ったら覚えてやがれ!」
言葉遣いも街の不良少年のようなので、見た目と合っている。
「髪には魔力が溜まりやすいと言いますから勇者さまの魔力をつまみ食いするみたいな気持ちだったのかもしれませんね。若葉ちゃんがいないと、少し、寂しくなります」
聖女は意外と若葉がお気に入りだったようだ。
「俺は気が楽になったけどな。しかし、若葉が行くのを嫌がるとか、この先になにがあるのやら」
黒のドラゴンだけならあんな反応はしないだろうしな。
「ダスター!」
まるでドラゴンのことを考えたのがわかったようなタイミングで、メルリルが警告の声を上げる。
「ドラゴンが、あの黒いドラゴンがこっちに向かって来ます!」
「っ! ミュリア!」
「お任せください。みなさまわたくしの近くに! 『神と愛し子に堅牢なるゆりかごを』」
聖女が全員の位置を確認した後、素早く神璽に手を触れ、聖句を唱える。
そしてその後すぐに周囲が突然暗くなった。
結界があるからか、いや、結界があってもなおと言うべきか、先日よりは薄くだが体を押さえつけるようなプレッシャーが上空から降り注ぐ。
ゴウゴウと何かが頭上で鳴り響き、気持ちが深く沈み込む。
どのくらい経ったか、時間としてみればほんの僅かな間だったはずだ。
暑い日差しが戻り、周囲が静けさに包まれても、しばらくは口を開く気力もなかった。
「……大丈夫か? みんな」
「平気だ」
何かに腹を立てたような勇者の声が返る。
「今回はなんとか大丈夫でした」
「平気とまでは言えないけどね」
聖騎士とモンクが返事を返す。
「うっ、精霊の気配が消えてしまいました。気持ちが悪い……」
「メルリルは少し休んでろ」
「はい」
ドラゴンによって消し飛ばされたのか食われたのかわからないが、精霊と常に接触をしているメルリルにとって、その消失はかなり堪えるようだ。
荷物のなかから毛布を取り出してそこに座らせる。
「ドラゴンはもう去ったみたいですけど、念の為もう少し結界はこのままにしておきますね」
「頼む」
黒のドラゴンが営巣地に戻って行ったのか。
若葉はそれを感じて嫌がった?
いや、それなら黒のドラゴンが来たときも嫌がったはずだ。
そもそも若葉は黒のドラゴンの気配を読んで向こうにいることを教えてくれていたし、ドラゴンと嫌な気配とやらは別と考えたほうがいいか。
しばらく休憩を取って、再び進み始める。
「フォルテ、さっきドラゴンがいた場所はわかるか?」
「キュ!」
わかるらしい。
フォルテは若葉がいなくなっても様子が変わらないな。
寂しくないのかな?
いや、友達という感じではなかったか。
しばらく進むと、何か異様な臭いを感じて足を止める。
「なんだ? この臭い」
「師匠! 川の上流を!」
勇者の声に目をやると、川の上流から何かが流れて来るのが見えた。
ソレが近づくほどに異臭が強烈になる。
「メルリル、臭いを避けられるか?」
「ごめんなさい。今、動かせるほど精霊が回復していない」
「そうか、仕方ないな。みんな、布を湿らせて鼻にあてるんだ。それでだいぶマシになるはずだ」
「わかった」
「はい」
俺の言葉に勇者と聖女が返事を返し、聖騎士とモンクは無言でうなずいてすぐに実行する。
それぞれが持っている水袋でマントの端やシャツの襟元を濡らして鼻を覆った。
そして、川を流れて来たソレを目にすることになる。
「ぐぅっ」
「ひぃっ!」
勇者が吐きそうな顔をして、モンクが悲鳴を上げて飛び退く。
聖女はその場にペタンと座り込んだ。
聖騎士はさすがというか、逆にソレに近づいて行く。
「おぞましい……」
メルリルはふらふらとソレから離れた。
マントで鼻を覆っても、その突き刺すような異臭が感じられる。
川には赤黒い塊がいくつか、周囲を赤く染めながら流れていた。
形はよくわからない。
丸みを帯びているモノ、グズグズに溶けてボコボコと泡立っているモノ、そのなかにあって、一つだけ異彩を放つ存在がある。
それは手だ。
明らかに人の手と思えるものが、ぐちゃぐちゃになったおぞましいモノと繋がって突き出ていた。
まるでその塊が元は人であったと主張しているかのように。
しかもその手は俺のものよりもふた周り程小さかった。
「ゲボッ!」
とうとうたまらず勇者が吐いている。
「人間、でしょうか? 私は断ち切られた人体を幾度か見たことがありますが、コレは全く違う。いえ、同じ部分もありますが、同じと言ってしまっては人への冒涜になってしまう気がします」
異臭に耐えて、冷静にソレを観察していた聖騎士がそう言った。
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