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第四章 世界の片隅で生きる者たち
286 理想の世界のために
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「それでだ、ここからが本題だが、この実力主義は皇族にも適用される」
「皇族にも?」
衛兵隊長のオウガがいかつい顔をしかめて言った。
皇族が実力主義というのはどういうことなのだろう?
「皇帝になるのは皇族であることは決っている。だが、それは長子であるとは限らない」
「へ?」
「皇帝の血族のなかから最も能力のあるものが次の皇帝陛下だ」
オウガ隊長の言葉に、今度は俺が顔をしかめた。
それって……。
「いや、勘違いすんな、何も潰し合いをさせる訳じゃねえんだ。むしろ後継争いで民に犠牲が出たら決して皇帝になることは出来ない決まりだ」
「武力じゃないってことなら何を競うんだ? 知識か?」
「全部、かな? 毎年の年越し祭で皇族がその年に何を行ったか発表される。だから帝国の民は皇族のことをよく知っている」
「なるほど」
だから事故の調査にやって来た衛兵が皇女殿下の顔を知っていたという訳か。
俺なんか自分の国の王様の顔すら知らんからな。
「そして最終的に次の皇帝を決めるのは選挙によって、だ」
「せんきょ?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「そうか、他所の国には選挙とかないよな。うーんと、選挙というのは誰が皇帝にふさわしいかということを帝国民の総意で決めるということだ。もっとも人気がある者が次の皇帝になる」
「よくわからんが、民の総意をどうやって調べるんだ?」
「候補者の顔が彫られたコインが配られるんで、そのなかから自分がいいと思う候補者のコインを、決められた期日までにその地域の責任者の家の投票箱に収めるんだ。ちゃんと参加したら残ったコインは手間賃としてもらえるが、参加しないともらえない」
「なるほど面白いな。貧乏人ほど参加したがるだろうな」
「ああ、たとえそいつらが政治に興味がなくてもな。とは言え金持ちにとっちゃあはした金だがな。しかし、だ。この選挙は金持ち連中からしてみれば、貧乏人のお小遣いよりももっと切実な問題なんだ。自分たちが懇意にしていた勢力の皇族が皇帝になればいい目を見れるからな」
なんと言うか、とんでもない皇帝選出の方法だ。
よくもまぁこの方法で永く国を保って来たもんだな、感心するぜ。
「ん? と、すると、働く場所を増やしたあの第五皇女は有力な皇帝候補なのか?」
「まぁな、人気はある」
うわあ、他国ながらあんな性格悪そうな女が皇帝、いや女帝か、女帝として君臨するとか、嫌すぎる。
むしょうに足を引っ張りたくなる話だ。
しかし、それならわざわざ護衛も連れずに危険というリスクを背負ってまで勇者を追って来たのはどうしてだろう?
女帝になるつもりなら勇者の嫁になるつもりなんかないはずだ。
単に一目惚れとか、勇者という存在に憧れてとか、そういう感じでもないよなあ。
ん、そう言えば。
「そう言えば、ずっと気になっていたんだが、この国ではやたら勇者が人気があるな。なんでだ?」
「へ?」
俺の言葉にオウガ隊長は虚を突かれたように変な声を出す。
隣にいる副長のチェスタさんも少し呆れたように俺を見た。
「お前さん、我が大神聖帝国の建国理由を知らないのか?」
「……すまんが知らないな」
「そうか、他国人は知らないんだな。この国じゃあ子どもだって知っているってのに」
「なんか、悪かった」
「いやいい。新鮮な疑問だった」
ということはこの国の建国に勇者が関わっているんだな。
それならこの国の人間が勇者に対して異常に感じるほどの興味を持っていることや、他国とは一切交流しないにも関わらず、ずっと大聖堂と繋がりを保ち続けていることも理解出来る。
「本当か嘘か知らんが、初代勇者は神の国から遣わされたと言われているのは知っているか?」
「あ、ああ」
一瞬、初代勇者の知りたくもなかった真実を思い出して顔をしかめそうになったが、我慢して平静を保った。
「その初代勇者が言っていたんだと。神の国は身分の上下がなく誰もが平等で、民自身によって選ばれた王が国を治めていると」
「……ほう」
なるほど話が見えて来たぞ。
「その頃はまだディスタス大公国の王子であった初代皇帝陛下は、その勇者の言葉に感銘を受けた。神の国のような素晴らしい国を作ろうとしたんだが、それは当時の貴族には受け入れがたい話だった」
「そりゃそうだろうな」
誰もが平等ということは貴族にとっては自分たちの権利が奪われるということだ。
賛成するはずがない。
「そこで初代皇帝陛下はわずかな賛同者を引き連れて荒野の果てに新たな国を造った。それがこの大神聖帝国という訳だ」
「なるほど。初代勇者が国の設立のきっかけとなったということか」
「それだけじゃない」
「ん?」
「初代勇者は初代皇帝の志に感銘を受けて、さまざまな支援をしてくれたんだ。大公国からの追手を説得し、大聖堂からの援助を受けられるようにしてくれた。さらに魔物が多い荒野で生活出来るための安全圏を切り開いてくれたのも初代勇者だったという話だ」
「それは恩を感じるな」
「だろ? 今この国があるのも初代勇者のおかげなのさ。だからこの国では勇者への憧れが強いんだ。二代目の勇者が誕生したときなんか、嫁さん候補がこの国から押し寄せたって話だからな」
「あー」
その一人で見事二代目勇者を射止めたのが西門の街の領主さまのご先祖という訳か。
「ということは、あの皇女さまが勇者と結ばれでもしたら、次の皇帝の座は揺るぎないものになるってことだな」
「まぁ、そういうこった」
子どものような顔で勇者の話をしていたオウガ隊長だったが、皇女の話になると途端に苦々しい顔になった。
民に人気がある皇女さまであるはずなのに、衛兵隊にはあまり人気がないようだ。
あの性格だ。今までも何か問題を起こしたに違いない。
「隊長、先程から話があさってのほうへ行っていますよ」
お茶と菓子を出した後は俺たちの話を邪魔しないように聞いていた副長のチェスタさんが釘を刺すように言った。
あ、そう言えば、もともと俺たち何の話で呼ばれたんだっけ? なんか逮捕協力の件だったかな?
「おお、悪い。なんか思いもかけないことが重なって余計な話が長くなっちまったな」
「いや、いろいろ聞いたのは俺のほうだし。こっちこそすまなかった」
そう言えばオウガ隊長はけっこうなケガ人だったはず。
長話に付き合わせてしまって悪かったな。
「逮捕協力の件なんだが、うちのほうから賞金が出る。それと、さっきも聞かれたが、知っておいたほうがいいだろうから教えておく。攫われた技術者の件だ」
「ああ」
「最近攫われた二人の技術者はあの犯人共が逃げ込もうとした工場で見つかった。例の倉庫と改造作業車がその工場の所有であることを盾に内部探索を抜き打ちで行ったんだ。船に積み込まれていてな、危ないところだった」
「そうか、まずはよかったな」
「よかったんだか、悪かったんだか。最初の頃に攫われた三人は見つからなかったし、今回の強制調査で相手の態度も強固になっていて、知らぬ存ぜぬ、嵌められたと言って宮殿に抗議が行ったし、工場を撤退するという脅しもかけて来た。そうすると何千人という人間が失業するからな。帝都民の感情もあっち寄りになる」
「難しい話だな」
「だがまぁそれが俺たちの仕事だからな、なんとかするさ」
そう言ったオウガ隊長の顔は自信に満ちあふれていた。
こういう人間がいる限り、きっとこの国は建国の志を守って公平な法を守る平等な国であり続けようとするんだろうな。
身分に関わらず政治に参加出来る国と聞いて驚きはしたものの、理想を現実にしようと頑張り続けている国があるということを知れたのはよかったな。
「皇族にも?」
衛兵隊長のオウガがいかつい顔をしかめて言った。
皇族が実力主義というのはどういうことなのだろう?
「皇帝になるのは皇族であることは決っている。だが、それは長子であるとは限らない」
「へ?」
「皇帝の血族のなかから最も能力のあるものが次の皇帝陛下だ」
オウガ隊長の言葉に、今度は俺が顔をしかめた。
それって……。
「いや、勘違いすんな、何も潰し合いをさせる訳じゃねえんだ。むしろ後継争いで民に犠牲が出たら決して皇帝になることは出来ない決まりだ」
「武力じゃないってことなら何を競うんだ? 知識か?」
「全部、かな? 毎年の年越し祭で皇族がその年に何を行ったか発表される。だから帝国の民は皇族のことをよく知っている」
「なるほど」
だから事故の調査にやって来た衛兵が皇女殿下の顔を知っていたという訳か。
俺なんか自分の国の王様の顔すら知らんからな。
「そして最終的に次の皇帝を決めるのは選挙によって、だ」
「せんきょ?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「そうか、他所の国には選挙とかないよな。うーんと、選挙というのは誰が皇帝にふさわしいかということを帝国民の総意で決めるということだ。もっとも人気がある者が次の皇帝になる」
「よくわからんが、民の総意をどうやって調べるんだ?」
「候補者の顔が彫られたコインが配られるんで、そのなかから自分がいいと思う候補者のコインを、決められた期日までにその地域の責任者の家の投票箱に収めるんだ。ちゃんと参加したら残ったコインは手間賃としてもらえるが、参加しないともらえない」
「なるほど面白いな。貧乏人ほど参加したがるだろうな」
「ああ、たとえそいつらが政治に興味がなくてもな。とは言え金持ちにとっちゃあはした金だがな。しかし、だ。この選挙は金持ち連中からしてみれば、貧乏人のお小遣いよりももっと切実な問題なんだ。自分たちが懇意にしていた勢力の皇族が皇帝になればいい目を見れるからな」
なんと言うか、とんでもない皇帝選出の方法だ。
よくもまぁこの方法で永く国を保って来たもんだな、感心するぜ。
「ん? と、すると、働く場所を増やしたあの第五皇女は有力な皇帝候補なのか?」
「まぁな、人気はある」
うわあ、他国ながらあんな性格悪そうな女が皇帝、いや女帝か、女帝として君臨するとか、嫌すぎる。
むしょうに足を引っ張りたくなる話だ。
しかし、それならわざわざ護衛も連れずに危険というリスクを背負ってまで勇者を追って来たのはどうしてだろう?
女帝になるつもりなら勇者の嫁になるつもりなんかないはずだ。
単に一目惚れとか、勇者という存在に憧れてとか、そういう感じでもないよなあ。
ん、そう言えば。
「そう言えば、ずっと気になっていたんだが、この国ではやたら勇者が人気があるな。なんでだ?」
「へ?」
俺の言葉にオウガ隊長は虚を突かれたように変な声を出す。
隣にいる副長のチェスタさんも少し呆れたように俺を見た。
「お前さん、我が大神聖帝国の建国理由を知らないのか?」
「……すまんが知らないな」
「そうか、他国人は知らないんだな。この国じゃあ子どもだって知っているってのに」
「なんか、悪かった」
「いやいい。新鮮な疑問だった」
ということはこの国の建国に勇者が関わっているんだな。
それならこの国の人間が勇者に対して異常に感じるほどの興味を持っていることや、他国とは一切交流しないにも関わらず、ずっと大聖堂と繋がりを保ち続けていることも理解出来る。
「本当か嘘か知らんが、初代勇者は神の国から遣わされたと言われているのは知っているか?」
「あ、ああ」
一瞬、初代勇者の知りたくもなかった真実を思い出して顔をしかめそうになったが、我慢して平静を保った。
「その初代勇者が言っていたんだと。神の国は身分の上下がなく誰もが平等で、民自身によって選ばれた王が国を治めていると」
「……ほう」
なるほど話が見えて来たぞ。
「その頃はまだディスタス大公国の王子であった初代皇帝陛下は、その勇者の言葉に感銘を受けた。神の国のような素晴らしい国を作ろうとしたんだが、それは当時の貴族には受け入れがたい話だった」
「そりゃそうだろうな」
誰もが平等ということは貴族にとっては自分たちの権利が奪われるということだ。
賛成するはずがない。
「そこで初代皇帝陛下はわずかな賛同者を引き連れて荒野の果てに新たな国を造った。それがこの大神聖帝国という訳だ」
「なるほど。初代勇者が国の設立のきっかけとなったということか」
「それだけじゃない」
「ん?」
「初代勇者は初代皇帝の志に感銘を受けて、さまざまな支援をしてくれたんだ。大公国からの追手を説得し、大聖堂からの援助を受けられるようにしてくれた。さらに魔物が多い荒野で生活出来るための安全圏を切り開いてくれたのも初代勇者だったという話だ」
「それは恩を感じるな」
「だろ? 今この国があるのも初代勇者のおかげなのさ。だからこの国では勇者への憧れが強いんだ。二代目の勇者が誕生したときなんか、嫁さん候補がこの国から押し寄せたって話だからな」
「あー」
その一人で見事二代目勇者を射止めたのが西門の街の領主さまのご先祖という訳か。
「ということは、あの皇女さまが勇者と結ばれでもしたら、次の皇帝の座は揺るぎないものになるってことだな」
「まぁ、そういうこった」
子どものような顔で勇者の話をしていたオウガ隊長だったが、皇女の話になると途端に苦々しい顔になった。
民に人気がある皇女さまであるはずなのに、衛兵隊にはあまり人気がないようだ。
あの性格だ。今までも何か問題を起こしたに違いない。
「隊長、先程から話があさってのほうへ行っていますよ」
お茶と菓子を出した後は俺たちの話を邪魔しないように聞いていた副長のチェスタさんが釘を刺すように言った。
あ、そう言えば、もともと俺たち何の話で呼ばれたんだっけ? なんか逮捕協力の件だったかな?
「おお、悪い。なんか思いもかけないことが重なって余計な話が長くなっちまったな」
「いや、いろいろ聞いたのは俺のほうだし。こっちこそすまなかった」
そう言えばオウガ隊長はけっこうなケガ人だったはず。
長話に付き合わせてしまって悪かったな。
「逮捕協力の件なんだが、うちのほうから賞金が出る。それと、さっきも聞かれたが、知っておいたほうがいいだろうから教えておく。攫われた技術者の件だ」
「ああ」
「最近攫われた二人の技術者はあの犯人共が逃げ込もうとした工場で見つかった。例の倉庫と改造作業車がその工場の所有であることを盾に内部探索を抜き打ちで行ったんだ。船に積み込まれていてな、危ないところだった」
「そうか、まずはよかったな」
「よかったんだか、悪かったんだか。最初の頃に攫われた三人は見つからなかったし、今回の強制調査で相手の態度も強固になっていて、知らぬ存ぜぬ、嵌められたと言って宮殿に抗議が行ったし、工場を撤退するという脅しもかけて来た。そうすると何千人という人間が失業するからな。帝都民の感情もあっち寄りになる」
「難しい話だな」
「だがまぁそれが俺たちの仕事だからな、なんとかするさ」
そう言ったオウガ隊長の顔は自信に満ちあふれていた。
こういう人間がいる限り、きっとこの国は建国の志を守って公平な法を守る平等な国であり続けようとするんだろうな。
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