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第四章 世界の片隅で生きる者たち
267 冶金ギルド
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「冶金ギルドとは?」
俺は聞いたことのないギルド属性に頭をひねった。
言葉の響き的には金工に関するもののようだ。
「なんじゃ冶金を知らんのか?」
「ああ。実は俺はミホム王国から来たものでな、あまりこの国には明るくない」
「ミホムじゃと! あの、勇者の国か!」
「勇者だと!」
俺たちを迎えた男の声に奥のほうにいた人たちまでわらわらと集まって来た。
ほとんどが大地人の男性だ。
女性は二人ほどで、その二人も共に大地人だ。平野人はガタイのいい大男が三人ほどいる。
大地人は基本的に平野人の背丈の半分ほどしかないため、巨人と小人のような極端な体格差が生じていた。
正直、勇者の名前がここまで劇的な状況を作り出すとは思っていなかった。
俺が考えていたよりも、この国では勇者の存在は大きいのかもしれない。
「そう言えば、新しい勇者が選ばれたと聞いたぞ」
「おお、俺も聞いた!」
入り口の小部屋にどんどん人が集まって来るので、むさっくるしい。
「お前らいい加減にしないか! 仕事しろ! 散った散った」
「おやっさん、ケチくせえぜ、俺たちにも勇者の話を聞かせろよ」
「馬鹿野郎! この方たちはカホックを人さらいから助けてくださったんだぞ。暑っ苦しい貴様らが押し合いへし合いしたら迷惑だろうが!」
「おお、そりゃあすげえ」
「え? その人が勇者なのか?」
収拾がつかないな。
「すまない俺たちは勇者とは関係ない。ミホム出身というだけだ、期待させて悪かったな」
ときには場を収めるために嘘も必要だ。
俺がそう告げると、「でも勇者について教えて欲しいなぁ」などと言いながらも全員が渋々元の持ち場に帰ったようだった。
俺たちを迎え入れてくれた、親方と呼ばれていた男は、疲れ果てたように肩をすくめたが、改めて俺たちに向き直る。
「悪かったな。ちと場所を移そう。ついて来てくれ」
入り口にある小部屋には入り口以外には扉はない。奥に向かってぽっかりと口を開けた扉のない出入り口から出ると、すぐに金属独特の臭いと、すさまじい熱気に満ちた広い空間となっていた。
その大きな空間では、さきほどの大勢のギルド員たちがなにやらそれぞれ作業を行っている。
俺たちと、さきほど攫われかけたカホックと呼ばれた男は、壁沿いに進んだところにある扉を開いて、こじんまりとしているが落ち着く調度が揃っている部屋へと通された。
無骨な長椅子とテーブルがあり、二つある長椅子の片方に座るように勧められる。
カホックは親方と向かい側に腰掛け、俺とメルリルは勧められた反対側に並んで座った。
全員が席に着くと、親方が口を開く。
「冶金についてだったな。冶金ってのは金属を精製したり、合成したりする作業のことだ。普通鉱石には金属以外の不純物が混ざっているものだが、そこから不純物を取り除くことでその金属の性質を平均化出来る。それと、性質の異なる金属を合成することで、お互いに補い合って、より高い性能の金属を作れるって訳だ」
「それはすごいな。俺は冒険者だからまず金属というと武器になるが、やわらかくしなりのいい剣には欠けやすいという弱点があり、硬い剣は耐久が低いという弱点がある。冶金を用いると、やわらかさと硬さを兼ね備えた剣が作れるということか?」
「理解が早いな。まぁそういうことだ」
「ほう」
これはかなり興味深い内容だ。
まぁ俺には今はドラゴン素材から作った星降りの剣があるんで特に食指は動かないが、冒険者にとってはなかなか魅力的な技術だ。
なんで俺たちの国ではあまり知られてないのだろう?
「もしかして大地人の特殊能力か何かが関係あるのか?」
「そこまでわかるか。そうなんだ。実は俺たち大地人には金属を自在に操る力がある。いわゆる種族特性ってやつだ。平野人の学者は種族的魔法と呼んでいるようだがな」
「種族的魔法、か」
森人であるメルリルの精霊との繋がりのようなものだろうか?
ただ、森人の場合は全員が精霊を使える訳じゃないからまた違うのかもしれないが。
ミホム周辺には大地人はあまり住んでいない。
大地人は鉱石が採取されるような堅い地盤の土地の地下に住んでいて、なかなか優れた地下都市を築く種族と言われている。
その地下都市を作る技術も種族特性が関係しているのだろう。
「ということは、あの連中はそれを狙っていたのか」
「ああそうなんだ。実はここ数年、大地人の技術者が行方不明になる事件が多発していてな。どうやら東国から来た連中による誘拐らしいとは見当がついていたんだが」
「東国は平野人以外は人間と認めていないと聞いたが、大地人は違うのか?」
「ふん、同じさ。やつらは平野人、いや、自分たちと同じ国の平野人以外は人間と認めてない。やつらが俺たちの仲間を攫うのは道具として使うためだ」
「道具……だと?」
「ああ。東国の新興貴族ってのは基本的に工場主なんだ。大きな工場で成功した連中だな」
「ちょっと待ってくれ。こうじょうとはなんだ? 工房とは違うのか?」
「工房ってのは技術者がそれぞれの技術を用いて何かを作り上げる場所だろ? 工場ってのは機械を使ってものを大量に作り出す場所だ」
「機械というと、あの蒸気機関を使ったやつか」
「そうだ。機械を使えば全く同じ品質の商品を大量に作ることが出来る。しかもその機械を動かすには数ヶ月程度の修練で十分なんだ。技術者の代わりに機械が働く工房と考えればいい」
「待ってくれ。同じものしか作れないんだよな。それで儲かるのか?」
「ああ。誰もが大量に必要とするものをより安く提供出来るんだ。布とか紙とかな。そうなればみんな高いものは買わずに安いものを買うだろ? まぁ新興貴族共が儲かるのは業腹だが、工場のおかげで国全体の生活水準が引き上げられた。悪いこっちゃねぇと俺は思う」
「それで、その話に大地人の技術者を道具として使うということがどうつながるんだ?」
「ああ、悪い。話が逸れたな。工場で使う機械は金属で出来ている。金属の質が悪いと機械の質も悪くなって耐久力が低い。つまり壊れやすくなる。そうすると工場はその分損をしてしまう訳だ。機械が一台や二台の話ならともかく、何百何千という数だ。品質の差が儲けに直結するってことが理解出来るだろ?」
「つまり、連中は自分たちが儲けたいために、本来亜人として蔑んでいる大地人を攫って、強制的に冶金技術を使わせているのか」
「ああ、しかも冶金の技術は個人差がある。より能力の高い技術者を狙い始めていて、国もピリピリしているんだ。東国人の入国の際には宣誓書にサインさせて、誓いを破ったら厳重な処罰をする取り決めとなっているんだが、なかなか連中尻尾を出さなくてな」
「それなら、連中の居場所は把握出来ているぞ」
「本当か?」
俺の言葉に、冶金ギルドの親方はガバッと抱きつかんばかりに身を乗り出した。
「ああ。俺の従魔が追跡して、どこに行ったかは把握している。目を共有しているから地図があれば場所を示せると思う」
「すげえな。さすがは勇者の国の冒険者だ。まるでおとぎ話みたいな魔法を使えるんだな」
「俺からすればあんたたちの使う魔法こそがおとぎ話みたいな感じだけどな。この国の硝子が透明なのもあんたたちのおかげか」
「おお、あれは逆に金属を取り除くことで透明にすることが出来るんだ。と、ちょっと待て、地図を出すからな」
親方は棚を開けて地図を探しているようだった。
それにしても、東国の事情が少しずつわかって来たが、俺たちの常識が通じない場所であることは間違いなさそうだ。
工場で儲けた新興貴族が幅を利かせているらしいことや、魔人どころか平野人以外を人間として見ていないこと、今のところトラブルの元となるようなことしか出て来ない。
果たしてまともにやるべきことをやれるのかすら怪しいな。
柄にもなく不安になって来たが、まぁやるしかないんだよな。
俺は聞いたことのないギルド属性に頭をひねった。
言葉の響き的には金工に関するもののようだ。
「なんじゃ冶金を知らんのか?」
「ああ。実は俺はミホム王国から来たものでな、あまりこの国には明るくない」
「ミホムじゃと! あの、勇者の国か!」
「勇者だと!」
俺たちを迎えた男の声に奥のほうにいた人たちまでわらわらと集まって来た。
ほとんどが大地人の男性だ。
女性は二人ほどで、その二人も共に大地人だ。平野人はガタイのいい大男が三人ほどいる。
大地人は基本的に平野人の背丈の半分ほどしかないため、巨人と小人のような極端な体格差が生じていた。
正直、勇者の名前がここまで劇的な状況を作り出すとは思っていなかった。
俺が考えていたよりも、この国では勇者の存在は大きいのかもしれない。
「そう言えば、新しい勇者が選ばれたと聞いたぞ」
「おお、俺も聞いた!」
入り口の小部屋にどんどん人が集まって来るので、むさっくるしい。
「お前らいい加減にしないか! 仕事しろ! 散った散った」
「おやっさん、ケチくせえぜ、俺たちにも勇者の話を聞かせろよ」
「馬鹿野郎! この方たちはカホックを人さらいから助けてくださったんだぞ。暑っ苦しい貴様らが押し合いへし合いしたら迷惑だろうが!」
「おお、そりゃあすげえ」
「え? その人が勇者なのか?」
収拾がつかないな。
「すまない俺たちは勇者とは関係ない。ミホム出身というだけだ、期待させて悪かったな」
ときには場を収めるために嘘も必要だ。
俺がそう告げると、「でも勇者について教えて欲しいなぁ」などと言いながらも全員が渋々元の持ち場に帰ったようだった。
俺たちを迎え入れてくれた、親方と呼ばれていた男は、疲れ果てたように肩をすくめたが、改めて俺たちに向き直る。
「悪かったな。ちと場所を移そう。ついて来てくれ」
入り口にある小部屋には入り口以外には扉はない。奥に向かってぽっかりと口を開けた扉のない出入り口から出ると、すぐに金属独特の臭いと、すさまじい熱気に満ちた広い空間となっていた。
その大きな空間では、さきほどの大勢のギルド員たちがなにやらそれぞれ作業を行っている。
俺たちと、さきほど攫われかけたカホックと呼ばれた男は、壁沿いに進んだところにある扉を開いて、こじんまりとしているが落ち着く調度が揃っている部屋へと通された。
無骨な長椅子とテーブルがあり、二つある長椅子の片方に座るように勧められる。
カホックは親方と向かい側に腰掛け、俺とメルリルは勧められた反対側に並んで座った。
全員が席に着くと、親方が口を開く。
「冶金についてだったな。冶金ってのは金属を精製したり、合成したりする作業のことだ。普通鉱石には金属以外の不純物が混ざっているものだが、そこから不純物を取り除くことでその金属の性質を平均化出来る。それと、性質の異なる金属を合成することで、お互いに補い合って、より高い性能の金属を作れるって訳だ」
「それはすごいな。俺は冒険者だからまず金属というと武器になるが、やわらかくしなりのいい剣には欠けやすいという弱点があり、硬い剣は耐久が低いという弱点がある。冶金を用いると、やわらかさと硬さを兼ね備えた剣が作れるということか?」
「理解が早いな。まぁそういうことだ」
「ほう」
これはかなり興味深い内容だ。
まぁ俺には今はドラゴン素材から作った星降りの剣があるんで特に食指は動かないが、冒険者にとってはなかなか魅力的な技術だ。
なんで俺たちの国ではあまり知られてないのだろう?
「もしかして大地人の特殊能力か何かが関係あるのか?」
「そこまでわかるか。そうなんだ。実は俺たち大地人には金属を自在に操る力がある。いわゆる種族特性ってやつだ。平野人の学者は種族的魔法と呼んでいるようだがな」
「種族的魔法、か」
森人であるメルリルの精霊との繋がりのようなものだろうか?
ただ、森人の場合は全員が精霊を使える訳じゃないからまた違うのかもしれないが。
ミホム周辺には大地人はあまり住んでいない。
大地人は鉱石が採取されるような堅い地盤の土地の地下に住んでいて、なかなか優れた地下都市を築く種族と言われている。
その地下都市を作る技術も種族特性が関係しているのだろう。
「ということは、あの連中はそれを狙っていたのか」
「ああそうなんだ。実はここ数年、大地人の技術者が行方不明になる事件が多発していてな。どうやら東国から来た連中による誘拐らしいとは見当がついていたんだが」
「東国は平野人以外は人間と認めていないと聞いたが、大地人は違うのか?」
「ふん、同じさ。やつらは平野人、いや、自分たちと同じ国の平野人以外は人間と認めてない。やつらが俺たちの仲間を攫うのは道具として使うためだ」
「道具……だと?」
「ああ。東国の新興貴族ってのは基本的に工場主なんだ。大きな工場で成功した連中だな」
「ちょっと待ってくれ。こうじょうとはなんだ? 工房とは違うのか?」
「工房ってのは技術者がそれぞれの技術を用いて何かを作り上げる場所だろ? 工場ってのは機械を使ってものを大量に作り出す場所だ」
「機械というと、あの蒸気機関を使ったやつか」
「そうだ。機械を使えば全く同じ品質の商品を大量に作ることが出来る。しかもその機械を動かすには数ヶ月程度の修練で十分なんだ。技術者の代わりに機械が働く工房と考えればいい」
「待ってくれ。同じものしか作れないんだよな。それで儲かるのか?」
「ああ。誰もが大量に必要とするものをより安く提供出来るんだ。布とか紙とかな。そうなればみんな高いものは買わずに安いものを買うだろ? まぁ新興貴族共が儲かるのは業腹だが、工場のおかげで国全体の生活水準が引き上げられた。悪いこっちゃねぇと俺は思う」
「それで、その話に大地人の技術者を道具として使うということがどうつながるんだ?」
「ああ、悪い。話が逸れたな。工場で使う機械は金属で出来ている。金属の質が悪いと機械の質も悪くなって耐久力が低い。つまり壊れやすくなる。そうすると工場はその分損をしてしまう訳だ。機械が一台や二台の話ならともかく、何百何千という数だ。品質の差が儲けに直結するってことが理解出来るだろ?」
「つまり、連中は自分たちが儲けたいために、本来亜人として蔑んでいる大地人を攫って、強制的に冶金技術を使わせているのか」
「ああ、しかも冶金の技術は個人差がある。より能力の高い技術者を狙い始めていて、国もピリピリしているんだ。東国人の入国の際には宣誓書にサインさせて、誓いを破ったら厳重な処罰をする取り決めとなっているんだが、なかなか連中尻尾を出さなくてな」
「それなら、連中の居場所は把握出来ているぞ」
「本当か?」
俺の言葉に、冶金ギルドの親方はガバッと抱きつかんばかりに身を乗り出した。
「ああ。俺の従魔が追跡して、どこに行ったかは把握している。目を共有しているから地図があれば場所を示せると思う」
「すげえな。さすがは勇者の国の冒険者だ。まるでおとぎ話みたいな魔法を使えるんだな」
「俺からすればあんたたちの使う魔法こそがおとぎ話みたいな感じだけどな。この国の硝子が透明なのもあんたたちのおかげか」
「おお、あれは逆に金属を取り除くことで透明にすることが出来るんだ。と、ちょっと待て、地図を出すからな」
親方は棚を開けて地図を探しているようだった。
それにしても、東国の事情が少しずつわかって来たが、俺たちの常識が通じない場所であることは間違いなさそうだ。
工場で儲けた新興貴族が幅を利かせているらしいことや、魔人どころか平野人以外を人間として見ていないこと、今のところトラブルの元となるようなことしか出て来ない。
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