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第四章 世界の片隅で生きる者たち
240 囃子唄
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「すごい……」
思わず見入ってしまったが、あの火球から甲冑イナゴが飛び出して来たらおおごとだ。
俺は直接火の輝きを見ないようにしながら、気配を探る。
だが、ボロボロと燃え尽きたらしい残骸が湖のなかに落ちていくだけで、外に飛び出して来る気配はなかった。
これはおそらくメルリルがなんらかの対策を取っているのだろう。
「こ、これが、森人の秘術というやつか?」
橋のほうからやって来た神殿騎士たちが近くまで来て俺に尋ねる。
ある程度事情を知っているということは聖騎士クルスが説明したに違いない。
「はい。森では甲冑イナゴの被害も多いらしく、代々伝わっているようです」
「そうか。森人がいてくれて助かったな」
別に森人が全員秘術を使える訳ではなく、メルリルが巫女だから使えるだけなんだが、まぁそこまで詳しい話をする必要はないだろう。
「騎士さま」
「なんだ?」
「実は勇者さまのお供をなされている聖女さまが町の人々の救済を行っているのですが、そちらの手助けは行われているのでしょうか?」
「ああ、聞いている。こちらも大神殿の広場に施術師や聖女さまや聖人さまがいらっしゃってくださっているので、怪我人を広場に運び込む予定ではあった。魔物の飛び交う場所に尊い方々を連れ出す訳にはいかんからな」
おお、あの短い間に大聖堂側も手配をしていたらしい。
意思決定から行動までがかなり早い。
命令系統が一本化しているのだろうか。
聖者さまが指揮を執っているのかな?
「あと、この虫の魔物、甲冑イナゴはこれで全部ではありません。まだ残っているものがいるかと」
「承知した。イアニス、隊長に伝言を」
「了解しました」
俺の言葉を受けて神殿騎士殿は一人離脱させて隊長の下へと走らせる。
ん? ここに数人残っているのはなんでだ?
「失礼ですが、あなた方はどうしてこちらに?」
「勇者さまから貴君らに危険が及ばないように手助けせよとのことでしたので」
「なるほど。ありがとうございます」
勇者が頼んでくれたのか。
「ダスター……」
メルリルの苦しそうな声にハッとしてその顔を見る。
顔に赤みが強く、額にびっしりと汗が浮いていた。
火球の熱気はここにあまり届いていないので、熱にあてられたという訳ではなく、術の影響だろう。
足元は優雅にステップを踏み、踊りは淀みなく美しいが、そうとうの負担があるようだ。
「大丈夫か?」
「唄を歌って」
「は?」
俺は言われたことが理解出来ず、聞き返した。
「思ったよりも負担が大きい。本当は集落の全員の歌や演奏で支える秘術なの。歌か楽器の演奏のサポートが欲しい」
なんだ……と?
俺はパッと神殿騎士たちを見た。
神殿騎士たちは何も理解していないようで、キョトンとしている。
「すまないが何か唄を歌えるか?」
とりあえず聞いてみる。
「は?」
「この秘術には歌や演奏の支えが必要らしい。祭の音楽のようなもんだ」
「あ、ああ、祭事か」
俺の言葉を理解して、神殿騎士たちは唸った。
「おい、イリナックス。お前、二弦の弾き語りで御婦人を口説いていたそうじゃないか」
「え? ここに二弦なんかありませんよ。そ、それに祭事なら神に捧げる詩が相応しいんじゃないですか?」
ふむ、どうやら神殿騎士のなかには詩で御婦人を口説く奴がいるらしい。
けしからんな。
しかし、なるほど祭事と考えれば、祭の唄がいいか。
「収穫祭の囃子唄はどうです?」
提案してみた。
収穫祭はポピュラーな祭だ。
国をまたいで共通した祭事が行われている。
「どこのだ?」
そうか、囃子唄も地域性があるからな。
「森の恵みを称える唄は?」
収穫祭の囃子唄は、旅の楽団がやって来て演奏する場合も多い。
そのため、ある程度全ての地方で共通しているものもあった。
「それで行こう。メインは貴殿が歌いたまえ」
「は?」
「お身内なのだろう? 当然ではないか?」
「うぬっ」
結局のところ、他人に歌を押し付けることは適わず、俺が歌うこととなってしまった。
メルリルの汗が酷いし、ごねている場合ではない。
まぁ祭の歌は勢いだ。やってやろうじゃないか。
大きく息を吸い、メルリルの踊りに合わせるように歌い出す。
「霧立ち込める朝に森の恵みを集め
光注ぐ昼に獣を狩る
夜には闇のなか死の眠りが訪れる
讃えよ、尽きぬ恵みの豊かさを!
畏れよ、深淵の闇に眠る魔物を!
母は子を守り、父は母を守り、子は長じて父母となる
森には異形が棲み、我らは森の外に住む
恵みは巡り降り注ぐ、恵みは巡り降り注ぐ」
俺が歌い、神殿騎士たちが「ヤー!」とか「ヘイ!」とか叫びながら足を踏み鳴らし、剣の鞘を鎧にぶつけてガンガンと打ち鳴らし、合いの手を入れる。
本来は酒が入って騒ぎながら歌い、若い者たちが踊り、という風に、祭の雰囲気のなかで賑やかに歌われるものだ。
こんな場所でいきなり歌うのはふさわしくない。だから少々たどたどしいのは勘弁して欲しい。
そうやって俺たちが歌っている内に、甲冑イナゴを焼く火球は少しずつ小さくなっていった。
ボロボロと湖に落ちる黒い燃えカスの量も増える。
メルリルの踊りは俺の歌に合わせて激しさを増し、炎の輝きは強くなり、そして、ふっと消え失せた。
「おわり……ました」
ふらっと倒れかけるメルリルを慌てて支える。
周囲には甲冑イナゴの姿はなかった。
なぜだかわからないが、神殿騎士たちが涙を流しながら両手を打ち付け、足を踏み鳴らし、ワーワー騒ぎながら感動をしている。
お前らうるさいぞ。
「キュ~」
ひどく疲れた風のフォルテが、メルリルを支えている反対側の肩に止まって、俺の首に巻き付くように丸くなった。
新しいパターンだな。
「はぁ」
何はともあれ、一段落ついたか。
思わず見入ってしまったが、あの火球から甲冑イナゴが飛び出して来たらおおごとだ。
俺は直接火の輝きを見ないようにしながら、気配を探る。
だが、ボロボロと燃え尽きたらしい残骸が湖のなかに落ちていくだけで、外に飛び出して来る気配はなかった。
これはおそらくメルリルがなんらかの対策を取っているのだろう。
「こ、これが、森人の秘術というやつか?」
橋のほうからやって来た神殿騎士たちが近くまで来て俺に尋ねる。
ある程度事情を知っているということは聖騎士クルスが説明したに違いない。
「はい。森では甲冑イナゴの被害も多いらしく、代々伝わっているようです」
「そうか。森人がいてくれて助かったな」
別に森人が全員秘術を使える訳ではなく、メルリルが巫女だから使えるだけなんだが、まぁそこまで詳しい話をする必要はないだろう。
「騎士さま」
「なんだ?」
「実は勇者さまのお供をなされている聖女さまが町の人々の救済を行っているのですが、そちらの手助けは行われているのでしょうか?」
「ああ、聞いている。こちらも大神殿の広場に施術師や聖女さまや聖人さまがいらっしゃってくださっているので、怪我人を広場に運び込む予定ではあった。魔物の飛び交う場所に尊い方々を連れ出す訳にはいかんからな」
おお、あの短い間に大聖堂側も手配をしていたらしい。
意思決定から行動までがかなり早い。
命令系統が一本化しているのだろうか。
聖者さまが指揮を執っているのかな?
「あと、この虫の魔物、甲冑イナゴはこれで全部ではありません。まだ残っているものがいるかと」
「承知した。イアニス、隊長に伝言を」
「了解しました」
俺の言葉を受けて神殿騎士殿は一人離脱させて隊長の下へと走らせる。
ん? ここに数人残っているのはなんでだ?
「失礼ですが、あなた方はどうしてこちらに?」
「勇者さまから貴君らに危険が及ばないように手助けせよとのことでしたので」
「なるほど。ありがとうございます」
勇者が頼んでくれたのか。
「ダスター……」
メルリルの苦しそうな声にハッとしてその顔を見る。
顔に赤みが強く、額にびっしりと汗が浮いていた。
火球の熱気はここにあまり届いていないので、熱にあてられたという訳ではなく、術の影響だろう。
足元は優雅にステップを踏み、踊りは淀みなく美しいが、そうとうの負担があるようだ。
「大丈夫か?」
「唄を歌って」
「は?」
俺は言われたことが理解出来ず、聞き返した。
「思ったよりも負担が大きい。本当は集落の全員の歌や演奏で支える秘術なの。歌か楽器の演奏のサポートが欲しい」
なんだ……と?
俺はパッと神殿騎士たちを見た。
神殿騎士たちは何も理解していないようで、キョトンとしている。
「すまないが何か唄を歌えるか?」
とりあえず聞いてみる。
「は?」
「この秘術には歌や演奏の支えが必要らしい。祭の音楽のようなもんだ」
「あ、ああ、祭事か」
俺の言葉を理解して、神殿騎士たちは唸った。
「おい、イリナックス。お前、二弦の弾き語りで御婦人を口説いていたそうじゃないか」
「え? ここに二弦なんかありませんよ。そ、それに祭事なら神に捧げる詩が相応しいんじゃないですか?」
ふむ、どうやら神殿騎士のなかには詩で御婦人を口説く奴がいるらしい。
けしからんな。
しかし、なるほど祭事と考えれば、祭の唄がいいか。
「収穫祭の囃子唄はどうです?」
提案してみた。
収穫祭はポピュラーな祭だ。
国をまたいで共通した祭事が行われている。
「どこのだ?」
そうか、囃子唄も地域性があるからな。
「森の恵みを称える唄は?」
収穫祭の囃子唄は、旅の楽団がやって来て演奏する場合も多い。
そのため、ある程度全ての地方で共通しているものもあった。
「それで行こう。メインは貴殿が歌いたまえ」
「は?」
「お身内なのだろう? 当然ではないか?」
「うぬっ」
結局のところ、他人に歌を押し付けることは適わず、俺が歌うこととなってしまった。
メルリルの汗が酷いし、ごねている場合ではない。
まぁ祭の歌は勢いだ。やってやろうじゃないか。
大きく息を吸い、メルリルの踊りに合わせるように歌い出す。
「霧立ち込める朝に森の恵みを集め
光注ぐ昼に獣を狩る
夜には闇のなか死の眠りが訪れる
讃えよ、尽きぬ恵みの豊かさを!
畏れよ、深淵の闇に眠る魔物を!
母は子を守り、父は母を守り、子は長じて父母となる
森には異形が棲み、我らは森の外に住む
恵みは巡り降り注ぐ、恵みは巡り降り注ぐ」
俺が歌い、神殿騎士たちが「ヤー!」とか「ヘイ!」とか叫びながら足を踏み鳴らし、剣の鞘を鎧にぶつけてガンガンと打ち鳴らし、合いの手を入れる。
本来は酒が入って騒ぎながら歌い、若い者たちが踊り、という風に、祭の雰囲気のなかで賑やかに歌われるものだ。
こんな場所でいきなり歌うのはふさわしくない。だから少々たどたどしいのは勘弁して欲しい。
そうやって俺たちが歌っている内に、甲冑イナゴを焼く火球は少しずつ小さくなっていった。
ボロボロと湖に落ちる黒い燃えカスの量も増える。
メルリルの踊りは俺の歌に合わせて激しさを増し、炎の輝きは強くなり、そして、ふっと消え失せた。
「おわり……ました」
ふらっと倒れかけるメルリルを慌てて支える。
周囲には甲冑イナゴの姿はなかった。
なぜだかわからないが、神殿騎士たちが涙を流しながら両手を打ち付け、足を踏み鳴らし、ワーワー騒ぎながら感動をしている。
お前らうるさいぞ。
「キュ~」
ひどく疲れた風のフォルテが、メルリルを支えている反対側の肩に止まって、俺の首に巻き付くように丸くなった。
新しいパターンだな。
「はぁ」
何はともあれ、一段落ついたか。
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