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第三章 神と魔と
215 勇者の行くところ騒動あり
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しょっぱなから波乱含みの到着となったが、大聖堂は人間同士のいざこざと関わりなく美しかった。
丸屋根と尖塔、それぞれに透き通ったリングを掲げて建物全体に光を投げている。
橋を渡り終えると、巨大な門があり、その門の表面には花を掲げながら天へと向かう翼を持つ乙女たちが彫られていた。
俺が去年訪れたときには、橋の手前の巡礼者や貴人の従者などが滞在する町で儀式の終わりを待っていたので、ここまで入り込んだことは初めてだ。
前庭もまた美しく整えられていて、季節の花にあふれていたが、なんと言っても目立つのは大聖堂の入口だろう。
いったいどれほどの巨人のための扉なんだ? と思ってしまうほどの巨大な扉が開け放たれ、多くの人々が出入りしている。
このまま庭をまっすぐ突っ切ればその入口に到着するが、扉をくぐるには階段を上る必要があり、とりあえず馬をどこかに預ける必要があるだろう。
そんなふうに考えていたところ、前庭の十字路の右手奥から、馬に乗った一団が慌てて駆けつけるのが見えた。
お、先頭にいるやつに見覚えがあるぞ、確かなんとか言う出迎えに来ていた神殿騎士だ。
ということは、あの連中は国境破りをやらかした連中か。どうやら無事に到着していたらしい。
「勇者殿! これはいかがしたことか?」
いきなり再会の挨拶ではなく、なにやら詰問口調で迫って来た。
対する勇者は無言である。
「いくらなんでも到着がおそすぎるであろう! 我らがどれほど導師さまになじられたか、いや、それよりも、大聖堂に拝礼する場合の作法もお忘れもうしたか? いったん下町に留まって、伺いの使者を立て、許可を得てから大聖堂に上がるのがものの道理である。それをないがしろにするとは!」
「だまれ」
相変わらず偉そうな神殿騎士に対して、勇者は一言だけ告げた。
なるほど、そういう作法があるのか。
だから橋を守る大聖堂の聖騎士殿が慌てて出張って来た訳だな。
何か害意を持ってやって来たと思ったのだろう。
「なんとおっしゃりますか。いかな勇者殿とは言え、大聖堂への無礼とうてい……」
「だまれと言った」
勇者の目が底冷えする光を帯びた。
魔力が急激にその手に集まり、そのまま勇者は手を横に無造作に振る。
ガシャーン! という大きな音を立てて、神殿騎士が落馬した。触れてもいないのに恐ろしい威力だ。
「ぐはっ」
重厚な鎧を着た騎士が落馬するということは、それだけでとんでもない衝撃を身に受けることでもある。
もちろん神殿騎士の鎧ともなれば、軽量化や衝撃吸収などの機能が付いているはずなので落馬で命を落としたりはしないだろうが、ほぼ不意打ちだったせいで神殿騎士は受け身も取れずに、まとも石畳に背中を打ち付けていた。
頭でなくて幸いだったが、しばらく動けないだろう。
「なっ、勇者殿、ご乱心か!」
隊長のすぐそばにいた神殿騎士が焦った声でわめく。
「無礼を働いたから退けただけだ。それとも何か? 貴様、俺があのようなザコに攻撃をしたとでも言うつもりか?」
「ひうっ」
勇者に睨まれて、十人ほどの騎士隊が硬直した。
俺はたまらず横から声をかける。
「騎士さまがた、隊長殿をお救いさしあげてはいかがでしょうか?」
俺の言葉にハッと気づいたように数人の騎士が下馬して、落馬した隊長に駆け寄った。
勇者はそれを顧みることなく、騎士たちがやって来た右の道へと進んだ。
「アルフ、大丈夫なのか? まさか大聖堂に殴り込みに来た訳じゃないだろうな」
徒歩なのでさして目立たないのをいいことに、すっと勇者の馬に身を寄せてささやくような声で確認した。
「そこまで怒ってはいない。無礼な奴をどかせただけだ」
「そうなんだ」
怒ってなくてあれか。
段々勇者に対応を任せたことに不安が募って来る。
しかし、まさか俺がここで対応する訳にもいかず、従者として勇者に従うしかない。
やがて、大聖堂の表の顔である礼拝堂を回り込み、小さな林のなかを通る石畳の通路に出た。
小動物が木々を行き交い、実に平和な場所に見える。
そこを抜けると大きな広場があり、その中央に水が溢れる人工的な池があった。
池の真ん中にドラゴンから宝玉を授かる乙女の姿をかたどった彫像があり、ドラゴンの口と宝玉を掲げ持った手から水が溢れている。
広場にはベンチがしつらえてあり、何人か大聖堂で働いているらしい者たちが休んでいた。
そして、通りかかった馬上の者たち、言うまでもなく俺たち勇者一行に何気なく目をやり、その紋章を見て驚きを顔に浮かべている。
「お待ちください!」
その広場を通り過ぎようとしたところで、最初に橋で俺たちを止めた大聖堂の聖騎士殿が単騎で後を追って来た。
「なんだ?」
「どうも話が表の者たちに伝わっていなかったようで、先程負傷したゾッケルダ騎士からようやく確認が取れました」
おお、そんな名前だったな、あの神殿騎士の隊長。
「それはなにより。では」
それ以上聞くことはないとばかりにそのまま進み出そうとする勇者に、その大聖堂の聖騎士殿はさらに声をかける。
「お待ちください。話が通っていないまま奥向きに向かわれてしまえばまたいらぬ騒動が起こってしまいます。奥向きまで不詳私が先導いたしましょう。我が名はイーアンシミエン。お見知りおきを、勇者殿」
「わかった、頼む」
下馬して騎士の礼を取ったイーアンシミエン殿に対して、勇者は軽くうなずいてその申し出を受け入れた。
よかった。
どうやらあの大聖堂の聖騎士殿の言葉からすると、勇者は無理やり大聖堂の奥向きに押し通ろうとしていたらしい。
場所の把握が出来てなかったので、何が起こっていたのかわからなかったが、さすがにそれはヤバイだろう。
正式な先導役がいてくれるならそれに越したことはない。
ありがとう、聖騎士イーアンシミエン殿。
名前からして元貴族か。口調や態度が固いのも当然だな。
それでも、こうやって機転を利かせてくれて助かった。
橋での対応といい、おそらくは真面目ないい奴なんだろうな。
気苦労をかけて申し訳ない。
丸屋根と尖塔、それぞれに透き通ったリングを掲げて建物全体に光を投げている。
橋を渡り終えると、巨大な門があり、その門の表面には花を掲げながら天へと向かう翼を持つ乙女たちが彫られていた。
俺が去年訪れたときには、橋の手前の巡礼者や貴人の従者などが滞在する町で儀式の終わりを待っていたので、ここまで入り込んだことは初めてだ。
前庭もまた美しく整えられていて、季節の花にあふれていたが、なんと言っても目立つのは大聖堂の入口だろう。
いったいどれほどの巨人のための扉なんだ? と思ってしまうほどの巨大な扉が開け放たれ、多くの人々が出入りしている。
このまま庭をまっすぐ突っ切ればその入口に到着するが、扉をくぐるには階段を上る必要があり、とりあえず馬をどこかに預ける必要があるだろう。
そんなふうに考えていたところ、前庭の十字路の右手奥から、馬に乗った一団が慌てて駆けつけるのが見えた。
お、先頭にいるやつに見覚えがあるぞ、確かなんとか言う出迎えに来ていた神殿騎士だ。
ということは、あの連中は国境破りをやらかした連中か。どうやら無事に到着していたらしい。
「勇者殿! これはいかがしたことか?」
いきなり再会の挨拶ではなく、なにやら詰問口調で迫って来た。
対する勇者は無言である。
「いくらなんでも到着がおそすぎるであろう! 我らがどれほど導師さまになじられたか、いや、それよりも、大聖堂に拝礼する場合の作法もお忘れもうしたか? いったん下町に留まって、伺いの使者を立て、許可を得てから大聖堂に上がるのがものの道理である。それをないがしろにするとは!」
「だまれ」
相変わらず偉そうな神殿騎士に対して、勇者は一言だけ告げた。
なるほど、そういう作法があるのか。
だから橋を守る大聖堂の聖騎士殿が慌てて出張って来た訳だな。
何か害意を持ってやって来たと思ったのだろう。
「なんとおっしゃりますか。いかな勇者殿とは言え、大聖堂への無礼とうてい……」
「だまれと言った」
勇者の目が底冷えする光を帯びた。
魔力が急激にその手に集まり、そのまま勇者は手を横に無造作に振る。
ガシャーン! という大きな音を立てて、神殿騎士が落馬した。触れてもいないのに恐ろしい威力だ。
「ぐはっ」
重厚な鎧を着た騎士が落馬するということは、それだけでとんでもない衝撃を身に受けることでもある。
もちろん神殿騎士の鎧ともなれば、軽量化や衝撃吸収などの機能が付いているはずなので落馬で命を落としたりはしないだろうが、ほぼ不意打ちだったせいで神殿騎士は受け身も取れずに、まとも石畳に背中を打ち付けていた。
頭でなくて幸いだったが、しばらく動けないだろう。
「なっ、勇者殿、ご乱心か!」
隊長のすぐそばにいた神殿騎士が焦った声でわめく。
「無礼を働いたから退けただけだ。それとも何か? 貴様、俺があのようなザコに攻撃をしたとでも言うつもりか?」
「ひうっ」
勇者に睨まれて、十人ほどの騎士隊が硬直した。
俺はたまらず横から声をかける。
「騎士さまがた、隊長殿をお救いさしあげてはいかがでしょうか?」
俺の言葉にハッと気づいたように数人の騎士が下馬して、落馬した隊長に駆け寄った。
勇者はそれを顧みることなく、騎士たちがやって来た右の道へと進んだ。
「アルフ、大丈夫なのか? まさか大聖堂に殴り込みに来た訳じゃないだろうな」
徒歩なのでさして目立たないのをいいことに、すっと勇者の馬に身を寄せてささやくような声で確認した。
「そこまで怒ってはいない。無礼な奴をどかせただけだ」
「そうなんだ」
怒ってなくてあれか。
段々勇者に対応を任せたことに不安が募って来る。
しかし、まさか俺がここで対応する訳にもいかず、従者として勇者に従うしかない。
やがて、大聖堂の表の顔である礼拝堂を回り込み、小さな林のなかを通る石畳の通路に出た。
小動物が木々を行き交い、実に平和な場所に見える。
そこを抜けると大きな広場があり、その中央に水が溢れる人工的な池があった。
池の真ん中にドラゴンから宝玉を授かる乙女の姿をかたどった彫像があり、ドラゴンの口と宝玉を掲げ持った手から水が溢れている。
広場にはベンチがしつらえてあり、何人か大聖堂で働いているらしい者たちが休んでいた。
そして、通りかかった馬上の者たち、言うまでもなく俺たち勇者一行に何気なく目をやり、その紋章を見て驚きを顔に浮かべている。
「お待ちください!」
その広場を通り過ぎようとしたところで、最初に橋で俺たちを止めた大聖堂の聖騎士殿が単騎で後を追って来た。
「なんだ?」
「どうも話が表の者たちに伝わっていなかったようで、先程負傷したゾッケルダ騎士からようやく確認が取れました」
おお、そんな名前だったな、あの神殿騎士の隊長。
「それはなにより。では」
それ以上聞くことはないとばかりにそのまま進み出そうとする勇者に、その大聖堂の聖騎士殿はさらに声をかける。
「お待ちください。話が通っていないまま奥向きに向かわれてしまえばまたいらぬ騒動が起こってしまいます。奥向きまで不詳私が先導いたしましょう。我が名はイーアンシミエン。お見知りおきを、勇者殿」
「わかった、頼む」
下馬して騎士の礼を取ったイーアンシミエン殿に対して、勇者は軽くうなずいてその申し出を受け入れた。
よかった。
どうやらあの大聖堂の聖騎士殿の言葉からすると、勇者は無理やり大聖堂の奥向きに押し通ろうとしていたらしい。
場所の把握が出来てなかったので、何が起こっていたのかわからなかったが、さすがにそれはヤバイだろう。
正式な先導役がいてくれるならそれに越したことはない。
ありがとう、聖騎士イーアンシミエン殿。
名前からして元貴族か。口調や態度が固いのも当然だな。
それでも、こうやって機転を利かせてくれて助かった。
橋での対応といい、おそらくは真面目ないい奴なんだろうな。
気苦労をかけて申し訳ない。
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