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第三章 神と魔と
198 森の中の館2
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男が俺たちを招こうと扉を大きく開いたそのとき、凄まじい轟音と白光が世界を埋めた。
近くに雷が落ちたらしい。
「キャアアア!」
「ヒャァ!」
雷の音に紛れながらも、けたたましい悲鳴とふいをつかれて驚いたような声が上がる。
前者がモンクで、後者が聖女だ。
前も確か虫かなんかで驚いていたような気がするが、意外とモンクは苦手なものが多いようだ。無表情が治ればすごく可愛い女の子になるのではないだろうか?
だが、そんな二人の悲鳴以上に気になったのは、扉を開けた男の表情だった。
一瞬の強い光で焼き付けられたように目に入ったその表情は、ほくそ笑むような、含みがある笑みを浮かべて見えたのだ。
雷の直後、ザアアアと音高く雨が降り出した。
「酷い雨ですな。お客人は運がいい」
「確かに」
俺はそう答えながらも、さきほどのこの男の顔が気になっていた。
とは言え、それだけで何をどうこうすることが出来るはずもない。
「馬を繋いで来る」
「ああ、それなら。あそこに見える馬小屋を使ってください」
「ありがとう」
さすがに勇者たちの馬だけあって、あれだけ間近で雷が落ちたのにびくともしていない。
頼もしいな。
勇者たちはなにか言いたそうにしていたが、今の立場は俺は勇者たちの従者である。
目でそのまま行けと伝えた。
俺は雨のなかを急いで五頭の馬たちを導きつつ馬小屋へと駆け込む。
馬小屋には二頭の馬がいた。
馬房はかなり広々としていて数多く、元は多くの馬が繋がれていたことが察せられる。
どうも屋敷の造りと、住んでいる人間のイメージが合わない。
「ダスター」
「メルリル、病み上がりなんだから雨に降られるのは駄目だろ」
俺の後を追ってやって来たらしいメルリルに、俺は自分の外套を着せかけた。
「具合を悪くしたのなんてもう何日も前よ。それに私は精霊の加護で濡れないように出来るもの。ダスターこそ、この雨のなかで五頭全部を世話するつもり?」
「馬たちは走らせていないし、雨にも少し濡れただけだ、体を拭いて水と餌を与えたらすぐだよ」
「じゃあ二人でやればもっと早く終わるね」
メルリルは俺の外套を着て、袖まくりをすると、桶を抱えて外に出て行った。
ふむ、これは頼もしくなったと思うべきなんだろうな。
「キュイ!」
フォルテが荷物から馬用の拭き布を引っ張り出して俺に渡してくれた。
「お前も手伝うってか? 全く、頼もしいな」
俺は笑いながら作業を始めた。
雷に動じなかった馬たちがブルルと鼻を鳴らす。
馬たちも楽しいと笑うらしい。
そうやって馬の世話を終えた俺たちが玄関の扉を開けて屋敷のなかへ入ると、薄暗いホールにランプが一つだけ灯されていた。
節約しているのか。
こんな大きなお屋敷に人が少ないのも、懐が寂しくなったからなのかもしれない。
だが、聞いた話によると貴族は貧乏になっても決して貧乏な様子は見せないという。
やはりここに住んでいる者たちは貴族ではないのかもしれない。
玄関の開いたのを察知したのか、さきほどの男が姿を現した。
「お連れさまたちには先にお部屋に行ってもらっています。お二人にもそれぞれお部屋を用意しましたので、そちらで一度おくつろぎください。お湯が必要ならおっしゃってくだされば用意いたしましょう」
「ああ、助かる。頼む」
「お願いします」
「承知いたしました。ではこちらに」
男に案内されたのは玄関ホールから続く階段を上がって右へと回り込んだ廊下の先に続く部屋の一つだった。
まずはメルリルが案内され、その向かいの部屋が俺のものとして提供される。
従者にも個室を用意するとはなかなか太っ腹だ。
まぁ大きい屋敷に少人数で住んでいるようだから部屋は余っているのだろう。
「それでは後でお湯をお持ちします。それから、夕食は我が主と共にしていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「俺たちもか?」
「はい。私共は貴族ではありません。身分など気にしませんのでどうぞ気楽な心持ちで招待を受けてください」
「わかった。ありがとう」
礼を言って部屋へと入る。
部屋は薄暗いが、魔力を目に込めることで昼間と同じように見ることが出来るので問題ない。
普通の宿の部屋の倍はあるだろう。立派な部屋だ。
壁に備え付けのランプがあり、油も入っているようだった。
芯を上げ、着火の魔具を使って火を灯す。
「少し埃っぽいか」
あまり掃除はしていないようだ。
雨が降っているが、俺は窓を開けて室内を軽く掃除した。
まぁ屋根があって寝るところがあるんだから文句を言っては贅沢にすぎる。
ついでに掃除をするぐらい軽いものだ。
しばらくするとドアの外からノックの音が聞こえた。
「お湯を置いておきます」
「ああ、ありがとう」
ドアの外に顔を出す。
お湯を持って来た男の姿は既になかった。
代わりに同じようにお湯を受け取りに出たらしいメルリルと顔を合わせることとなった。
「不便はないか?」
「大丈夫。風と火の精霊に力を借りたので」
「便利だな」
「ええ」
短い会話だったが、メルリルと言葉を交わすとそれだけで気持ちが暖かくなる。
なんとなくいい気分でお湯の入った桶を部屋に持ち込むと、そこにフォルテが飛び込んだ。
「おい! こら!」
止める間もなくバシャバシャとお湯を撒き散らし、満足したらそのまま飛び上がって俺の頭に乗っかる。
せっかく掃除した部屋がびしょびしょになった。
「お前はほんと、自由だよな」
やれやれと思いながら掃除をやりなおし、すっかり冷えた桶の水で自分の体を拭いたのだった。
近くに雷が落ちたらしい。
「キャアアア!」
「ヒャァ!」
雷の音に紛れながらも、けたたましい悲鳴とふいをつかれて驚いたような声が上がる。
前者がモンクで、後者が聖女だ。
前も確か虫かなんかで驚いていたような気がするが、意外とモンクは苦手なものが多いようだ。無表情が治ればすごく可愛い女の子になるのではないだろうか?
だが、そんな二人の悲鳴以上に気になったのは、扉を開けた男の表情だった。
一瞬の強い光で焼き付けられたように目に入ったその表情は、ほくそ笑むような、含みがある笑みを浮かべて見えたのだ。
雷の直後、ザアアアと音高く雨が降り出した。
「酷い雨ですな。お客人は運がいい」
「確かに」
俺はそう答えながらも、さきほどのこの男の顔が気になっていた。
とは言え、それだけで何をどうこうすることが出来るはずもない。
「馬を繋いで来る」
「ああ、それなら。あそこに見える馬小屋を使ってください」
「ありがとう」
さすがに勇者たちの馬だけあって、あれだけ間近で雷が落ちたのにびくともしていない。
頼もしいな。
勇者たちはなにか言いたそうにしていたが、今の立場は俺は勇者たちの従者である。
目でそのまま行けと伝えた。
俺は雨のなかを急いで五頭の馬たちを導きつつ馬小屋へと駆け込む。
馬小屋には二頭の馬がいた。
馬房はかなり広々としていて数多く、元は多くの馬が繋がれていたことが察せられる。
どうも屋敷の造りと、住んでいる人間のイメージが合わない。
「ダスター」
「メルリル、病み上がりなんだから雨に降られるのは駄目だろ」
俺の後を追ってやって来たらしいメルリルに、俺は自分の外套を着せかけた。
「具合を悪くしたのなんてもう何日も前よ。それに私は精霊の加護で濡れないように出来るもの。ダスターこそ、この雨のなかで五頭全部を世話するつもり?」
「馬たちは走らせていないし、雨にも少し濡れただけだ、体を拭いて水と餌を与えたらすぐだよ」
「じゃあ二人でやればもっと早く終わるね」
メルリルは俺の外套を着て、袖まくりをすると、桶を抱えて外に出て行った。
ふむ、これは頼もしくなったと思うべきなんだろうな。
「キュイ!」
フォルテが荷物から馬用の拭き布を引っ張り出して俺に渡してくれた。
「お前も手伝うってか? 全く、頼もしいな」
俺は笑いながら作業を始めた。
雷に動じなかった馬たちがブルルと鼻を鳴らす。
馬たちも楽しいと笑うらしい。
そうやって馬の世話を終えた俺たちが玄関の扉を開けて屋敷のなかへ入ると、薄暗いホールにランプが一つだけ灯されていた。
節約しているのか。
こんな大きなお屋敷に人が少ないのも、懐が寂しくなったからなのかもしれない。
だが、聞いた話によると貴族は貧乏になっても決して貧乏な様子は見せないという。
やはりここに住んでいる者たちは貴族ではないのかもしれない。
玄関の開いたのを察知したのか、さきほどの男が姿を現した。
「お連れさまたちには先にお部屋に行ってもらっています。お二人にもそれぞれお部屋を用意しましたので、そちらで一度おくつろぎください。お湯が必要ならおっしゃってくだされば用意いたしましょう」
「ああ、助かる。頼む」
「お願いします」
「承知いたしました。ではこちらに」
男に案内されたのは玄関ホールから続く階段を上がって右へと回り込んだ廊下の先に続く部屋の一つだった。
まずはメルリルが案内され、その向かいの部屋が俺のものとして提供される。
従者にも個室を用意するとはなかなか太っ腹だ。
まぁ大きい屋敷に少人数で住んでいるようだから部屋は余っているのだろう。
「それでは後でお湯をお持ちします。それから、夕食は我が主と共にしていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「俺たちもか?」
「はい。私共は貴族ではありません。身分など気にしませんのでどうぞ気楽な心持ちで招待を受けてください」
「わかった。ありがとう」
礼を言って部屋へと入る。
部屋は薄暗いが、魔力を目に込めることで昼間と同じように見ることが出来るので問題ない。
普通の宿の部屋の倍はあるだろう。立派な部屋だ。
壁に備え付けのランプがあり、油も入っているようだった。
芯を上げ、着火の魔具を使って火を灯す。
「少し埃っぽいか」
あまり掃除はしていないようだ。
雨が降っているが、俺は窓を開けて室内を軽く掃除した。
まぁ屋根があって寝るところがあるんだから文句を言っては贅沢にすぎる。
ついでに掃除をするぐらい軽いものだ。
しばらくするとドアの外からノックの音が聞こえた。
「お湯を置いておきます」
「ああ、ありがとう」
ドアの外に顔を出す。
お湯を持って来た男の姿は既になかった。
代わりに同じようにお湯を受け取りに出たらしいメルリルと顔を合わせることとなった。
「不便はないか?」
「大丈夫。風と火の精霊に力を借りたので」
「便利だな」
「ええ」
短い会話だったが、メルリルと言葉を交わすとそれだけで気持ちが暖かくなる。
なんとなくいい気分でお湯の入った桶を部屋に持ち込むと、そこにフォルテが飛び込んだ。
「おい! こら!」
止める間もなくバシャバシャとお湯を撒き散らし、満足したらそのまま飛び上がって俺の頭に乗っかる。
せっかく掃除した部屋がびしょびしょになった。
「お前はほんと、自由だよな」
やれやれと思いながら掃除をやりなおし、すっかり冷えた桶の水で自分の体を拭いたのだった。
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