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第三章 神と魔と
195 大聖堂の王
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「まぁでも、昔のことはもういいんだ。いまさら父さんや母さん、ましてや妹が生き返る訳でもないしね。結局のところ、身寄りのないわたしを曲がりなりにも引き取って育ててくれもした。恨んだって仕方ない。導師を見かけるとやっぱ腹が立ったけどさ、何か出来る訳でもなかったし。そう思って修行して、守護拳士として実力を認められるようになった。やっぱ力がないと人は何も出来ないからさ」
テスタはどこか自分に言い聞かせるようにそう言った。
無理はしているのだろうが、それでも本心ではあるのだろう。
「だけどさ、ご立派な理屈でうちの親を非難しておいて、結局あそこの連中は腐ってたんだよ。それがわたしは許せない」
「それが、テスタが勇者パーティに入れられた理由か? 以前、自分を追い出すために勇者と同行させたとか言ってたよな」
俺はモンクのテスタが昔漏らした言葉を思い出す。
「そう。去年、ううん、もう一昨年か。大聖堂付きの守護拳士として見習いを卒業する勝ち抜き戦で勝ち上がったわたしを導師の側近が呼び出した。神に仕える者としての心得を説くという話だったかな。悪い噂のある奴だったから、そいつの部屋に呼び出された時点で嫌な予感がしてたんだ」
ああ、だいたい何が起こったか見えて来たぞ。
うら若い女性にはよくある災難だ。
「部屋に入ると突然、『服を脱いで俺を拝礼せよ』とか言い出した。意味がわからなかったね」
「最悪ですね」
これまでの話で既に思うところがあったらしい聖騎士がため息を吐くように言った。
「まぁたまにこいつみたいに自分が神になったかのように勘違いするバカはいたから、やんわりと言ってやったのさ。自分を拝せよとは神に対して不遜ではないですか? ってね」
「全くです」
聖女さまがいきどおったようにうなずいた。
「そしたらそいつ、『神の近臣たる我を拝するのは神を拝するのと同じ、それがわからんとは、自ら死を選び神の教えに逆らった者の子だけあるわ』とか言いやがって。腹が立ったからそのまま部屋を退出しようとしたのさ。そしたら襟首をむんずと掴んで来て、『慈悲を垂れてやろうと言うのにわからん娘だ!』とか勝手に怒り出して、あろうことかベッドに引きずって行ってのしかかろうとして来た」
「最悪だ。もちろん殺したんだろうな?」
勇者が過激だ。
気持ちはわかるがこの場面で殺してしまったらテスタが悪いことになってしまうぞ。
「いや、さすがに殺したりしないよ。わたしは神の慈悲を守護する立場だからね」
「お優しいんですね」
メルリルが驚いたように言う。
なるほど、メルリルなら殺してたんだな。
その場合は俺が後始末はしてやるから存分にやれ。
「ああ、わたしはお優しいから顎と手足の骨を砕いて、子作りの道具を潰してやった程度だ。気絶したりしないように手加減しながらゆっくりとな」
怖い。
いや、当然の報いだな。思わず内股になってしまったのは許して欲しい。
「どうせ癒やされるんだけどさ、痛みってのは案外強烈に記憶に残るもんだからな。記憶に刻みつけてやったのさ。それ以降そいつ、わたしの顔を見たら震え上がるようになったな。まぁそれはいいんだけど、この件、結局反省房入りしたのはわたしのほうでさ。罪を認めて贖罪せよとか言いやがるから真偽の天秤の裁きを受けるって言ったのさ。そしたらビビっちまって放免になったんだけど、それ以来、周囲から遠巻きにされるようになってね。大聖堂の鼻つまみ者となっちまったんだ。だから勇者のお供に放り込んだのはいい厄介払いってとこだね」
「いろいろ酷い話だが、その真偽の天秤ってのはなんだ?」
テスタの告白に頭の痛い思いをしながらも、気になる言葉を確認する。
「真偽の天秤は真偽を計る魔法です。天秤の片方に裁かれる者の魂を乗せて真偽を問い、偽りを答えれば死を賜るという、とても厳しい裁きに使われます」
テスタの代わりに聖女が答える。
なるほど、嘘つきにはおっかない魔法だな。
しかしある意味正しい者にとって頼りになる魔法でもある訳だ。
大聖堂が長い年月公平性を保って各国と渡り合ってこれているのは、こういう特殊な魔法があるせいってのもあるのかもな。
「やっぱあのおっさん腐ってやがったな。最初見たときから気に食わなかったんだ。偉そうに上から目線でせせら笑いやがって」
勇者が、モンクのためにいきどおっているのか、自分自身の恨みなのかよくわからない非難を導師にぶつけた。
「その導師、導師として大聖堂の事実上のトップになって長いのか?」
俺の問いにモンクが少し考えるようにしてから答えた。
「わたしの知る限りではもう十年以上あいつのままだよ。魔法の精度が特出してて敵う者がいないとか。導師は魔法の巧みさと知識と政治力が高いやつが就く役職なんだ。教手が試験を受けて到達する頂点が教主で、その教主をまとめているのが導師になる。だから神の声を直接聞くのは聖者だけど実質教会組織を動かしているのは導師って訳さ。組織のなかの横や縦の繋がりが強いんだよ」
「なるほどな」
それはもう王のようなものと言っていいんじゃないか?
大聖堂やその下にある教会は神の言葉を伝える組織という形だが、実質は魔法を支配する国土を持たない国家でもある。
そのなかでトップと言われている聖者は、言うなれば預言者のようなものだ。
人はその言葉に耳を傾けはするが、預言者自身に権力はない。
権力は王の立場にいる導師が握っているという力関係なんだな。
ややっこしい組織だが、なんとなく全体の形が見えて来た。
というか、モンクの話を聞いた今では、全員に大聖堂に対する対抗意識というか、嫌悪感が生じているようだし、到着したら間違いなく一悶着ありそうだな。
特に勇者の目つきがヤバイ。
「待ってろよ、腐れやろう」
気持ちはわかるが、勇者としての発言じゃないだろ、それ。
テスタはどこか自分に言い聞かせるようにそう言った。
無理はしているのだろうが、それでも本心ではあるのだろう。
「だけどさ、ご立派な理屈でうちの親を非難しておいて、結局あそこの連中は腐ってたんだよ。それがわたしは許せない」
「それが、テスタが勇者パーティに入れられた理由か? 以前、自分を追い出すために勇者と同行させたとか言ってたよな」
俺はモンクのテスタが昔漏らした言葉を思い出す。
「そう。去年、ううん、もう一昨年か。大聖堂付きの守護拳士として見習いを卒業する勝ち抜き戦で勝ち上がったわたしを導師の側近が呼び出した。神に仕える者としての心得を説くという話だったかな。悪い噂のある奴だったから、そいつの部屋に呼び出された時点で嫌な予感がしてたんだ」
ああ、だいたい何が起こったか見えて来たぞ。
うら若い女性にはよくある災難だ。
「部屋に入ると突然、『服を脱いで俺を拝礼せよ』とか言い出した。意味がわからなかったね」
「最悪ですね」
これまでの話で既に思うところがあったらしい聖騎士がため息を吐くように言った。
「まぁたまにこいつみたいに自分が神になったかのように勘違いするバカはいたから、やんわりと言ってやったのさ。自分を拝せよとは神に対して不遜ではないですか? ってね」
「全くです」
聖女さまがいきどおったようにうなずいた。
「そしたらそいつ、『神の近臣たる我を拝するのは神を拝するのと同じ、それがわからんとは、自ら死を選び神の教えに逆らった者の子だけあるわ』とか言いやがって。腹が立ったからそのまま部屋を退出しようとしたのさ。そしたら襟首をむんずと掴んで来て、『慈悲を垂れてやろうと言うのにわからん娘だ!』とか勝手に怒り出して、あろうことかベッドに引きずって行ってのしかかろうとして来た」
「最悪だ。もちろん殺したんだろうな?」
勇者が過激だ。
気持ちはわかるがこの場面で殺してしまったらテスタが悪いことになってしまうぞ。
「いや、さすがに殺したりしないよ。わたしは神の慈悲を守護する立場だからね」
「お優しいんですね」
メルリルが驚いたように言う。
なるほど、メルリルなら殺してたんだな。
その場合は俺が後始末はしてやるから存分にやれ。
「ああ、わたしはお優しいから顎と手足の骨を砕いて、子作りの道具を潰してやった程度だ。気絶したりしないように手加減しながらゆっくりとな」
怖い。
いや、当然の報いだな。思わず内股になってしまったのは許して欲しい。
「どうせ癒やされるんだけどさ、痛みってのは案外強烈に記憶に残るもんだからな。記憶に刻みつけてやったのさ。それ以降そいつ、わたしの顔を見たら震え上がるようになったな。まぁそれはいいんだけど、この件、結局反省房入りしたのはわたしのほうでさ。罪を認めて贖罪せよとか言いやがるから真偽の天秤の裁きを受けるって言ったのさ。そしたらビビっちまって放免になったんだけど、それ以来、周囲から遠巻きにされるようになってね。大聖堂の鼻つまみ者となっちまったんだ。だから勇者のお供に放り込んだのはいい厄介払いってとこだね」
「いろいろ酷い話だが、その真偽の天秤ってのはなんだ?」
テスタの告白に頭の痛い思いをしながらも、気になる言葉を確認する。
「真偽の天秤は真偽を計る魔法です。天秤の片方に裁かれる者の魂を乗せて真偽を問い、偽りを答えれば死を賜るという、とても厳しい裁きに使われます」
テスタの代わりに聖女が答える。
なるほど、嘘つきにはおっかない魔法だな。
しかしある意味正しい者にとって頼りになる魔法でもある訳だ。
大聖堂が長い年月公平性を保って各国と渡り合ってこれているのは、こういう特殊な魔法があるせいってのもあるのかもな。
「やっぱあのおっさん腐ってやがったな。最初見たときから気に食わなかったんだ。偉そうに上から目線でせせら笑いやがって」
勇者が、モンクのためにいきどおっているのか、自分自身の恨みなのかよくわからない非難を導師にぶつけた。
「その導師、導師として大聖堂の事実上のトップになって長いのか?」
俺の問いにモンクが少し考えるようにしてから答えた。
「わたしの知る限りではもう十年以上あいつのままだよ。魔法の精度が特出してて敵う者がいないとか。導師は魔法の巧みさと知識と政治力が高いやつが就く役職なんだ。教手が試験を受けて到達する頂点が教主で、その教主をまとめているのが導師になる。だから神の声を直接聞くのは聖者だけど実質教会組織を動かしているのは導師って訳さ。組織のなかの横や縦の繋がりが強いんだよ」
「なるほどな」
それはもう王のようなものと言っていいんじゃないか?
大聖堂やその下にある教会は神の言葉を伝える組織という形だが、実質は魔法を支配する国土を持たない国家でもある。
そのなかでトップと言われている聖者は、言うなれば預言者のようなものだ。
人はその言葉に耳を傾けはするが、預言者自身に権力はない。
権力は王の立場にいる導師が握っているという力関係なんだな。
ややっこしい組織だが、なんとなく全体の形が見えて来た。
というか、モンクの話を聞いた今では、全員に大聖堂に対する対抗意識というか、嫌悪感が生じているようだし、到着したら間違いなく一悶着ありそうだな。
特に勇者の目つきがヤバイ。
「待ってろよ、腐れやろう」
気持ちはわかるが、勇者としての発言じゃないだろ、それ。
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