勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第三章 神と魔と

162 非日常の影

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 宿の朝食はやや遅くはなったがまだ朝と言える内に運ばれて来た。
 神殿騎士たちもそこまで性急ではなかったようで、食事を終えた頃を見計らって乗り込んで来るということもなく、ゆっくりと食事が出来たのは助かる。
 勇者の評価は、この宿の朝食は出るのが遅いが面白いし美味いというものに落ち着いた。

 大連合と国境を接しているこの村には異国風の品々や、食文化が浸透していて、料理もかなり変わったものが多い。
 朝食として出されたのは薄く大きめにパリッと焼かれたパンと、どろりとして濃厚なスープだ。
 スープは独特の風味と辛味があり、大きめの肉が入っていた。
 このスープをスプーンで掬って適度な大きさにちぎったパンに乗せて食べるのだ。
 塩辛さとは違ったその辛味は、なかなかくせになる味だった。
 こんなときでなかったら、調味料を購入しておきたいところだ。

 俺たちはとりあえずの方針は決まっていたので、借りた大部屋でお迎えが来るまで思い思いの準備をした。
 メルリルはモンクと聖女の女性組と一緒に、衝立を立ててその向こうでなにやら楽しげに話している。
 あの三人、急激に仲良くなりつつあるようだ。いい傾向だろう。
 まぁもともとモンクと聖女は仲がいいというか、モンクが一方的に聖女に仕えているという感じだったが、メルリルがいい具合に緩衝役となって、あの二人の間にあった、ちょっとしたぎこちなさも取れて来ている。
 対して俺たちむさ苦しい男連中は、別段話すこともないので、黙々と武器や装備の点検を進めていた。

 結局神殿騎士が再訪したのは午後になってからだった。
 部屋に通された騎士は丁寧に神殿式の一礼をし、兜を取って話を始める。
 その顔からだいたい四十代ぐらいの熟練の騎士と思われた。

「私は大聖堂に仕える騎士、ゾッケルダと申します。この度は、勇者さまがたに突然の訪問によるご不快を感じさせてしまったこと、誠に申し訳なく……」
「謝罪はいい。用件だけ言え」

 勇者がいつものようにぞんざいに対応するが、さすがに相手ももはや動じず、用件を切り出した。

「は、こちらが導師さまからの召喚状でございます」

 勇者はその書状を受け取ると、ナイフで封印を破り、中身を眺める。

「それで、この召喚、聖者さまもご承知のことか?」

 神殿騎士のゾッケルダは、今度は明らかに勇者の言葉に動揺した。

「聖者さまにおかれましては、俗世のことなどと関わることはありませぬ」
「ふ~ん、俺は俗世のことか?」
「い、いえ、勇者さまは神の御子なれば……」

 性格が悪いな勇者。
 すでに彼らに従うことは決めているのに、相手のウィークポイントを突くことを忘れない。
 聖者と言えば大聖堂のトップではあるが、基本、奥に籠もりきりで、信者に顔を見せることなど年に一、二回と言われている。
 そのため教会の運営などを行っている実質的なトップが導師なのだ。
 俺ですら知っている話だ。

「まぁいい。お前をここで困らせても何も解決はしないだろう。わかった、召喚に応じよう」
「はっ、ありがたきご配慮痛み入ります」

 勇者はたっぷり相手に恩を着せた後、出立に応じた。
 とは言え、すでに陽は傾き始めている。
 いまから出立したらタシテに入るのが夕刻近くになり、タシテで宿を取ることとなってしまう。
 今の情勢でそれは避けたい。
 そこで、出立は翌日ということにして、本日は迎えに来た神殿騎士との顔合わせになった。
 揃いの白銀の鎧も眩しい神殿騎士は全部で十二人だ。

「いいか、この二人は俺の大事な従者だ。もし何か失礼をしでかしたらそいつには神の子の慈悲にも限りがあることを思い知らせてやるからな」
「はっ!」

 顔合わせというか、勇者の脅しというか、大事な従者ってなんだよ? って感じだが、誰も疑問一つ発したりしねぇ。
 さすがは神殿騎士。信じる神の子たる勇者の威光と言ったところか。
 と言うか、神の子の慈悲って……お前に嫌いな相手に対する慈悲があったとは気づかなかったよ。

 俺はせっかく出来た時間なので、市場に行くことにした。
 メルリルとフォルテがどこかホッとしたようについて来る。神殿騎士の暑苦しい雰囲気に耐えられなかったようだ。

「一気にむさいのが増えたな」
「あの、神殿騎士に女性はいないのですか?」
「女性もいることはいるらしい。聖女付きとかそういうのは女性騎士が担当するとのことだ」
「そうなんですね」

 などと世間話をしながら市場を回る。
 さすがに珍しいものが多い交流村だけあって市場は賑わっていた。
 仕入れらしい商人の姿や、大連合の民らしい独特の服装の者たちがいて、衣装の色や形も全く違う大勢の者が行き来する様子は、お祭りじみて楽しげですらある。
 俺は調味料を扱っている店を探し、乾燥させた辛い実を粉末状にした薬味スパイスと呼ばれるものを発見した。

「これはどんなふうに使うんだ?」
「料理の最後に振りかけて辛味を調整したり、肉なんかに擦り込んで臭みを消したりするよ」
「基本的にはハーブと同じか」
「そうだね。粒が細かいからハーブよりも手軽に使えるんでおすすめだよ」
「それで値段は?」
「国外から入って来たもんだからね、この壺をつけてこのくらい」

 そう言って店主は片手の指全部ともう片方の指二本を広げて見せる。

「七大銅貨シドか?」
「お、旦那ミホムの出だね。ばか言っちゃいけねぇよ旦那、七銀貨でさ。もちろん二翼の銀貨ですよ」
「おいおい、お貴族さま相手の商売じゃないんだぞ? 銀貨はないだろ銀貨は」
「いやいや、ほんと、荒野の民は銀が好きで、銀貨でしか取引出来ねえんですよ。だからここでは銀貨が基本の通貨ですぜ」
「ふうん。だが七はぼりすぎだな。せいぜい二だろ」
「旦那、冗談言っちゃいけませんぜ、二なんて原価以下ですよ。あっしはおまんま食い上げちまいます」
「だがなぁ、俺たちはこれから旅をする身だ。考えてみれば高い薬味スパイスなんて贅沢品なんだよな」
「いや、旅をするならなおさらこれは必要ですぜ。味気ない宿の飯でもこれを振りかければたちまち旨い飯に変えられますからね」
「だが、さすがに贅沢をするほど余裕はないな」
「仕方のねぇ旦那だな。じゃあそこの美人の姉さんに免じて、断腸の思いで五ではいかがですか?」
「……まぁいいか、お前のがんばりに免じて二翼の銀貨で五枚。買ってやるよ」
「さっすが、いい男は違うね! じゃあこれはおまけだ。二人で食べてくだせえ」

 おまけをつけたところを見ると、銀貨五枚でもかなりの儲けなんだろうな。
 だが、ここまで話が来ていないようだが、アンデルでレートが急降下したおかげでミホムの銀貨が数倍のアンデル銀貨に化けている。
 俺たちからすると、銀貨一枚の買い物という形になった。

「ダスター楽しそうだった」
「キュイ!」

 メルリルとフォルテがクスクス笑いながら言う。
 なんかこう非日常から日常に帰還したみたいで楽しかったのは確かだ。

「まぁな。ほらメルリル。ナイフで横に線を入れて、こうパカッと蓋を開くように開けて食うんだ」

 俺はメルリルにさきほどの店主から受け取った果物を渡した。
 上下二つに開くと、なかに袋状の甘酸っぱい果肉が詰まっている果実だ。
 俺は自分の分を二つに割ると、なかの果肉の一つを肩にとまったフォルテにやった。
 まぁ実際は、日常は今だけで、すぐにまた神殿騎士と共に旅をするという非日常が待っている訳だが。
 ふう、その先も考えると気が重いぜ。
 口にした果物はよく熟れていて、甘味が強くとても美味しかった。
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