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エピソード3 【探検クラブ】

その十

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 刑場茨と呼ばれていた太い茨の蔓は、水びたしになるとまるでしなびた野菜のようにしんなりと枝を地面に落とし始めた。
 色合いも茶色くなっている。

「人に向けて魔法を撃つなんて!」

 僕が茨のほうに気を取られている間に、気づくとディアナが白先輩に詰め寄って猛烈な抗議をしていた。
 ディアナは普段人に対して攻撃的にならないのに、どうしたんだろう?

「落ち着いて。先輩は僕の言葉を聞いて、あの茨をなんとかしようとしただけだろ? 僕たちは全然濡れてないじゃないか」

 僕はディアナの腕にそっと手を添えて落ち着かせようとした。
 しかし、ディアナの興奮状態は収まらない。

「イツキも感じたはず、魔力が体に作用するのを! あの人がその気になっていれば、イツキは死んでいたかもしれない!」

 魔力の作用ってさっきの変な感じか。
 でも実際に何も起きなかったし、先輩が僕たちを攻撃する理由もない。
 ディアナは僕を心配するあまり警戒心が高くなりすぎているんだな。
 
「先輩すみません。あの、彼女は僕のことを心配して……」

 いわれのない糾弾を受ける形となった白先輩をフォローしようとした僕の背中から、スポン! と何かが勢いよく飛び出した。

「キュー!」

 ハルだ。
 ハルが僕たちの言葉を無表情に聞いている白先輩のところに飛んでいくと、なんと頭にじゃれつきはじめた。

「あ、こら、ハル!」
「……いい」

 あまりの迷惑続きに僕が焦ってハルを引き剥がしに行くと、先輩は髪の毛をぐしゃぐしゃにされつつ片手を上げて首を振った。
 先輩が首を振ると、ハルも振り回されるのだけど、それが楽しいのか、「キュッキュゥ!」などと言いつつさらにじゃれつきがひどくなる。
 やばい、さっきまで神々しい雰囲気のあった先輩が、今や起き抜けの寝癖のまま出歩いている人のようになってしまった。

「あの、さっきは少し言い過ぎました」

 そんなハルの様子を見て頭が冷えたのか、ディアナがハク先輩に謝る。

「でも、魔法を人に向けるのはいけないことです」

 と、思ったら、やはり譲れないところはあったようだ。

「そうか。すまなかったな」

 先輩も怒っている風ではなく、ディアナに謝る。
 依然としてハルがじゃれているので、何かすごく微妙な絵面だ。

「ハク先輩。ありがとうございました。その、僕の言葉を聞いてくださって。それと彼女は僕を守ってくれようとして、それでちょっと怒ってくれているんです。本当は優しい子で。あの、ごめんなさい」
「イツキ……」

 ディアナが困ったように眉根を寄せた。
 うん、僕は魔法とかについては全然わからないけどさ、実際先輩に悪意はなかったわけだし、逆にみんなを助けてくれようとしたんだから、絶対に責めるべきことじゃないと思うんだ。
 でもディアナの気持ちもわかる。
 僕だってディアナのすぐ傍で誰かが危ない刃物とかを振り回したらきっと殴りかかっていただろう。
 その人に悪意がなくても事故はあり得るからね。
 だから僕はディアナの腕をやさしく叩くと、耳元で「ありがとう」と言った。
 とりあえず先輩は気にしていない風で、ハルに頭をいじられているし、ディアナは少し赤くなりつつも、まだ臨戦態勢を崩さない。
 こちら側の事態は硬直したままなので、僕はちらりと茨のほうを振り向いた。

「部長たち大丈夫かな?」

 危ない茨に勢いがなくなったと見るや、対処していた男の人達が一斉に取り掛かり、まさにちぎっては投げ、ちぎっては投げという状態になっていた。
 元気がなくなったとしても相手はトゲトゲの植物なんだけど、痛くないのかな?
 やがて手前の大部分の茨が取り除かれると、その向こうが見えてくる。
 テントや仮小屋のようなお店が押しつぶされたような状態になっている横に、何人もの人がびしょ濡れで転がっていた。
 部長はすでに立ち上がっていて、ふらふらしながら他のサークル仲間の様子を見ているようだ。
 倒れている人も何かうなされているように体をビクビクさせていたが、特に外傷があるわけでもないようで、ひと安心というところかな。

 それにしても、魔法ってすごいものだ。
 何もないところにあんなに大量の水を出せるなんて。
 中等部時代、白先輩の魔人の力を勝手に笠に着て暴れている人たちがいたけど、こういう奇跡が起こせる力があると知っていれば、確かにその相手によりかかりたくもなるだろう。
 むしろ中等部時代、一度もその力を使わなかった白先輩が凄いのかもしれない。

 トンと肩を叩かれて、振り向いた僕の手にハルが渡された。

「あ、ありがとうございます」

 見ると、白先輩が両手に抱いたハルを僕へと戻してくれたようだ。
 とっさにお礼を言ったが、先輩はそれに応えることなく、僕たちから離れて行く。

 白先輩が離れると、ディアナが小さく息を吐いた。
 どうやらずっと緊張状態だったらしい。

「大丈夫? その、ごめんね」

 なんとなく、ディアナに謝ってしまう。
 僕のために白先輩を警戒していたのに、その僕からたしなめられたらディアナも辛いだろう。
 今回のことは、やっぱり白先輩を責めるべきじゃないと思うけれど、それとこれとはまた別の話だ。

「ううん。私こそごめんなさい」

 ディアナがとてもしょんぼりとしている。

「イツキの先輩に失礼なことしちゃった」
「ううん。その、ディアナはあの先輩の魔法がすごく危険だって思ったんだろう? だから僕のために怒ったし、それに、先輩のためにも怒ってくれた。きっと先輩だってわかっているさ」
「……魔法はね、魔力で世界を書き換えるんだって習った。だから魔力を受けた時点で負けになってしまうって。私達は自分の魔力で他人の魔力を弾くことが出来る。でも、イツキは無防備であの人の魔力を受けた。それってとても怖いことなの」
「そっか。うん。ありがとう」

 なるほど、魔法か。
 今回初めてだったから何がなんだかわからなかったけど、読気でなんとか出来るかな?
 遠ざかる先輩の後ろ姿を見つめながら、僕はそんな風に考えていた。

―― ◇◇◇ ――

「申し訳ありませんでした。出来る限りの弁償はさせていただきます」

 事態が収まった後、場所を移して部長が正式に裏市場の偉い人たちに謝罪をした。
 やっぱりことの発端はエイジ先輩だったらしい。
 そのエイジ先輩は、部長の隣で首を差し出すポーズをしたまま微動だにしなかった。
 責任を感じているらしい。
 エイジ先輩は、例の刑場茨の封じられた箱を怪しいと言って無理やり開けたらしいのだ。
 それって、普通のお店でやっても駄目なことだよね。

 結局、茨が処理されて、被害に遭った人はしばらく寝かされたら無事に目が覚めた。
 全身に気だるさと痛みは残っているようだけど、後遺症とかの心配はしなくていいらしい。

「学生さんがた、あんた達はさ、遊びでこういった場所を気楽に覗きに来るのかもしれないけどね。俺たちゃあ生活が掛かっているんだよ。ほんと、困るよね、何不自由なく生活出来ている郊外住みの方達はさ。なんでも金出しゃあいいってもんじゃないんだよ? 誰か死んでたらどうするつもりだったん?」

 ちょっと偏見も入っているが、彼の言うことはかねがねその通りだったので、僕たちはただひたすら謝るだけだ。
 もちろん僕とディアナも含む探検クラブ全員が部長達と一緒に謝った。
 直立不動で謝るカイのデカイ図体と野太い声に、相手がちょっとビビってしまっていたが、まぁ仕方ないだろう。
 ちなみにカイも揉め事に飛び込んだ挙句、巻き込まれて、茨に絡みつかれてむちゃくちゃ暴れて引きちぎったりしていたら、茨も危険を感じたのか、ツタでぐるぐる巻きにされて身動き取れなくなっていたらしい。
 その御蔭で空間が出来て、部長はうまく隙間に逃れることが出来たとのことだった。

「まぁ旦那。うちのボスが『ガキに責任をおっかぶせるのは格好がつかねえ。俺が引き受けてやるよ!』っておっしゃってたんだから、その辺にしておきましょうヨ?」

 強面の市場の人にものすごく怒られているところへカエルさんがひょこっと顔を出して、そんな風に口を出す。
 どうやら山河さんがとりなしてくれたようだ。
 でも、弁償まで引き受けてもらうのはちょっとどうなんだろう?

「あ、カエルか。ちっ、サンガの旦那のとりなしじゃあ仕方ねぇ。ケツの毛までむしってやろうと思ったんだがな」

 強面の人は黄色い牙をむき出してニヤリと笑ってみせる。

「そういうことだから、てめえらは旦那に感謝するこった。それと、二度とここに来るんじゃねえぞ! わかったな!」
「いえ、それは困ります」

 話は終わりとばかりに言った相手の言葉にかぶせるように、部長が静かに応える。

「ああん?」
「僕たちは探検クラブという高等部サークルの者ですが、高等生は社会における責任の大切さを学ぶ者です。僕たちは自分たちの行ったことに対する責任を自分達で取る必要があるのです。とてもありがたいお話ですが、他の方に肩代わりしていただくわけにはいきません」

 部長がそう言うと、相手は顔を引きつらせて部長を見て、次にカエルさんを見た。
 カエルさんは両手を上げて首を横に振る。

「だが、こっちはもう取引が終わっているんだ。もうてめえらに関わり合うつもりはさらさらねえんだよ。とっとと失せろや!」
「いえ、それは困ります。当事者を抜きにしての交渉は、そもそも成立するものでしょうか? どうしても責任を取らせていただけないというのなら、僕たちも不本意ながら自らの罪を公共の機関での審判に委ねることにするしかありません」

 ギョッとしたように、説教をしていた相手の男性と、反省をしていたエイジ先輩が部長を見た。
 それは、公共の機関に裏市場での事件を告発するという脅しと同じだ。
 さっきは裏市場を公共の場に晒すことに反対していた部長なのに、ここに来てまさかの発言だった。

「てめぇ! そりゃあ俺たちに対する脅しか?」
「まさか、謝意ですよ。僕なりの誠意と考えています」
「まーまーお二人共。そうとんがらずにネ? 学生さん、この場はうちのボスの顔を立ててあげてくれませんかぁ? うちのボスはぁ、そりゃあ子ども好きでね。子どもが好奇心で失敗したからって責任を取らせるのはぁ大人のやるこっちゃないと、そう言うんですヨ。ね、優しい方でしょウ?」
「それは素晴らしい方ですね。尊敬いたします。しかし、子どもが成長するには責任を学ばなければなりません。罪を犯して何もなしでは、人は容易く堕落するでしょう」
「うーん、難しい話は俺っちには無理だから、お兄さんはうちのボスと直接話すといいヨ。要するに今はことの責任はうちのボスが預かっている。そういうことだからネ」
「わかりました。それではそのボスという方のところへ案内していただけるでしょうか?」
「お、おい!」

 カエルさんと交渉を始める部長を、マサ先輩が青い顔で止めようとする。
 まぁマサ先輩は羽毛が元から青いけど。
 マサ先輩はスマートな行動をする洒落者だけど、力づくの暴力沙汰は苦手だ。
 なんとなく不穏なものを感じて、腰が引けているのだろう。

「イイヨ! 子どもがたくさん来てくれるとうちのボスも大喜びネ!」

 そうして、僕たちは今度はサークル全員で賭博場に行くことになったのだった。
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