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エピソード・ゼロ
暗闇で
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いくつもの流れ星を数えて、僕らは他にだれもいない学校の屋上で思いっきりはしゃいだ。
はしゃぎ疲れるとアルコールストーブでお湯を沸かして、二人でココアを飲む。
そんな時間の末にやがて急激に眠くなった。
「ヤバイ、眠い」
「うん」
実は僕はあまり夜更かしをしたことがない。
眠くなったら寝るし、そもそもテレビジョンの放送も子供用番組は夜の十三時には終わってしまうのだ。
夜遅くまで起きていてもやることがない。
もちろん僕だってこっそり大人用の深夜プログラムを覗いたことぐらいはある。
そういった番組は深夜中やっていたりするのだけど、途中で寝てしまうのが普通だった。
つまり今僕は未知の領域に居る訳だ。
ものすごく眠かった。
ディアナも僕とそんなに事情は変わらないのか、ひどく眠そうだ。
「ディアナ、お家の人が怒らないならうちに泊まっていく? あ、連絡できないんだっけ」
近所の幼馴染や学校の友達なら広域通信を使えばすぐに家に連絡できるから急なお泊りもあまり問題にならないことが多い。
もちろん厳しい家の子は無理だけど、この辺りの家はけっこうおおらかだ。
「うちの人は、心配とかしない。子供でも何があっても自分で解決するのが当たり前」
「そうなんだ」
竜人の親は子供を心配したりしないのだろうか?
僕の聞いた話によると、竜人は子供ができにくい体質らしいからとても子供を大事にするって話だったんだけど。
少し疑問に思いながらも、この状態のディアナをそのまま帰すよりは家に泊めたほうがマシだと考えた僕は、手早く荷物を片付けると、流れ星見物は終わりにすることを宣言した。
頭上ではまだ星は時々流れていたけど、一番すごい時のようにあっちからもこっちからも流れたりしていない。
だいぶ落ち着いたみたいだった。
「じゃあ、ディアナ、もしかすると初めてのお泊まり会?」
「えっ!」
僕の言葉に改めて話の流れに頭が追い付いたのか、ディアナがひどく驚いて、そして照れたように赤くなった。
とは言っても、ランタンの不確かな光しかないから、反射の光の赤みが強すぎたせいかもしれないけど、僕はその時ディアナが照れていると感じた。
「お友達のお家にお泊り!」
ディアナはキュウと僕に抱きつくと、バサリと体より大きな羽を広げて一気に屋上から舞い降りた。
「うわあ!」
僕は怖さと楽しさの混じり合ったような気分で声を上げる。
それに気づいてディアナは少しスピードを落とした。
「ごめん、私はしゃいじゃって」
「ううん、僕も楽しいよ。自分じゃ飛べないからすごくうれしい」
「じゃあ、えい!」
ディアナは僕の言葉に、サービスとばかりに一回転空中で宙返りしてみせると、「うわわっ!」と慌てる僕を笑った。
僕もそれに怒ったふりをしながら一緒に笑う。
そんなふうにはしゃぎながら学校の前の歩道に降りた僕達だったけど、そこに近づいて来る人がいた。
時間はおそらく深夜だ。でも都会で仕事をしている大人の中にはこの時間に帰って来る人もいる。
僕は一瞬ビクッとしたけどちゃんと相手の足音がするのを聞いて安心した。
幻想種は人間の街に滅多に入ってこないけど、たまに錯乱したヒトが入り込んで大変な犠牲が出たというニュースを観たことがあったので、もしかしたらそういった幻想種じゃないかと思ったのだ。
だけど、相手は実体のある人間だった。
「君たち、まだ子供なのに仲がいいねぇ。いいなぁ、おじさんは羨ましいよ」
知らないおじさんに急に話し掛けられてびっくりしたけど、その時はまだ僕はそう不安は感じていなかった。
近所の人達とはいつも挨拶やちょっとした会話をしたりもする。
僕にとって大人は庇護者であり、深夜の道で会う相手としてはむしろほっとする存在だったのだ。
「あ、はい。仲良しなんです」
なによりもディアナとの仲を褒めれれたのが嬉しかった。
この時の僕からすれば、ディアナは親友の中の親友で、ちょっと憧れの女の子という位置付けだった。
そしてディアナも同じだといいなと思っていた。
だから他の人が指摘してくれて、ディアナも同意してくれるとうれしいと単純に考えていたのだ。
一方でディアナはその人を見た瞬間からどこか緊張しているようだった。
僕にはよくわからなかったけれど、何かが引っかかるといった顔をしていた。
「へぇ、まだ発情もしたこともないだろうに。いや、それとも角なしは子供でも発情し放題なのかな?」
そんな言葉にやっと僕も相手に違和感を覚えた。
相手の大人は僕の二倍以上大きな獣族だ。
分厚いコートを着ているのでよくわからないけど、牙ある種族のように感じた。
かっちゃん達狼種も牙ある種族だけど、その特徴として体の造りやものの考え方が攻撃的な所がある。
ちょっとしたことで乱暴なもの言いをしてしまうところがあるのだ。
「まぁいいか。ぼっちゃん。おじさんちょっと道に迷っちゃったんだけど、道を教えてくれるかい?」
「う、うん」
なんだこのおじさん、大人なのに迷子なんだ。
僕は不安に思っていた気持ちを解いて、近づいた。
「駄目!」
ディアナの叫びと同時だった。
何が起こったかわからない内にそのおじさんの腕が僕の首を絞め上げていたのだ。
「あっ……はっ……」
何が起こったのか問おうとして、僕は声が出ないことに気づいた。
声が出ないどころではない。
息ができない。
「イツキ! あなたイツキを離しなさい!」
「おっとお嬢ちゃん。乱暴なことをされたら、おじさん驚いてこのぼっちゃんの首を折っちゃうかもしれないなぁ」
「やめて!」
僕は必死に口をパクパクと開けたり閉めたりしているのだけど、やはり声も出ずに空気も入ってこない。
「やめて! イツキが死んじゃう!」
「ん? ああ、ちぇ、角なしはこれだから全く」
声と共に、少しだけ力がゆるんで息ができるようになり、僕は激しく咳き込んだ。
「ゲホッ! な、なに」
すると、大きな運搬車が走ってきて、僕達の傍で止まった。
夜になると大通りを走っている大きな車だ。
その車の横っ腹部分が口を開けてわらわらと人が降りて来る。
その一人がディアナを捕まえようとした。
その途端、その相手が吹っ飛ぶ。
「ガアッ!」
「チッ、馬鹿が! おい! ガキィ! 抵抗するとこいつを殺っちまうぜ? いいのかぁ!」
僕を捕まえている男が鋭く言うと、低く唸り声を上げていたディアナがびくっとして僕のほうを見た。
別の大人が恐る恐るディアナに近づいたが、ディアナはもう抵抗せずに大人しくされるがままになっている。
僕は出ない声で叫ぼうとした「ダメだ! 逃げるんだ!」と。
でも声は出ない。
僕が身動きしたのを感じた男がまた締め付けを強くしたのだ。
もしかしたらディアナに見せ付けようとしたのかもしれない。
ディアナを捕まえた男が何かをしたと思ったら、ディアナが崩れるように倒れた。
「ディ! ……」
声を張り上げようとした僕も、そこで意識を失ってしまって、その後何がとうなったのか覚えていない。
その後、気がついたのはどこだかわからない、とても冷たい床だった。
実はその頃、僕の両親が働いている都市部を中心とした住宅地域で、小さな子供が行方不明になる事件が頻繁に起きていた。
僕の住んでいる所はいわゆる都会に付属するドーナツ型に広がる郊外の住宅地域の一つだ。
戦争の時代が終わって、急速に文化や商業、そして工業が発達して大規模な都市が形作られるようになった。
その頃、時を同じくして多くの人が謎の病に罹るようになったのだそうだ。
それはある日突然体が動かなくなるという恐ろしい病だった。
研究の結果、その原因は環境にあることがわかった。
大地や緑のない都市部の空間で長時間生活すると、体内の神気が減少し、動けなくなるらしい。
やがてそれは『石棺病』と名づけられ、多くの人は仕事場と生活する場所を分けるようになったのだ。
その結果として生まれたのが都市部の周辺の居住地域だ。
居住地域にはどうしても日中は老人や女子どもが多くなる。
そんな地域での小さい子どもの行方不明は大きく取り上げられていて、僕もニュースを見ながら子どもたちが無事に見つかるようにと望んでいたものだ。
ただ、その災厄が自分に降り掛かるとは思ってもいなかった。
なぜなら行方不明になった子どもはみんな小等部の低学年、五、六才程度の小さな子ばかりで、僕はもう十才で中等部だったからだ。
「ディアナ?」
目が覚めた僕はディアナを探して起き上がろうとした。
ガシャリと、金属のなる音がして、僕は立ち上がることができずに転んだ。
転んだ拍子にガツンと顔を何か硬いものにぶつける。
薄暗い中、よくよく目をこらしてみると、僕はどうやら鉄格子の付いた小さな四角い箱の中にいるようだった。
檻だ。
しかもこれは動物を入れる檻なんじゃないか?
よくペットを虐待している人が小さな檻に動物を入れている映像があるけれど、僕の入っている檻はその映像で見た檻よりも小さかった。
しかも足に枷が付いて、鎖に繋がれている。
僕は心臓が激しく鼓動するのを感じた。
何が起こっているのかわからなかった。
ひどく怖い。
今何時だろう? 早朝に帰るって言ってたお父さんとお母さんが心配しているかもしれない。早く帰らないと!
「イ……ツキ」
小さな声が耳に飛び込んで来て、世界に音が戻る。
「ディアナ! ディアナどこ?」
よくよく耳を澄まさなくても、そこには泣き声やすすり泣きの声が満ちていた。
子どもの声だ。
きっと僕より小さい子達だ。
そこでやっと、僕は最近話題になっていた子どもの行方不明事件について思い出した。
「よかった。イツキ……」
いつも遠慮がちにしゃべるけど、声自体は張りのあるきれいなディアナの声が弱々しくひどくかすれている。
ディアナは近くにいて、しかもかなり弱っているらしかった。
でも、姿は見えない。
「よかった。イツキ、いないのかとおも……った」
ふっと、声から力が抜け、ディアナの気配が薄れる。
「ディアナ! 大丈夫? ディアナ!」
そう、この時から僕とディアナにとって最悪の時間が始まったのだ。
はしゃぎ疲れるとアルコールストーブでお湯を沸かして、二人でココアを飲む。
そんな時間の末にやがて急激に眠くなった。
「ヤバイ、眠い」
「うん」
実は僕はあまり夜更かしをしたことがない。
眠くなったら寝るし、そもそもテレビジョンの放送も子供用番組は夜の十三時には終わってしまうのだ。
夜遅くまで起きていてもやることがない。
もちろん僕だってこっそり大人用の深夜プログラムを覗いたことぐらいはある。
そういった番組は深夜中やっていたりするのだけど、途中で寝てしまうのが普通だった。
つまり今僕は未知の領域に居る訳だ。
ものすごく眠かった。
ディアナも僕とそんなに事情は変わらないのか、ひどく眠そうだ。
「ディアナ、お家の人が怒らないならうちに泊まっていく? あ、連絡できないんだっけ」
近所の幼馴染や学校の友達なら広域通信を使えばすぐに家に連絡できるから急なお泊りもあまり問題にならないことが多い。
もちろん厳しい家の子は無理だけど、この辺りの家はけっこうおおらかだ。
「うちの人は、心配とかしない。子供でも何があっても自分で解決するのが当たり前」
「そうなんだ」
竜人の親は子供を心配したりしないのだろうか?
僕の聞いた話によると、竜人は子供ができにくい体質らしいからとても子供を大事にするって話だったんだけど。
少し疑問に思いながらも、この状態のディアナをそのまま帰すよりは家に泊めたほうがマシだと考えた僕は、手早く荷物を片付けると、流れ星見物は終わりにすることを宣言した。
頭上ではまだ星は時々流れていたけど、一番すごい時のようにあっちからもこっちからも流れたりしていない。
だいぶ落ち着いたみたいだった。
「じゃあ、ディアナ、もしかすると初めてのお泊まり会?」
「えっ!」
僕の言葉に改めて話の流れに頭が追い付いたのか、ディアナがひどく驚いて、そして照れたように赤くなった。
とは言っても、ランタンの不確かな光しかないから、反射の光の赤みが強すぎたせいかもしれないけど、僕はその時ディアナが照れていると感じた。
「お友達のお家にお泊り!」
ディアナはキュウと僕に抱きつくと、バサリと体より大きな羽を広げて一気に屋上から舞い降りた。
「うわあ!」
僕は怖さと楽しさの混じり合ったような気分で声を上げる。
それに気づいてディアナは少しスピードを落とした。
「ごめん、私はしゃいじゃって」
「ううん、僕も楽しいよ。自分じゃ飛べないからすごくうれしい」
「じゃあ、えい!」
ディアナは僕の言葉に、サービスとばかりに一回転空中で宙返りしてみせると、「うわわっ!」と慌てる僕を笑った。
僕もそれに怒ったふりをしながら一緒に笑う。
そんなふうにはしゃぎながら学校の前の歩道に降りた僕達だったけど、そこに近づいて来る人がいた。
時間はおそらく深夜だ。でも都会で仕事をしている大人の中にはこの時間に帰って来る人もいる。
僕は一瞬ビクッとしたけどちゃんと相手の足音がするのを聞いて安心した。
幻想種は人間の街に滅多に入ってこないけど、たまに錯乱したヒトが入り込んで大変な犠牲が出たというニュースを観たことがあったので、もしかしたらそういった幻想種じゃないかと思ったのだ。
だけど、相手は実体のある人間だった。
「君たち、まだ子供なのに仲がいいねぇ。いいなぁ、おじさんは羨ましいよ」
知らないおじさんに急に話し掛けられてびっくりしたけど、その時はまだ僕はそう不安は感じていなかった。
近所の人達とはいつも挨拶やちょっとした会話をしたりもする。
僕にとって大人は庇護者であり、深夜の道で会う相手としてはむしろほっとする存在だったのだ。
「あ、はい。仲良しなんです」
なによりもディアナとの仲を褒めれれたのが嬉しかった。
この時の僕からすれば、ディアナは親友の中の親友で、ちょっと憧れの女の子という位置付けだった。
そしてディアナも同じだといいなと思っていた。
だから他の人が指摘してくれて、ディアナも同意してくれるとうれしいと単純に考えていたのだ。
一方でディアナはその人を見た瞬間からどこか緊張しているようだった。
僕にはよくわからなかったけれど、何かが引っかかるといった顔をしていた。
「へぇ、まだ発情もしたこともないだろうに。いや、それとも角なしは子供でも発情し放題なのかな?」
そんな言葉にやっと僕も相手に違和感を覚えた。
相手の大人は僕の二倍以上大きな獣族だ。
分厚いコートを着ているのでよくわからないけど、牙ある種族のように感じた。
かっちゃん達狼種も牙ある種族だけど、その特徴として体の造りやものの考え方が攻撃的な所がある。
ちょっとしたことで乱暴なもの言いをしてしまうところがあるのだ。
「まぁいいか。ぼっちゃん。おじさんちょっと道に迷っちゃったんだけど、道を教えてくれるかい?」
「う、うん」
なんだこのおじさん、大人なのに迷子なんだ。
僕は不安に思っていた気持ちを解いて、近づいた。
「駄目!」
ディアナの叫びと同時だった。
何が起こったかわからない内にそのおじさんの腕が僕の首を絞め上げていたのだ。
「あっ……はっ……」
何が起こったのか問おうとして、僕は声が出ないことに気づいた。
声が出ないどころではない。
息ができない。
「イツキ! あなたイツキを離しなさい!」
「おっとお嬢ちゃん。乱暴なことをされたら、おじさん驚いてこのぼっちゃんの首を折っちゃうかもしれないなぁ」
「やめて!」
僕は必死に口をパクパクと開けたり閉めたりしているのだけど、やはり声も出ずに空気も入ってこない。
「やめて! イツキが死んじゃう!」
「ん? ああ、ちぇ、角なしはこれだから全く」
声と共に、少しだけ力がゆるんで息ができるようになり、僕は激しく咳き込んだ。
「ゲホッ! な、なに」
すると、大きな運搬車が走ってきて、僕達の傍で止まった。
夜になると大通りを走っている大きな車だ。
その車の横っ腹部分が口を開けてわらわらと人が降りて来る。
その一人がディアナを捕まえようとした。
その途端、その相手が吹っ飛ぶ。
「ガアッ!」
「チッ、馬鹿が! おい! ガキィ! 抵抗するとこいつを殺っちまうぜ? いいのかぁ!」
僕を捕まえている男が鋭く言うと、低く唸り声を上げていたディアナがびくっとして僕のほうを見た。
別の大人が恐る恐るディアナに近づいたが、ディアナはもう抵抗せずに大人しくされるがままになっている。
僕は出ない声で叫ぼうとした「ダメだ! 逃げるんだ!」と。
でも声は出ない。
僕が身動きしたのを感じた男がまた締め付けを強くしたのだ。
もしかしたらディアナに見せ付けようとしたのかもしれない。
ディアナを捕まえた男が何かをしたと思ったら、ディアナが崩れるように倒れた。
「ディ! ……」
声を張り上げようとした僕も、そこで意識を失ってしまって、その後何がとうなったのか覚えていない。
その後、気がついたのはどこだかわからない、とても冷たい床だった。
実はその頃、僕の両親が働いている都市部を中心とした住宅地域で、小さな子供が行方不明になる事件が頻繁に起きていた。
僕の住んでいる所はいわゆる都会に付属するドーナツ型に広がる郊外の住宅地域の一つだ。
戦争の時代が終わって、急速に文化や商業、そして工業が発達して大規模な都市が形作られるようになった。
その頃、時を同じくして多くの人が謎の病に罹るようになったのだそうだ。
それはある日突然体が動かなくなるという恐ろしい病だった。
研究の結果、その原因は環境にあることがわかった。
大地や緑のない都市部の空間で長時間生活すると、体内の神気が減少し、動けなくなるらしい。
やがてそれは『石棺病』と名づけられ、多くの人は仕事場と生活する場所を分けるようになったのだ。
その結果として生まれたのが都市部の周辺の居住地域だ。
居住地域にはどうしても日中は老人や女子どもが多くなる。
そんな地域での小さい子どもの行方不明は大きく取り上げられていて、僕もニュースを見ながら子どもたちが無事に見つかるようにと望んでいたものだ。
ただ、その災厄が自分に降り掛かるとは思ってもいなかった。
なぜなら行方不明になった子どもはみんな小等部の低学年、五、六才程度の小さな子ばかりで、僕はもう十才で中等部だったからだ。
「ディアナ?」
目が覚めた僕はディアナを探して起き上がろうとした。
ガシャリと、金属のなる音がして、僕は立ち上がることができずに転んだ。
転んだ拍子にガツンと顔を何か硬いものにぶつける。
薄暗い中、よくよく目をこらしてみると、僕はどうやら鉄格子の付いた小さな四角い箱の中にいるようだった。
檻だ。
しかもこれは動物を入れる檻なんじゃないか?
よくペットを虐待している人が小さな檻に動物を入れている映像があるけれど、僕の入っている檻はその映像で見た檻よりも小さかった。
しかも足に枷が付いて、鎖に繋がれている。
僕は心臓が激しく鼓動するのを感じた。
何が起こっているのかわからなかった。
ひどく怖い。
今何時だろう? 早朝に帰るって言ってたお父さんとお母さんが心配しているかもしれない。早く帰らないと!
「イ……ツキ」
小さな声が耳に飛び込んで来て、世界に音が戻る。
「ディアナ! ディアナどこ?」
よくよく耳を澄まさなくても、そこには泣き声やすすり泣きの声が満ちていた。
子どもの声だ。
きっと僕より小さい子達だ。
そこでやっと、僕は最近話題になっていた子どもの行方不明事件について思い出した。
「よかった。イツキ……」
いつも遠慮がちにしゃべるけど、声自体は張りのあるきれいなディアナの声が弱々しくひどくかすれている。
ディアナは近くにいて、しかもかなり弱っているらしかった。
でも、姿は見えない。
「よかった。イツキ、いないのかとおも……った」
ふっと、声から力が抜け、ディアナの気配が薄れる。
「ディアナ! 大丈夫? ディアナ!」
そう、この時から僕とディアナにとって最悪の時間が始まったのだ。
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