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殺陣(たて)
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それからどれほども行かないうちに馬車が速度を落とし、やがて停まった。
「はて? 何事でしょうな?」
気楽な声で不思議そうに言う自称商人。
ほどなく、何事もなかったように、再び馬車が動き出す。
「おお、特に問題なかったようですね」
まるで、一人芝居のように、ただ一人が話し続ける。
乗客は、寝ている三人と起きている三人。
その、起きている三人のうち二人が、全く口を開かないからだ。
しばらくすると、馬車の揺れが特に激しくなった。
その激しさでも三人は眠り続ける。
「これはっ、さすがにっ、辛い。寝ている、方はっ、幸いですっ、ね」
そんな状態でも一人しゃべる自称商人に、僕はいっそ感心した。
全員が寝てしまっていたら、そんなに頑張る必要はなかっただろうに。
ちょっと、飴を食べなかったことが申し訳なくなるレベルだ。
当然、申し訳いとか思ってないけどね。
しばらく、そんな酷い道が続いて、唐突にまた馬車が停まる。
「やれやれ、またですか。ちょっと見て来ましょうかね」
乗合馬車は、御者と乗客が完全に切り離されているので、御者と話をするには一度馬車から降りなければならない。
普通は、また動き出すかもしれないと躊躇するものだが、自称商人は気軽に地面へと降りた。
そして、入れ替わるように、あまり上品とは言えないご面相の男が二人ほど、馬車のなかを覗き込む。
「よお、兄ちゃん達、わりぃが降りてもらうぜ?」
場所はいつの間にか岩場の続く荒野の片隅。
周囲は十人に満たない、武装した男達。
完全にハメられた形だ。
「おい、起きてる男が二人いるって話だったが、一人しかいなくねえか?」
「ありゃ、まさか呑気に寝ちまったか?」
乗客のほとんどが寝てしまっているので、男達は気楽だ。
残った二人、……いや、今や一人だけなら人数差でたやすく制圧出来ると考えているからに違いない。
僕は当然黒衣魔法を発動していた。
使うは傀儡。
意識のない人間を操る魔法だ。
残念ながら一人しか操れないが、特に問題はないだろう。
しかしここで、舞台を演出している僕にも、予想外のことが起こった。
「ふ、ようやく、ようやく、巡り会えた。探したぞ! 人さらい共めがっ!」
僕と同じように飴をもらわなかった男、どこかみすぼらしい風体の男が、突然声を上げたのだ。
おいおい乱入は予定にないぞ。
ト書きを読んだときには、この青年は無我の境地というか、空っぽだったのだ。
なんでいきなり息を吹き返したみたいになっているんだろう?
だけど、僕のそんな感想など置き去りに、青年は、勢いよく飛び出し、たちまち、馬車のすぐ外にいた二人の賊を斬り捨てる。
ちょ、速い! 強い!
それを追うように、メディ……の体を操る僕が続く。
青年は、なんだか特殊な細長い剣を持っていた。
どうやら背中に負っていたようだ。
「貴様らに問う! 二年前、同じようにしてさらった者達をどうした!」
いきなり飛び出して来た剣を手にした青年に、馬車を囲んでいた賊達が色めき立つ。
「てめぇ、この人数相手にやろってのか? 馬鹿め!」
賊達が、青年に殺到する。
その間、メディの体を操る僕は、ひっそりと息を顰めていた。
青年は味方かどうかわからない。
この入り乱れた状態でト書きを読むのは無理だった。
「んー、仕方ない。一応味方として動くか」
台本を整え、舞台を配置しても、思った通りに状況が動くとは限らない。
そんなときにアドリブで切り抜けるのが立廻り、だが、今回は、殺陣を使う。
青年は断然強いので、一対一の場面になると全く心配にならないが、相手の人数が多いので、当然敵は青年の背後や横から同時に攻撃を仕掛ける。
僕はそれをひょいとずらして、青年の対処が間に合うようにした。
まるでぎりぎりの戦いを切り抜けているような、見応えのある戦いだ。
うん、かっこいいね。
もう、任せちゃえ。
「どこへ行かれるのですか?」
僕には別の役割がある。
「こ、小娘、お前薬を口にしていたんじゃ」
こっそりと、馬車の影に潜んでいた自称商人に声を掛けた。
自称商人はぎょっとしたように僕に言う。
うん、おっしゃる通り、僕の主は、何の疑いもなく、あんたのくれた飴を食べたよ。
眠ってしまう以外は無害そうだったから、止めなかったけどね。
危険な場面はこうやって傀儡を使ったほうが僕も安心だし。
「今度は、おじさんが眠ってね」
メディの声が優しく告げ、スッと自称商人の額を小突く。
「あ?」
間抜けな声を上げて倒れ込む自称商人。
とりあえず一丁上がり。
青年と賊の戦闘も、どうやら終わったようだ。
賊は、二人程を残して後は全滅している。
さてさて、この男、敵か味方か?
ちょっと緊張するね。
血まみれの姿が振り向く。
表情が抜け落ちたような顔に、唯一ギラギラとした目。
すごく……怖いです。
「はて? 何事でしょうな?」
気楽な声で不思議そうに言う自称商人。
ほどなく、何事もなかったように、再び馬車が動き出す。
「おお、特に問題なかったようですね」
まるで、一人芝居のように、ただ一人が話し続ける。
乗客は、寝ている三人と起きている三人。
その、起きている三人のうち二人が、全く口を開かないからだ。
しばらくすると、馬車の揺れが特に激しくなった。
その激しさでも三人は眠り続ける。
「これはっ、さすがにっ、辛い。寝ている、方はっ、幸いですっ、ね」
そんな状態でも一人しゃべる自称商人に、僕はいっそ感心した。
全員が寝てしまっていたら、そんなに頑張る必要はなかっただろうに。
ちょっと、飴を食べなかったことが申し訳なくなるレベルだ。
当然、申し訳いとか思ってないけどね。
しばらく、そんな酷い道が続いて、唐突にまた馬車が停まる。
「やれやれ、またですか。ちょっと見て来ましょうかね」
乗合馬車は、御者と乗客が完全に切り離されているので、御者と話をするには一度馬車から降りなければならない。
普通は、また動き出すかもしれないと躊躇するものだが、自称商人は気軽に地面へと降りた。
そして、入れ替わるように、あまり上品とは言えないご面相の男が二人ほど、馬車のなかを覗き込む。
「よお、兄ちゃん達、わりぃが降りてもらうぜ?」
場所はいつの間にか岩場の続く荒野の片隅。
周囲は十人に満たない、武装した男達。
完全にハメられた形だ。
「おい、起きてる男が二人いるって話だったが、一人しかいなくねえか?」
「ありゃ、まさか呑気に寝ちまったか?」
乗客のほとんどが寝てしまっているので、男達は気楽だ。
残った二人、……いや、今や一人だけなら人数差でたやすく制圧出来ると考えているからに違いない。
僕は当然黒衣魔法を発動していた。
使うは傀儡。
意識のない人間を操る魔法だ。
残念ながら一人しか操れないが、特に問題はないだろう。
しかしここで、舞台を演出している僕にも、予想外のことが起こった。
「ふ、ようやく、ようやく、巡り会えた。探したぞ! 人さらい共めがっ!」
僕と同じように飴をもらわなかった男、どこかみすぼらしい風体の男が、突然声を上げたのだ。
おいおい乱入は予定にないぞ。
ト書きを読んだときには、この青年は無我の境地というか、空っぽだったのだ。
なんでいきなり息を吹き返したみたいになっているんだろう?
だけど、僕のそんな感想など置き去りに、青年は、勢いよく飛び出し、たちまち、馬車のすぐ外にいた二人の賊を斬り捨てる。
ちょ、速い! 強い!
それを追うように、メディ……の体を操る僕が続く。
青年は、なんだか特殊な細長い剣を持っていた。
どうやら背中に負っていたようだ。
「貴様らに問う! 二年前、同じようにしてさらった者達をどうした!」
いきなり飛び出して来た剣を手にした青年に、馬車を囲んでいた賊達が色めき立つ。
「てめぇ、この人数相手にやろってのか? 馬鹿め!」
賊達が、青年に殺到する。
その間、メディの体を操る僕は、ひっそりと息を顰めていた。
青年は味方かどうかわからない。
この入り乱れた状態でト書きを読むのは無理だった。
「んー、仕方ない。一応味方として動くか」
台本を整え、舞台を配置しても、思った通りに状況が動くとは限らない。
そんなときにアドリブで切り抜けるのが立廻り、だが、今回は、殺陣を使う。
青年は断然強いので、一対一の場面になると全く心配にならないが、相手の人数が多いので、当然敵は青年の背後や横から同時に攻撃を仕掛ける。
僕はそれをひょいとずらして、青年の対処が間に合うようにした。
まるでぎりぎりの戦いを切り抜けているような、見応えのある戦いだ。
うん、かっこいいね。
もう、任せちゃえ。
「どこへ行かれるのですか?」
僕には別の役割がある。
「こ、小娘、お前薬を口にしていたんじゃ」
こっそりと、馬車の影に潜んでいた自称商人に声を掛けた。
自称商人はぎょっとしたように僕に言う。
うん、おっしゃる通り、僕の主は、何の疑いもなく、あんたのくれた飴を食べたよ。
眠ってしまう以外は無害そうだったから、止めなかったけどね。
危険な場面はこうやって傀儡を使ったほうが僕も安心だし。
「今度は、おじさんが眠ってね」
メディの声が優しく告げ、スッと自称商人の額を小突く。
「あ?」
間抜けな声を上げて倒れ込む自称商人。
とりあえず一丁上がり。
青年と賊の戦闘も、どうやら終わったようだ。
賊は、二人程を残して後は全滅している。
さてさて、この男、敵か味方か?
ちょっと緊張するね。
血まみれの姿が振り向く。
表情が抜け落ちたような顔に、唯一ギラギラとした目。
すごく……怖いです。
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