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立ち聞きする男
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「なるほど、そういう事情か……興味深いな」
その声に、場が凍りつく。
「なんであんたがここにいるんだよ? 古谷さん」
光夜はキレそうになりながらも、静かに尋ねた。
声がわずかに怒りに震えているのは、仕方のないことだろう。
光夜達のパーティと、前田亜沙子、姫島望結、岸谷誉の六人は、合同迷宮探索に向かって、詳しい打ち合わせのために探索者協会の会議室を借りたのだ。
普段は、それぞれ少人数ということもあり、光夜達はファミレスで、亜沙子達は車で打ち合わせをしているのだが、六人ともなるとそういう訳にもいかない。
幸い、探索者協会はレンタル会議室の貸し出しを行っており、事前に申し込みをしておけば、探索者なら無料で借りることが出来た。
その制度を利用して、会議室を借りて打ち合わせをしていたのだ。
ところが、その最中に突然乱入して来た者がいる。
古谷慎也と言って、東京の探索者の間では有名な男だ。
光夜にとっては、個人的な知り合いでもある。
とは言え、慎也から一方的に熱烈なギルド勧誘を受けているだけだが。
つまりこの古谷慎也という男、二つのパーティのどちらの一員でもないのだ。
顔見知りであっても、今の打ち合わせには全くの無関係ということである。
「ここは俺達の貸し切りだぞ? 突然入って来るのはルール違反だろ」
「わかるわかる光夜の言いたいこと、わかるぞ。ここのレンタル会議室さ、無料なのはいいんだけど、気密性が甘くてさ、ドアの前を通るとなかの音が丸聞こえなんだよね。俺達も、丁度別の会議室使っててさ、今、トイレの帰りなんだけど、聞き覚えのある声が聞こえたからつい、聞き入っちゃったって訳」
「いや、だからルール違反だろ?」
まいったねーという感じで言う慎也に、光夜は尚も抑えた怒りを向けた。
「だからさ、聞いちゃったらそのことをしらばっくれたままってのは俺は無理だからさ。一応その、聞いたってことを言っておこうと思って」
「あんたが突拍子もないのは今に始まったことじゃないが、自分ルールで動くのもたいがいにしろ」
「うん。気になったからって、全部聞いちゃって悪かったよ。そう思ったから、こうやって謝りに来たんだ」
悪びれない慎也に、光夜の怒りは、いつの間にか急速に萎えてしまった。
この男は悪意がない。
そのため、怒りを感じ続けるのが難しい。
しかし悪意がなければいい、という訳ではないのだ。
慎也は、無邪気にとんでもないことをやらかす男として有名なのである。
「確か、ダンジョンシーカーズ……の」
慎也を見て、戸惑いながらも言葉を発したのは、亜沙子の仲間の望結である。
どうやら、亜沙子達とも知り合いらしい、と光夜は少しホッとした。
ここで亜沙子達に慎也を紹介するなどという羽目になったら、間違いなく光夜はキレていただろう。
「あ、その節はどうも! だいぶお久しぶりだね。まさかこっちで会うとは思っていなかったけど。どう? 俺達のギルドに加入する決心はついた?」
「え? いいえ」
望結はきっぱりと断った。
望結という女性は、少し不思議なところがあって、見た目では控えめでおとなしげなのだが、物事に対する結論ははっきりと口に出す。
そのギャップに、話し相手は戸惑ってしまうのである。
だが、望結はあまり相手の目を見ないように話すだけで、言動には一本筋が通っていた。
探索者になるような女性が、ただおとなしいだけではあるはずがないのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
「ううっ……迷うことなく断られた……辛い」
「謝って気が済んだなら帰れ!」
望結の返事に落ち込んだ慎也をそのままドアから押し出そうとした光夜に、慎也は抵抗する。
「ち、ちょっと待った! 俺の話を聞いて、お願い」
「は?」
「お願い、この通り!」
掴みかかった光夜の手をするりと抜けると、慎也はその場で正座すると頭を下げた。
いわゆる土下座である。
「意味わかんない。キモい」
今ここにいるメンバーのなかで、最もツン度が高いと思われる花鶏が、尖すぎる毒舌を振るった。
とは言え、おそらく慎也本人を除く全員が、花鶏の言葉に同意するだろう。
「帰れ!」
「ほんのちょっとだけ、ちょびっとだけ!」
「死ね!」
とうとうキレてしまった光夜が慎也に対して言葉による攻撃を開始したところ、それをまーまーと仲裁した者がいた。
亜沙子である。
亜沙子は、年齢的に慎也に一番近い立場だ。
さすがにいい年齢のおっさんが若手に罵られるのはよくないと思ったのかもしれない。
ちなみに、慎也は三十六歳だ。
光夜は二十九歳、見た目としては、そこまで差があるように思えないのが恐ろしいが、慎也のほうがだいぶ年上なのである。
「話ぐらい聞いてあげよ? ね?」
「女神か……」
慎也は目に涙を浮かべて、亜沙子をまぶしげに仰ぎ見たのだった。
その声に、場が凍りつく。
「なんであんたがここにいるんだよ? 古谷さん」
光夜はキレそうになりながらも、静かに尋ねた。
声がわずかに怒りに震えているのは、仕方のないことだろう。
光夜達のパーティと、前田亜沙子、姫島望結、岸谷誉の六人は、合同迷宮探索に向かって、詳しい打ち合わせのために探索者協会の会議室を借りたのだ。
普段は、それぞれ少人数ということもあり、光夜達はファミレスで、亜沙子達は車で打ち合わせをしているのだが、六人ともなるとそういう訳にもいかない。
幸い、探索者協会はレンタル会議室の貸し出しを行っており、事前に申し込みをしておけば、探索者なら無料で借りることが出来た。
その制度を利用して、会議室を借りて打ち合わせをしていたのだ。
ところが、その最中に突然乱入して来た者がいる。
古谷慎也と言って、東京の探索者の間では有名な男だ。
光夜にとっては、個人的な知り合いでもある。
とは言え、慎也から一方的に熱烈なギルド勧誘を受けているだけだが。
つまりこの古谷慎也という男、二つのパーティのどちらの一員でもないのだ。
顔見知りであっても、今の打ち合わせには全くの無関係ということである。
「ここは俺達の貸し切りだぞ? 突然入って来るのはルール違反だろ」
「わかるわかる光夜の言いたいこと、わかるぞ。ここのレンタル会議室さ、無料なのはいいんだけど、気密性が甘くてさ、ドアの前を通るとなかの音が丸聞こえなんだよね。俺達も、丁度別の会議室使っててさ、今、トイレの帰りなんだけど、聞き覚えのある声が聞こえたからつい、聞き入っちゃったって訳」
「いや、だからルール違反だろ?」
まいったねーという感じで言う慎也に、光夜は尚も抑えた怒りを向けた。
「だからさ、聞いちゃったらそのことをしらばっくれたままってのは俺は無理だからさ。一応その、聞いたってことを言っておこうと思って」
「あんたが突拍子もないのは今に始まったことじゃないが、自分ルールで動くのもたいがいにしろ」
「うん。気になったからって、全部聞いちゃって悪かったよ。そう思ったから、こうやって謝りに来たんだ」
悪びれない慎也に、光夜の怒りは、いつの間にか急速に萎えてしまった。
この男は悪意がない。
そのため、怒りを感じ続けるのが難しい。
しかし悪意がなければいい、という訳ではないのだ。
慎也は、無邪気にとんでもないことをやらかす男として有名なのである。
「確か、ダンジョンシーカーズ……の」
慎也を見て、戸惑いながらも言葉を発したのは、亜沙子の仲間の望結である。
どうやら、亜沙子達とも知り合いらしい、と光夜は少しホッとした。
ここで亜沙子達に慎也を紹介するなどという羽目になったら、間違いなく光夜はキレていただろう。
「あ、その節はどうも! だいぶお久しぶりだね。まさかこっちで会うとは思っていなかったけど。どう? 俺達のギルドに加入する決心はついた?」
「え? いいえ」
望結はきっぱりと断った。
望結という女性は、少し不思議なところがあって、見た目では控えめでおとなしげなのだが、物事に対する結論ははっきりと口に出す。
そのギャップに、話し相手は戸惑ってしまうのである。
だが、望結はあまり相手の目を見ないように話すだけで、言動には一本筋が通っていた。
探索者になるような女性が、ただおとなしいだけではあるはずがないのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
「ううっ……迷うことなく断られた……辛い」
「謝って気が済んだなら帰れ!」
望結の返事に落ち込んだ慎也をそのままドアから押し出そうとした光夜に、慎也は抵抗する。
「ち、ちょっと待った! 俺の話を聞いて、お願い」
「は?」
「お願い、この通り!」
掴みかかった光夜の手をするりと抜けると、慎也はその場で正座すると頭を下げた。
いわゆる土下座である。
「意味わかんない。キモい」
今ここにいるメンバーのなかで、最もツン度が高いと思われる花鶏が、尖すぎる毒舌を振るった。
とは言え、おそらく慎也本人を除く全員が、花鶏の言葉に同意するだろう。
「帰れ!」
「ほんのちょっとだけ、ちょびっとだけ!」
「死ね!」
とうとうキレてしまった光夜が慎也に対して言葉による攻撃を開始したところ、それをまーまーと仲裁した者がいた。
亜沙子である。
亜沙子は、年齢的に慎也に一番近い立場だ。
さすがにいい年齢のおっさんが若手に罵られるのはよくないと思ったのかもしれない。
ちなみに、慎也は三十六歳だ。
光夜は二十九歳、見た目としては、そこまで差があるように思えないのが恐ろしいが、慎也のほうがだいぶ年上なのである。
「話ぐらい聞いてあげよ? ね?」
「女神か……」
慎也は目に涙を浮かべて、亜沙子をまぶしげに仰ぎ見たのだった。
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