上 下
7 / 10

取り残された者達の叫び

しおりを挟む
(……予想はしていた)

 光夜はそう思ってため息をこらえる。
 オフィスの出入り口の鍵はオートロックで、電気で制御されていた。
 そしてダンジョンに呑まれた時点で電気は切れ、深淵世界との融合が始まる。
 このオフィス用のオートロックは、停電時にはロック状態で固定されるタイプのものだった。
 普通ならばすぐに電気が復旧するか、業者がロック解除に訪れて、たいしたことにはならなかっただろう。
 だが、外からの助けは来ない。
 マニュアルを探し出してロックを解除しようとする頃には、扉は変質して操作を受け付けなくなってしまっている。

「ここは確か、休日シフト制で、会社からも確認依頼が出ていたところ、だな」

 いつもは陽気な真逆が、鎮痛な声で言う。
 もっと上層階でもあった光景だ。
 オフィスに閉じ込められた人々が、助けを待ちながら絶望のうちに死んでいった。
 その痕跡が残っている。

 無念の死者の痕跡は、何度見ても慣れることがない。
 光夜はダンジョン化の理不尽さに改めて怒りがこみ上げるのを感じた。
 突然の暗転と、自分が生き残るために下敷きにした存在を知ったときの気持ち。
 絶望から前に進むには、怒りを感じ続けるしかなかった。
 人々は、最期まで何が起こったのか理解出来ないまま、生きようとあがいていたのだろう。

「遺品を集めよう。全部の遺骨を持ち帰るのは今日は無理、だろうな」
「写真撮る、ね」

 光夜の指示に、花鶏あとりが宣言する。
 まずは全体の写真を撮り、各遺体と遺品の場所を個別に写真に撮っていく。
 花鶏あとりの兄も、高層建造物で働いていてダンジョンに呑まれ、そのまま消息不明となった。
 光夜が遺品を届けたときには、声も掛けられないぐらい泣き崩れていたものだ。
 それだけに、花鶏あとりには遺族に必要な情報が何か、がよく理解出来ている。
 たとえ残酷であろうと、亡くなった人達が生きた最期の様子を出来るだけ詳しく記録に残す。

 実のところ、このオフィスのように密閉状態となっていて、死者の痕跡が荒らされずに残っている場所は少ない。
 落下の衝撃で命を落とすのと、モンスターに殺されるのと、絶望と飢えと乾きで死に至るのと、どれがマシか、などと優劣はつけられないが、遺族にとっては、亡くなった家族が最期にどうしていたのかがわかるほうがいいのは確かだ。

 だが、どの世界にも無粋な奴はいるものである。
 扉が開く音がして、巨大なスライムが押し入って来た。

「ち、俺達がいるせいだろうな」
「モンスターは死体に興味を持たないからな」

 真逆が舌打ちをする。
 光夜は真逆の言葉に同意してうなずいた。

 実はもっと上のほうの階で、密閉されていたはずの扉が破壊されて、内部が焼け焦げ、ほぼ残骸しかない、という場所があったのだ。
 モンスターは生命力を探知して襲って来ると言われている。
 飛行型の強力なモンスターが、人が多いオフィスを探知して襲って来たのだろう。

「そう考えると、このスライム共が入り込んだのはだいぶ後になってからなんだろうな」

 単に隠れ家として適しているから入り込んだのかもしれない。
 とは言え、この現場を荒らされる訳にはいかないと光夜は思う。

「俺はあいつらをなんとかする。お前らは記録と遺品回収を頼む」
「あ、おい光夜! 全員でやろうぜ!」
「お前らの武器じゃ無理だろうが」
「むぐっ」

 一人打って出ようとする光夜を真逆は止めたが、にべもなく拒絶される。

「今回は光夜が正しい。バカ真逆は先のことが見えないからバカ」
「バカバカ言うな!」

 いつもの漫才を始めた二人を置いて、光夜は扉を押しのけて入り込もうとしている赤黒いスライムに向けてショットガンを向けた。
 ガシュッ! という音を立てて大きなスライムが押し出される。
 光夜はスライムを追うようにオフィスから躍り出た。
 ロビーには、オフィスの入り口へとスライム達が集まって来ている。

「やれやれ、俺達も人気だな」

 光夜の口元に暗い笑みが浮かぶ。

「間違っているって言う奴もいるがな、俺は、お前達を殺すときが、一番幸せなんだ。そのために、生かされたと思っているからな!」

 不思議そうに口を半開きにしたまま、目を見開いた女の子の物言わぬ亡骸。
 あの子どもだけではない。
 ダンジョン発生時に犠牲になった全ての人の叫びが、光夜には聞こえる。

「許さない、絶対に!」

 魔法を施された特殊弾をショットガンに装填。
 押し合いへし合いしているスライムの群れに向けて発射した。

 ガシュッ! ガシュッ! ガシュッ!
 撃ち出した弾には、『氷結』の魔法が刻まれている。
 強力な魔法を使ったせいで、魔石カートリッジバッテリーを急激に消費して、ショットガンの残量ランプがうっすらと赤くなった。
 だが、効果はてきめんだ。

 シュウウウッ! という音を立ててスライムの群れが凍りついていく。

「砕けろ!」

 止めにショットガンの空撃ちで、衝撃インパクトの魔法を発動する。
 バラバラになったスライムだったものを足で踏みにじりながら、光夜は魔石カートリッジバッテリーを交換して、残敵掃討へと移ったのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~

椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。 しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。 タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。 数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。 すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう! 手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。 そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。 無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。 和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。

処理中です...