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念願の追放劇

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「もうここに貴様のいるべき場所はない!」

 それはあれよあれよという間の出来事だった。
 俺を怒鳴りつけるのは、名工の手で作られた彫像のように美丈夫な父だ。
 その背後にいる少年、アークが、我が家に家令見習いとしてやって来たのはわずか一ヶ月前。
 たった一ヶ月で、アークは俺の家庭での地位を最低にまで落とし、自分の価値を引き上げて、なんと養子として成り上がったのだ。
 アークが養子として受け入れられた代償とでも言うように、俺は家から追い出された。
 いわゆる勘当という奴だ。

 勘当という言葉は、物語などではときどき目にするが、まさか自分の身に現実として降りかかろうとは、考えたことすらなかった。
 なぜなら、我が家は国でも五本の指に入る名家であり、スキャンダルを嫌うからだ。
 だが今、父は俺を手荷物一つで追い出し、ほかの家族はいかにもせいぜいしたといわんばかりの笑顔でその様子を見物している。

 まさか、まさか、こんなことになるとは……。
 俺は体の震えが止まらなかったが、グッと感情を押し殺す。
 まだだ、まだ油断してはならない。

「わかりました。今まで育てていただき、ありがとうございます」

 慎重に言葉を選ぶ。
 泣いてすがりつくなど最低の選択だし、かと言って、乱暴な言葉を吐いて出て行くのも危ない。
 弱みを見せても、自分の価値を下げすぎても、命の危機が伴うのだ。
 この家は、そういう家で、この家族はそういう家族だ。

 だから、少しの悔しさをにじませつつ、相手の言葉に従順に従うという態度を取らねばならない。
 物心ついてからこの方、俺がこの家で生き抜くために身に着けた処世術。
 今このときこそ、それを最大限に活用するのだ。

「ふん、最後ぐらいは身の程をわきまえていたようだな。いいか、もう二度と我が一族の氏素性を名乗るでないぞ。新しい貴様の戸籍は用意してある」

 マジか? 望んだ以上の最高の条件だ。
 こんなことが現実に起こるなんて……おっと、絶対に表情を緩めるな、油断すると死ぬ。

 悔しげに返事をするんだ。

「……わかりました」

 ありがとう、ありがとうアーク。
 我が家に目をつけて、乗っ取ろうとしてくれて。
 名家に入り込み、その家の人間の立場を乗っ取って、寄生虫のように暮らす一族がいるという話を聞いたことがあった。
 とても現実の話とは思えなかったし、疑い半分で、それでも夢が叶うかもしれないと、さまざまな仕掛けをした。
 噂を流し、弱点を晒し、ここに俺という狙いやすい獲物がいるのだと、我が身を餌にしての釣りを行ったのだ。
 それは、見事成果となって現れた。

 やった! やっと俺は自由になれた!

 家を追い出され、惨めな姿で街を彷徨う。
 やりすぎないように、痕跡を残し、どこかで犯罪者に捕まりなぶり殺される……フリをした。

 この街の最下層では、毎日のように死者が出ていて、数日あれば、俺と同じ年格好の死体を用意するのは簡単だ。
 顔などわからないように偽装するのも、新しい身分証を手に入れるのも、金さえあればなんでも可能。
 俺はいつかあの地獄のような家から脱出しようと、コツコツと、小遣いを使わずに貯めて来たのだ。
 子どもの小遣いと馬鹿には出来ない。
 名家というのは体面を保つために、卑しい行いを子どもにさせる訳にはいかないのだ。
 将来の部下となる相手に大判振る舞いをして、派閥を作り、内々にパーティを開いて顔を繋ぐ。
 全てに金が必要となる。
 俺はそこから自分のための資金を抜き取って貯めていた。
 まぁそれも、この偽装工作によって、ほとんど飛んでしまったが、問題はない。

 放逐したと言えども、自分達の一族の血を引く者を、下手をすると問題を起こすかもしれない相手を、あの家の連中が放っておくはずがないのだ。
 どうせ殺されるなら、こっちが先に自分を殺してやる。
 そうして、ようやく自由を手に入れられるのだ。

 見た目を変えるのは簡単だ。
 人里を離れて、今までほとんど鍛えて来なかった体を鍛え、パッと見の印象を変える。
 その後、一つの挑戦を行う。
 ドラゴン種を倒すのだ。
 中級以上のドラゴンを倒し、まだドラゴンが生きている間にその心臓の血を浴びれば、その者は、倒したドラゴンの属性を宿し、髪と目の色が変化する。
 これは、一部の冒険者の間に伝わる秘め事で、大枚をはたいて買った情報の一つだ。
 それが事実である証拠も手に入れている。

 俺が目指すのは、カースドラゴン。
 多くの人に嫌われつつも、倒すのが難しいという理由で放置されていることが多いドラゴンだ。
 実はこのドラゴン、俺とは相性がいい。
 なぜなら、俺には生まれつきの祝福があり、呪いや毒を受け付けない体質なのだ。
 俺の実の母は、この体質のせいで散々苦しめられた。
 父は政敵から身を守るために、母を半ば無理やり手に入れたのである。

 母はまだ幼い俺に何度も繰り返し語ったものだ、この体質のことは絶対に知られてはならない、と。
 やがて心労を重ねて若くして亡くなってしまった母を、役立たずとなじる父と、その正妻である俺の戸籍上の母の姿を目にして、俺はますます固く実母の言いつけを守った。
 用心に用心を重ね、父が俺を試す際には、事前に情報を仕入れて、毒や呪いで苦しむフリをしてみせる。
 やがて、父や家族が、俺を実母以上の役立たずだと見做し、まるでゴミのように扱い出した。
 辛く苦しい日々だったが、ようやく、念願が叶ったのだ。

 倒した者が呪われる以外には大した力を持たないドラゴンとは言え、まがりなりにもドラゴンだ。
 その体躯は小さな屋敷程もある。
 鱗に覆われた体には通常の攻撃は通らないし、俺が扱える剣など針がつついた程度にも感じないだろう。
 そこで、俺は、体を鍛えつつ一つの技、いや、魔法を訓練した。
 母譲りの、祝福魔法だ。
 それは、カースドラゴン相手なら、絶対的な優位を誇る魔法である。

 霊峰に籠もり、偉大な精霊の声を聞く。
 水と少しの草の根などを口にして、肉を食さずに奇跡を願った。
 世の中には、生まれつき祝福を授かった者がいて、その者はなんらかの奇跡を身に宿している。
 母や俺はそれが毒や呪いに対する耐性だった。
 そのままなら、危険を避けやすい体質というだけなのだが、祝福を持った者が修行を積むと、精霊との交感が可能となり、精霊の持つ御業の一つを授かることが出来る。
 それが祝福魔法である。

 母の使える魔法は癒やしヒーリングだった。

『そなたに、聖なる陽光ホーリー・ソルを授けましょう』

 ふいに、キラキラとした輝きを感じさせる声が響き、とうとう俺だけの魔法を手に入れることに成功する。
 後は簡単だ。
 カースドラゴンの魔法は俺には一切通用せず、俺の魔法は奴の命を削って行く。
 巨大な体から繰り出される物理攻撃にさえ気をつければ、ドラゴンと言えどもただの獲物である。
 念を入れて罠を張り、狭い崖の間に落とし穴を仕掛け、崖の上から最初に翼を焼いた。
 その後はひたすら一方的な戦いだ。
 いや、戦いですらない。

「カースドラゴン、誰も自分に敵いはしないと驕っていたな。こんな単純な罠に掛かるとは。俺もお前の末路を教訓にするよ」

 死にゆくカースドラゴンの身体からその巨大な心臓を抜き取る。
 それにしても、呪いや毒を退ける体質の俺がカースドラゴンの力を宿すことは可能なのだろうか?
 まぁ俺としては、見た目さえ変われば、なんでもいいんだけどな。
 そうして、俺は真の意味で自由になった。

 やがて、一人の恐るべき魔人が世界に名を轟かせることとなる。
 漆黒の髪、闇夜のような瞳、そして呪いと祝福を共に操りし者。
 
 持たざる弱者は彼に希望を見出し祈りを捧げ、富める者は彼の力を恐れる。
 人は、彼を漆黒の御子と呼んだ。
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みんなの感想(5件)

チベットスナギツネ

続きが気になります!
ワクワクした

解除
ミドリ
2022.07.12 ミドリ

これからの活躍が知りたくなります。
出来たら長編で読みたいです。
ありがとうございました。

解除
penpen
2021.04.30 penpen

短編〜Orz

解除

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