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第1章 First contact

幕間 受付嬢の受難

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 私がこの仕事に就くたのはらくだと思ったからだ。

 ハンター組合の受付の仕事は主に説明と手続きの手伝い、完了報告、報酬の受け渡しなど、力仕事などはない接客せっきゃくの仕事だ。
 当時の私はどういう仕事に就こうか迷っていた。
 そんな時に知り合いからハンター組合の受付の仕事を紹介されたのだ。
 説明を聞いた限りでは難しい事はなく、簡単そうだ、楽そうだ、と思ったので次の日にはその仕事を受けていた。

 最初の1~2年は大変だった。初めての仕事だから当たり前なのだが専門用語や、数多くある手続きの手順などを覚えるのが、なかなかの困難だった。
 しかし、慣れてしまえばそこからは楽だった。
 受付は常に2人体制で行っているため、実際の負担ふたんは半分になる。新人のハンター達には最初だから長々と説明するが、次からは特に説明なしでも問題ない。
 大変な力仕事もなく、細かい事務処理もない。
 本当に楽な仕事だった・・・。
 ―――あいつが来るまでは。

「すみません。ハンターになる試験を受けたいのですが」

 その男との初めてのやりとりは良く覚えている。
 その男はハンター試験を受けに来たと言った。だが、その身なりはとてもハンター試験を受けに来たとは思えないほどの物だった。

(え?この人その格好でハンター試験受けに来たの!?)

 日頃から様々なハンター達を見てきている受付嬢をしているから良くわかる。
 この男は"ハンター"というものを知らない。もしくは心底なめている。そう思った。
 だけど、ここで「あなたじゃ無理ですよ」と言うわけにはいかない。私は内心驚きながらもしっかりと案内をした。

「え・・・あ、はい。ハンター希望者ですね。それでしたら・・・ちょうどこれから試験が始まる所なので第3模擬戦場もぎせんじょうに向かってください」

「分かりました。えーっと・・・その第3模擬戦場というのはどこに・・・」

 男のその言葉を聞いた時に私は気づいた。

(あ、この人何も知らないんだ)

 その男はハンター試験の事を何も調べずに試験を受けに来ていた。ハンター試験を受けに来る人達は試験内容や、試験会場、試験が行われる時間などを事前じぜんに調べておくのが当たり前だからだ。

「あそこの扉からまっすぐ言って2つ目の十字路を右に行いけば第3模擬戦場です」

「分かりました」

 だけど、私はただの受付嬢。特に何も言うことはなく。男に第3模擬戦場の場所を教えると、男は案内された通りに歩いていった。


 そしてしばらくすると、その男は戻ってきた。そして少し遅れて事務員の人が私の所まで来た。

「え?」

 私はつい驚きの声を漏らしてしまった。事務員の人が言ったのはあの男がAランクのハンターになった、という事だった。そしてこれから依頼を受けようとしていると。
 先日お城が攻撃された事件のせいで国からハンター達の実力を見直し、上位のハンターを増やして欲しいという話が来ていたのは知っていたが、いきなりAランクの新人ハンターが誕生するとは思っても見なかった。さらにハンター試験を受けた当日に依頼を受けるなんて・・・。

 普通、新しくハンターになった人は装備品の準備やポーション等の基本的な道具の買い出しなどを行うため、ハンターになったその日に依頼は受けない。例えどんなランクでもそれが常識でしょう。だけど依頼書を手に取り見ているあの男は細い剣1つのみを身に着けていてその他、防具も何も身に付けてないのだ。
 そして手ぶらだ。ポーションなどの道具を入れているような物は見受けられない。本当に剣1つ以外、なにも持ってないのだ。

 ハンター試験でその装備なのはまだ、わかる。いや正直分からないけど。試験を行うのはあくまで人間の試験管であり、いくら怪我けがなどが自己責任だからといって殺すような事はしない。
 だから、防具を身に付けずにハンター試験を受けるのはまだなんとか理解できる。
 ハンターの依頼は魔物の討伐が主な依頼で依頼内容の全体の8割以上が魔物討伐になる。
 相手は魔物なのだ、人間のようにやさしくはない。ハンターが死亡することだって多々あってしまう。
 そんな命のやり取りを行うのに、防具も道具もなしに挑むのは無茶むちゃだ。
 だがもしかしたら、依頼に合わせて防具や道具を用意しようとしているのかもしれない。ハンターによってはその依頼を円滑に実行するために特殊な道具や有効な武器を依頼に合わせて用意する人もいる。その分お金は掛かるがより安全に依頼を実行できる。
 もしかしたらあの男もそういう事をするのかもしれない。お金があるようには見えないけど。

 (あれ?というか、あの恰好で試験を受けてAランクから始める事が出来るって・・・)

 そう思っているとその男は1枚の依頼書を持って私の所に来た。

「すみません、ちょっといいですか?」

 話を聞くとその男はなんと文字が読めないのだという。
 だから、この依頼書に書かれている内容も何一つわからないので代わりに読んで、口頭こうとうで内容を教えてほしいとの事だった。一応念のために私が理由を訪ねると、男はもの凄い田舎の出身らしくその村では文字が使われてなかった、そうだ。
 私は一応納得した。実際ごくまれに文字が読めない人はいると、先輩から話を聞いた事があったのを思い出した。
 先輩は過去にそういう人から依頼書を読んでほしいと頼まれた事があるそうだ。

「では、説明します。こちらの依頼はファトス村のヘカッド・ヘッジ村長からの依頼になります。依頼の難易度はB。内容は数日前に村の墓地ぼち付近ふきんで目撃された"アンデッド・ナイト"2体の討伐になります」

「なるほど。因みにそのファトス村はどちらにありますか?」

「こちらの南門から出て北西ほくせいの方角に徒歩で1日半、馬だと3時間ほど掛かる場所になります」

「・・・なるほど。では、この依頼を受けたいと思います」

 心の中で少し驚く、ここまでくれば分かっていたがこの男は本気でその格好で魔物の討伐に向かうらしい。

「わかりました。ではこちらの依頼で受注手続きをおこないます」

「よろしく頼む」

「移動には馬を使いますか?よろしければ手配しますが」

 その格好で本人が行くというなら仕方ない。私の責任ではない。
 私は依頼の受注手続きを行いその際に馬を使うかどうか聞くと男は少し悩んだ。

 ハンター組合では馬の貸し出しを行っている。
 たまに自前の馬を持っているハンターがいるが皆が皆、馬を購入出来るだけのお金を持っている訳ではない。徒歩だと距離があるため時間が掛かる事と移動で疲れてしまう為、ハンター組合は低価格で馬のレンタルを行っているのだ。

「いえ、馬は結構です」

 結局、男は馬の貸し出しを断った。
 まぁ、低価格といっても馬の貸し出しにお金にお金は掛かる、それにハンターになったばかりだから節約せつやくしたいという気持ちは理解できる。
 ハンターは結構、お金を使うのだ。装備品の購入や、その装備品のメンテナンス、ポーションなどのアイテムの購入。
 特に回復魔法が使えない魔法使いや戦士にとってポーションは必要不可欠なものだ。ポーション1つで命が助かることも少なくない。

「わかりました。はい、受注完了しました。」

「ありがとうございます」

 男は一言、礼を言うとハンター組合から出ていった。
 そして、その2時間後に私は驚かされる事になった。


 3時間ほどたったころ、受付に先ほどの男が現れた。

(依頼の取り消しにでも来たのかな?)

 私はまずそう思った。やはり、準備が足りなかったのだろう。その男はきっとそれを理解し、依頼の取り消しに来たのだと思った。
 だが、その男を良く見てみると手に何か持っていた。
 白い棒の様なものだ。まるで骨のような―――

(え!?)

「依頼の完了報告に来ました」

「え?」

 その男は依頼の完了報告に来たと言った。私は男が何を言っているのか分からず、少しフリーズしてしまった。
 だってそうだ。その男が受けた依頼の場所は徒歩でここから1日半、馬でも3時間は掛かる場所のハズだ。それなのにまだ1日どころか半日も経ってないのに依頼を終わらせてきたと、この男は言っているのだ。

「た、ただいま依頼主に確認してきます」

 フリーズから戻った私は提出された依頼書を手に取り、まず依頼者のサインと村のハンコが押してあるかを確認した。しかしその二つは依頼書にしっかりと記載されていた。
 つぎに依頼主に確認してもらうため連絡部署に向かった。
 この時私はその男が偽物の依頼書を作り、虚偽の申告をしているのだと思った。普通誰だってそう思うだろう

「あの、この依頼主に完了の確認をお願いします」

 ハンター組合では依頼の虚偽きょぎの申告はしてはいけない決まりがある。もし、それが発覚した場合はハンターの資格を剥奪か最低でもランクの降格こうかく処分になる。
 私はその男が虚偽の申告をしてると思っている、それを証明するためにも、依頼主に確認をとってもらった。
 しかし確認してもらった連絡部署の人の答えは、依頼は無事完了しているとの事だった。

「そ、そう・・・ですか」

 そんなバカな。私の頭の中はその言葉であふれてました。

「ん?どうかしたのか?」

「い、いえ何でもないです!」

「そ、そうか」

 連絡部署の人が心配してくれましたが、今はそれどころではない。
 依頼主に確認して問題ないのであればあの男は嘘を付いている訳ではなく、本当に依頼を完了してきた事の証明になる。
 一体どうやって?と考え困惑しながら私は受付の方に戻っていった。

「お、お待たせしました。確認は取れましたのでこれにて依頼は完了です。お、お疲れさまでした。こちらが"討伐報酬"になります」

「ありがとうございます」

 困惑しながらも、本当に依頼を完了してきたのなら対応しなければいけない。
 私は男に報酬を渡した。

「すみません。お願いがあるのですが、いいでしょうか?」

 突然の質問につい驚きの声をあげてしまう。

「え!?あ、はい。何でしょうか?」

「いえ、前に言いましたが自分は文字が読めません。その為、依頼書を見ても依頼内容を確認できないのです。ですので、貴方に依頼を見繕みつくろって欲しいのですが・・・」

 なんとこの男はまだ依頼を受けるそうだ。そして私に依頼を選んで欲しいと。
 正直面倒だ。仕事が増える。そしてこの男にあんまり関わりたくない。
 しかしこう言われてしまっては受付嬢の仕事をしている私では断れない。

「わかりました。そういうことでしたらお受けします。何か依頼の条件はありますか?」

「それでしたら難易度は問わず、移動距離が近い依頼をお願いします」

「わかりました」

 私は掲示板に向かい、適当に距離が近い依頼を選び1枚の依頼書手に取った。
 内容はサンド・ゴーレムとロック・ゴーレムの群れの討伐、または撃退だ。依頼の難易度はB。場所も先ほどの村と大体同じくらいの距離だ。

 条件は移動距離しか聞いてないのでこれでいいか、と少し雑に選んだ。
 そしてその男に依頼内容を口頭で説明すると、男は依頼を受けると即断した。念のため馬を使うか聞くと、今回も馬はいらないそうだ。

「いや、馬を使わずどうやって片道1日半掛かるハズの道のりを短時間で移動したのよ」と言おうとしたが流石に堪えた。
 おそらく、この男は徒歩意外の何かの移動手段でもあるのだろう。何かはわからないが、私はそうとしか考えられない。
 受注手続きを完了すると男は「戻ってきたらまた報告します」と私に言って出ていった。

 その後また4時間ほどで戻ってきた。その男に私は、終始しゅうし苦笑いで対応した。



 だが、問題はそこからだ。私がその日その男の対応したからか男はその後ずっと、私が受付をやっている日は必ず私に所にくる。
 おかげで私の仕事量は増えている。だけど、「私の所にくるな」とは言えない。
 そればかりか、その男は私に気があるのではないか?と組合で噂になった。
 あの男は絶対そんなこと考えていない。きっと私に持ってくるのは話が早いから、とかそんな理由だろう。

 仕事中はあの男の対応。休憩中も同僚どうりょうや噂を聞いた人が私に詳細を訪ねてくる。
 あの男のせいで私の仕事は格段に増えた。オマケに休憩時間も回りがうるさく休憩にならない。
 全部あの男が来てからだ。仕事が増えて大変になったのもあいつののせいだ。
 この仕事を辞めようかとも考えた。
 だが最近、歩合制ぶあいせいでもないのになぜか給料がどんどん増えている。
 これはあいつがSランクに上がった時からだ。

 ・・・増えた給料をみて顔が少しゆるむ。
 私はもう少しだけこの仕事を続けてみてもいいかなと思うのでした。
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