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記憶の館と二人の少女
④
しおりを挟む3.誰のせいでもない、これは運命です
道路沿いの公園だったのがいけなかったのかな。それとも私が友美にちゃんと引っ越すことを伝えていればこんなことにはならなかったのかな。
トラックはハンドルを切ることもなく、真っ直ぐ友美に向かって突っ込んできた。それはまるで友美を狙っていたかのようで。私はこれが夢であったらどんなに幸せかと思う。現実を認めたくない。認めたら友美という存在が私の目の前から消えてしまうことを意味する。だからこれは白昼夢だ。そう、思いたい。
跳ねられた友美は数メートル先に飛ばされる。綺麗な弧を描いていた、と冷静に私はその現場を眺めてしまった。体が、心が動こうとしない。現実に唖然としてしまう。トラックの中から運転手は出てこない。ガラス越しに見てみると寝ているのだろうか。ハンドルに顔を埋めていた。
今の状況に絶叫できたらどんなに気持ちが楽になるだろう。
飛ばされた友美はその場に倒れ込んだまま動こかない。動けないのだ。俯せの状態で、頭から血を流していない。開いたままの瞳はガラス玉のようだった。
「・・・あさ・・・っちゃ…」
友美の唇が私の名前を呼んだような気がした。助けを求めるかのように私に向かって伸ばされる手。
友美が死んでしまうと頭では分かっている。誰かに助けを求めなければならない、救急車を呼ばなければいけない。私が行動しないと友美は助からない。分かっている。灯火のような友美の命を救えるのは私だけ。
それなのに私は怖くなってその場から逃げ出した。大切な友達を置き去りにして。
だから友美が死んだのは私のせい。
「逃げ出した私を許してくれるはずないんですよ」
私はテーブルの向かいにいる樰斗に言った。泣きたい気持ちだったけれど泣いていいのは私ではない。だって、生きられなかった友美に失礼でしょ?私は罰せられるだけのことをした。弱音を吐いていい権利なんかない。
私の話を聞いていた樰斗は何を考えているのだろう。何も考えていないかもしれない。その表情から感情を読み取ることはできない。そういえば鈴音がここにいなくて良かった。あの子はまだ幼いから、こんな話聞かなくていい。知らない方がこれからの人生にはいい。
「君は友人が許してくれないと本当に思っているのか?」
樰斗が抑揚のない声音で言った。まるで友美のことを知っているかのような口調。どうして友美のことを知っているのだろう。もう、この世にはいないのに。会えるはずない。
「友美のことどこで知ったんですか」
私の質問に樰斗は前髪を掻き上げながら答えた。まるで答えるのが面倒だという雰囲気だ。
「この店は死者も客だ。ついでに君の後ろにいるぞ。心配そうにしている」
反射的に後ろを振り返る。当たり前だけれど後ろには誰もいない。私は自分の行動に笑いがこみ上げてきた。約束を守るため、それ以上にもう一度会いたかったから追いかけたのに。会えるのならどうしてすぐに会えなかったの。やっぱり友美は私に会いたくなかったんだ。
私が樰斗の方へ向き直るのを待っていたかのように、樰斗は言った。
「死者が死者に会うことはできない。近くにいたとしても視ることはできない」
そのとき樰斗は目を伏せながらいった。堪えているものをはき出さないようにしているように見える。意外だった。この人がそんな顔をするとは思いもよらなかった。
それより樰斗には友美が視えているということになる。
それはなぜ?
「一応言っておくが私は死んでいる訳ではない」
釘を刺すようなタイミングで樰斗は口を開いた。少し不機嫌そうだったのは気のせいだろう。
「君は何か勘違いをしているようだ。誰も君を恨んだりしていないし、恨む理由がないんだ。恨む相手はトラックの運転手。誰も攻めはしない」
「本当にそうだとしても、私の気持ちがすまないの!!ちゃんと友美に謝りたい。謝ってそれで・・・・・・」
それで何をしたいのだろうか。友美が許してくれなくても、気持ちに区切りをつけたい。
死者に死者は視えないと言っていた。それなら私はすでに死んでいるのだろうか。いつの間に私はそちらの世界の仲間入りをしたのだろうか。覚えていない。思い出せない。きっとその記憶もここにはあるのかな。誰も欲しがらない、くだらない私の記憶。
死んだら会えると思っていたのに。同じに慣れは会えるって信じていたのに。それなのに、友美にはもう会うことができない。謝ることができない。どうして私ってこうタイミングが悪いのかな。
涙が自然に溢れてきた。人前で泣くことはあまりしなかったので不本意だった。けれど溢れるものを止めることはできない。
「客人、一つだけ問う」
樰斗の顔が涙で曇って見えた。慰めることもしない。樰斗はきっと優しい人なのだろう。私は視線だけを樰斗に向ける。それを肯定だと取ってくれた。
「今から戻るならまだ、間に合う。生きる意志があるのなら躯に戻れ。手遅れになる前に」
「も・・・どる?」
私は首をかしげる。何を言っているのだろう。私はもうすでに死んだのではないのだろうか。だって死者同士で視ることはできないのでしょう。
「細かいことを説明している暇はない。簡潔にただどうしたいかだ。生きたいかそうでないか。もし、生きる気があるのなら今から言うとおりにしろ」
樰斗の声音は耳に心地よく私は夢の中にいるような感覚になった。
「目を閉じて自分のいるべき場所を思い出せ。生きたいと強く念じろ。そうしていくうちに自分の躯に繋がる道を見つける」
「その後はどうすればいいんですか?」
「人生は自分で決めるものだ。誰かに縛られることはない」
そのときの樰斗の声はどこか元気がなかったような気がした。
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