彩霞堂

綾瀬 りょう

文字の大きさ
上 下
4 / 7
記憶の館と二人の少女

しおりを挟む

3.誰のせいでもない、これは運命です


 道路沿いの公園だったのがいけなかったのかな。それとも私が友美にちゃんと引っ越すことを伝えていればこんなことにはならなかったのかな。

 トラックはハンドルを切ることもなく、真っ直ぐ友美に向かって突っ込んできた。それはまるで友美を狙っていたかのようで。私はこれが夢であったらどんなに幸せかと思う。現実を認めたくない。認めたら友美という存在が私の目の前から消えてしまうことを意味する。だからこれは白昼夢だ。そう、思いたい。

 跳ねられた友美は数メートル先に飛ばされる。綺麗な弧を描いていた、と冷静に私はその現場を眺めてしまった。体が、心が動こうとしない。現実に唖然としてしまう。トラックの中から運転手は出てこない。ガラス越しに見てみると寝ているのだろうか。ハンドルに顔を埋めていた。

 今の状況に絶叫できたらどんなに気持ちが楽になるだろう。

 飛ばされた友美はその場に倒れ込んだまま動こかない。動けないのだ。俯せの状態で、頭から血を流していない。開いたままの瞳はガラス玉のようだった。

「・・・あさ・・・っちゃ…」

 友美の唇が私の名前を呼んだような気がした。助けを求めるかのように私に向かって伸ばされる手。
友美が死んでしまうと頭では分かっている。誰かに助けを求めなければならない、救急車を呼ばなければいけない。私が行動しないと友美は助からない。分かっている。灯火のような友美の命を救えるのは私だけ。

 それなのに私は怖くなってその場から逃げ出した。大切な友達を置き去りにして。

 だから友美が死んだのは私のせい。





「逃げ出した私を許してくれるはずないんですよ」

 私はテーブルの向かいにいる樰斗に言った。泣きたい気持ちだったけれど泣いていいのは私ではない。だって、生きられなかった友美に失礼でしょ?私は罰せられるだけのことをした。弱音を吐いていい権利なんかない。
私の話を聞いていた樰斗は何を考えているのだろう。何も考えていないかもしれない。その表情から感情を読み取ることはできない。そういえば鈴音がここにいなくて良かった。あの子はまだ幼いから、こんな話聞かなくていい。知らない方がこれからの人生にはいい。

「君は友人が許してくれないと本当に思っているのか?」

 樰斗が抑揚のない声音で言った。まるで友美のことを知っているかのような口調。どうして友美のことを知っているのだろう。もう、この世にはいないのに。会えるはずない。

「友美のことどこで知ったんですか」

 私の質問に樰斗は前髪を掻き上げながら答えた。まるで答えるのが面倒だという雰囲気だ。

「この店は死者も客だ。ついでに君の後ろにいるぞ。心配そうにしている」

 反射的に後ろを振り返る。当たり前だけれど後ろには誰もいない。私は自分の行動に笑いがこみ上げてきた。約束を守るため、それ以上にもう一度会いたかったから追いかけたのに。会えるのならどうしてすぐに会えなかったの。やっぱり友美は私に会いたくなかったんだ。

 私が樰斗の方へ向き直るのを待っていたかのように、樰斗は言った。

「死者が死者に会うことはできない。近くにいたとしても視ることはできない」

 そのとき樰斗は目を伏せながらいった。堪えているものをはき出さないようにしているように見える。意外だった。この人がそんな顔をするとは思いもよらなかった。

 それより樰斗には友美が視えているということになる。

 それはなぜ?

「一応言っておくが私は死んでいる訳ではない」

 釘を刺すようなタイミングで樰斗は口を開いた。少し不機嫌そうだったのは気のせいだろう。

「君は何か勘違いをしているようだ。誰も君を恨んだりしていないし、恨む理由がないんだ。恨む相手はトラックの運転手。誰も攻めはしない」

「本当にそうだとしても、私の気持ちがすまないの!!ちゃんと友美に謝りたい。謝ってそれで・・・・・・」

 それで何をしたいのだろうか。友美が許してくれなくても、気持ちに区切りをつけたい。

 死者に死者は視えないと言っていた。それなら私はすでに死んでいるのだろうか。いつの間に私はそちらの世界の仲間入りをしたのだろうか。覚えていない。思い出せない。きっとその記憶もここにはあるのかな。誰も欲しがらない、くだらない私の記憶。

 死んだら会えると思っていたのに。同じに慣れは会えるって信じていたのに。それなのに、友美にはもう会うことができない。謝ることができない。どうして私ってこうタイミングが悪いのかな。

 涙が自然に溢れてきた。人前で泣くことはあまりしなかったので不本意だった。けれど溢れるものを止めることはできない。

「客人、一つだけ問う」

 樰斗の顔が涙で曇って見えた。慰めることもしない。樰斗はきっと優しい人なのだろう。私は視線だけを樰斗に向ける。それを肯定だと取ってくれた。

「今から戻るならまだ、間に合う。生きる意志があるのなら躯に戻れ。手遅れになる前に」

「も・・・どる?」

 私は首をかしげる。何を言っているのだろう。私はもうすでに死んだのではないのだろうか。だって死者同士で視ることはできないのでしょう。

「細かいことを説明している暇はない。簡潔にただどうしたいかだ。生きたいかそうでないか。もし、生きる気があるのなら今から言うとおりにしろ」

 樰斗の声音は耳に心地よく私は夢の中にいるような感覚になった。
「目を閉じて自分のいるべき場所を思い出せ。生きたいと強く念じろ。そうしていくうちに自分の躯に繋がる道を見つける」

「その後はどうすればいいんですか?」

「人生は自分で決めるものだ。誰かに縛られることはない」

 そのときの樰斗の声はどこか元気がなかったような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どんでん返し

井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

『焼飯の金将社長射殺事件の黒幕を追え!~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.4』

M‐赤井翼
ミステリー
赤井です。 「元女子プロレスラー新人記者「安稀世《あす・きよ》」のスクープ日誌」シリーズも4作目! 『焼飯の金将社長射殺事件の黒幕を追え!』を公開させていただきます。 昨年末の「予告」から時間がかかった分、しっかりと書き込ませていただきました。 「ん?「焼飯の金将」?」って思われた方は12年前の12月の某上場企業の社長射殺事件を思い出してください! 実行犯は2022年に逮捕されたものの、黒幕はいまだ謎の事件をモチーフに、舞台を大阪と某県に置き換え稀世ちゃんたちが謎解きに挑みます! 門真、箱根、横浜そして中国の大連へ! 「新人記者「安稀世」シリーズ」初の海外ロケ(笑)です。100年の歴史の壁を越えての社長射殺事件の謎解きによろしかったらお付き合いください。 もちろん、いつものメンバーが総出演です! 直さん、なつ&陽菜、太田、副島、森に加えて今回の準主役は「林凜《りん・りん》」ちゃんという中国からの留学生も登場です。 「大人の事情」で現実事件との「登場人物対象表」は出せませんので、想像力を働かせてお読みいただければ幸いです。 今作は「48チャプター」、「400ぺージ」を超える長編になりますので、ゆるーくお付き合いください! 公開後は一応、いつも通り毎朝6時の毎日更新の予定です! それでは、月またぎになりますが、稀世ちゃんたちと一緒に謎解きの取材ツアーにご一緒ください! よ~ろ~ひ~こ~! (⋈◍>◡<◍)。✧💖

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

処理中です...