出戻り公爵令嬢の閨指導

綾瀬 りょう

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閨指導中の乱入者

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  そう、私が大国に嫁いでいったのは、精霊王が私に珍しく頼み事をしてきたのと、私が公爵令嬢としての責務を果たすために嫁いだの。恋愛結婚が最初からできるだなんて考えていない。お祖母様が王妹で王家の血を継いでいるから、余計に私は他国に嫁に出るとは思っていなかった。精霊の血を継いでいるからこそ他の一族よりも精霊に好かれやすい。ちなみにオズワルドは精霊王に、初めて会ったときから嫌われている。王族の人間は精霊王と言葉を交わすことができるのだが、その呼びかけに反応してくれないと、前に愚痴を溢していた。王にはオズワルド以外の子どもがおらず、オズワルドに何かあったら私の一族が補佐に入る可能性もあると聞いている。



「キャロル、本当は俺の事が嫌いなのか?」



 考えことをしていたため、オズワルドがどんな顔をしていたのかみてなかった。

 走馬灯のせいでいま自分が置かれていた立場を忘れてしまっていた。



「ふへぇ?」



 さっき腹の底から悲鳴を上げたのに今度は魔の抜けた声が出てしまう。オズワルドが一瞬動きを止める。先ほどまでの自信満々の雰囲気かどこかに飛んでしまっている。

 部屋の外がバタバタと音がするなと、目の前のオズワルドから目を逸らそうとしたら、聞き慣れた声がする。



「姉うぇぇぇ」

「キャロル、無事かぁぁぁぁ」



 寝室の扉が勢いよく開かれた。私を置いて逃げたはずのマシューと、精霊王の指示があって私を嫁がせたお父様がどちらも涙目で部屋に入って来た。

 シーツを体に巻き付け、行為をしていたことを悟られたくない。でもベッドの側には脱ぎ捨てられた洋服があるし、オズワルドは裸だ。否定はできないかもしれない。一方オズワルドは二人が入って来たけど前を隠すものが無かったから丸見えの状態で、立ち尽くしていた。



「マシュー誰のせいで私が今ここにいると思っているのよ」



 忘れないうちに文句だけ言っておきたくて私は口を開いた。部屋の様子を見回していた2人は動きを止める。マシューはアワアワと効果音が付きそうな感じに手をパタパタさせた。



「これには深いわけがあるんだ、って姉様の裸を誰が見ていいっていいたぁぁぁ。お前たち顔は覚えたからな。後日改めて挨拶に行くと思っていろ!!」



 いやいやいや。マシューよ。お姉ちゃんはそこを怒って欲しいわけじゃないんだ。入口の所に人が集まって来たのが見えたから、隠してくれたのは嬉しいけど。元はと言えば君が原因なんだからね?

 いつも難しい顔をしているお父様が泣いているのを初めて見たけど、こういうタイミングじゃない方が良かったな。いや、思い返してみれば原因はマシューだけじゃなくてお父様にもあるんじゃなかったっけ?



「訳って何よ!お父様も。私がここに来るのを最後後押ししたくせに……」



 そうだ。最後に「行け」と言ったのはお父様だ。親戚なんだもの。正直に話をすれば私が閨指導に来る必要だってなかったんじゃない?



「違うんだこれには深いわけがあるんだ……。マシューが全部説明していたんじゃないのか?」

「何も聞いていません」



 そう、逃げた弟の身代わりというなんとも不明慮な事をしていたにすぎないのだ。

 オズワルドが目の端でそぉっとベッドの横に近づいてくると端に落ちていた服を拾い始める。

 家族とは言え、淑女教育を受け始めてから異性に素肌を見せるのは好きな相手だけにしなさいと言われてきた。



「それより、服を着てから話をさせてくれないかしら?流石に家族でもこのままの姿で話したくはないわ」



 一言文句は言ったので後はゆっくり文句を言えばいい。私の迫力に男3人は首を縦に振った。

 



⭐︎⭐︎



  男三人を(オズワルドには急いで服を着させて)部屋から追い出し、侍女を呼んできてもらった。マシューの代わりに変装してきたから男物の服しかなかったので、侍女に簡易的なものを持ってきてもらった。急いで用意してもらったけれど、とても肌ざわりの良いドレスだった。若草色のドレスが私には少し若いような気がしてしまった。喪に扮していたため最近黒いドレスしか着ていなかったので、反面嬉しい気持ちにはなった。



 ドレスに着替えて用意してもらった応接室に行くと、マシューだけで他二人は見当たらなかった。



「二人は?」



 私は向かい合うように空いている一人かけのソファに腰を下ろす。

 部屋に案内してくれたメイドがそのまま紅茶を入れてくれる。向かいのソファに座ったマシューの表情はどこか暗かった。



「お父様に何か言いたいことがあるらしくて二人で話しています」

「そう。私は全員に言いたいことがあったんだけど、どうしてマシュー逃げたのに戻ってきたの」



 湯気が立つ紅茶に手を伸ばす。膝の上でぎゅうっと握り拳を作っているマシューの姿は、数年離れていても変わらない。 



「ごめん姉様」

「それだけじゃ答えになっていない」



 手紙で今までやり取りはしていたけど、全力でマシューが逃げるのを私も想定していなかった。



「僕振られちゃったんだ。だから女の子の体の事を今教えられる雰囲気じゃなくて」

「振られたって、どうして?」



 遊学先の王女と恋に落ちたと聞いていて頻繁に手紙のやり取りをしていたと記憶していた。大国にいるときもそんな連絡一つも受けていない。



「遊学から帰って来てからも手紙のやり取りをしていたのは知っているだろう?彼女は僕が好きだった訳じゃないみたいなんだ。本当に欲しかったのは、僕じゃなくて精霊の血筋の人間だったみたいなんだ。お父様が調べてくれたんだ。姉様が大国に行くときは精霊王が許可を出して一緒に付いて行ってるって聞いてたから安心してお父様も任せていたけど」



 どちらかといえばお茶よりもご飯が大好きなマシューが私のことを待っている間、お菓子を手につけ無かったのか、減ってる様子がない。



「そうだったの……」

「そう、だから今恋愛とかましてや女性の好みとかオズワルドと話したい気持ちじゃなくて」

「でも、あなたも公爵家の1人として育てられたはずでしょう?少し甘くないかしら?」



 王女と恋仲で、他国に行くかも……?疑惑が出ていた割に弟のマシューはナヨナヨしているのだ。

 お父様には「マシューとキャロルの肝の座り方が逆だったらよかったのに」と幼少の頃よく言われていたのを思い出した。



「だから、本当に姉様には悪いことしたって思ってるよ。でもオズワルド様が姉様と二人きりで話したいと言っていて、今回のがいいタイミングかなって。本当に姉様に手を出すだなんて思ってなかったんだ」



 あの後、マシューとお父様の乱入により操が守られた反面マシューのことを私が怒ることになっているんだけど……。オズワルドの部屋に2人が押しかけてきて警備をしていた兵士たちに怒られるかと思ったけど、入れ替わりをしたせいで、日を改めて国王に呼び出しを喰らってしまったのだ。納得がいかない。むしろ私は被害者なのに。

 不幸中の幸いなのは、交わっているところを見られたわけてはないこと。正確には未遂で済んだんだけど、私が魔法を使わずに、2人が来なかったら私はオズワルドのモノになっていたのかな……。唇の感触を初めて男の人に揉まれた胸の感触が思い出される。私は体が疼き始めるのが嫌だったので、ブルブルと頭を振ってこれからのことを考える。王族と密室で2人きりだったのでしばらくの間社交会で噂される気がしてしまうことはにげられないだろう。



「大丈夫だよ。姉様の裸を見た警備員たちは記憶消しておいたから」



 先ほどまで落ち込んでいたマシューが笑顔で宣言する。私のことになると過剰反応をする弟。なら、どうしてオズワルドのお願いを聞き入れたのかしら。納得できないわ。



「でもどうして私を騙すような真似をしたのよ。姉弟なのよ!!素直に話してくれればよかったじゃない」



 閨指導のときのオズワルドの感じだと、マシューの恋愛は上手くいっていると勘違いしている気がする。子どもの頃から一緒にいるからこそ話せない内容なのかもしれないけど、姉の貞操を考えてほしかった。旦那様のアレコレを話すわけにはいかないから、処女だって言ってないから私も同罪かもしれないけど……。



「閨教育が始まったら、必要以上に女性との接触を無くすだろう?王家の血ってだけでこれまでもオズワルドはハニートラップにあったりしてたんだから」

「何それ?」

「あれ?聞いてない?周囲は姉様のことを妃候補だと思っていたみたいでこれまで誰も手を出さなかったみたいなんだ。姉様が嫁いでからオズワルド、頻繁に襲われてたみたいなんだよ」



 曰く、候補だった私がいなくなったことにより自分が候補に選ばれると思った上位貴族の令嬢や、我こそはという猛者が、オズワルドに色仕掛けをしようとして返り討ちにあったらしい。

 城の警備を潜り抜けるほどの能力の持ち主の令嬢たちは王の計らいで良い縁談を結んで『候補外』にしているとか。



「オズワルド様ってそんなにかっこよかったっけ?」

「姉様、我が一族も王家の血が入っているからモテるんですよ?忘れました?」

「だって大国ではそんな感じが全くなかったから」

「多分、大国の王様が頑張ったんだよ。あの国は一夫多妻制もありでしょ?ちゃんと姉様も平等に愛してるって噂は流れてたよ?」



 マシューの緊張が解けてきたのか、いつもの柔和な彼の雰囲気に戻ってきた。私も気持ちを落ち着けるために用意してもらっていた紅茶を口にする。少し冷めてきてしまっていたが、渋みもなくとても香りの良い紅茶だ。



「私経験ないんだから、オズワルド様のお相手ができるわけないでしょう?それに女性は離縁してから半年間は前の旦那様の子のこともあるから、簡単じゃないのよ」

「姉様、今経験がないって言った?」



 墓場まで持って行こうと思った秘密がつい口からポロッと出てしまった。1人大国にいたときは緊張していたのかな。家族だから安心してしまったのかもしれない。



「今言ったことは忘れて。時が来たらちゃんと話すから」

「姉様のそれってちゃんと話さないに決まってるよね。冷遇されてたの?」

「違う!!旦那様は私の気持ちを大切にしてくれてたの!私の血には王族の血が流れてるから、好きな人と結婚できなかったのはすまないって」



 大国を治める旦那様はとても尊敬できる人だった。だから私は彼の秘密を守り、国同士が争わないようにしていたの。まさか旦那様があんなことになるなんて思わなかった。



「ごめん、姉様も大国の王が亡くなって悲しんでるんだよね」

「うん……」



 本当のことは言えないから私は頷くことしかできなかった。

 というか、閨指導の件噂になるだろうなぁ……。



 当たってほしくない予想ほど的中してしまうのだ。
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