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ep.25:ゼニは剣よりも強し(ギース)
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カノン・ヒューリ・プラウニーを総大将とするヴァルガン軍本隊が進軍を停止して2日が経過していた。
進軍を再開しようにも、予定していた補給部隊との合流が未だ果たせていない。
すでにアイロンケイヴに入ったものの、現地調達しようにも、村はすでにもぬけの殻。略奪も行えない。
1100人分もの兵糧を現地で調達するのは、もはや不可能と言えた。
備蓄は帰りの分を残して、あとわずか。
ジルコーネが懸念した通り、アルミュールを中心とした軍編成と、冷却期間を設ける度に止まった進軍の遅さが、戦わずして致命傷を負う形となった。
だが。
そもそも、兵站が伸びきった訳では無い。
ただ未だに補給部隊の到着が予定よりも遅れているだけなのだ。
「どういう事だ!?」
騎士ゼール・ヒシュクは苛立ちを隠せない。
「略奪は難しく、途中で買い付けを行おうとしましたが、どの国からも買い付けが難しく、やむなく本国へ補給物資の搬送を申請したのですが・・・」
本国から直接補給物資の搬送となると、しばらくは足止めを余儀なくされてしまう。
敵対している国同士であれ、通常ならば交易程度なら問題無く行えていたはずだ。
なのに!ここへ来て、どうして物資の買い付けがこうも困難になってしまったのか?
+ + + +
ダノイ:フォーゲルセン侯爵領―。
「戦争状態に陥り、ヴァルガン側の警備力が薄れるあまり、"山賊”の出没が頻発。よって、交易は正規の”交易路”以外は利用しない方が賢明・・・か。随分ときな臭い噂を流されたものだな、パンドラ殿」
現フォーゲルセン侯爵である、ギース・フランマニー・フォーゲルセンはパンドラが仕掛けた妨害策に呆れながらも感心した。
さらに。
「おまけに西方の、帝国寄りの交易路を利用した方が、南方への交易は安全に行えると。まぁ、おかげで我が国の交易路利用率は前年の倍に跳ね上がっているときた」
噂を用いて物量のルート変更を促したパンドラに、第二王子のシーガルも思わず舌を巻いた。
今やダノイは、戦後の不景気を吹き飛ばすほどの好景気に沸いている。
大枚を叩いたパンドラの悪巧みは、見事に功を奏している。
「ささやかながらの手土産、喜んで頂けて光栄に存じます」
パンドラは侯爵ファミリーに軽く会釈して見せた。
「なかなか頭の切れるご婦人ではある」の王の一言に、イーグレィはパンドラとの成婚を、せがむが如く身を乗り出した。が。
「しかし、それだけで我が国軍を援軍に差し向けよというのは、少し虫が良すぎはすまいかな?パンドラ殿」
なかなかOKサインを出してくれない王に、イーグレィはやきもきした。
一方のパンドラは、微塵も残念がる仕草を見せることなく。
「援軍など最初から期待しておりません。現にこのダノイは先の戦で浪費がかさんでおり、私見で大変失礼と存じますが、台所事情は芳しくないと―」
パンドラが話している途中で、言葉を慎まぬ彼女に対して怒りを抑えられぬシーガルが勢いよく立ち上がった。
そんな彼を王は小さく手を挙げて制する。
「ホッホッホ。正直で何より。では、我が国に何を求められる?」
訊ねた。
「御触れをお流し下さいませ。『フォーゲルセン家とシルフハイム家が婚姻を結び連合国となった』と」
その言葉に王も思わず立ち上がった。
「同盟国ではなく、連合国と?我が国と其方の国とが一つの国になると言うのか?」
同盟国とは、同じ目的のために同盟を結んだ国同士を意味する。
一方、連合国とは複数の国々が連合している状態を指す。当然2国以上あれば成立するので問題は無い。
「はい、陛下。一つの国となる以上、交易においては関税が撤廃され、確実に今以上、相互的に経済は発展するでしょう」
まずは利点を示してやる。
思惑通りに、王とシーガルが話を聞き入れるべく身を乗り出した。
「そして、先の戦にてお互いに兵力を消耗した現在、共同戦線を張る事によって他国からの侵攻を阻止、侵略を断念させるのです」
現在進行形で侵攻を受けているアイロンケイヴの者が唱えたところで、今ひとつ同意を得る事は難しい。それでも兵力の補充とも言えるので、二人から反対意見は出る事は無かった。
あまりのパンドラの用意周到さに、シーガルも脱帽。
「敵の兵站を伸ばし切っただけでなく、周辺諸国にも我が国への侵攻を断念させる策を講じたという訳か・・・。ふむ・・・。てっきり私は、ヴァルガンが宣戦布告を世に知らしめ、武器や傭兵の相場を一気に跳ね上げ、アイロンケイヴを追い詰めたとばかり思っていたのだが」
パンドラにとって、それらは予想外であったが、まだまだ修正可能範囲内にあった。
なので、さして問題視はしていない。
二つの国が、それぞれ仕掛けた経済戦略は。
ヴァルガンが市場で押さえたのは、戦の下準備に必要とされるもの。
一方のアイロンケイヴが妨害を企てたのは、戦を継続するために必要とされるもの。
もちろん、ヴァルガンもそれを見越しての兵力温存と短期決戦仕様のアルミュールを中心とした軍編成であったが。
戦争が始まった現在では、後者を押さえた方が圧倒的有利になる。
ヴァルガンが遅れを取った理由は、明らかに物流の滞り。
まさか、こうも早く物流が縮小するとは予想もしていなかった。
兵糧の確保が難しいとなれば、敵方の兵糧の流れを遅らせれば良いだけ。
痛み分けでも、兵站の距離が短い分、まだこちらに分がある。
パンドラの思惑は見事に的中した。
(さてさて姉上。後はヴァルガンの機巧甲胄騎士団たちを丸裸にするだけですよ)
難なく婚儀に持ち込めそうな勢いに、パンドラは嬉しさのあまり目を細めた。
進軍を再開しようにも、予定していた補給部隊との合流が未だ果たせていない。
すでにアイロンケイヴに入ったものの、現地調達しようにも、村はすでにもぬけの殻。略奪も行えない。
1100人分もの兵糧を現地で調達するのは、もはや不可能と言えた。
備蓄は帰りの分を残して、あとわずか。
ジルコーネが懸念した通り、アルミュールを中心とした軍編成と、冷却期間を設ける度に止まった進軍の遅さが、戦わずして致命傷を負う形となった。
だが。
そもそも、兵站が伸びきった訳では無い。
ただ未だに補給部隊の到着が予定よりも遅れているだけなのだ。
「どういう事だ!?」
騎士ゼール・ヒシュクは苛立ちを隠せない。
「略奪は難しく、途中で買い付けを行おうとしましたが、どの国からも買い付けが難しく、やむなく本国へ補給物資の搬送を申請したのですが・・・」
本国から直接補給物資の搬送となると、しばらくは足止めを余儀なくされてしまう。
敵対している国同士であれ、通常ならば交易程度なら問題無く行えていたはずだ。
なのに!ここへ来て、どうして物資の買い付けがこうも困難になってしまったのか?
+ + + +
ダノイ:フォーゲルセン侯爵領―。
「戦争状態に陥り、ヴァルガン側の警備力が薄れるあまり、"山賊”の出没が頻発。よって、交易は正規の”交易路”以外は利用しない方が賢明・・・か。随分ときな臭い噂を流されたものだな、パンドラ殿」
現フォーゲルセン侯爵である、ギース・フランマニー・フォーゲルセンはパンドラが仕掛けた妨害策に呆れながらも感心した。
さらに。
「おまけに西方の、帝国寄りの交易路を利用した方が、南方への交易は安全に行えると。まぁ、おかげで我が国の交易路利用率は前年の倍に跳ね上がっているときた」
噂を用いて物量のルート変更を促したパンドラに、第二王子のシーガルも思わず舌を巻いた。
今やダノイは、戦後の不景気を吹き飛ばすほどの好景気に沸いている。
大枚を叩いたパンドラの悪巧みは、見事に功を奏している。
「ささやかながらの手土産、喜んで頂けて光栄に存じます」
パンドラは侯爵ファミリーに軽く会釈して見せた。
「なかなか頭の切れるご婦人ではある」の王の一言に、イーグレィはパンドラとの成婚を、せがむが如く身を乗り出した。が。
「しかし、それだけで我が国軍を援軍に差し向けよというのは、少し虫が良すぎはすまいかな?パンドラ殿」
なかなかOKサインを出してくれない王に、イーグレィはやきもきした。
一方のパンドラは、微塵も残念がる仕草を見せることなく。
「援軍など最初から期待しておりません。現にこのダノイは先の戦で浪費がかさんでおり、私見で大変失礼と存じますが、台所事情は芳しくないと―」
パンドラが話している途中で、言葉を慎まぬ彼女に対して怒りを抑えられぬシーガルが勢いよく立ち上がった。
そんな彼を王は小さく手を挙げて制する。
「ホッホッホ。正直で何より。では、我が国に何を求められる?」
訊ねた。
「御触れをお流し下さいませ。『フォーゲルセン家とシルフハイム家が婚姻を結び連合国となった』と」
その言葉に王も思わず立ち上がった。
「同盟国ではなく、連合国と?我が国と其方の国とが一つの国になると言うのか?」
同盟国とは、同じ目的のために同盟を結んだ国同士を意味する。
一方、連合国とは複数の国々が連合している状態を指す。当然2国以上あれば成立するので問題は無い。
「はい、陛下。一つの国となる以上、交易においては関税が撤廃され、確実に今以上、相互的に経済は発展するでしょう」
まずは利点を示してやる。
思惑通りに、王とシーガルが話を聞き入れるべく身を乗り出した。
「そして、先の戦にてお互いに兵力を消耗した現在、共同戦線を張る事によって他国からの侵攻を阻止、侵略を断念させるのです」
現在進行形で侵攻を受けているアイロンケイヴの者が唱えたところで、今ひとつ同意を得る事は難しい。それでも兵力の補充とも言えるので、二人から反対意見は出る事は無かった。
あまりのパンドラの用意周到さに、シーガルも脱帽。
「敵の兵站を伸ばし切っただけでなく、周辺諸国にも我が国への侵攻を断念させる策を講じたという訳か・・・。ふむ・・・。てっきり私は、ヴァルガンが宣戦布告を世に知らしめ、武器や傭兵の相場を一気に跳ね上げ、アイロンケイヴを追い詰めたとばかり思っていたのだが」
パンドラにとって、それらは予想外であったが、まだまだ修正可能範囲内にあった。
なので、さして問題視はしていない。
二つの国が、それぞれ仕掛けた経済戦略は。
ヴァルガンが市場で押さえたのは、戦の下準備に必要とされるもの。
一方のアイロンケイヴが妨害を企てたのは、戦を継続するために必要とされるもの。
もちろん、ヴァルガンもそれを見越しての兵力温存と短期決戦仕様のアルミュールを中心とした軍編成であったが。
戦争が始まった現在では、後者を押さえた方が圧倒的有利になる。
ヴァルガンが遅れを取った理由は、明らかに物流の滞り。
まさか、こうも早く物流が縮小するとは予想もしていなかった。
兵糧の確保が難しいとなれば、敵方の兵糧の流れを遅らせれば良いだけ。
痛み分けでも、兵站の距離が短い分、まだこちらに分がある。
パンドラの思惑は見事に的中した。
(さてさて姉上。後はヴァルガンの機巧甲胄騎士団たちを丸裸にするだけですよ)
難なく婚儀に持ち込めそうな勢いに、パンドラは嬉しさのあまり目を細めた。
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