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ep.20:軍議を終えて(2つの国)

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 ヴァルガン軍のアイロンケイヴ到達まで、あと3週間。

 戦の準備に入るにせよ、あまりにも時間が短い。

 せめて一ヶ月は欲しいところ。

 備えはあったにしろ、先のダノイ軍の侵攻により多くを消費してしまっている。まずは兵糧の確保が求められる。

「しかし、ヴァルガンは我がアイロンケイヴと比べても隣接国が多いのに、よくも侵攻に乗り出せたものだな」
 エレイネが疑問視するようにアイロンケイブは西にダノイ、北にヴァルガン、南にヨーレイと面している。

 対してヴァルガンの方は、北には”北壁”と呼ばれる大山脈が並んでいるものの、西方には5つもの国が隣接している。そのうち最南端に面している国家が、ダノイ・フォーゲルセン侯爵領だったりする。

 そして、共に東方にガルガンチュアの地と面している。

 国土、経済力、総合兵力に勝るヴァルガン。しかし、国土の広さから、ガルガンチュアに接している地域は広く、さらに隣接する国家も多い。

 先のダノイのように事前に周辺国家と不可侵条約を結んでいるのであれば、シルフハイム家としてはお手上げだが、どうやらプラウニー伯爵はそのような盟約を各国と結んではいないらしい。

 これもパンドラが放った密偵から得た情報である。

「いずれの国とも不可侵条約を結んでおらぬとおっしゃるか!?」
 家臣たちが驚くのも無理も無い。

 これでヴァルガンの兵力が少ない理由がハッキリした。

 ヴァルガンは、アルミュールをガルガンチュアに、残りの全兵力を西方に隣接するそれぞれの国境に睨みを利かせるために配備しているのだ。

「これで帝国には及ばずとも、最大3万とされるヴァルガン軍の配分が見極められたというものですな」
 家臣の1人が安堵して見せるも、まだ安心には至らない。

 少なすぎる兵力での侵攻から考えられるプラウニー伯爵の真の目的は。

(この戦、もしや我が領土の略奪では無いかもしれぬ)
 どうにも解せない。

 領地を占領するには、圧倒的に兵の数が少なすぎる。

 エレイネは軍議の中、目を閉じて思案に入った。

 ヴァルガン軍の、合わせて2000にも満たない兵力での侵攻。

 さらにアルミュールを6騎も出撃させたとなると、アルミュールの周囲を固める兵士だけに、兵力のほとんどを割かねばならない。

(どうやら、これはただの戦ではないな・・・)
 エレイネはパンドラに頷いて見せた。

 パンドラもエレイネからのアイコンタクトを受け取ると、同じく頷いて見せた。

「ヴァルガンに隣接する5つの国に対し、私から働きかけてみましょう」
 パンドラの提案に、エレイネは頷いた。

 ヴァルガンに隣接する国々は、どの国も、アイロンケイヴよりも若干ではあるが国家規模は大きい。

 先の戦いで勝利を収めたダノイさえも、全軍でなだれ込まれていたら、本来なら到底敵う相手では無かった。

 とはいえ、皆、大陸中央寄りの国家であるために、敵も多い事だろう。

 でも、そこを何とか軍備をヴァルガン方面へ向けてくれると、戦況を有利に運ぶ事ができる。・・・はずなのだが。
 
 さて。

 問題は、どうやって兵糧の確保をするかだ。

 エレイネは、嬉しそうなパンドラの表情に、ふと違和感を覚えた。


 長い軍議は終了した。

 とにかく兵力の確保のために、傭兵を雇い入れると決めた。

 出来るなら騎馬兵を揃えたい。

 相手の弓兵が300ならば、歩兵の数で圧すよりも、騎馬兵の機動力で翻弄する方がより効果的だ(経済的に)。

 時間は無い。さっさと取り掛かるぞ。

 国が慌ただしく動き出した。


 *  *  *  *

 明けて翌朝―。


 馬の厩舎では、パンドラが馬に跨がり出発の準備を整えていた。

 その傍らには、レイヴン・ダク・フォーゲルセンと魔術師クランの姿もあった。


 そんな彼らの元へエレイネが姿を現した。

「やはりダノイへ向かうのだな。パンドラ」
 背後から突然声を掛けられ、パンドラの背が波打った。

「ハハ・・姉上。私がダノイへ?滅相もございません。私はただ馬を走らせたいだけにございますのよ。ヲホホホ」
 目を逸らして引きつり笑い。

 そんなパンドラを見据えながら、エレイネはレイヴンたちに目をやった。

「捕虜と共にか?」
 訊ねた。

「ほ、捕虜!?彼らは捕虜に非ず。今では立派に私の護衛役、つまり家来を務めておりますわ」
 パンドラの申し開きが苦しいのは一目瞭然。レイヴンもクランも見つかってしまったと頭を抱えている。

「して貴様ら。パンドラに何を吹き込まれたのだ?何か良い交換条件でも提示されて父君のフォーゲルセン侯爵殿に援助を求められるか?」
 今度はレイヴンたちに訊ねた。

 レイヴンは咳払い一つ払うと。

「辺境伯陛下、何か勘違いをなされておられるようで」

「勘違い?」

「私たちは、自らのダノイ帰還を条件に、シルフハイム家へ援助するよう求める事など一切致しません」
 条件もナシに捕虜を返す目的が見当たらない。

「私たちはパンドラ様が無事に御婚姻を果たされるよう護衛に付いて参るのです」

「御婚姻!?パンドラが!?」
 驚くエレイネの声は裏返っていた。

「パ、パンドラよ。この者達は冗談を言っているのだな?そうであるな?」
 念を押すも、当のパンドラは首を縦に振っては見せない。

「な、何故お前が婚姻など、だ、第一、誰と婚姻を結ぶと言うのだ?」
 慌てるあまり、エレイネは何度も噛みながらパンドラに訊ねた。

「イーグレィ・クレス・フォーゲルセン殿。フォーゲルセン侯爵家の第一王子にございます」
 驚くあまり、エレイネは開いた口が塞がらなかった。

「しょ、正気か!?パンドラよ。何故ヤツに嫁ごうなどと血迷うたマネを?ヤツに嫁いで何か利する事でもあるのか?」
 計算高いパンドラが恋愛感情で動くとは思えない。それに。

 パンドラからイーグレィの話など聞いた事すら無い。

「姉上、いえ陛下。ここは我らアイロンケイヴとダノイが手を組んで取り掛からなければ、この困難を乗り切る事は不可能なのです」
 パンドラの決意は固いようだ。

 だが、今一度聞いておこう。

 この婚姻が、どのような利益をもたらすのかを。
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