鉄塊のフリューネイエス

ひるま(マテチ)

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ep.18:ささやかなお茶会にて(クラン)

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 パンドラ・ゴールデンバウム・シルフハイムは、レイヴンのパートナーを務めていた魔術師クラン・カラカラカラを自室に招いて、共にお茶を楽しんでいた。

 一見、捕虜を自由にしてしまう非常に危険な行為に思えるが、金銭で契約を結んでいる魔術師の現在のクランは無収入なため、客人として迎えてくれるパンドラはとても有り難い存在であった。

 なので、わざわざパンドラを刃にかけ、主であるレイヴン救出に向かおうという気すら、起こることは無かった。

「いかんせんフリューネイエスそのものが特殊過ぎて、全く比較にならぬのだが、レイヴン殿のペイヴォーを修理して使った方がコストも安く付くと思わないか?」
 クランに訊ねた。

「パンドラ様が仰る通り、確かにフリューネイエスは今までのアルミュールとは異なり、作り込まれ過ぎていると申した方が妥当だと思います。外見的には見るところが全く無いのに、内部機構は別物としか言いようがありません」
 前置きはいい。要点を答えて欲しいと、パンドラは身を乗り出した。

「レイヴン様のペイヴォーは見た目すなわち塗装にお金を掛けただけの並のアルミュールに過ぎません。運用するならば、断然ペイヴォーの方がお得でしょう」
 まったく、商売人じみた売り込みをしてくれる。だけど、商売ならば、この場では決して首を縦には振らない。

 フリューネイエスもペイヴォーも、見た目だけならば共に中量級の機巧甲胄アルミュールである。

 しかし、内部機構に関しては、フリューネイエスは従来騎とは異なる複合関節を採用しているのに加え、それを可能とする新材質を採用している。

 先の戦いで、エレイネたちは気づかなかったが、パンドラはフリューネイエスの足跡が、ジョアンやペイヴォーよりもはるかに浅い事に気づいた。

 つまり、フリューネイエスは極端に"軽い”のだ。それ故に機敏な動きを可能としている。

 おかげでアムリエッタのような素人でも、年期に勝るブラグとレイヴンから勝利をもぎ取る事に成功したのだ。

 実に喜ばしい事ではないか。

 ケインの心臓さえアゾートにしていなければ。

 領主のエレイネを納得させる理由としても”運用費用が安くつく”面でも、是非ともペイヴォーを採用してもらいたい。

 何が何でもペイヴォーを推さねば。

 しかし、ここで一つ問題が発生する。

 推すにしても、左腕を落とし、頭部が凹みまくっているペイヴォーを修理しなければならない。

 ムムム・・・。

 パンドラは頭の中で算盤を弾きまくった。が、難しい顔のままカップに口を付けた。

 こんな事なら、ブラグ・ダイから"大盾のジョアン”を取り上げ、彼を裸一貫で追い出してやれば良かった。

「姉上ときたら、どうしてジョアンを渡してしまうかなぁ・・・」
 頭を抱えた。

 ー素人の初陣に負けを喫した騎士など、どこの国が雇うものか。せめてアルミュールぐらい持っていないと、彼は何処にも雇ってもらえぬだろう。せめてもの情けだ。ー

「姉上は寛大過ぎるのだ。あぁ・・・」
 雇い入れるとなると、それなりの費用がかさんでしまう。

 流浪の騎士など牢屋に入れても、ただ食い扶持を増やすだけ。ならば、寛大な処置を執って放免してやった方が、諸外国に対しても何かと格好が付く。

 エレイネの目論見は、果たして吉と出るか?凶と出るか?

 パンドラには、どうも凶が出るとしか見て取れない。

 どのみち、ジョアンのような軽量級のアルミュールなど国家が保有するものではないとエレイネが一蹴してしまうのは目に見えてはいるが。

「あのままペイヴォーを倉庫に眠らせておくのは考えものです」
 クランの言葉に、パンドラは顔を上げた。

 クランが続ける。
「ペイヴォーを修理して使うか、それとも早々に売り払うなどをしなければ、諸外国が狙いを付けて奪いに来るやもしれません。そのようなリスクは断じて避けるべきだと私は思います」

 クランはアルミュールが強大な戦力であると同事に、奪いに値する財産になるとも見ている。

 非常に危険な話だ。

「では、ペイヴォーの処遇を姉上に進言せねばならぬな」
 思いも寄らぬ危機を招いていた事に、今更ながら焦りを感じていた。

「それも大事な事ですが、ブラグ殿を呼び戻すのもお忘れ無く」
 クランの進言に、パンドラは首を傾げた。

「何故、あのような輩を呼び戻す必要があるのだ?」

「アムリエッタ様が一人前にアルミュールを操れるようになるまでの案山子役を担ってもらうためです」
 最近はメキメキと腕を上げているアムリエッタではあるが、甲冑乗りと呼ぶにはまだまだ経験不足だ。

 何よりも、今のアムリエッタは、感覚でアルミュールを操っている節がある。

 アルミュールの操作とは本来、アルミュールの関節機構を熟知して、騎体に合わせた動きを求められる。

 それに、先の2度の戦いにおいて、アムリエッタは決定打をことごとく急所を外して放っていた。

 いずれの戦いも、渾身の一撃を、騎士が乗る胴体か、魔術師が乗る頭部に命中させていれば一瞬で決着していたはずなのに。

「アムリエッタでは甲冑乗りにはなれぬという事か・・・」
 呟くパンドラに、クランは何も告げずにただ頷いて見せた。


 不安を抱えたまま時は過ぎてゆく・・・。


 *  *  *  *  *



 北のヴァルガンが動いた!

 その報せが届いたのは、先の戦いを終えて4ヶ月の月日が経った後だった。

「ヴァルガンが我が領に侵攻を始めただと!?」
 収穫を終えて、これから冬を迎えようとするこの季節に侵攻など、常識では考えられない事だった。

「バカな!ヴァルガンでは不作にでも陥ったのか!?」
 エレイネの驚きのベクトルの違いに、パンドラは頭を抱えた。

「姉・・いえ、陛下。確かに食べるに困って盗みを働く輩が現れるのは理解できますが、国家ぐるみでそのような短絡的な行動に出るものなのでしょうか?」
 パンドラの説明に、エレイネは頷き、椅子の背もたれに体を預けた。

「では、何故プラウニー伯爵は我が領土を侵攻してくる?」
 パンドラに訊ねた。



 ―ヴァルガン・プラウニー伯爵領―

 北の大山脈を背に広大な領土を誇る王国。

 爵位は高くとも、産出物頼みの経済しかできていないダノイと違い、ヴァルガンは経済大国として大陸に名を馳せている。

 アイロンケイヴよりも早くにガルガンチュアの地と隣接するようになり、多くのアルミュールを配備していることでも有名。

 しかし、数は多けれども、ヴァルガンが保有するアルミュール"グーノ”は対大獣オオケモノ用の、超が付くほどの軽量級なため、他国のアルミュールとまともに戦えるのは、グーノを除く3騎にとどまる。

 その3騎とは。

 第二王女のカノン・ヒューリ・プラウニー騎士団長が駆る、水仙の花を腕と脚に付けたようなシルエットを持つ”花のプラウニー”を筆頭に。

 騎士ゼール・ヒシュクの"投げ槍のアマル”。

 接近戦を繰り広げるアルミュールの中では珍しく、投擲攻撃を主体に置く。

 続いて、騎士バンマー・マルクノイの”蜘蛛のブレキシル”。

 名の通り、腕を含めて8肢の珍しい、上半身はバンマー卿が、下半身は制御を受け持つ魔術師とは別の魔術師が操作している、3人乗りの異形の大型アルミュール。

 そして、騎士団が抱える量産型超軽量アルミュール"グーノ”。

「グーノに関しては、去年老朽化に伴い4騎を廃棄。今年に新規の2騎を配備を済ませて計7騎を揃えているとの事。ヴァルガンは我が領よりも多くガルガンチュアに接しているため、戦力として動員できるのは、おそらく3騎ではないかと」
 4騎はガルガンチュアに睨みを利かせるためにも動かせないと見る。

「上位騎3騎が揃って動くとは思えないが、油断はならぬ。パンドラよ、戦の準備と情報収集に取り掛かってくれ」
 エレイネは再び戦の準備に取り掛かった。
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