鉄塊のフリューネイエス

ひるま(マテチ)

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ep.17:戦雲再び(ジルコーネ)

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 その夜。

 此度のアイロンケイヴ侵攻の指揮を執っていたシーガル・トーン・フォーゲルセンの元へ、レイヴンの”虹のペイヴォー”敗北の報せが入った。

 シーガルは肩を落として天幕から出ると、夜空を仰いだ。

「見事であったぞ、レイヴン。これで我が軍も胸を張って祖国へと退けるというもの」
 晴れて逃げる口実ができて嬉しく思う。

 レイヴンの進軍は、最初から勝利を期待したものではなく、ただ兵を退く大義名分が欲しかったに過ぎない。

 仮にレイヴンが勝利したところでもこの状況は変わる事無く、兵を退く事はすでに決定事項であった。

 そもそも、第一王子のイーグレィ・クレス・フォーゲルセンによる交易路からの侵攻が阻止された時点で此度の侵攻は失敗に終わっていた。

 レイヴン敗北による、周辺諸国に対しての"格好がついた”おかげで、ダノイ軍は晴れて撤退できる機会を得たのだ。

 その夜、シーガルは家臣たちを集めて、夜が明けたら全軍に撤退を開始すよう命じた。



 1週間後・・・。

「おのれぇ・・シルフハイム。我らにこのような屈辱、未来永劫許しはせんぞ」

「オラオラ、兄さん!腰を入れて振り下ろさないと、しっかりと耕せないぞ。ホラ」
 捕虜となったレイヴンは、牢に閉じ込められる事なく、労役を課せられていた。

 今は畑を耕す仕事に従事していた。

「人手が足りなくてね、ホント助かるよ」
 農民たちからお礼を言われるも、腹立たしく思える一方で、人から面と向かって感謝されたのが初めてであるため、少しばかり嬉しくもある。

 それに。

 常に体を動かしていられるおかげで、体がなまらなくて済む。

 レイヴンは、陰で自らに労役を課したパンドラをせせら笑っていた。

「レイヴン様、悪い笑みがしっかりと漏れています。ご注意を」
 同じく労役を課せられたクランがレイヴンに注意を促しながら、彼の耕した土に種を蒔いてゆく。

「しかし解せぬな」
 振り上げた鍬を土にむかって振り下ろす。

「我らにヌルいシルフハイム家の事ですか?」

「それもあるが、国王陛下は、父様は、はたして私の奪還に動いて下さっているのだろうか?」
 ふと漏らしたレイヴンの疑念に、魔術師クランは第三王子の立場を理解した上で、何も答えてやれなかった。

 国王の立場よりも父親の立場を選んでくれる事をひたすら願うレイヴンが、とても憐れに思えてならなかった。

「みなさーん、お昼の時間ですよー」
 魔術師のリトとマトがお昼弁当を届けに来てくれた。

「ん?お前たちのご主人様は一緒ではないのか?」
 レイヴンが訊ねた。

「ブラグ様なら、今朝シルフハイム城を立たれました」

「お前たちを置いてか?」

「ハイ。元々あのお方は私たち子供の魔術師とは契約なさらずに、下品な体が売りの女性の魔術師を好まれていましたから」
 彼女たちが言いたいのは、要は大人の女性魔術師を側においておきたい御仁なのだと。

 まあ、お金大好きなブラグ卿のことだ。

 女性魔術師と愛人関係でも結んで出費を抑えたいのだろう。そういった騎士は彼だけに限った事ではない。

 実力があろうとも老人の男性と契約を結びたがる騎士はそうそういないのが現実だ。

「また、どこかで会えるかな。あの男と」
 ふと漏らすレイヴンの横顔が、どことなく嬉しそうに見えるクランであった。


 *  *  *  *  *



 ブゥンッ!!

 フリューネイエスが長剣を縦一閃に剣を走らせた。

 ダノイ軍侵攻以来、アムリエッタはアルミュールの操作練習を一日も欠かさず行っている。

「なかなかなものだな、アムリエッタ。剣の振りも随分とサマになってきたではないか」
 エレイネはアムリエッタの太刀筋に満足気だ。

「これもケインの指導の賜物だな」
 告げたとたん、フリューネイエスが長剣を地面に突き刺した。

「やはり私には砕氷斧ピックの方が向いているようです。長剣ではワンテンポ遅れてしまい、これでは一つ目巨人サイクロプスを仕留める事なんて、とても」
 アルミュール同士ならいざ知らず、生物のサイクロプス相手では一瞬の遅れが命取りになる。

 それは解っているのだが、アムリエッタが対サイクロプスを意識し過ぎている事に、エレイネは不安を覚えた。

 先日のサイクロプスの出現は、アイロンケイヴが巨大生物の地であるガルガンチュアと隣接して数十年経って初めてのものだった。

 人間の差し金によるものだとしても、天災と割り切っても良いのではないかとエレイネは考える。

 ケインの死がサイクロプスによるものとしてもだ。

 アムリエッタ本人が言ったように、ピックの振りは長剣よりも、遙かに冴えた動きを見せている。

 まるで人がそのまま巨大化したかのような滑らかな動き。

 ついつい見とれてしまう。

 実際のところ、ダノイ軍侵攻の後、アムリエッタはフリューネイエスを駆って、オオカミの大獣オオケモノを1頭仕留めている。

 今までギガエルクに槍を装備して、それも3頭揃えてやっと追い払っていたものを、とうとう仕留めたのだ。

 改めてアルミュールの凄さを実感させられる。

「フリューネイエスさえあれば、大獣など取るに足らんな」
 佇むフリューネイエスが、さも守護神に思えてならない。


 しかし、エレイネは肝心な事を見落としていた。

 優れたアルミュールの存在は、噂となり諸国を巡る事を。

 そして、新たなる戦の火種となり得る事を。


 *  *  *  *



「大丈夫だ。貴公の兵力を無駄に消費するような戦はしないよ」
 少女は自らよりもはるかに歳を重ねた一国の領主に対して一切の敬語も話す事はしなかった。

「しかし、ダノイはそれで敗退を喫し―」話す領主の唇に、少女は人差し指を宛てて黙らせた。

「あやつらは欲をかいて失敗したのだ。交易路を含めて3方向より攻めようなどとつまらぬ小細工をするから無駄に兵力を分散し、敵城まで辿り着けなかったのだ。シルフハイム城のような軟弱な城など、十分な兵力で押し潰せばイチコロなのによ」
 少女はフォーゲルセン家の敗因を見事に言い当てた。

「では、我らは」

「2面攻撃で十分。もう一度サイクロプスをけしかけるのだ!混乱に陥ったシルフハイム城の連中を貴殿らの軍で蹂躙せよ」

「ハッ!仰せのままに。ジルコーネ様」
 少女にして甲胄をまとうジルコーネ・トルピィ・ディアマンテは、頭を垂れる君主を眺め、嬉しそうに目を細めた。
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