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ep.6:凱帰(シルフハイム城)
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昼を迎えようとする中、エレイネ・トーネード・シルフハイムが城へと戻って来た。
堀に跳ね橋が架けられ、無事に帰城を果たす。
「お帰りなさいませ、陛下」
魔術師のショー親子が領主の帰還に出迎えてくれた。
「すっかりと家臣気取りだな。魔術師」
まんざらでもなさそうなエレイネの表情を見る限り、戦況は優勢だと見て取れる。
「しかし、情けないかな、我が妹のパンドラが出迎えに参じぬとは」
やれやれと肩をすくめる。
「あ、パンドラ様なら」
娘のキュレイが応えようとしたその時、遠くにパンドラ・ゴールデンバウム・シルフハイムの姿を捉えた。
大きく手を振ってパンドラを出迎える。
少し時間を置いて、次女のパンドラも帰城を果たした。
「どこかへ出掛けていたのか?」
エレイネが兜を脱ぎつつ訊ねた。
「酒場の女共が、客足が無いとボヤいていたので交易路へ様子を見に行きましたところ、フォーゲルセン侯爵家のご長男様が兵を率いて我らが所領へと進軍なさっていまして」
「何だと!」
脱いだ兜を再び被り臨戦態勢を取る。
「いやいや、そう慌て召さるな、姉上殿。この私めが交易路へと出向き、ハッタリを効かせてイーグレィ殿にご帰投願った次第にございます」
飄々とした態度で戦況報告をするパンドラに呆れ果ててため息をついた。
再び兜を脱いで、髪を風に当てる。
ついでに少々頭に昇っていた血が、波が引くように下がった気がした。
「パンドラよ、貴様、交易路へ様子を見に行ったというのは真では無いな。最初からイーグレィ殿が交易路から攻めてくる事を知っていながら、私を丘陵地へと向かわせたであろう。要らぬ気遣いをしおって。ったく・・・」
真ではないとはいえ、あながち全てがウソだったという訳でも無い。
パンドラが報告した通り、酒場女たちが客足が無いとボヤいていたのは事実で、夜間に交易路を利用する行商たちが全く来ないばかりか、国を後にした商人すら戻らない事にパンドラは疑念を抱き、道中に防御を敷いて侵攻に備えたのである。
また、別方面からの敵侵攻を知らされなかったおけげで、エレイネは精神的ストレスを感じる事無く、圧倒的優位を保ちつつ敵陣を崩す事にも成功した。「兵たちが見ている。姉上は止せ」
これでダノイ軍は、当分の間は侵攻を見合わせる事だろう。
「橋を上げぃ!」
号令と共に、堀に架けられた跳ね橋が上がってゆく。
「待ってくれーッ!!」
遠くからアムリエッタの声が届いた。
「戻ったか」
妹の帰還に、姉二人は安堵するも、アムリエッタの両肩から力無く伸びた手に、諸手を挙げて喜ぶには至らなかった。
「誰か怪我を負ったのか?」
訊ねるパンドラの声が耳に届いていないのか、アムリエッタは止まることなく下馬場へと馬を走らせた。
状況を察してか、姉二人は、そんなアムリエッタに声を掛けなかった。
彼女が背負っていたのは、従騎士のケインであり、見るからに重傷を負っていた。
意識も失ったまま、駆け付けた兵達によって医務室へと運ばれてゆく。
運ばれてゆくケインに付き添おうとするアムリエッタの肩を、エレイネが掴んだ。「待て。何があったのか、報告が先であろう」
「行かせて下さい!陛下!ケインが!ケインが!」
振りほどこうともがくも、パシーン!アムリエッタの頬を叩く音が中庭に木霊する。
「お前が取り乱したところで、ケインの傷が癒える訳でもなかろう!加えて、付き添いなど断じて許さぬ。今は敵襲に備える事が何よりも優先すべき事。シルフハイム家の者である以上、家のために働いてもらうぞ」
諭されてもなお、アムリエッタはケインの下へと走ろうと試みる。
「では、私たちが彼の容態を看て参りましょう」
クオーレたちがケインに付き添ってゆく。
「魔術師は優れた医者でもあるのだ。後は彼らに任せよう」
エレイネの言葉に、ようやくアムリエッタは落ち着きを取り戻した。
「大変お見苦しい姿を見せて申し訳ございません、陛下」「よろしい。では何があったのか、報告を聞こう」
報告を促されるも、うつむいたアムリエッタの足下には涙の滴がポトポトと跡を残して落ちていた。
そんな妹の両肩をそっと、パンドラが優しく包み込む。
「ゆっくりで良いんだ。何があったのか話しておくれ」
アムリエッタが戦況報告と共に、事の経緯を語り始めた・・・。
一つ目巨人に遭遇し撤退を決めるも、逃げ道を塞がれてしまったアムリエッタたちは、先に仕留めた山羊の大獣の死骸に火を放ち、その煙に紛れて退路を開く作戦に出た。
先程見せた山をも越える跳躍力は、そうそう頻繁に出せるものでは無さそうだ。
走って追い掛けてくるあたり、馬の脚力でも未だ距離を縮められてはいない。
ただ、少しでも足を止めてしまうと、サイクロプスは急速に体力を回復して、先程のような瞬発力を発揮する。
そうなると、馬の全力でも逃げ切るのは難しい。
山羊の遺体が見えた!
左右に分かれて、通り過ぎ様に。
「各自、山羊の遺体に松明を投げ込め!全身隈無く焼き尽くすのだ!」
皆が皆、山羊の遺体に松明を投げ入れた。
しかし。
全身から血を噴き出して死亡しているため、血のぬめりのおかげで今ひとつ火の着きが悪い。「くっ、思う以上に火の着きが悪いな・・・」
予想はしていたが、遺体に火が回るまで少しばかり時間が必要なようだ。
そうこうしているうちに、馬の足にも疲れが見え始めた。
「まずい!このままではヤツに追い付かれてしまう」
振り向けば、すでにサイクロプスが手を伸ばしてくる距離にまで迫って来ている。
兵の1人が振り向き姿勢のままサイクロプスに向けて矢を放った。
矢は見事にサイクロプスの手に命中。一瞬怯んだかに見えたが、矢はすぐに抜け落ちて傷口は見る見るうちに塞がってしまった。
「な、何だ!?あの治癒能力は!?」
瞬間的に傷を治してしまうサイクロプスに攻撃しても無駄だ。
サイクロプスが燃え始めた山羊の遺体を通過したのを合図に、「行けーッ!」掛け声と共にエルクが突進。
サイクロプスの巨体に槍の一撃を食らわせた!
堀に跳ね橋が架けられ、無事に帰城を果たす。
「お帰りなさいませ、陛下」
魔術師のショー親子が領主の帰還に出迎えてくれた。
「すっかりと家臣気取りだな。魔術師」
まんざらでもなさそうなエレイネの表情を見る限り、戦況は優勢だと見て取れる。
「しかし、情けないかな、我が妹のパンドラが出迎えに参じぬとは」
やれやれと肩をすくめる。
「あ、パンドラ様なら」
娘のキュレイが応えようとしたその時、遠くにパンドラ・ゴールデンバウム・シルフハイムの姿を捉えた。
大きく手を振ってパンドラを出迎える。
少し時間を置いて、次女のパンドラも帰城を果たした。
「どこかへ出掛けていたのか?」
エレイネが兜を脱ぎつつ訊ねた。
「酒場の女共が、客足が無いとボヤいていたので交易路へ様子を見に行きましたところ、フォーゲルセン侯爵家のご長男様が兵を率いて我らが所領へと進軍なさっていまして」
「何だと!」
脱いだ兜を再び被り臨戦態勢を取る。
「いやいや、そう慌て召さるな、姉上殿。この私めが交易路へと出向き、ハッタリを効かせてイーグレィ殿にご帰投願った次第にございます」
飄々とした態度で戦況報告をするパンドラに呆れ果ててため息をついた。
再び兜を脱いで、髪を風に当てる。
ついでに少々頭に昇っていた血が、波が引くように下がった気がした。
「パンドラよ、貴様、交易路へ様子を見に行ったというのは真では無いな。最初からイーグレィ殿が交易路から攻めてくる事を知っていながら、私を丘陵地へと向かわせたであろう。要らぬ気遣いをしおって。ったく・・・」
真ではないとはいえ、あながち全てがウソだったという訳でも無い。
パンドラが報告した通り、酒場女たちが客足が無いとボヤいていたのは事実で、夜間に交易路を利用する行商たちが全く来ないばかりか、国を後にした商人すら戻らない事にパンドラは疑念を抱き、道中に防御を敷いて侵攻に備えたのである。
また、別方面からの敵侵攻を知らされなかったおけげで、エレイネは精神的ストレスを感じる事無く、圧倒的優位を保ちつつ敵陣を崩す事にも成功した。「兵たちが見ている。姉上は止せ」
これでダノイ軍は、当分の間は侵攻を見合わせる事だろう。
「橋を上げぃ!」
号令と共に、堀に架けられた跳ね橋が上がってゆく。
「待ってくれーッ!!」
遠くからアムリエッタの声が届いた。
「戻ったか」
妹の帰還に、姉二人は安堵するも、アムリエッタの両肩から力無く伸びた手に、諸手を挙げて喜ぶには至らなかった。
「誰か怪我を負ったのか?」
訊ねるパンドラの声が耳に届いていないのか、アムリエッタは止まることなく下馬場へと馬を走らせた。
状況を察してか、姉二人は、そんなアムリエッタに声を掛けなかった。
彼女が背負っていたのは、従騎士のケインであり、見るからに重傷を負っていた。
意識も失ったまま、駆け付けた兵達によって医務室へと運ばれてゆく。
運ばれてゆくケインに付き添おうとするアムリエッタの肩を、エレイネが掴んだ。「待て。何があったのか、報告が先であろう」
「行かせて下さい!陛下!ケインが!ケインが!」
振りほどこうともがくも、パシーン!アムリエッタの頬を叩く音が中庭に木霊する。
「お前が取り乱したところで、ケインの傷が癒える訳でもなかろう!加えて、付き添いなど断じて許さぬ。今は敵襲に備える事が何よりも優先すべき事。シルフハイム家の者である以上、家のために働いてもらうぞ」
諭されてもなお、アムリエッタはケインの下へと走ろうと試みる。
「では、私たちが彼の容態を看て参りましょう」
クオーレたちがケインに付き添ってゆく。
「魔術師は優れた医者でもあるのだ。後は彼らに任せよう」
エレイネの言葉に、ようやくアムリエッタは落ち着きを取り戻した。
「大変お見苦しい姿を見せて申し訳ございません、陛下」「よろしい。では何があったのか、報告を聞こう」
報告を促されるも、うつむいたアムリエッタの足下には涙の滴がポトポトと跡を残して落ちていた。
そんな妹の両肩をそっと、パンドラが優しく包み込む。
「ゆっくりで良いんだ。何があったのか話しておくれ」
アムリエッタが戦況報告と共に、事の経緯を語り始めた・・・。
一つ目巨人に遭遇し撤退を決めるも、逃げ道を塞がれてしまったアムリエッタたちは、先に仕留めた山羊の大獣の死骸に火を放ち、その煙に紛れて退路を開く作戦に出た。
先程見せた山をも越える跳躍力は、そうそう頻繁に出せるものでは無さそうだ。
走って追い掛けてくるあたり、馬の脚力でも未だ距離を縮められてはいない。
ただ、少しでも足を止めてしまうと、サイクロプスは急速に体力を回復して、先程のような瞬発力を発揮する。
そうなると、馬の全力でも逃げ切るのは難しい。
山羊の遺体が見えた!
左右に分かれて、通り過ぎ様に。
「各自、山羊の遺体に松明を投げ込め!全身隈無く焼き尽くすのだ!」
皆が皆、山羊の遺体に松明を投げ入れた。
しかし。
全身から血を噴き出して死亡しているため、血のぬめりのおかげで今ひとつ火の着きが悪い。「くっ、思う以上に火の着きが悪いな・・・」
予想はしていたが、遺体に火が回るまで少しばかり時間が必要なようだ。
そうこうしているうちに、馬の足にも疲れが見え始めた。
「まずい!このままではヤツに追い付かれてしまう」
振り向けば、すでにサイクロプスが手を伸ばしてくる距離にまで迫って来ている。
兵の1人が振り向き姿勢のままサイクロプスに向けて矢を放った。
矢は見事にサイクロプスの手に命中。一瞬怯んだかに見えたが、矢はすぐに抜け落ちて傷口は見る見るうちに塞がってしまった。
「な、何だ!?あの治癒能力は!?」
瞬間的に傷を治してしまうサイクロプスに攻撃しても無駄だ。
サイクロプスが燃え始めた山羊の遺体を通過したのを合図に、「行けーッ!」掛け声と共にエルクが突進。
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