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ep.5:栄えある騎士(ブラグ&ジョアン)
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何かが近づいて来ている。
得体の知れない状況に立たされ、ダノイの歩兵たちは恐怖した。
辺りを見渡すも、視界に入るのは長さが大腿部にまで満たない草むらのみ。
薄暗い月明かりとは言え、敵兵が迫って来たとしても、見つけられないはずがない。
だが、確実に何かが、すぐ近くにまで迫って来ている。
「うわっ!」悲鳴を上げて、また1人転倒した。
「なっ、どうした?」
後方に控える兵士が訊ねるも、次の瞬間には弓騎兵から放たれた矢の餌食となり倒れ伏している。
「何て事だ・・・。盾を敷いておかないと、弓騎兵の矢が飛んでくる。しかし、この盾を上に向けた姿勢では足下から十歩先ほどしか視界が得られない。何かが襲って来ているというのに・・・」
矢に対して強みでもあった大盾による傾斜防御が仇となった。
弓騎兵から射られた矢なら、傾斜によって弾く事は容易なのだが、なにぶん足下にしか視界が得られない。
そもそも、防御に徹する兵たちに索敵は求められてはいない。
これでは、おちおち探してもいられない。
そして、また1人、何かに襲われ転倒、すぐさま後方に立つ兵が胸を矢で射貫かれ倒れた。
その状況は、急ぎ天幕へと伝えられた。
「何だと!左翼の守りが崩されただと?」
「ハッ!今や総崩れにございます。敵は我らの守りの間を縫って何かしらの攻撃を仕掛けて来た模様」
思わぬ誤算に、シーガルは怒りのあまり杯を床に叩き付けた。
「何かしらの攻撃とは何なのだ!それを伝えに来んか!」
怒りは収まらない。
「しかし、兵達が何に襲われているにせよ、陣形を崩された以上、我が軍は浮き足だってしまいます」
混乱とは伝染するものである。
決して対岸の火事では済まされない。
「私が出ます。ペイヴォーの準備を」
レイヴンが従者に指示を送り、席を立った。
「済まぬ、レイヴン。後は任せる」
ようやく落ち着きを取り戻したシーガルはゆっくりと椅子に腰掛けた。
ダノイ軍の左翼は、もはや防御を維持出来ずに、アイロンケイヴの弓騎兵たちによって蹂躙されていた。
何かしらの攻撃によって足下をすくわれ、防御が崩れた箇所に容赦なく弓騎兵が矢を放ってくる。
槍ぶすまを敷いて防御を図るも、相手は弓騎兵。元から槍先を恐れない距離から攻撃を仕掛けてくる連中だ。
瓦解する左翼を眺めつつ、エレイネはようやく戦場に到着した弓弩兵たちに、早速弓射を命じた。
ダノイ軍の兵達が、降り注ぐ矢の餌食となり、方々へと散ってゆく中、中央からペイヴォーとジョアンが姿を現した。
エレイネたちアイロンケイヴ軍も、その巨大な鎧を視界に捉えた。
「退けぇーッ!」
剣を天にかざして即座に撤退命令。
側へと寄ってきた歩兵長に向き頷くと、彼は細長い金属製の笛を吹くなり、走って撤退していった。
その通り名のごとく、"嵐の乙女”は凄惨なる被害をもたらして去って行った。
ペイヴォーとジョアンが戦場跡に佇む。
左翼軍は、レイヴンたちの到着を待たずして、すでに崩壊していた。
折り重なるように倒れ伏す兵士たち。
彼らは恐怖に駆られ逃げ惑うも、容赦なく弓矢の攻撃にさらされ絶命したのだ。
「何なのだ・・・この有様は」
あまりにも一方的な戦いに、レイヴンは呟かずにはいられなかった。
そして。
「オイ、貴様!ここで一体何があった!?」
逃げ惑う兵の1人に状況を訊ねた。だが、混乱しているようで足を止めようとしない。
そんな敗残兵の行く手に突如大剣が突き刺さり、敗残兵は思わず腰を抜かしてしまった。
「このレイヴンが訊ねている!答えよ。大盾を用いて防御に徹せよと命じたはずなのに、どうして総崩れなど起こしている?」
訊ねながら、虹色の機巧甲冑が地面に突き刺さった大剣を引き抜いた。
兵から見れば大剣ではあるが、いざアルミュールが手にすると、刀身の短いショートソードでしかない。
兵がレイヴンの問いに答えた。
「盾で上段を守っていたのですが、足下から突然何かに襲われ、守りに隙間が生じたところへ弓騎兵の攻撃を受けて部隊は混乱、この有様です」
告げて歩兵はいずこかへと走り去ってしまった。
「ふむ・・・。足下から襲われたと?ブラグ卿」
ブラグ卿のジョアンへと向いた。
「貴公からもたらされた情報には、そのようなものは無かったな。3ヶ月もシルフハイムの下で傭兵を務めておきながら、ヤツらの戦力を把握していなかったのか?」
「い、いや・・・その・・・」
レイヴンに問い詰められ、ブラグ卿は口ごもった。
実のところブラグ卿は、大獣相手に自身のアルミュール"大盾のジョアン”を駆り出す事に良い顔をせず、もっぱら周辺諸国への睨みを利かせる役割ばかりを担っていた。
(だってよぉ、獣の匂いやヨダレがアルミュールに付いたら、後の掃除が大変なんだぜ)
だから知らなかった。
アイロンケイブの民たちは、常日頃から、ガルガンチュアへと飲み込まれた隣国へと足の伸ばして放牧を行っていたことさえも。
そして、大獣の気配と匂いを察知できる、オオカミを祖先とする優れた牧羊犬を数多く従えている事も。
普段は吠えて家畜を誘導する牧羊犬たちだが、羊もしくは牛飼いの犬笛による指示を受けて、声を発さずに相手の喉元に食らいつくよう訓練されていたのだ。
栄えある騎士様は騎士としか戦わないというブラグ卿の横柄極まる信念が、何でもこなすシルフハイム家とは反りが合わなかった。
これが、彼がアイロンケイヴ軍の戦力を見誤った要因である。
レイヴンの”虹のペイヴォー”が昇り行く朝陽に照らされて玉虫色の輝きを増す。
「それにしても、ひどい有様だな。これでは一から布陣を立て直さねばなるまい。本陣へ戻るぞ、ブラグ卿」
2騎のアルミュールが本陣へと引き返して行った。
数時間後、ダノイ軍は本陣を急ぎ丘陵地から引き払い、それを見届けたシルフハイム軍も一旦城へと後退した。
得体の知れない状況に立たされ、ダノイの歩兵たちは恐怖した。
辺りを見渡すも、視界に入るのは長さが大腿部にまで満たない草むらのみ。
薄暗い月明かりとは言え、敵兵が迫って来たとしても、見つけられないはずがない。
だが、確実に何かが、すぐ近くにまで迫って来ている。
「うわっ!」悲鳴を上げて、また1人転倒した。
「なっ、どうした?」
後方に控える兵士が訊ねるも、次の瞬間には弓騎兵から放たれた矢の餌食となり倒れ伏している。
「何て事だ・・・。盾を敷いておかないと、弓騎兵の矢が飛んでくる。しかし、この盾を上に向けた姿勢では足下から十歩先ほどしか視界が得られない。何かが襲って来ているというのに・・・」
矢に対して強みでもあった大盾による傾斜防御が仇となった。
弓騎兵から射られた矢なら、傾斜によって弾く事は容易なのだが、なにぶん足下にしか視界が得られない。
そもそも、防御に徹する兵たちに索敵は求められてはいない。
これでは、おちおち探してもいられない。
そして、また1人、何かに襲われ転倒、すぐさま後方に立つ兵が胸を矢で射貫かれ倒れた。
その状況は、急ぎ天幕へと伝えられた。
「何だと!左翼の守りが崩されただと?」
「ハッ!今や総崩れにございます。敵は我らの守りの間を縫って何かしらの攻撃を仕掛けて来た模様」
思わぬ誤算に、シーガルは怒りのあまり杯を床に叩き付けた。
「何かしらの攻撃とは何なのだ!それを伝えに来んか!」
怒りは収まらない。
「しかし、兵達が何に襲われているにせよ、陣形を崩された以上、我が軍は浮き足だってしまいます」
混乱とは伝染するものである。
決して対岸の火事では済まされない。
「私が出ます。ペイヴォーの準備を」
レイヴンが従者に指示を送り、席を立った。
「済まぬ、レイヴン。後は任せる」
ようやく落ち着きを取り戻したシーガルはゆっくりと椅子に腰掛けた。
ダノイ軍の左翼は、もはや防御を維持出来ずに、アイロンケイヴの弓騎兵たちによって蹂躙されていた。
何かしらの攻撃によって足下をすくわれ、防御が崩れた箇所に容赦なく弓騎兵が矢を放ってくる。
槍ぶすまを敷いて防御を図るも、相手は弓騎兵。元から槍先を恐れない距離から攻撃を仕掛けてくる連中だ。
瓦解する左翼を眺めつつ、エレイネはようやく戦場に到着した弓弩兵たちに、早速弓射を命じた。
ダノイ軍の兵達が、降り注ぐ矢の餌食となり、方々へと散ってゆく中、中央からペイヴォーとジョアンが姿を現した。
エレイネたちアイロンケイヴ軍も、その巨大な鎧を視界に捉えた。
「退けぇーッ!」
剣を天にかざして即座に撤退命令。
側へと寄ってきた歩兵長に向き頷くと、彼は細長い金属製の笛を吹くなり、走って撤退していった。
その通り名のごとく、"嵐の乙女”は凄惨なる被害をもたらして去って行った。
ペイヴォーとジョアンが戦場跡に佇む。
左翼軍は、レイヴンたちの到着を待たずして、すでに崩壊していた。
折り重なるように倒れ伏す兵士たち。
彼らは恐怖に駆られ逃げ惑うも、容赦なく弓矢の攻撃にさらされ絶命したのだ。
「何なのだ・・・この有様は」
あまりにも一方的な戦いに、レイヴンは呟かずにはいられなかった。
そして。
「オイ、貴様!ここで一体何があった!?」
逃げ惑う兵の1人に状況を訊ねた。だが、混乱しているようで足を止めようとしない。
そんな敗残兵の行く手に突如大剣が突き刺さり、敗残兵は思わず腰を抜かしてしまった。
「このレイヴンが訊ねている!答えよ。大盾を用いて防御に徹せよと命じたはずなのに、どうして総崩れなど起こしている?」
訊ねながら、虹色の機巧甲冑が地面に突き刺さった大剣を引き抜いた。
兵から見れば大剣ではあるが、いざアルミュールが手にすると、刀身の短いショートソードでしかない。
兵がレイヴンの問いに答えた。
「盾で上段を守っていたのですが、足下から突然何かに襲われ、守りに隙間が生じたところへ弓騎兵の攻撃を受けて部隊は混乱、この有様です」
告げて歩兵はいずこかへと走り去ってしまった。
「ふむ・・・。足下から襲われたと?ブラグ卿」
ブラグ卿のジョアンへと向いた。
「貴公からもたらされた情報には、そのようなものは無かったな。3ヶ月もシルフハイムの下で傭兵を務めておきながら、ヤツらの戦力を把握していなかったのか?」
「い、いや・・・その・・・」
レイヴンに問い詰められ、ブラグ卿は口ごもった。
実のところブラグ卿は、大獣相手に自身のアルミュール"大盾のジョアン”を駆り出す事に良い顔をせず、もっぱら周辺諸国への睨みを利かせる役割ばかりを担っていた。
(だってよぉ、獣の匂いやヨダレがアルミュールに付いたら、後の掃除が大変なんだぜ)
だから知らなかった。
アイロンケイブの民たちは、常日頃から、ガルガンチュアへと飲み込まれた隣国へと足の伸ばして放牧を行っていたことさえも。
そして、大獣の気配と匂いを察知できる、オオカミを祖先とする優れた牧羊犬を数多く従えている事も。
普段は吠えて家畜を誘導する牧羊犬たちだが、羊もしくは牛飼いの犬笛による指示を受けて、声を発さずに相手の喉元に食らいつくよう訓練されていたのだ。
栄えある騎士様は騎士としか戦わないというブラグ卿の横柄極まる信念が、何でもこなすシルフハイム家とは反りが合わなかった。
これが、彼がアイロンケイヴ軍の戦力を見誤った要因である。
レイヴンの”虹のペイヴォー”が昇り行く朝陽に照らされて玉虫色の輝きを増す。
「それにしても、ひどい有様だな。これでは一から布陣を立て直さねばなるまい。本陣へ戻るぞ、ブラグ卿」
2騎のアルミュールが本陣へと引き返して行った。
数時間後、ダノイ軍は本陣を急ぎ丘陵地から引き払い、それを見届けたシルフハイム軍も一旦城へと後退した。
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