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ep.3:交易路の戦い(イーグレィ)

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 自軍の動きを見透かされているとも知らずに、エレイネ率いる弓騎兵隊がダノイ軍の左翼に攻撃を仕掛けた。

 闇夜に乗じての急襲であったが、迎えるダノイ軍は盾を敷いて防御に徹している。

 駆け抜ける馬の高さから放たれる矢は、亀の甲羅の如く敷かれた盾の防御に阻まれ、一向に敵陣を崩せないでいた。

 せめて敵が槍襖やりぶすまでも組んでくれれば、隙間を縫って矢の一本でも当ててやるものを・・・。

 攻めあぐねるシルフハイム軍。


 その報せは天幕に陣取るシーガルたちの耳にも届いた。

「まずはシルフハイム軍ご自慢の弓騎兵攻略に成功したな。さて、我が陣形が崩れておらぬのに、歩兵が到着したところで、嵐の乙女は彼らに如何な指示を下すのかな?」
 手の打ちようが無いシルフハイム軍の、次なる手が楽しみでならない。

「では、私が出て戦況をひっくり返して来ましょうか?」
 レイヴンも今か今かと出撃を待ち切れずにうずうずしている。

 そんなレイヴンをシーガルが制した。
「まだまだよ。嵐の乙女にはもっと必死になってもらわなくてはな。もがき苦しんだ末に困り果ててもらわねば、彼女の心を折る楽しみというものが無くなってしまうではないか」
 加虐的な笑みを浮かべる。

 他の伝令兵が、慌てた様子で天幕に入ってきた。

 彼がヘルムに巻いている布の色は赤。長兄のイーグレィから送られてきた伝令兵であった。

「おやおや、慌てた様子で何かな?」

「ハッ!イーグレィ様からの伝令にあります!」

「申してみよ」

「ハッ!『我が軍は敵の妨害を受けて進軍叶わず。後の侵攻はシーガル様に一任する』との事」
 敵城へと迫ったとの報せだと疑わなかったシーガルたちにとって、その報せは予期せぬものだった。

「何故だ!何故大兄様の軍勢は、3000の兵を率いていながら進軍叶わなかったのだ!?」
 レイヴンが伝令兵に詰め寄る。

「そ。それは・・・」
 怒りの矛先を向けられて、伝令兵はたどたどしい口調で事の経緯をシーガルたちに伝えた。


  +  +  +  +


 ダノイとアイロンケイヴとを結ぶ交易路。

 シルフハイム城下街まで徒歩で1時間の距離にまで、イーグレィ率いるダノイ軍は迫っていた。

 夜道を進む商人たちがアイロンケイヴから来ようものならば、エレイネたちに報告される前に片っ端から捕らえる。

 こうすれば、誰も交易路から進軍して来ているなどとは思うまい。

 我ながら見事な作戦だと自画自賛して止まないイーグレィ・クレス・フォーゲルセンであった。

 そんな彼の下に斥候の兵から伝令が届いた。
「何だと!?行く手に煌々と炎が上がっているだと!?」

 家臣や兵たちが引き留めるのも聞かずに、イーグレィは馬を走らせ、その炎が上がっている現場を自身の目で確かめに向かった。

 確かに斥候兵の報告通り、道全体に井桁に組んだ薪が轟々と音を立てて炎を上げている。一種の炎のバリケードだ。

「何をやっている。あんな焚き火くらいで進軍を止めるな。近づいたところで命を落とすような火の勢いでも無かろう」
 身を案じて追い掛けてきてくれた家臣たちを叱りつける。も、返ってきた答えは。

「お察し下さいませ、殿下。敵が道に火を放ったとなると、我らの進軍は敵に悟られていると見て間違いありません。これ以上、暗い夜道を行軍するのは、みすみす敵の張った罠へと足を踏み入れる事にございます」
 家臣に諭されるも、初陣を飾りたいイーグレィは、何としてでも進軍を止めたくない。

 だが、家臣の言う通り、ちょうど道幅も狭くなり、大軍を率いていようとも、その戦力を大いに活用するのは難しい地形だ。

「では、せめて日が昇ってから進軍を再開されては如何でしょうか?」
 家臣からの提案。しかし。

「ならん!北の平原からはすでにシーガルたちが進軍を果たしている。我らが大きく出遅れてしまったら、挟撃の意味が無かろう!」

「二面同事攻撃とは、そのような切羽詰まったものにはございません。今一度敵の動きを見極めてでも進撃は可能かと存じます」

 家臣の言い分ももっともだと感じつつも、敵が罠を張って待ち構えていようとも数で押し切れば勝利をつかみ取る事は可能ではないか?

「あー、あー、聞こえる?聞こえたら返事をして。小さな声じゃあ私の耳に届かないから、とびきり大きな声で応えて」
 突然どこからともなく、声を張り上げる女性の声が耳に届いた。

 声の鳴る方へと皆が視線を向けると、そこには円筒形のものが木に引っ掛けられており、遠く行く手へと、糸がピーンと一直線に張ってある事に気づいた。

 この声は!?

 イーグレィには、この声に聞き覚えがあった。

 声の主はシルフハイム家の第二王女パンドラ・ゴールデンバウム・シルフハイム。何度か夜会で言葉を交わした事がある。

「聞こえておるぞ!パンドラ・ゴールデンバウム・シルフハイム!道を塞ぐように焚き火を起こしたところで、我が軍の進撃を止められるとでも思うてか!」

「その声はイーグレィのお坊ちゃんね。私の声を覚えてくれているなんて光栄だわ。ところで、ここらで手打ちという事にして、軍を退いてはもらえないかしら?」
 お坊ちゃん呼ばわりするだけでなく、圧倒的な数の敵を相手に"手打ち”を求めてくるパンドラの重ねての侮辱に、イーグレィは腸が煮えくり返る思いで、手にする軍配をへし折った。

「愚かなシルフハイムの姫よ。命乞いをするならば、我の妾としてその命を長らえてやろうと考えてやったものを!貴様には我が軍の、山猫の大獣のエサにしてやる!猫は残虐だぞぉ~。お前は猫に弄ばれ狩られるネズミとなるのだ!」
 軍団の後方から、山猫の大獣オオケモノが鳴き声を上げながら姿を現した。

 味方であろうとも、従える家臣も兵たちも、その姿を目の当たりにした者は恐怖を抱かずにはいられない。

 その鋭い爪に、人間をも一噛みで二分してしまう強力な顎。

 今まで、どれほどの人間の命を食らってきたのか・・・。

 闇夜に光る山猫の鋭い眼差しが行く手を見据える。

 ・・・が。

 その目は、瞼が重く感じられるのか?次第に閉じては、また開いた。
 
 まるで睡魔に襲われているかのように、うとうととし始めた。

「ど、どうしたのいうのだ?おい!獣使い。こんな状態で、この山猫は戦えるのか?」
 獣使いに問うも、彼らは肩をすくめて、これ以上山猫は動かないとイーグレィに伝えた。

 そんなやり取りをしている最中、闇夜にパンドラの笑い声が木霊する。

「ハハハハハ!!我らが行く手を遮るためだけに、道いっぱいに焚き火を起こしたとでも思ったか。ハッ!猫好きの貴様が山猫の大獣を連れて来るだろうと、大量のマタタビを炎へとくべてやったわ!」

 マタタビは猫種にとって麻薬である。

 それを際限もなく炎にくべたら、大獣であろうとも山猫はハイになって戦意を失ってしまうばかりか、寝入る始末。

 しかも巨体。もはや邪魔でしかない。

 ブゥンッ!

 風を巻き上げて、何かがイーグレィの横をすり抜けて行った。

「い、今、何かが・・・」
 あまりの速さに、恐る恐る後方へと目をやる。

 すると。

 何と!もりほどの大きな矢が、ゴロゴロと寝転ぶ山猫の腹部を貫いているではないか。

 山猫は夢心地の中、すでに身も心も昇天してしまっている。

「あの女ぁ!まさか!!」

 こんな山中で攻城弩弓バリスタを持ち出してくるなんて・・・。

 お金にがめついだけでなく、全く、とんでもない事をしでかしてくれる女だ!!
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