鉄塊のフリューネイエス

ひるま(マテチ)

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ep.2:巨人との戦い(サイクロプス)

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 来たか・・・。

 月明かりに映し出される巨人の姿。

 まさか、伝承でしか知らなかった一つ目巨人サイクロプスを目にする日が来ようとは。

 それは少女のアムリエッタだけではなく、この場にいる誰もに当てはまる事だった。


 ガルガンチュアの地がアイロンケイヴに迫った時でさえ、サイクロプスの姿は確認されていなかったと記録されている。

 あの時は、大獣オオケモノたちが群れをなして押し寄せた。何かの災害から逃げ場所を求めて隣国を蹂躙し、アイロンケイヴにまで迫って来たのだ。

 その事実でさえ、すでに当時を知る者はおらず、語り部たちによって伝え聞かされた昔話でしか知り得ない。

 しかし、誰もが知っている。

 サイクロプスは大獣を狩って食しているのだと。

 単純に、食物連鎖の頂点に立っていると推察できる、地上最強の生物なのだ。

 幸い全員が騎乗している。今すぐ走り出せば逃げおおせる!

「急げーッ!」
 各馬一斉に走り出した。

 激しく馬に鞭打ち、さらなる加速を求める。

 !?

 突然、辺りが闇となり、月明かりが消えた?

 月が雲に隠れたか・・・。ならば、この機に乗じて!

「とにかく急げ!後ろを振り向いている余裕など無いぞ!」
 僅かでも隙を見せてはならない。極限までに無駄という無駄を省く。

 その判断は決して間違いではなかった。ただし、相手が普通の大獣であったならの話。

 突然、前方から突風が吹き荒れ、叩き付けるような砂埃によって全く前が見えなくなってしまった。

 否応にも馬が脚を止めてしまう。

 ブゥン!!

 アムリエッタは前方から、空を切る音を耳にした。

 そして、側面からは、コロコロと岩肌から石が転げ落ちる音が聞こえてきた。

「落石に注意せよ!」
 注意喚起を促しながら、目を細めて岩肌へと視線を移す。

 やがて砂埃は収まり。

「なっ!」
 ケインは絶句した。

 兵の1人が馬と共に岩肌に叩き付けられて死亡しているではないか。

 血痕が遺体の周囲へ均等に広がっている。

 まるで、高い場所から落ちた墜死じゃないか。

 それはあり得ない事だと、誰もが瞬時に気づいた。

 有り得るとするならば、それは強烈な風によって吹き飛ばされ岩肌に叩き付けられた場合。

 しかし、そんな強烈な風なら他の者たちもただでは済まない。

 被害を被ったのが、たった1人で済まされる訳がない。

 完全に砂埃が晴れて、アムリエッタたちは原因を知る事となる。

 もしやとは思ったが。

 眼前にサイクロプスが佇んでいる。

「コイツ、跳躍して俺たちの前に躍り出たのか」
 好スタートを切って、サイクロプスを出し抜いてやったと思っていたが、敵はさらなる上を行っていた。

 先程、月が雲に隠れたのではない。サイクロプスがアムリエッタたちの上空を跳躍していったのだ。

 ただ図体がデカいだけじゃない。

 身体能力も尋常じゃない。

 これでは逃げる事すら叶わない。

「ケイン・・・」
 アムリエッタがケインの名を呼びながらサイクロプスを見上げた。

 あまりの戦力差の違いに、皆の士気が限りなくゼロへと下がりつつある中、彼女の瞳だけは希望の光を灯し続けていた。

「松明の火・・・」「松明の火が、どうかしたのか?」
 彼女の目が死んでいないのは、非常に心強く感じられるものの、こんなちっぽけな炎ではサイクロプスを追い払う事なんて不可能だ。

「山羊の死骸に火を掛け、一帯を煙で巻くんだ。その間にエルクたちの態勢を整えて反撃に出る」
 あろう事か、アムリエッタはサイクロプスと一戦を交えるつもりだ。

 何て無茶な・・・。

 でも、どのみち山羊の死骸はエサとしての魅力が無いらしく、サイクロプスは見向きすらしなかった。ならば、いっその事派手に燃やして脂から立ち上る煙に頼るしかない。

「皆の者、私に続けぇ!」
 180度転回して、山羊の死骸の方へと駆け出した。

 その間、再びサイクロプスが襲って来ようものなら、その時は運が無かったと諦めるだけ。

 またもや馬に激しく鞭打ち、さらに加速させる。


  *  *  *  *



 その頃、ダノイ軍司令部では。

 遠征軍を率いるシーガル・トーン・フォーゲルセンの下に、シルフハイム軍出陣の報せが届いた。

 しかも、すでに丘陵地にまで迫っているとの報せを受けても、弟のレイヴンは余裕の笑みすら浮かべていた。

「やはり"嵐の乙女”が出てきましたな。兄上」
 シルフハイム軍が闇夜に乗じて急襲を仕掛けてくる事までも、彼らの作戦にはすでに織り込み済みだった。

「右翼でも左翼でも、好きなように突かせておけ。当然奴らは弓騎兵で我らを混乱させようとするだろうが、盾を敷いて防御に徹しておけば、そのうち矢を撃ち尽くして引き上げるだろうよ。おっと、寝ている兵がいたら叩き起こしておけよ」
 配下の者にすぐさま戦闘準備に取り掛かるよう指示した。

 これで名高き弓騎兵の対策は万全である。

「歩兵が到着したところで、こちらにはアルミュールがある。僕はペイヴォーの中からブラグ卿の戦いぶりを拝見させてもらうよ」
 退屈な戦になりそうだとレイヴンは高みの見物と洒落込むつもりだ。

 この戦、要は浮き足立たなければ良いのだ。相手の出方をしっかりと把握していれば何の問題も無い。

「レイヴンよ。この場合、戦いぶりとは言わないよ」

「では、何と?」

「”いたぶりよう”と呼ぶのが妥当かな。フフフ」
 杯を傾ける。

「随分と意地悪なお方だ、兄上は」
 賞賛しつつレイヴンも杯を傾ける。

「後は我らが兄上、イーグレィ・クレス・フォーゲルセンが交易路から大軍をシルフハイム城へと進めれば、この戦い、一気に”詰め”だ」

「まさか第一王子までもが参戦していようとは、嵐の乙女でも考えはしないでしょう。しかも正規軍3,000人を率いているなど夢にも思わないでしょうな」
 計算が合わないと思われるかもしれないが、内訳として、シーガルが率いる2,000人の兵の内、およそ半分がブラグ卿と同じく傭兵たちで編成されている。
 つまり、パンドラは情報戦において、完全にダノイ軍に出し抜かれていた事になる。


「敵襲です!シルフハイム軍が夜襲を仕掛けてきました」
 伝令の兵からの報せが入った。

「来たか。"嵐の乙女”。我らの手の内で踊らされているとも知らずにノコノコと。フフフ。フハハハハ!」
 天幕の中に、シーガルの高らかな笑い声が木霊する。
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