レオにいさん!

ひるま(マテチ)

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誇りある仕事

10.私たちの手で止めてみせる

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 美浜・慎一の目的が分った気がする、だって?

「あの社長、言っている事が分らないんですが」

「EU圏の新興国の首相が来日するのよ」
 飛鳥は縁のスマホ画面を伶桜に見せた。

 ニュース速報には、2日後と書かれている。

「この首相が、わが国の首相と会談するのか?」

「ううん」と飛鳥は首を横に振り。

「この国の国家元首は大統領で、たかだか首相ごときに我が国の首相は会談しません。代わりに外務大臣とは会うみたい」
 いくら何でも、余所の国の首相に対して"たかだか”や”ごとき”と呼ぶのは失礼だろう。

「まさか、その余所の国の首相を、美浜・慎一が狙うって言うんじゃないでしょうね」
 そのまさかに、飛鳥は頷いて見せた。

 確かに、彼を狙っても”首相襲撃計画”としては成立する。

 しかし、どうして余所の国の首相を狙う必要があるのか?

「彼、世界GAP設立メンバーの一人なのよ。だから、その功績を認められて現在は国の首相にのし上がっているのよ」
 飛鳥が、伶桜が向ける疑念の眼差しに答えてくれた。

 が。

 つくづく思う。

 この"本名・飛鳥”という女子高生、さっきから話していると、やけに難しい言葉をスラスラと述べている。最近の女子高生は、こんなハイレベルなワードを日常会話に取り入れているのか?

「世界GAP?」
 どこかで聞いた事はあるけど、内容は知らない。

「Good Agricultural Practiceの略で、農作物の生産及び安全性を管理する、第三者の審査と認証を組み込んだ認証制度のこと。それに世界規格を設けた組織を指すの」
 と、流ちょうな英語を交えて言われても、何の事だかサッパリ。

 ”Good”しか分らない俺は情けない大人なのか?

「私たちの仕事が生まれた理由が、彼らの横暴から生まれたと言えば解り易いかな」
 いや、ゼンゼン分りません。

 伶桜はブンブンと首を横に振って見せた。

「つまり、人体や生態系に影響を及ぼす農薬を使うな!と言い出した連中の1人って事。極論をブチかましてくれたコイツらのせいで殺虫剤が一切使えなくなったから、世の中が大変な事になったのよ」
 今や害虫駆除は一大産業へと昇りつつある。

 スズメバチ駆除も、タイラントホースのような企業が行うような場合もあれば、ゲーム大会のように催して大人数で駆除する場合もある。

 家庭内でのゴキブリや蜘蛛の駆除には、”家庭内”を意識してメイド姿の自律型APまでもが存在する。

「大変になった一方で失業率も大きく下がったし、これはこれで世の中に貢献しているんじゃ―」「シャラップ!世の中はカオスに陥ったのよ。みんなコイツらのせいで」
 天秤にかければ、やはりマイナスに傾いてしまうのだろう。

「でも、今さら、その国の首相を暗殺したところで世界は変わらないだろう?美浜・慎一は何がしたいんだ?」
 始まってしまったものを止めるには、よほどの不具合が発生しない限り無理だろうと素人目にも分る。

「おそらくは憂さ晴らしでしょうね。依頼人もすでに死去してしまっているし」
 憂さ晴らしならば、なおさらではないのか?わざわざ暗殺しなくても、ただ首相本人に恥をかかせれば良いだけではないのかい?

 死者への手向けというものは、必ず相手を殺さなくてはならないものなのか?

「まあ、この男の犯した悪行はともかく、縁もゆかりも無い余所の国での暗殺だけは何としても阻止したいものね」
 グチをこぼしつつ、飛鳥は首相のスケジュールを探った。

 飛鳥が画面に食いつくように向いた。

 何かを探り当てたようだ。

「呆れたぁー!どの面下げてと言うか、この男、来日当日に環境シンポジウムに顔を出すわ。その後で外務大臣と会談する予定」
 そして環境シンポジウムが開催されるのは、名古屋にある国際会議場。

 名古屋かぁ…。

 新幹線ですぐに行けるけど、果たして美浜・慎一が狙うのは、その場所なのか?

「世界のマスコミたちが狙うシャッターチャンスは、粗方ハコものに入る瞬間なのよ。だから人前に姿を晒して堂々と正面玄関から国際会議場に入る。警備の苦労なんて考えもしないでね」
 仰る通り、上を狙うなら、大々的に世間にアピールする必要がある。

 これが、ただの会合ならば、地下駐車場から建物内に入るはずだ。

「と、なると・・自ずと警備が厳重になっちゃうから、かえって襲撃し易くなっちゃうんだよね。だから、襲撃する場所は国際会議場で間違いナシ!襲撃するタイミングは首相が会議場に入る瞬間ね」
 驚いた事に飛鳥は国際会議場が襲撃場所だと断言している。

 しかもタイミングまで断言しているではないか。

「かえって?だって?警備が厳重だと、どうして襲撃するのに都合が良いんだ?」
 だからと、彼女の言っている意味が分らない。

「警戒を厳重にするという事は、配備する警備の人員を増やす事にもなる。と、いう事は、その警備する人間の中に紛れ込むチャンスが生まれるというコト」

「いやいや、こういった国際的な催しの警備員なんて、昨日今日入った人間を充てるなんて事はゼッタイに無いぞ。身元だって確かな人間だけを採用するはずだし」
 やはり飛鳥の発想は飛躍し過ぎている。

 伶桜は堪らず反論に出た。

「あのね、伶桜さん。私がこうやって簡単にハッキングできたのだから、敵も同じく簡単にシステムに入り込んで身分の書き換えくらい行うわよ。敵を甘く見ない事ね」
 よくよく考えてみれば、自分たちが行っている事も大概犯罪行為だ。

 そうかと納得せざるを得ない。

「美浜・慎一が決行しようとしている"首相襲撃計画”は首相来日の当日、午後3時から名古屋の国際会議場で開催される環境シンポジウムの開始前。首相が会場に入ったら、私たちに出来る事はもう無いから、それまでを何としても死守しましょう。どんな方法で襲撃してくるのか分らないけど、私たちも現地でヤツらの凶行を阻止するのよ」
 早速、飛鳥は新幹線のチケットとホテルの宿泊予約を取った。

 何とも行動的な。

「伶桜さん、危険な仕事になると思うけど、私に協力してくれる?」
 新幹線のチケットやホテルを予約しておいて、今さら同意を求めてくるか?

 半ば呆れるも。

「これで国際問題にでもなったら大変だもんな。我が身が危ないと思ったら、とっとと尻尾を巻いて逃げるけど、協力はする。それで良いんだな、社長」
 伶桜の言葉に飛鳥は頷いて見せた。

 頼られる事には、悪い気はしない。

 だけど。

 正直本音を言えば。

(爆弾テロだけは勘弁な)

 大規模テロだけは頼むから止めて欲しいと願う。


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 ―二日後―。

 本名・飛鳥をはじめとするタイラントホースのメンバーが名古屋の地へとやって来た。

 社員旅行という名目で。
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