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[32]この世界を忘れない

-342-:スゴくカッコ良いよ…

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「ワタシたちはさっきから、何を見せられているのでしょうか?…」
 フラウ・ベルゲンが猪苗代・恐子に訊ねた。

 ただの剣道の試合だと思いキョウコに付いて来てみれば、繰り広げられているのは、とても人間同士のものとは思えない壮絶な戦いであった。

 剣を振れば、発生した剣圧によって四方を囲む立ち会い人たちの髪を揺らすわ、剣そのものが尋常でないほどに高速だったりと、もはやフラウの目では追うことは叶わない。

 そして、問われたキョウコでさえ、彼らの剣を目で追えなくなりつつあった。

「わからない…。でも、一瞬たりとも二人の戦いから目を離してはいけない。そんな気がします」
 立会人としての責務などではなく、彼らの生きざまを見せられている様で、キョウコは二人の戦いから目を離せずにいた。

 でも、これで。

 二人の戦いを見守る誰もが、そう予感した。




 剣の切っ先すらも届かない間合いなのに、両者が共に踏み込んだ。

 ドォォォッ!!

 その音は、雷鳴には程遠く。

 試合が始まってから、ずっと圧倒的なまでに優勢を保っていた草間・涼馬が遂に防御の構えを見せた。

 いや、防御した。

 遠い間合い。

 そして。

 およそ正式な剣道の試合では反則もしくは試合放棄と見なされる。

 しかし今、二人が戦っているのは正式な剣道の試合ではない。

 高砂・飛遊午、草間・涼馬の両者は同意の上で命を賭した“死合い”を行っているのだ。

 だからと言って、殺意を持って臨んでなどいない。

 結果としての死を受け入れているに過ぎない。


 カンッ!

 投げつけられた脇差しを、リョーマは剣で防いだ。

 !?

 驚いた事に、もう一本も飛んで来るではないか。

(どういうつもりだ!?剣を2振りとも捨てるなんて!)

 ひとまず抱いた疑問は忘れて、瞬時にして剣を正眼に構えて次に備える。

 が、ほんの一瞬だった。

 ほんの一瞬だけヒューゴから投げつけられた剣へと目を移しただけなのに。

 高砂・飛遊午の姿を見失ってしまった。

「高砂・飛遊午ッ!」
 彼の名を呼び姿を求める。

 と。

 ポンと腹部に何かが触れる感触が走った。

 即座にそこへと視線を移す。

 すると、左側面にスライディングを終えた体勢にあるヒューゴの右手が、自身の腹部に当てられている様子が目に映った。

 右手の動きは打撃などではない。

 痛みを感じないし、ただ手を添えているだけのように思える。


 草間・涼馬は瞬時にして自身が最も脅威とすべきものを悟った。

 恐るべきは彼の“必殺剣”である二天一流二天撃ではない。

 完全に見誤っていた。

 剣などではなかった。

 真に恐れるべきは、高砂・飛遊午、彼自身にあったのだ。

 ヒューゴの左掌が腹部に当てられた右手目がけて強く打ち付けられる!


 瞬間的にリョーマの身体が矩形となって吹き飛ばされていった。



 あまりの衝撃により、リョーマの手から長剣が手からこぼれ落ちた。

 優に7メートルは飛ばされたであろうリョーマの身体は、幸いにもベルタとダナによって受け止められた。

 ブホォッ!

 ダナに抱き留められたリョーマの口から大量の血が吐き出された。

 二天撃によって内臓を大きく傷つけられたのだ。


 リョーマは自身が一度もヒューゴから勝利を得ていなかった事を、この時初めて理解した。


 1年前の剣道大会の時も、彼は剣を捨ててこの技を仕掛けようとしていた。

 しかし、途中でルール違反だと気付いて手を止めてしまったところに、冬の一発雷を受けてしまったのだった。

「剣での戦いでは、俺はお前に勝つことはできない。間違いなくお前が最強の剣士だ。クサマ」
 倒れるリョーマを見下ろしヒューゴが告げる。

「いや…勝者は君だ。高砂・飛遊午。もっと早くに気付くべきだった。ベルタを駆って幾多の戦いに臨み勝利を収めた君の姿を目にしていたのに。僕では到底君に勝つ事などできないと」
 悔しさに涙を流すリョーマの前にヒューゴが跪いた。

 お互いを称え合う。

 そんな中、リョーマが再び吐血した。

 彼の負ったダメージは予想以上で、今や彼の命は風前の灯火。

「ダナさん!」
 ヒューゴが助けを求めるも、ダナは目を伏せて首を振る。

 彼女の治癒魔法では止血さえもままならない。

 それよりも先に、外傷がなければ舐めて治癒さえもできない。

 アーマーテイカーへと向くと、彼は颯爽と立ち上がりリョーマの下へと駆け寄ってくる。


 すると、突然、ヒューゴとリョーマの頭上に影が覆い被さった。

「うぉぉりゃぁぁぁッー!!」
 上空からルーティが右腕を振り被りながら落下してきた。

 危機を感じたヒューゴが咄嗟にこれを避けると、ルーティーは何と!右の拳をダナに抱き留められるリョーマの腹部目がけて打ち下ろす!


 またもやリョーマの身体が矩形に曲がった。

 と、同時に「ブホォォォッ!!!」激しく吐血。

 未だ死には至ってはいないとはいえ、ルーティの行いはまさに死体に鞭打つ仕打ち。

 あまりのショックに、リョーマの首がガクッと項垂れる。

「お前ェーッ!!何さらすんじゃぁ!?」
 あまりの仕打ちに、ヒューゴはルーティに詰め寄った。

 瀕死の相手にとどめを刺したルーティはしれっとした表情のまま。

「ウチ渾身の回復魔法を叩き込んだんや。ホラ、ウチの回復魔法は“ブッ叩いて治す”タイプやさかい」
 随分と手荒な治癒回復魔法ではあるが、果たしてそれは治しているのか?さらに相手を殺しにかかっているのか?疑問でならない。

「脈拍・心拍・呼吸もどれも安定しているし、とにかく大丈夫だから、あとは私に任せて」
 安心した笑みを見せながら、アーマーテイカーがリョーマを抱きかかえる。

 彼の言う通り後は任せて良いだろう。

 ……まあ、再びリョーマが目覚めた時にどのような顔をするかは、おおよその見当は付くが。


「お見事でしたよ。ヒューゴさん」
 背後からの声に、ヒューゴは向き直った。

 ココミ・コロネ・ドラコットだ。

「拝見させて頂きました。貴方さまの“すべてを出し切って戦う様”を」
 思い悩んでいた彼女と打って変わって清々しい表情を見せている。

「私も次のグリモワールチェスで、自分のすべてを出し切って必ずや勝利を獲得してみせます」
 まったく大きく出たものだ。

 勝つとまで宣言しやがった。

「ココミちゃん、頑張ってね」
 クレハも駆けつけて応援した。

 プレッシャーを跳ね除けたココミに、今更“勝て”とは言わない。

 思う存分悔いの無いよう戦い抜いて欲しい。

 この先、グリモワールチェスの行方がどうなろうと、ココミを信じて待つしかない。

 ただ応援して待っている。

「私たちの戦いはこれからなんです。だから、皆さん、これまで本当に有難うございました」
 ココミが二人にお礼を言い頭を下げた。

「いやいや、そんな」
 クレハが謙遜する傍ら。

「いや、私たち・・・ではなく、お前・・の戦いがこれからなんだ。気を引き締めて頑張ってくれ」
 まるで突き放したようなヒューゴの言い様だけど、チェスゲームとは常に孤独な戦い。

 ココミは彼の言葉を胸に、次の戦いへと臨む。

 その堂々としたココミの姿に、クレハはただ思う。


 スゴくカッコ良いよ…。


 彼女と出会って、初めてそう思った。




  ―「盤上の兵たちは最強を誇るドラゴン種…なんだけどさ」―・・・― 完 ―

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みんなの感想(1件)

楠乃小玉
2019.09.02 楠乃小玉

ウオー!信長がでてきてるやんけー!
で、あるか!

ひるま(マテチ)
2019.09.04 ひるま(マテチ)

チームにはボスが必要なのさ。

解除
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