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[31]剣で語る

-341-:やりようによってはワシも勝てる

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「そろそろ高砂・飛遊午と草間・涼馬の一騎打ちが始まっている頃だな」
 穏やかな湖面を眺めながら、宿呪霊ポゼッションのナバリィがノブナガこと明智・信長に告げた。

 信長は未だヒットの兆しを見せない釣り糸を眺めたまま返事すらしない。

 それでもナバリィは続ける。

「良いのか?彼らの真剣勝負に立ち会わなくても。我は気になるぞ。大いに気になる。彼らの勝負の行く末が」
 そわそわしながらノブナガを誘うが、彼は釣りに没頭したまま返事どころかナバリィへと向こうともしない。

 完全に無視されてしまい、悔しい思いをするも、ふと、ある事を思い出し、急に勝ち誇ったような表情を見せた。

「ははぁーん、そうであったか、マスターよ。あの愛しのキョウコ嬢も試合に立ち会っているから恥ずかしくて顔を出せないのであるな」
 一瞬ではあるが、ノブナガの双肩が波打つのが見て取れた。

「図星であったか。そうか、そうか。それでは立ち会いに行けぬのも無理も無い」
 さらなる追い討ちを掛ける。

 さてさて、我がマスター殿はどのような面白い顔を見せてくれるやら。

 ナバリィはノブナガの前へと回り込んで、彼の顔を覗き見た。

 が、意外にも。

 とても楽しそうな表情で湖面に向いていた。

「き、気持ち悪いな。マスター。琵琶湖を眺めて何を笑っているのか?」
 少々引き気味のナバリィであったが、とりあえずは笑顔の理由を訊ねてみた。

「ふふふ。ワシが現場で立ち会えば、全身の血がたぎって仕方がないのだ。今もヤツらの戦いぶりを思い起こすだけでも体の震えが止まらぬ」
 事実、彼が手にする釣竿を伝って、湖面へと垂れた釣り糸が波紋を広げているではないか。

「まともに打ち合えば、ワシごときでは奴らに瞬殺されてしまうは火を見るよりも明らか。それでも一度勝負をしてみたかったぞ。ナバリィ!貴様がベルタの胸に剣を突き刺してやったと聞いた、あの時、ワシは思った。『やりようによってはワシも勝てる!』とな」
 魔者はマスターの知識と共に、身体能力をもコピーしている。

 数に任せ、さらに人質を取る卑劣な手段を使ったとしても、結果的にナバリィはベルタから勝利を収めている。

 残念ながら、オロチに邪魔をされてトドメを刺し損ねてしまったが、今となっては、揺るがない勝利を得たので、それ以上は望まない。

 だったら。

 ノブナガとしては、間接的でもヒューゴに勝ったと解釈に至る。

 非常にズルい解釈ではあるが、それは大いなる自信となり、ノブナガ本人の闘争心を煽っていたのであった。

 人は勝てる見込みのある勝負ほど、一より層闘争本能を掻き立てられるものなのだ。


「さて、それはどうかな…?」
 自信満々のノブナガとは異なり、ナバリィは、ノブナガが挑んだところで、あえなく返り討ちに遭うだけだと冷静に判断していた。

 世の中、そんなにオイシイ話は無い。




 リョーマが放つ第3の剣、上段からの袈裟切りがヒューゴに迫る。

 巌流ツバメ返しは、冬の一発雷の劣化版のような技ではあるが、元の剣よりも速度が劣るもその手数の多さゆえ全く遜色はない。

 転んでも必殺技。腐っても必殺技に変わりは無い。

 斜めに走る太刀筋を、ヒューゴは横へと転がる事によって何とか回避を遂げた。

 だが、転がり避けたは良いが、立ち上がるには至らずに立膝のまま。

 さらには、左手の木刀を逆手に握り直すなど、否応なく防御に転じざるを得なかった。

 もはや左手の剣は盾に専念させると、誰の目にも明らか。

 ただ。

 リョーマが放つ強剣が、その盾をも打ち砕く恐れは十分にある。

 リョーマが再び剣を正眼に構えた。

 そして、長くゆっくりと息を吐く。

 その間にヒューゴは立ち上がり、ゆっくりと下がって間合いを開く。



「お互い長丁場は苦手なようですね」
 ウォーフィールドは、とたんに動かなくなった両者から目を離す事無く呟いた。

「長丁場?まだ試合は始まったばかりだぞ」
 ライクは彼の分析結果を素直に聞き入れてくれない。

 でも、信じ難い事に、剣を交える二人の息は共に上がっている。

「あの二人、すでにびっしょりと汗をかいているじゃないか」
 何が二人をこれほどまでに疲労させているのか?

 とてもではないが、あれでは彼らがスポーツ剣道と揶揄している剣士にさえスタミナで阿藤され負けてしまう。

「彼らは一度、魔者と実戦を経験しています」
 ウォーフィールドの言う通り、ヒューゴとリョーマはアルマンダルの天使のひとり金星のハギトと剣を交えている。

「その時に習得した“得物に霊力をまとわせる”技術スキルが今も発動したままなのです」
 体力に加えて霊力も消費していたら、消耗はさらに倍化してしまう。

「揃いも揃ってあの二人の攻撃力は強大です。その反面、エネルギーも大量に消費してしまうのでそうそう長い時間は戦えないのです」
 つまりは馬力のあるモンスターマシンほどガソリンを食うんだぜぇ、な状況という事。


 ヒューゴは左手の剣の握りを直さない。逆手のまま防御に徹しようとするようだ。

 ジリジリとにじり寄ってリョーマは間合いを詰めてゆく。

 一方のヒューゴは、まるでボクサーのような軽いフットワークでリョーマを翻弄しつつ後ろへと下がろうとしていたが、四方を囲む観客に近づき過ぎると感じたのか、急に下がるのを止めてしまった。

 瞬間的に後ろへと跳べば冬の一発雷を不発に追い込める。

 しかし、その手は一度使ってしまっている。

 天才剣士の草間・涼馬に同じ手は2度も通用しない。

 修正を加えて、今度こそ確実に仕留めに掛かる。

 リョーマもヒューゴも呼吸を整え終えた。



 ドォォォォンッ!!

 二人が一斉に前へと跳び出し、共に打ち込みに入った。
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