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[30]終焉~エンドゲーム~

-335-:彼女、とっても優しいね

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 今さっき、ベルタは自分の事を『ボク』と言った。

 いつの間に、一人称が『ボク』に変わっていたのか?

「え?えぇ?」
 クレハは額に手を宛てて記憶を辿る。

 一体、いつからなのか?時間を逆回しにしてベルタとの会話を思い起こす。

「クレハ先輩?具合でも悪いのですか?」
 身体の心配をしてオトギが訊ねてくれているのに、つい「黙っていて!」と、今は雑音を耳に入れたくない。

 わ、解らない…。

 あまりにも必死になって戦っていたものだから、いつからベルタが自分を『ボク』呼びしているのか、まるで思い当たらない。

 どうも、嫌な予感がしてならない。

 だけど、誰に相談すれば良い?

 ジョーカーは一部とはいえオロチをも取り込んでいる。

 過程は知らないけど、きっと力でねじ伏せたに違いない。

 そんな強力な魔者と対等以上に渡り合える者は、この中で誰がいる?

 周囲を見渡す。

 相手は魔者。人間では到底敵わない。それに。

 魔者であっても、クィックフォワードやアーマーテイカーなどの兵士ポーンの魔者で相手になるとは思えない。

 誰がいる?

 こうなれば、人狼ワーウルフのロボに頼るか、それとも亡霊ファントムのウォーフィールドに頼むか。

 クレハははたと気づいた!

 今現在、ベルタは一人では無い。

 もしかしたら、ルーティに追い付いているかもしれない。

 何てコトだ…。

 もしもジョーカーがベルタに成り代わっているとしたら、ルーティは何の警戒心も抱かずにベルタと接してしまうだろう。

 最悪だ。

「ココミちゃん!」
 最後だから、ほんのひと時でも淡い夢を見させてあげようと気を使っていたけど、今はそんな悠長に構えてなんていられない。

 確証は無いけど、可能性が少しでも残っている限り、ジョーカーを始末する事が先決。

「貴女の魔者は殺しても死なないのよね?」
 突然の質問に、ココミは目を丸くしながら何度も頷いてみせた。

「は、はい。こちらの世界での身体を失うだけです」
 その言葉を聞き届けて、クレハはニヤリと笑った。

 そして。

 立ち上がり、ポケットからスマホを取り出すなり、電話帳を呼び出し。

「来い!ベルタ!私の元へ!」
 魔者召喚した。

 クレハの前の席に、光る魔法陣が描かれて、浮き出るようにしてベルタが姿を現した。

 その手には、赤いボトルを握りしめて。

 ベルタがココミへと向いた。

「あの・・クレハ。そんなに急かさないで下さい。まだ冷蔵庫の中を確認している途中でしたのに」
 申し訳なさそうに告げる。

 皆の視線が、突然召喚されたベルタへと注がれる。

 注目の的となったベルタが困惑した表情で周囲を見渡す。

「あの…私が何か…?」
 皆に訊ねた。

 すると。

「『私が』じゃないでしょう?『ボク』の言い間違いじゃないの?」
 まるで、鬼の首を取ったかのような表情のクレハに、ベルタはただキョトンとした眼差しを送るだけ。

「何を言っているのです?クレハ」

「とぼけても無駄よ。アンタ、さっき自分の事を、うっかり『ボク』と言っちゃったじゃない。ジョーカー!ベルタに成りすましてこの場をやり過ごそうったって、そうはいかないわよ」
 したり顔で証拠を突き付けてやった。

「くくっ、ふふふ。ハハハハ」
 突然笑い出したかと思えば、ベルタは大口を開けて高らかに笑い始めた。

「さすがはクレハ。よく気付いたね」
 一瞬にしてベルタは甲冑モードへと変身した。

 何が起こっているのか理解できない周囲の者たちは一斉にどよめいた。

「お褒めに預かり光栄ってところかしら。でね、ベルタは底抜けに天然だけど、一人称を間違えるほどうっかりさんじゃないわよ」
 本人が聞いたら涙するような事をサラッと言ってのけた。

「ベルタを乗っ取っているのなら、彼女を返して。出来ないというのなら、ベルタの身体ごと貴女を消し去ってやる」
 念を込めて拳を握りしめる。

「返すも何も、じきにボクの意識は消滅して無くなるよ。そんなボクを気遣って、ベルタがしばらくの間、ボクに身体を貸してくれたのさ」

「ベルタが?」
 意外な展開に、クレハは驚きを隠せない。

「彼女、とっても優しいね…」
 遠い目をしてジョーカーはベルタに感謝の意を表した。

 だけど、クレハにとってそれはどうでも良いコト。

 そもそもベルタは女性なのか?男性なのか?ハッキリしない。

 ジョーカーが続ける。

「妲己の身体が崩れ落ちて君たちの前に投げ出された時に、あの時本当に君たちが乗っている騎体を乗っ取ってやろうと考えはしたよ」
 コールブランドとベルタの判断は正しかった。

「騎体を通じて、ベルタはボクの最後の想いを聞き届けてくれた。クレハ。まだ君にいっぱい話していない事があるって。瀕死の身体の僕が、もうそんなに長く持たないと知った彼女は、しばらくならと自分の身体を貸してくれたんだ」
 ベルタのお人好しぶりには心底呆れてしまう。

 この機会を設けるために、結果的に、合体していたコールブランドまで欺いたカタチとなっているではないか。

 コールブランドの怒りと憎しみに満ちた眼差しがベルタへと向けられている。

「その前にオトギ。キミにウソをついてゴメンね。あのコトは全てボクの口から出たデマカセだから、気にしないで」
 オトギに対して謝罪を申し上げた。

 が、周囲の注意は『あのコト』に集中してしまい、オトギは好奇の目に耐えられず、遂にうつむいてしまった。

「で、私に何を話したいの?」
 別に助け船を出してやるつもりは無いが、好奇の目にさらされる彼女の姿を、とても見ていられない。

「ねえクレハ。ボクは今まで、本当に生きていたかい?」
 何を話すのかと思えば、いきなり質問を投げ掛けられた。

 あまりにも虚をつかれた展開に、つい「何言ってるの?」

 険しい眼差しで、訊き返してしまった。
 
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