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[29]そして独り

-316-:なぁーんてね

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 死角からの急襲をもろに食らって、コントラストの騎体は大きな衝撃を受けた。

 クレハは思わずバイクシートからずれ落ちそうになるも、サイドスティックを強く握りしめて、何とか難を逃れた。

「打撃力を高めるメリケンサックを着けていなかったおかげで助かったわ」
 安堵の溜息をもらす。

 飛んできたのが、腕では無く、足で良かった。腕なら、今頃胴体に風穴があいていたところだ。

「それにしても…」
 戻ってゆく両足を再び接合させるキャサリンを見やって。

「ミツナリのアホ野郎、とっくに死んでいるんだよね?」
 呟くようにして訊ねた。

 分からない事尽くしだ。サッパリ訳が解らない。



「彼が死んでいるですって!?それ以前に、他の騎体のマスターが参戦できるなんて…」
 ミツナリの参戦は、オトギですら知り得ていなかった。

 オトギの驚く様を、楽しそうに眺めているジョーカーが、彼女の頬に手を宛てた。

「正しくは他の騎体のマスターじゃないよ。彼が従えていた飢屍ゾンビのソネは、とっくに破壊されてしまっているからね。それと、ミツナリが死んでいるのは事実。僕が殺しちゃったからね」
 驚愕の事実がオープン回線を通じて皆に報らされた。



「自殺じゃない!?だと?」
 検死医の見立てを信じていたリョーマにとって、それは大きなショックだった。

 彼らの目を欺く殺害方法とは?


「今、何て…?」
 実にあっけらかんと告白したジョーカーの態度そのものが、オトギにとって信じがたいものだった。

 人の命を殺めておいて、罪悪感は無いのか?私怨を抱えているのならまだしも、面識の無い他人を殺害する事に何のためらいも抱かないのか?

「彼ね、仲間に見放されちゃってさぁ。『ヒデヨシに殺される!」って真っ青な顔をして神社に逃げ込んできたものだから、どうせ殺されちゃうのなら、ボクが命を食べてあげようって、精気を吸い取ってやったのさ」
 なるほど、どのような手段を用いたのか知らないが、物理的な手段でなければ司法解剖したところで他殺を立証する事は叶わない。

 リョーマは納得して頷いた。

「でね、どんな方法で彼から精気を吸い取ったか?教えてあげるね」
 言って、またもやオトギの唇を奪った。

 キスをすることで生物の精気を吸い取るのだとしたら!

 オトギは必死に抵抗するも、やはり人間と魔者では力比べにはならない。

 こんなカタチで命を失ってしまうのか…オトギの目は虚ろとなった。

「なぁーんてね」
 唇が離れたと思えば、屈託ない笑顔を向けられた。

「まあ、普通ならこれで人間の精気を吸い取るところなんだけどさ。彼の場合、短い人生を終える訳だから、特別サービスでエッチに付き合ってあげたんだぁ。でね、文字通り精気をを出し切って昇天したワケ」


「あ、あの…僕たち、何を聞かされているんでしょうね…?」
 訊ねるタツローのつむじに、クレハは足を、ついでに思いっきり体重を乗せてやった。

 いちいちそんなコトを訊いて来るな!!しかも私は女の子なんだぞ!!



 ジョーカーが続ける。

「そして、彼はボクの一部となった訳さ。あ、そうそう。オトギ、心配する事は無いよ。キミの霊力はあそこにいるクレハには到底及ばないけれど、キミの家系に向けられた悪意は溢れるばかりに大量なんだ。だから、キミを殺しちゃうと、それらの悪意が飛んで逃げてしまうので、キミにはこの先ずっと生きていてもらう。良いね?」
 それは悪意と言う名の水を貯めておく器という事か。

「そんなの、お断りよ!!」
 オトギは断固として拒否。しかし。

「最初から君の意志など尊重していないよ。キミはただ、御陵家に向けられる悪意そのものを受け止めておけばいい。そりゃあね、最初は仇討ちだと息巻いていたから、ちょっと利用させてもらったけど、こうもあっさりと改心されちゃあ、もはや用済み。勘違いしないでね。あくまでもキミの意志が用済みってハナシ」

 ジョーカーが指を鳴らすと、コクピットの足下から幾本ものケーブルが、あたかも生物のようにうねりながらオトギの脚を伝って這い上がってきた。

「な、何を!?」
 まとわりつかれ、逃れようにも、あまりにも数が多すぎて、もはや脱出は叶わない。

 ケーブルの先端部が、次々とオトギの体中に接続…というよりも突き刺さってゆく。

「ぃぃッ!やぁぁあッ!!」
 妲己の騎体と直結してゆくのが感覚で伝わる。

 そして、意識が遠のいてゆくなか、ジョーカーの声が遠くから聞えてくる。

「これで君とボクは一心同体だ。それと訂正を入れるね。さっき君は用無しだといったけれど、もう一つだけ利用価値を見出したんだ。喜んでくれると嬉しいな」

 遠退く意識の中、最後に目に映ったのはジョーカーの屈託のない笑顔だった。



「クレハさん!オトギさんの悲鳴が!」
 タツローが振り返りクレハに訴えた。

 が、即座に顔面に足の裏が乗せられた。

「んな事わかってるわ!!それよりも、ジョーカーの最後の言葉が気になるわね。アイツ、オトギちゃんに何をさせるつもりなの?」
 考えている間も与えぬほどに、何度もキャサリンが剣撃を繰り出してきている。

 だが、防御ビットでことごとく、これを防御。

 さらにダナが援護に入ってくれたおかげで、妲己の動向を注視できる。

 妲己に動きが!

「何なの?アレ!」
 妲己の胸部から何かケーブルがわさわさと伸び出てきた。

 まるでイソギンチャクのような物体が妲己の胸部に現れた。

「ジョーカー!アイツ…」
 あまりの卑劣さに、クレハは反吐が出る思いをした。

 ケーブル群の中央から、意識を奪われたオトギの上半身が現れたのだ。

「どうだいキミたち。これでもボクを倒せるかい?」
 それは、卑劣極まりない人間の盾。
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