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[29]そして独り

-314-:ええ!望むところよ!

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 妲己の騎体が自分たちへと手を伸ばす様を見て、クレハはほくそ笑んでいた。

 散々他人様に汗をかかせてくれた小娘のオイタも、これでようやくお開きとなる…。

「タツローくん…」
 妲己の手がさらに空へと向けて伸ばされる。

「そんな血に塗れた手を、彼が握ってくれるとでも思うのかい?」
 ジョーカーの囁きに、妲己の手が止まる。

「今更だと思うけど、オトギ。キミはすでに人殺しなんだよ。ひ・と・ご・ろ・し。なんだよ」
 オトギの見開いた目は、コクピット内の天井へと向けられる。

「ひ・と・ご・ろ・し」
 耳元で囁く声に、オトギは咄嗟に声の方へと向いた。

 すると、盤上戦騎ディザスターへと姿を変えたはずのジョーカーが、隣にいるではないか。

「どうして貴女が!?」
 驚くオトギの唇に、ジョーカーは唇を重ねて、文字通り口を塞いだ。

「んっ!んん」
 頬に手を添えられてしまえば、顔を背けてジョーカーの唇から逃れる事も叶わない。

 ジョーカーの身体を押しのけようと、彼女の胸に手を宛てた瞬間、ジョーカーの手が内腿へと伸ばされた。

 思わず防御のために、内腿へと伸ばされた手を、両手で必死に押し戻す。




 妲己の騎体の両腕が、さきほどから力なく下されている。

「オトギさん、どうしちゃったんでしょうね?」
 呼びかけても反応を示さないオトギが心配になってきた。

「まぁ、今まで散々他人様をおちょくるようなマネをしてきたんだから、ちょっと気が引けているんでしょうよ。そのうち何か言ってくるんじゃないの?」
 この際、戸惑っているとは言わせない。

 悩んで悩んで悩みまくってもらうのも、罰の一環として受けてもらいましょう。

「試しに一発撃ってみようか?」
 超小型マイクロミサイルの1発や2発で妲己を完全破壊できるとは思ってはいないが、それでも直接攻撃しか発想は無いんか!?草間・涼馬の発想は端的に思えてならない。


 それにしても。

 妲己が動かなくなってから、1分が過ぎようとしている…。




「むはぁーッ」
 ようやくジョーカーの唇から解放されて、オトギは大きく口で息をした。

「んー最高ッ!やっぱり人殺しの味は格別だね」
 ジョーカーはオトギの唇を堪能した。

「よくもこんな時にキスだなんて!それに、何度も何度も人殺しなんて言わないで!」
 キッとジョーカーを睨み付ける。

 そんな視線など屁とも思わないジョーカーは一瞥を上空の2騎にくれてやる。

「だって事実じゃないか。廃病院での君のあられもない姿を知っているだけで神楽・いおりを殺しちゃったくせに。それに、いつもイチャイチャしているところを見せつけられて、憂さ晴らしに鈴木・くれはを殺害しようしたけど、誤って高砂・飛遊午を殺しちゃったんだよね?」
 告げて、オトギの瞳の中を覗き込む。




「何の事を言っているんだ?鈴木さん」
 突然オープン回線で届いた通信に、リョーマは困惑した。

「私たち、いつもそんなにイチャイチャしていた??」
 発信はもとより、イオリの事さえも、頭の片隅にも置いていない。

「ま、まぁ…。傍から見ていると、仲良く見えていましたよ」
 答えるタツローの声を遮って。「高砂・飛遊午の恋人じゃないのか!?キミは!?」リョーマの驚きと勘違いは心底嬉しいけれど、今はそれどころじゃないような…。

 何か、肝心な事を忘れていないか?



 ジョーカーはなおも続ける。

「あんな恥ずかしい姿を見られたら、誰でも殺したくなるよねぇ。だって、大勢の男たちに全身隈なく弄ばれてしまったんだから。あんな姿、大好きなタツローくんには見せられないよねぇ。しかも、最後は自分から求めるようなマネまでしちゃってさぁ」

 オトギは両手で耳を塞いだ。だけど、ジョーカーの声を遮る事などできなかった。

「しかも、画像データまでイオリに握られていたんだから。彼女、本当に君にとって『生きていてはいけない人間』だったよね」
 思い出したくもない事実を突き付けられてしまい。オトギはとうとうその場にうずくまってしまった。

「も、もう・・やめて…」
 泣きじゃくり懇願するオトギを、ジョーカーは笑みを宿した眼差しで見下ろしている。


「画像データ?ああ、そういえば、あのイジメ女がビデオを持っていたっけ。そんなモノがある事自体、全然気づかなかったわ」
 はたと、オトギは目を開いた。

 この声は!

「“生きていてはいけない人間”とか言われちゃったけど、そういう意味だったのね。納得」

「ば、バカな!?お前は死んだはずだ!オトギに殺されたはずだ!」
 ジョーカーでさえ驚いている。

「馬鹿はお前だ。ジョーカー。死んだ人間が口を聞くかよ」
 相変わらず御口の悪いお方だこと。ココミは魔導書を通じて会話をしている神楽・いおりに対して、ただただ苦笑いを送るだけ。

「どういう事?ジョーカー。彼女、画像データの事を知らないと」
 オトギは顔を上げて動揺しているジョーカーを見やった。

「あ、あの女のデマカセに決まっているさ!君を惑わせようとしているのさ」
 声を一際大きくしたり、目線を外したり、これは嘘をついている者の仕種だ。

「しょ、証拠が無くても、彼女はオトギの恥ずかしい姿を見ているんだよ。生きていちゃダメなんだよ。いいのかい?彼女の口からタツローに本当の事が知れ渡っても」
 もはや、この魔者は信じるに値しない。むしろ怒りさえ覚える。


 バンッとイオリは魔導書に向かって真正面に立った。どういうつもりか、両手を腰に当てて。

「御陵・御伽!人を殺めた後ろめたさがあるのなら、私の事は気にしないで!その代わり、戻ってきたら顔が倍になるまで往復ビンタをお見舞いしてあげる!」

 もう盤上戦騎に乗っている理由など、何もない。

 このまま大人しくクレハたちに倒されれば全てを終わらせる事ができる。

 オトギは全ての憎しみから解放された。

「ええ!望むところよ!」
 告げて、オトギはジョーカーを睨み付けた。

「ふふふ。それでこそ御陵・御伽。キミの憎悪は僕にとって大好物なのさ」

 なのに、ジョーカーは不敵な笑いを浮かべる。
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