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[28]白の中の者たち

-313-:私自身が、お爺様を修羅に変えていたのですね

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 一番タカサゴの近くで彼の戦いぶりを見ていたベルタに聞きたい。

「ベルタは戦っているタカサゴを見てどう思った?」
 話の流れを理解しているはずなのに、当のベルタは「えーと、あーと」を繰り返すだけ。

 ええい!まどろっこしい!

「貴女の意見を聞きたいのよ!」
 思わず強い口調に出てしまう。

「彼は戦闘において、とても冷静な方でした。常に頭を巡らせながら戦いに臨んでいたと思います」
 今更説明するまでもなく、ベルタの騎体構成は過ぎるほど近接戦に振り切った極端なものだ。

 到底勢いだけで乗り切れるはずもなく、常に頭をフル回転させておかないと、すぐさまゲームオーバーになりかねない、シューティングゲームの自機のような存在だ。

「ま、まあ、死ぬ気で頭を使わないと、あれだけ傾いた戦局をひっくり返すのは無理だもんね」
 破壊衝動に駆られている暇なんて無かったのだろう。

 ついでに言えば、彼は“仮契約”の身だし、例外といえば例外の存在。

「お金が絡むと、人が変わったように鬼攻撃をしていましたね」
 
「ははは…はぁ」
 苦笑いの後溜め息と、ベルタの見解と一致。

 とにかく高砂・飛遊午という男は、お金の無駄遣いを極端に嫌う。

 では……。

 問題はこの男だ。

 クレハはタツローのつむじを眺めながら考えた。

 自他認める気弱な性格。加えて競争心に乏しく、男子バスケ部では唯一のベンチ外メンバー。

 試合では、外様のヒューゴがバスケットコートに立つというのに。

 悔しくないのかねぇ…。

 情けない男とは思いたくも無いが、もうちょっと向上心を持って欲しい。

(コイツ…何を考えて生きているのやら)

 思い返せばタツローは、常に他人の事に目を向けているように感じられる。

 心配は要らないと言っているのに、夜道は危ないとボディーガードを始めるわ、カムロに斬り付けられた時でさえ、真っ先に他人の心配をしていた。

 “人を想いやれる気持ち”を持っていたら、盤上戦騎の持つ魔性に取り込まれないのかもしれない。

 私利私欲、もしくは快楽のためにアンデスィデに臨む者は意図も簡単に魔性に取り込まれてしまうのでは?

 最初から思い返してみよう。

 骸骨亡者スケルトンのキャサリンのマスターであるヒデヨシは、街を守るために味方騎の飢屍ゾンビのソネを攻撃していた。

 アイツは考えが至らない性格でも、正気を保っていたと思う。

 深海霊シーゴーストのカムロのマスターだったマサノリは…あの男は結局カムロに対するエロい事で頭がいっぱいだったので取り込まれる事も無く。

 木乃伊マミーのアルルカンの元マスターだったマサムネこと真島・導火は…包帯を担当していたんだっけ。彼は今でも何を考えているのかサッパリ分からないので放っておこう。

 他人に気持ちが向いていれば魔性に取り込まれないのだと結論付けた。

 モニターに映るダナを見やる。

 草間・涼馬は…エロいメイドのダナとヨロシクやっているので、魔性に取り込まれる心配は無いだろう。

 と、なると。

 御陵・御伽は殺害された祖父の復讐のためにジョーカーと手を結んだと言っていたが。

 今の彼女を見る限り、ものの見事に魔性に取り込まれているじゃないか。

 これだな。クレハはニヤリと笑った。

「ねえオトギちゃん。貴女の目的を教えてちょうだい」
 オトギに向けて通信を送った。

「目的?」
 訊き返してから数十秒、彼女は何も答えない。

 そして、ようやく。

「お爺様の命を奪った連中を皆殺しにするために、今回のアンデスィデに応じたのよ」
 当初の目的を話してくれた。

 だけど、どうして即答できなかった?

 強い願いであるならば、即答できたはず。

 なのに、どうして答えを導き出すのに、そんなに時間を要したのか?

「オトギちゃん。実のところ、お爺様の事なんて、どうでもいいんじゃない?」
 
 クレハはこの局面で、相手が逆上しかねない言葉を放った。

 それは、彼女が大切にしている心の拠り所を蔑ろにするような発言だった。

「クレハ先輩…今、何て…」
 案の定、オトギの声は怒りのあまり、唸るように低くなっている。

 クレハは、そんな脅しには屈したりはしない。

「貴女は、口ではお爺様の仇討ちだと言っていても、その実は、単なる憂さ晴らしがしたいだけ。貴女自身も理解しているのよ!仇討ちを果たしてもお爺様が喜ばないどころか、死者は何も思わないってコトを!」
 ビシッと地上の妲己に人差し指を向けながら言い放った。

「いくらクレハ先輩でも、死者を愚弄するような発言は許さないわ!」
 妲己が怒りに打ち震えているのが解る。

「愚弄も何も、事実じゃない!死者が口を聞いたなんて話、ニュースとかで聞いた事無いわ。あっ、そうそうイタコは持ち出さないでよね」
 二人の会話に、タツローはあたふたするだけで何も口を挟もうとはしない。いや、できないでいた。

「亡くなった人は何も伝えられないのが事実なのよ。オトギちゃん。仇討ちをお爺様が望んでいると思うのは、貴女が、貴女の中で造り上げたお爺様がそう望んでいると思い込んでいるから。亡くなった方に、自身の考えを押し付けるのは止めてあげて」
 これが、クレハやヒューゴが、『仇討ちは無意味』と言った本当の意味だった。

「そ、それは…」
 もはや何も言い返せずにいる。

 思い込みによって、尊敬する祖父の人格そのものを書き換えてしまっていた愚行に、今更ながら気付いた。


 死者は何も思わない。


 ドライ過ぎると言われればそれまでだが、彼らの考えは非常に現実的だった。

「本当にお爺様の事を想うのなら、こんな馬鹿げた戦いは止めよう」
 コントラストが妲己に向けて手を差し伸べた。

「私自身が、お爺様を修羅に変えていたのですね」
 妲己の騎体が差し伸べられた手を取るように、手を伸ばした姿を目の当たりにすると。


 チョロイわ。


 開かぬ城門は、中から開けさせれば被害は出ねぇ。

 奸計さえも難なくこなす。

 それが“鈴木・くれは”という女。

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