303 / 351
[26]闇を貪る者
-294-:かけがえのない大切な人を失えば、私の気持ちを解ってくれるはずです
しおりを挟む
オトギの表情が、とたんに険しくなった。
「大好きだったお爺様の無念を晴らしたいとか何とか言っても、結局はただの憂さ晴らしなんだよねぇ」
わざとらしく肩をすくめて言ってみせる。
とはいえ、正直故人を持ち出すのは忍びない。
今のオトギは、最強の駒、女王のマスターに成り上がり、少し図に乗っているように見受けられる。
さらに、彼女の復讐心は、前回のアンデスィデで飽き足らないのは明白。
次のアンデスィデで、確実に東欧へと向かうだろうと想像に難しくない。
こうなれば、お爺様の仇討ちなどそっちのけで、不必要に戦場を拡大し、ついでに自然災害さながら甚大な被害をもたらすであろう。
まだ復讐心に囚われている今だからこそ、彼女を止められるというもの。
「クレハ先輩も、タツローくんと同じく“復讐なんて意味が無い”と仰いたいのですね。復讐しても、殺された祖父は喜ばないとも」
まあ、そう言われてしまえば、テンプレ的発言である事には否定しようがない。
そんなもので、彼女の怒りや悲しみが収まるのなら苦労はしない。
同情はすれども、同感はできない。
高砂・飛遊午は、そういった面倒臭い状況を生み出さないためにも、必死になって“不殺に徹してきたのだから。
オトギの双肩が、怒りに打ち震えているのが見て取れる。
「だったら!クレハ先輩を失った飛遊午さんは、私を憎まずにいられるでしょうか?」
とか言いつつ、オトギは射法八節の“打ち起し”を飛ばして、“引き分け”(弓を押し、弦を引いて、両拳を左右に開く動作。弓を引く動作のこと)に入っている。
そんなオトギの動作にばかり気を取られてしまい、彼女の問いを今頃になって理解した。
クレハは我が耳を疑った。
「い、今、何て?」
ワンテンポ遅れての訊き返し。
だけど、オトギは答えを告げる事はせずに、ただ無言のまま引いた弓をクレハへと向けた。
マ、マジかぁ!!?
まさかの展開!
「みんな、大切な人を失っていないから、そんな軽い気持ちで“復讐はいけない事”だと言えるのです。私みたいに、大切な人を失えば、誰でも奪った相手を憎み、殺してやりたい衝動に駆られるはずです」
オトギの言っている事は、理解できる。
理屈は合っている。確かに合っている。
だけど、それは相手に弓を引いて言う事なのか?
今のオトギに抱く感情はただひとつ。
“おっかねぇーッ!!”
しかも、彼女が対象としているのは、高砂・飛遊午。
だったら、私と会話をする必要なんて、これっぽっちも無いじゃない!!
「わ、私をこ、殺しても・・タカサゴは悲しまないと思う・・な」
我が身可愛さに、内心嬉しく思うも否定して見せたが、オトギが番える矢じりの先は、未だクレハに向けられたまま。
「私たち、お話をしに来たんだよね?」
眼中に無いとしても、とにかく矢を下げさせて、話し合いに持ち込みたい。
そんな命惜しさに、あたふたする姿を見やり、オトギはクスリと笑った。
「クレハ先輩。可愛い」
テメェーッ!ふざけてんのか!?
言いたい気持ちは山々。だけど、矢を向けられている以上、大人しくしている他ない。
正直、このお嬢様が“闇落ち”しようが知った事ではないが、盤上戦騎で暴れまくられたら、迷惑でしょうがない。
「タツローくんもきっと、かけがえのない大切な人を失えば、私の気持ちを解ってくれるはずです」
その言葉を耳にしたとたん、クレハの眼は大きく見開かれた。
御手洗・達郎の大切な人?…。
「オトギちゃん…まさか、トラちゃんを!?トラちゃんに何かしたの?」
クレハの問いに、オトギは「ふふっ」と笑い返して。
「タツローくんのお姉様、階段を上り切ったところを小突いて差し上げたら、背中から階段から落ちて。ふふふ。落ちてゆく彼女の顔、絶望するというのは、ああいう表情なのですね」
聞けば聞くほどに腸が煮えくり返るようだ。しかも、そんな悪行を、よくも笑って話せるものだ。
「アンタ…一体、何を考えているのよぅ…。そんな事をしたら、タツローくんが悲しむだけでしょうがッ!!」
感情的な姿を見せようが、絶対的優位は崩れないと自信を見せて、オトギは笑みを見せたまま表情を崩さない。
「悲しむだけではありませんよ。クレハ先輩。タツローくんはきっと私を憎むでしょうね。私を殺したいほどに。ふふふ」
ますます彼女の考えている事が解らない。理解に苦しむ。
「人は誰でも、大切なものを奪われたら、奪ったものを憎むもの。大切なものが、“かけがえのない”ものなら、なおさら。その憎悪は強くなる」
ただの、とんでもない八つ当たりではないか。
「今頃、彼、どんな顔をしているのでしょうね?」
問われても、タツローの悲しむ顔しか思い浮かばない。
「後で彼に報告してあげましょう。お姉さまに手を下したのは、私だと」
それでもタツローの悲しむ顔しか思い浮かばない。
御手洗・達郎は決して人を憎んだりはしない。
それは、彼がヘタレだからではない。
深海霊のカムロから、理不尽な暴力を受けた時でさえ、彼は相手を憎む事はしなかった。仕返ししてやりたいなどとは、一言も言わなかった。
むしろ理由を考え、同じ立場にある自分を真っ先に心配してくれた。
彼は、そういう人間なのだ。
例えオトギが、姉を殺した人物であろうと、決して復讐しようなどとは思わないだろうし、罵倒すらしない。
御陵・御伽を心から愛しているからではない。むしろ逆だ。
最愛の姉を手に掛けるような相手を、彼は絶対に愛したりなどしない。
軽蔑はすれども、暴力に走る事もしない。
付き合いは短いけれど、アンデスィデという、共に命の綱渡りをした間柄なので、良く解る。
「オトギちゃん。貴女がどんなにタカサゴやタツローくんたちから大切な人を奪おうとも、あの二人は決してオトギちゃんを殺したいとは思わないよ」
雄弁に語ろうとも、オトギの表情は見下したような笑みのまま。
「ふふふ。結果を見ない貴女には、分からない事ですよ」
キリキリと弦を弾く音が射場に鳴り響く。
「大好きだったお爺様の無念を晴らしたいとか何とか言っても、結局はただの憂さ晴らしなんだよねぇ」
わざとらしく肩をすくめて言ってみせる。
とはいえ、正直故人を持ち出すのは忍びない。
今のオトギは、最強の駒、女王のマスターに成り上がり、少し図に乗っているように見受けられる。
さらに、彼女の復讐心は、前回のアンデスィデで飽き足らないのは明白。
次のアンデスィデで、確実に東欧へと向かうだろうと想像に難しくない。
こうなれば、お爺様の仇討ちなどそっちのけで、不必要に戦場を拡大し、ついでに自然災害さながら甚大な被害をもたらすであろう。
まだ復讐心に囚われている今だからこそ、彼女を止められるというもの。
「クレハ先輩も、タツローくんと同じく“復讐なんて意味が無い”と仰いたいのですね。復讐しても、殺された祖父は喜ばないとも」
まあ、そう言われてしまえば、テンプレ的発言である事には否定しようがない。
そんなもので、彼女の怒りや悲しみが収まるのなら苦労はしない。
同情はすれども、同感はできない。
高砂・飛遊午は、そういった面倒臭い状況を生み出さないためにも、必死になって“不殺に徹してきたのだから。
オトギの双肩が、怒りに打ち震えているのが見て取れる。
「だったら!クレハ先輩を失った飛遊午さんは、私を憎まずにいられるでしょうか?」
とか言いつつ、オトギは射法八節の“打ち起し”を飛ばして、“引き分け”(弓を押し、弦を引いて、両拳を左右に開く動作。弓を引く動作のこと)に入っている。
そんなオトギの動作にばかり気を取られてしまい、彼女の問いを今頃になって理解した。
クレハは我が耳を疑った。
「い、今、何て?」
ワンテンポ遅れての訊き返し。
だけど、オトギは答えを告げる事はせずに、ただ無言のまま引いた弓をクレハへと向けた。
マ、マジかぁ!!?
まさかの展開!
「みんな、大切な人を失っていないから、そんな軽い気持ちで“復讐はいけない事”だと言えるのです。私みたいに、大切な人を失えば、誰でも奪った相手を憎み、殺してやりたい衝動に駆られるはずです」
オトギの言っている事は、理解できる。
理屈は合っている。確かに合っている。
だけど、それは相手に弓を引いて言う事なのか?
今のオトギに抱く感情はただひとつ。
“おっかねぇーッ!!”
しかも、彼女が対象としているのは、高砂・飛遊午。
だったら、私と会話をする必要なんて、これっぽっちも無いじゃない!!
「わ、私をこ、殺しても・・タカサゴは悲しまないと思う・・な」
我が身可愛さに、内心嬉しく思うも否定して見せたが、オトギが番える矢じりの先は、未だクレハに向けられたまま。
「私たち、お話をしに来たんだよね?」
眼中に無いとしても、とにかく矢を下げさせて、話し合いに持ち込みたい。
そんな命惜しさに、あたふたする姿を見やり、オトギはクスリと笑った。
「クレハ先輩。可愛い」
テメェーッ!ふざけてんのか!?
言いたい気持ちは山々。だけど、矢を向けられている以上、大人しくしている他ない。
正直、このお嬢様が“闇落ち”しようが知った事ではないが、盤上戦騎で暴れまくられたら、迷惑でしょうがない。
「タツローくんもきっと、かけがえのない大切な人を失えば、私の気持ちを解ってくれるはずです」
その言葉を耳にしたとたん、クレハの眼は大きく見開かれた。
御手洗・達郎の大切な人?…。
「オトギちゃん…まさか、トラちゃんを!?トラちゃんに何かしたの?」
クレハの問いに、オトギは「ふふっ」と笑い返して。
「タツローくんのお姉様、階段を上り切ったところを小突いて差し上げたら、背中から階段から落ちて。ふふふ。落ちてゆく彼女の顔、絶望するというのは、ああいう表情なのですね」
聞けば聞くほどに腸が煮えくり返るようだ。しかも、そんな悪行を、よくも笑って話せるものだ。
「アンタ…一体、何を考えているのよぅ…。そんな事をしたら、タツローくんが悲しむだけでしょうがッ!!」
感情的な姿を見せようが、絶対的優位は崩れないと自信を見せて、オトギは笑みを見せたまま表情を崩さない。
「悲しむだけではありませんよ。クレハ先輩。タツローくんはきっと私を憎むでしょうね。私を殺したいほどに。ふふふ」
ますます彼女の考えている事が解らない。理解に苦しむ。
「人は誰でも、大切なものを奪われたら、奪ったものを憎むもの。大切なものが、“かけがえのない”ものなら、なおさら。その憎悪は強くなる」
ただの、とんでもない八つ当たりではないか。
「今頃、彼、どんな顔をしているのでしょうね?」
問われても、タツローの悲しむ顔しか思い浮かばない。
「後で彼に報告してあげましょう。お姉さまに手を下したのは、私だと」
それでもタツローの悲しむ顔しか思い浮かばない。
御手洗・達郎は決して人を憎んだりはしない。
それは、彼がヘタレだからではない。
深海霊のカムロから、理不尽な暴力を受けた時でさえ、彼は相手を憎む事はしなかった。仕返ししてやりたいなどとは、一言も言わなかった。
むしろ理由を考え、同じ立場にある自分を真っ先に心配してくれた。
彼は、そういう人間なのだ。
例えオトギが、姉を殺した人物であろうと、決して復讐しようなどとは思わないだろうし、罵倒すらしない。
御陵・御伽を心から愛しているからではない。むしろ逆だ。
最愛の姉を手に掛けるような相手を、彼は絶対に愛したりなどしない。
軽蔑はすれども、暴力に走る事もしない。
付き合いは短いけれど、アンデスィデという、共に命の綱渡りをした間柄なので、良く解る。
「オトギちゃん。貴女がどんなにタカサゴやタツローくんたちから大切な人を奪おうとも、あの二人は決してオトギちゃんを殺したいとは思わないよ」
雄弁に語ろうとも、オトギの表情は見下したような笑みのまま。
「ふふふ。結果を見ない貴女には、分からない事ですよ」
キリキリと弦を弾く音が射場に鳴り響く。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
【完結済み】VRゲームで遊んでいたら、謎の微笑み冒険者に捕獲されましたがイロイロおかしいです。<長編>
BBやっこ
SF
会社に、VRゲーム休があってゲームをしていた私。
自身の店でエンチャント付き魔道具の売れ行きもなかなか好調で。なかなか充実しているゲームライフ。
招待イベで魔術士として、冒険者の仕事を受けていた。『ミッションは王族を守れ』
同僚も招待され、大規模なイベントとなっていた。ランダムで配置された場所で敵を倒すお仕事だったのだが?
電脳神、カプセル。精神を異世界へ送るって映画の話ですか?!
最期の晩餐
ジャック
SF
死刑囚が望んだのはハンバーガーと珈琲。
死刑囚が、最期に望むメニューを看守に語る話。
この国は、凄まじいディストピアで、ゴミのポイ捨てなどという軽微な犯罪でも処刑されてしまう。
看守は、死刑囚を哀れに思いつつも、助ける方法を持たなかった。
死刑囚は、看守に向かって一方的に生い立ち、何故あえて罪を犯したのかをベラベラと語る。
彼女が最期に望んだのはありふれたハンバーガーと珈琲だった。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
錬金術師と銀髪の狂戦士
ろんど087
SF
連邦科学局を退所した若き天才科学者タイト。
「錬金術師」の異名をかれが、旅の護衛を依頼した傭兵は可愛らしい銀髪、ナイスバディの少女。
しかし彼女は「銀髪の狂戦士」の異名を持つ腕利きの傭兵……のはずなのだが……。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
未来世界に戦争する為に召喚されました
あさぼらけex
SF
西暦9980年、人類は地球を飛び出し宇宙に勢力圏を広めていた。
人類は三つの陣営に別れて、何かにつけて争っていた。
死人が出ない戦争が可能となったためである。
しかし、そのシステムを使う事が出来るのは、魂の波長が合った者だけだった。
その者はこの時代には存在しなかったため、過去の時代から召喚する事になった。
…なんでこんなシステム作ったんだろ?
な疑問はさておいて、この時代に召喚されて、こなす任務の数々。
そして騒動に巻き込まれていく。
何故主人公はこの時代に召喚されたのか?
その謎は最後に明らかになるかも?
第一章 宇宙召喚編
未来世界に魂を召喚された主人公が、宇宙空間を戦闘機で飛び回るお話です。
掲げられた目標に対して、提示される課題をクリアして、
最終的には答え合わせのように目標をクリアします。
ストレスの無い予定調和は、暇潰しに最適デス!
(´・ω・)
第二章 惑星ファンタジー迷走編 40話から
とある惑星での任務。
行方不明の仲間を探して、ファンタジーなジャンルに迷走してまいます。
千年の時を超えたミステリーに、全俺が涙する!
(´・ω・)
第三章 異次元からの侵略者 80話から
また舞台を宇宙に戻して、未知なる侵略者と戦うお話し。
そのつもりが、停戦状態の戦線の調査だけで、終わりました。
前章のファンタジー路線を、若干引きずりました。
(´・ω・)
第四章 地球へ 167話くらいから
さて、この時代の地球は、どうなっているのでしょう?
この物語の中心になる基地は、月と同じ大きさの宇宙ステーションです。
その先10億光年は何もない、そんな場所に位置してます。
つまり、銀河団を遠く離れてます。
なぜ、その様な場所に基地を構えたのか?
地球には何があるのか?
ついにその謎が解き明かされる!
はるかな時空を超えた感動を、見逃すな!
(´・ω・)
主人公が作者の思い通りに動いてくれないので、三章の途中から、好き勝手させてみました。
作者本人も、書いてみなければ分からない、そんな作品に仕上がりました。
ヽ(´▽`)/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる