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[26]闇を貪る者
-294-:かけがえのない大切な人を失えば、私の気持ちを解ってくれるはずです
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オトギの表情が、とたんに険しくなった。
「大好きだったお爺様の無念を晴らしたいとか何とか言っても、結局はただの憂さ晴らしなんだよねぇ」
わざとらしく肩をすくめて言ってみせる。
とはいえ、正直故人を持ち出すのは忍びない。
今のオトギは、最強の駒、女王のマスターに成り上がり、少し図に乗っているように見受けられる。
さらに、彼女の復讐心は、前回のアンデスィデで飽き足らないのは明白。
次のアンデスィデで、確実に東欧へと向かうだろうと想像に難しくない。
こうなれば、お爺様の仇討ちなどそっちのけで、不必要に戦場を拡大し、ついでに自然災害さながら甚大な被害をもたらすであろう。
まだ復讐心に囚われている今だからこそ、彼女を止められるというもの。
「クレハ先輩も、タツローくんと同じく“復讐なんて意味が無い”と仰いたいのですね。復讐しても、殺された祖父は喜ばないとも」
まあ、そう言われてしまえば、テンプレ的発言である事には否定しようがない。
そんなもので、彼女の怒りや悲しみが収まるのなら苦労はしない。
同情はすれども、同感はできない。
高砂・飛遊午は、そういった面倒臭い状況を生み出さないためにも、必死になって“不殺に徹してきたのだから。
オトギの双肩が、怒りに打ち震えているのが見て取れる。
「だったら!クレハ先輩を失った飛遊午さんは、私を憎まずにいられるでしょうか?」
とか言いつつ、オトギは射法八節の“打ち起し”を飛ばして、“引き分け”(弓を押し、弦を引いて、両拳を左右に開く動作。弓を引く動作のこと)に入っている。
そんなオトギの動作にばかり気を取られてしまい、彼女の問いを今頃になって理解した。
クレハは我が耳を疑った。
「い、今、何て?」
ワンテンポ遅れての訊き返し。
だけど、オトギは答えを告げる事はせずに、ただ無言のまま引いた弓をクレハへと向けた。
マ、マジかぁ!!?
まさかの展開!
「みんな、大切な人を失っていないから、そんな軽い気持ちで“復讐はいけない事”だと言えるのです。私みたいに、大切な人を失えば、誰でも奪った相手を憎み、殺してやりたい衝動に駆られるはずです」
オトギの言っている事は、理解できる。
理屈は合っている。確かに合っている。
だけど、それは相手に弓を引いて言う事なのか?
今のオトギに抱く感情はただひとつ。
“おっかねぇーッ!!”
しかも、彼女が対象としているのは、高砂・飛遊午。
だったら、私と会話をする必要なんて、これっぽっちも無いじゃない!!
「わ、私をこ、殺しても・・タカサゴは悲しまないと思う・・な」
我が身可愛さに、内心嬉しく思うも否定して見せたが、オトギが番える矢じりの先は、未だクレハに向けられたまま。
「私たち、お話をしに来たんだよね?」
眼中に無いとしても、とにかく矢を下げさせて、話し合いに持ち込みたい。
そんな命惜しさに、あたふたする姿を見やり、オトギはクスリと笑った。
「クレハ先輩。可愛い」
テメェーッ!ふざけてんのか!?
言いたい気持ちは山々。だけど、矢を向けられている以上、大人しくしている他ない。
正直、このお嬢様が“闇落ち”しようが知った事ではないが、盤上戦騎で暴れまくられたら、迷惑でしょうがない。
「タツローくんもきっと、かけがえのない大切な人を失えば、私の気持ちを解ってくれるはずです」
その言葉を耳にしたとたん、クレハの眼は大きく見開かれた。
御手洗・達郎の大切な人?…。
「オトギちゃん…まさか、トラちゃんを!?トラちゃんに何かしたの?」
クレハの問いに、オトギは「ふふっ」と笑い返して。
「タツローくんのお姉様、階段を上り切ったところを小突いて差し上げたら、背中から階段から落ちて。ふふふ。落ちてゆく彼女の顔、絶望するというのは、ああいう表情なのですね」
聞けば聞くほどに腸が煮えくり返るようだ。しかも、そんな悪行を、よくも笑って話せるものだ。
「アンタ…一体、何を考えているのよぅ…。そんな事をしたら、タツローくんが悲しむだけでしょうがッ!!」
感情的な姿を見せようが、絶対的優位は崩れないと自信を見せて、オトギは笑みを見せたまま表情を崩さない。
「悲しむだけではありませんよ。クレハ先輩。タツローくんはきっと私を憎むでしょうね。私を殺したいほどに。ふふふ」
ますます彼女の考えている事が解らない。理解に苦しむ。
「人は誰でも、大切なものを奪われたら、奪ったものを憎むもの。大切なものが、“かけがえのない”ものなら、なおさら。その憎悪は強くなる」
ただの、とんでもない八つ当たりではないか。
「今頃、彼、どんな顔をしているのでしょうね?」
問われても、タツローの悲しむ顔しか思い浮かばない。
「後で彼に報告してあげましょう。お姉さまに手を下したのは、私だと」
それでもタツローの悲しむ顔しか思い浮かばない。
御手洗・達郎は決して人を憎んだりはしない。
それは、彼がヘタレだからではない。
深海霊のカムロから、理不尽な暴力を受けた時でさえ、彼は相手を憎む事はしなかった。仕返ししてやりたいなどとは、一言も言わなかった。
むしろ理由を考え、同じ立場にある自分を真っ先に心配してくれた。
彼は、そういう人間なのだ。
例えオトギが、姉を殺した人物であろうと、決して復讐しようなどとは思わないだろうし、罵倒すらしない。
御陵・御伽を心から愛しているからではない。むしろ逆だ。
最愛の姉を手に掛けるような相手を、彼は絶対に愛したりなどしない。
軽蔑はすれども、暴力に走る事もしない。
付き合いは短いけれど、アンデスィデという、共に命の綱渡りをした間柄なので、良く解る。
「オトギちゃん。貴女がどんなにタカサゴやタツローくんたちから大切な人を奪おうとも、あの二人は決してオトギちゃんを殺したいとは思わないよ」
雄弁に語ろうとも、オトギの表情は見下したような笑みのまま。
「ふふふ。結果を見ない貴女には、分からない事ですよ」
キリキリと弦を弾く音が射場に鳴り響く。
「大好きだったお爺様の無念を晴らしたいとか何とか言っても、結局はただの憂さ晴らしなんだよねぇ」
わざとらしく肩をすくめて言ってみせる。
とはいえ、正直故人を持ち出すのは忍びない。
今のオトギは、最強の駒、女王のマスターに成り上がり、少し図に乗っているように見受けられる。
さらに、彼女の復讐心は、前回のアンデスィデで飽き足らないのは明白。
次のアンデスィデで、確実に東欧へと向かうだろうと想像に難しくない。
こうなれば、お爺様の仇討ちなどそっちのけで、不必要に戦場を拡大し、ついでに自然災害さながら甚大な被害をもたらすであろう。
まだ復讐心に囚われている今だからこそ、彼女を止められるというもの。
「クレハ先輩も、タツローくんと同じく“復讐なんて意味が無い”と仰いたいのですね。復讐しても、殺された祖父は喜ばないとも」
まあ、そう言われてしまえば、テンプレ的発言である事には否定しようがない。
そんなもので、彼女の怒りや悲しみが収まるのなら苦労はしない。
同情はすれども、同感はできない。
高砂・飛遊午は、そういった面倒臭い状況を生み出さないためにも、必死になって“不殺に徹してきたのだから。
オトギの双肩が、怒りに打ち震えているのが見て取れる。
「だったら!クレハ先輩を失った飛遊午さんは、私を憎まずにいられるでしょうか?」
とか言いつつ、オトギは射法八節の“打ち起し”を飛ばして、“引き分け”(弓を押し、弦を引いて、両拳を左右に開く動作。弓を引く動作のこと)に入っている。
そんなオトギの動作にばかり気を取られてしまい、彼女の問いを今頃になって理解した。
クレハは我が耳を疑った。
「い、今、何て?」
ワンテンポ遅れての訊き返し。
だけど、オトギは答えを告げる事はせずに、ただ無言のまま引いた弓をクレハへと向けた。
マ、マジかぁ!!?
まさかの展開!
「みんな、大切な人を失っていないから、そんな軽い気持ちで“復讐はいけない事”だと言えるのです。私みたいに、大切な人を失えば、誰でも奪った相手を憎み、殺してやりたい衝動に駆られるはずです」
オトギの言っている事は、理解できる。
理屈は合っている。確かに合っている。
だけど、それは相手に弓を引いて言う事なのか?
今のオトギに抱く感情はただひとつ。
“おっかねぇーッ!!”
しかも、彼女が対象としているのは、高砂・飛遊午。
だったら、私と会話をする必要なんて、これっぽっちも無いじゃない!!
「わ、私をこ、殺しても・・タカサゴは悲しまないと思う・・な」
我が身可愛さに、内心嬉しく思うも否定して見せたが、オトギが番える矢じりの先は、未だクレハに向けられたまま。
「私たち、お話をしに来たんだよね?」
眼中に無いとしても、とにかく矢を下げさせて、話し合いに持ち込みたい。
そんな命惜しさに、あたふたする姿を見やり、オトギはクスリと笑った。
「クレハ先輩。可愛い」
テメェーッ!ふざけてんのか!?
言いたい気持ちは山々。だけど、矢を向けられている以上、大人しくしている他ない。
正直、このお嬢様が“闇落ち”しようが知った事ではないが、盤上戦騎で暴れまくられたら、迷惑でしょうがない。
「タツローくんもきっと、かけがえのない大切な人を失えば、私の気持ちを解ってくれるはずです」
その言葉を耳にしたとたん、クレハの眼は大きく見開かれた。
御手洗・達郎の大切な人?…。
「オトギちゃん…まさか、トラちゃんを!?トラちゃんに何かしたの?」
クレハの問いに、オトギは「ふふっ」と笑い返して。
「タツローくんのお姉様、階段を上り切ったところを小突いて差し上げたら、背中から階段から落ちて。ふふふ。落ちてゆく彼女の顔、絶望するというのは、ああいう表情なのですね」
聞けば聞くほどに腸が煮えくり返るようだ。しかも、そんな悪行を、よくも笑って話せるものだ。
「アンタ…一体、何を考えているのよぅ…。そんな事をしたら、タツローくんが悲しむだけでしょうがッ!!」
感情的な姿を見せようが、絶対的優位は崩れないと自信を見せて、オトギは笑みを見せたまま表情を崩さない。
「悲しむだけではありませんよ。クレハ先輩。タツローくんはきっと私を憎むでしょうね。私を殺したいほどに。ふふふ」
ますます彼女の考えている事が解らない。理解に苦しむ。
「人は誰でも、大切なものを奪われたら、奪ったものを憎むもの。大切なものが、“かけがえのない”ものなら、なおさら。その憎悪は強くなる」
ただの、とんでもない八つ当たりではないか。
「今頃、彼、どんな顔をしているのでしょうね?」
問われても、タツローの悲しむ顔しか思い浮かばない。
「後で彼に報告してあげましょう。お姉さまに手を下したのは、私だと」
それでもタツローの悲しむ顔しか思い浮かばない。
御手洗・達郎は決して人を憎んだりはしない。
それは、彼がヘタレだからではない。
深海霊のカムロから、理不尽な暴力を受けた時でさえ、彼は相手を憎む事はしなかった。仕返ししてやりたいなどとは、一言も言わなかった。
むしろ理由を考え、同じ立場にある自分を真っ先に心配してくれた。
彼は、そういう人間なのだ。
例えオトギが、姉を殺した人物であろうと、決して復讐しようなどとは思わないだろうし、罵倒すらしない。
御陵・御伽を心から愛しているからではない。むしろ逆だ。
最愛の姉を手に掛けるような相手を、彼は絶対に愛したりなどしない。
軽蔑はすれども、暴力に走る事もしない。
付き合いは短いけれど、アンデスィデという、共に命の綱渡りをした間柄なので、良く解る。
「オトギちゃん。貴女がどんなにタカサゴやタツローくんたちから大切な人を奪おうとも、あの二人は決してオトギちゃんを殺したいとは思わないよ」
雄弁に語ろうとも、オトギの表情は見下したような笑みのまま。
「ふふふ。結果を見ない貴女には、分からない事ですよ」
キリキリと弦を弾く音が射場に鳴り響く。
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