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[26]闇を貪る者

-293-:折角なので、この際じっくりと話し合いましょう。クレハ先輩

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 それは驚愕の出来事。

 アンデスィデの翌日の事であった。

 御陵・御伽が、普通に登校しているのを目の当たりにしたクレハは、言葉を失った。

 恐るべし、御陵・御伽。

 昨日、殺人を犯しておきながら、しれっと何事も無かったような顔をして、普段の生活を送っていることに、驚かざるを得なかった。

 事情を知らされていないキョウコやシンジュはさて置いて。

 とにかくクレハはヒューゴとタツローとで相談する事にした。

「早速だけどタツローくん。イオリちゃんは、やっぱり来てなかった?」
 ココミの報告が信じられないという訳でもないが、あのふてぶてしい“神楽・いおり”が大人しく殺されるようなタマではないと信じたい一心もあった。

 なので、事前に、タツローに教室まで確認しに行ってもらっていた。

「1年B組に行ってきましたが、彼女の席は空席でしたよ」
 タツローの報告。

「いやいや、そうじゃなくてさ。彼女が亡くなったとか聞きたいワケよ。クラスメートには確認取ったの?」
 知りたいのは出欠ではなく生死の確認だ。

 視覚的にも、机にお花が飾ってあるとかあるでしょう?

「訊ける訳が無いでしょう。男子の僕が彼女について訊ねるなんて、変に勘ぐられるのがオチですよ」
 何をしょうもない事を気にしているのか?まったく使えないヤツだ。

「曲がり曲がってオトギさんの耳に、僕がイオリさんを心配しているなんて伝わったら、彼女にどんな目で見られるか、心配で」
 それを取り越し苦労と言うのだよ。

 話を聞く二人は、同時に溜め息を漏らした。

 とはいえ、今のオトギなら、逆上してタツローを殺害しないとも限らない。

 結果を出せない男ではあるが、これ以上彼に探偵の真似事をさせない方が身のためだ。


 本人が学校に来ている事だし、クレハは直接オトギと話をする事に決めた。


  ―放課後ー


「オトギちゃん、良い?」
 迎えの車に乗り込もうとするオトギに声を掛けた。

「何の用でしょう?クレハ先輩」
 訊ねつつも、その目は険しさを宿していた。

 素直に話を聞く様子は無さそうだけど、とにかく話し合いたい。

「ちょっと、いいかな?」
 オトギは頷く事はしなっかったが、運転手に言伝をして、学校から出て行ってもらった。

 クレハは、走り去る車を見送ると。

「そんなに時間は取らないんだけど…」
 手早く済ませるつもりでいたのに。

「折角なので、この際じっくりと話し合いましょう。クレハ先輩」
 笑みを浮かべるオトギ。

 まさか、彼女の方からも話があるのか?何故か背筋の凍る思いをするクレハであった。

 オトギに連れられてやってきたのは、弓道場の射場であった。

「ここなら誰にも邪魔されませんよ」
 確かに部活は休止中ではあるが、誰かに聞かれて困るのなら、こんな開けた場所でなくても構わないのに。

 それに、オトギが弓立てから弓を手に取っているのも気になる。

「気晴らしに、矢を射りませんか?」
 誘いつつも、オトギの手にはすでに矢が握られていた。

 的も配していない的場に向かって、オトギは射法八節の“足踏み”に入っていた。とはいえ、すでに射位に入っている。

「あのね、オトギちゃん。悪いんだけど、弓を置いてくれないかな」
 気晴らしも良いけど、キチンと向き合って話がしたい。

 だけど、オトギは足踏みを終えて“胴造り”へと入ってしまっている。

「どうして神楽・いおりを殺害したのか?それを訊きたいのでしょう?」
 図らずも、訊ねたい事を、向こうから直球で訊ねてきた。

 でも、話には手順というものがある。

 それも訊きたい事だけれど、どうしても先に言っておきたい事がある。

 言っておきたいというよりも、今更であるけれど、どうしても謝っておきたい。


「確かにそれもあるけど、この間、タツローくんとのデートを尾行していた事を謝りたくて」

「ああ、どういうつもりだったか存知上げませんが、あの後、皆さん揃って帰られたので、話が途中で終わってしまいましたね」
 あの後、クレハ、ヒューゴ、タツローの3人はすごすごと帰ってしまった。

 それぞれがバツの悪そうな顔をして。

「あぁ、う、うん。大切なデートだったのに、ゴメンね」

「気にしていませんよ。別に。存分に楽しんだ後でしたので」
 そう言ってくれると、有難い。少しは気が楽になった。

 これで、この話はお終い。

 では、本題に入ろう。

「じゃあ、本題に入るね。本題と言っても、イオリちゃんの件とは別の話だけど、良い?」


 話の内容が、想定していたものとは異なることに、オトギは弓の下端を左膝頭に置き、弓を正面に据えた状態で、一旦手を止めてくれた。

「ええ。構いませんが」
 承諾を得て、クレハは話を始めた。

「どうして今回の共闘アンデスィデに参戦したの?クレイモアに仕返しが出来るから?それともお爺様の仇を討てるから?」
 訊ねた。

「どちらも同じ意味合いとしか受け取れませんが、実のところ、それもあったと思います。ですが、本当の理由は、これ以上、余所の魔導書グリモワールチェスに、この国で好き勝手をして欲しくなかったからです。その証拠に、私は彼らの誰一人とて殺害はしていません」
 面倒くさい答えが返ってきた。

 仇討ちをほのめかしておきながら、否定も忘れない。

 これでは、分からないと黙秘を続けているのと何ら変わらない。

「うそ」
 そっちがその気なら、真正面から否定して、突破口を切り開いてやろう。

「嘘?私が嘘を申しているとでも?」
 案の定、白を切るつもりだ。

「オトギちゃん。貴女はクレイモアを倒さなかったんじゃなくて、倒せなかったんじゃないの?妲己の妨害を受けて。山羊みたいな盤上戦騎ディザスターと戦っていた貴女の声のトーン。とても楽しそうだった」
 録画画像を見た自分なりの見解を、オトギにぶつけてみた。

 それでもオトギは、なおも素知らぬ顔を貫いている。

「言い掛かりですわ。クレハ先輩。あの時は、少し興奮していただけで、楽しかった訳ではありません」
 ムムム。これじゃあ、らちが明かねぇ…。

 話の組み立てとしてはムチャクチャではあるが、彼女の目を覚ますには、全てをスッ飛ばして本題に入るしかない。

「復讐を果たしてスッキリした?お爺様は、それで喜んでくれたと思う?」
 まったく会話になっていないのは、重々承知の上。だけど、効果はあった。

「何ですって…?」
 オトギの声のトーンが急に低くなった。
 
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