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[24]白い闇、黒き陽光

-270-:邪魔をしないで!

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 それにしても遅すぎるぞ!

 侵入者の存在をライクへと報告しに向かっただけなのに、一向に戻って来ないノブナガに対してケイジロウは業を煮やした。

 侵入者など元々いない。あれはジェレミーアにロボの手下を消してもらったに過ぎない。

 頭の切れるノブナガの事だ。

 騒ぎ立てする事もせずに、ミュッセの手下の悪魔たちに警戒を厚くさせるよう進言をしに向かったのだろうが、何をそんなに手間取るのか?

「子供の使いでも、もっと早く戻ってくるだろうが!」
 苛立ちを露わにする。

 だが。

 キョウコは我が手の中にある。

 ケイジロウはニヤリと笑うと、キョウコの胸に手を這わせた。すると、キョウコが身をよじって逃れようとする。

 いいねぇ。

 もう少し弄んでやるとするか。

 乳房の柔らかさと弾力を堪能する。

 ドレスの上からだけでなく、直に触れてやりたい衝動に駆られるが、それはノブナガが来てからのお楽しみとして取っておこう。

 悔しさと怒りを露わにキョウコが睨んでいる。

 最高だぜ。

 そうやって今にも洩れ出そうな喘ぎ声を抑えておきな。

「良い目だぜ、キョウコ」
 キョウコの瞳に映る自身に陶酔する。

「気安く呼ばないで!」
 気の強い女は大好きだ。もっとも、その気の強い女性を屈服させるのが至上の悦びとなるが。

「殺してやる…」
 罵りながらも、一方で乳房を弄ばれている彼女の姿を目の前に、ケイジロウはもう興奮を抑えられそうにない。

 鼻息が荒くなってくる。

「口が聞ける内に叫び声の一つでも上げていれば、誰かが来てくれたかもしれないのによぉ。馬鹿な女だぜ」
 ケイジロウの一言に、キョウコは自身の失態を呪った。が、それすら彼が張った罠のひとつと気づくと、悔しさに唇を噛んだ。

 大声を上げて人が来てくれたとしても、この体勢だと、この男と濃厚なキスを交わしていると思われてしまう。

 そもそも、それがケイジロウの狙いであり、彼が見せつけたい相手は明智・信長なのだ。


 カチャ。


 ドアの開く音と共に、キョウコの目は大きく見開かれた。

 とうとう彼が来てしまった…。

 こんな姿を彼に見られてしまったら、こんな男との痴態をさらしてしまうなんて…。

「遅かったじゃねぇか、ノブナガ」
 勝ち誇ったように、ケイジロウがドアへと向いた。だが。

「誰だ?お前」
 それはケイジロウが知らない少女の姿だった。

「これまた失礼。いやぁ、人がいるなんて微塵も思わなかったもので。夜風に当たったら、少しはお酒の酔いも醒めるかなと思ったんだけど」
 申し訳なさそうに頭を掻きながら、何やら呂律の回らない舌で言い訳をしている。

 キョウコからは死角となってはいるが、少女の声から、彼女が鈴木・くれはなのは確認できた。

「おやおや先客がいるじゃないか」
 もうひとり庭園へとやってきたのは、高砂・飛遊午だ。

 この二人なら…。

 この二人なら、きっと助けになってくれるに違いない。

 そんな、淡い期待を抱いた。

 だけど、どういう訳か、二人ともお酒に酔っている様子。こんな時に何をやっているのだろうか?お酒は二十歳になってからと法律に定められているというのに。

 エヘラエヘラと笑いながら、ヒューゴが立てた親指を向けてキョウコたちを眺めている。

 体もグニャグニャで、相当酔っている。

「邪魔をしないで!」
 夜の庭園に叱咤が飛んだ。

 キョウコの目はさらに大きく見開かれた。

(い、今のは私の声じゃない!)
 否定しようとした矢先、何かが首を絞めつけ始め、その力は徐々に強さを増していた。

 もはや声を上げることすらできなくなってしまった。

 先手を打たれてしまった。

 ジェレミーアが声を真似て二人を遠ざけようとしているのだ。

 このままでは二人が庭園からいなくなってしまう。


 それだけではない。

 悲鳴すら上げられないこの状況で、首を絞めつけているのがジェレミーアの長い舌だと気付いてしまい、おぞましさのあまり体が硬直してしまう。

「あ、ぁぁ」
 そして、苦しさのあまり、ついに唇が開いてしまった。

 その隙を逃さず、ケイジロウが唇を重ね、舌をねじ込んできた。

 とうとう牙城を崩されてしまったキョウコの目には、悲しさのあまり涙が滲み出てきた。

 一方のケイジロウは、勝ち誇った笑みを浮かべた。

(濃厚なディープキスの出来上がりだぜ)

 さらに、キョウコの両腕を、ジェレミーアに引き寄せさせて、まるで彼女がキスをせがんでいるように見せかける事にも成功!

 キョウコは俺様のものだぁーッ!!完全掌握に心でガッツポーズ。

 ただひとつ。

 ギャラリーがノブナガでないのが残念でならないが。


 トンッ!


 何かがキョウコの背後に落下した。

 猫が飛び下りるような小さな着地音。

「なるほど。声真似は敵をあざむくには持って来いの能力ですね」
 女性の声。

「誰だ!」
 ケイジロウが顔を上げた。

 すると、空色のポニーテールを揺らす赤いドレスをまとった少女が、キョウコの腕を掴んでいる見えないはずのジェレミーアの腕を掴んでいるではないか!

「貴様ぁ!ベルタ!!」
 悲しみと絶望に光を失っていたキョウコの瞳に、再び光が宿った。


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