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[19]悪魔の王

-201-:お見事でしたよ

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 倒れ伏すガンマの体が光の粒へと変わりつつある。

 ベルタに受けた斬撃が致命傷となったのだろう。彼女が息絶えるのは時間の問題だ。

「お前たちは下がって良い」
 ココミの言葉に、ベルタ、コールブランドの両名はそれぞれ一歩退いて道を開けた。

 ココミがガンマの前で片膝を着く。

「お前たちの目的は、私とミュッセ・ペンドラゴンの会見の阻止。違いますか?」
 訊ねるも、ガンマは無言のまま。

 それは意図してか、それとも、もはや虫の息で話すことが困難なのか?

 それでもココミは続ける。

「恐るべきはお前たちのその情報力。私たちが落ち合う場所を特定して、先手を打ってくるとは、天晴としか言い様がありません」
 告げてココミは、焦点を失い虚ろな目をしているガンマの頬に、そっと手を添えた。

「お見事でしたよ」
 称賛を受けるガンマの体が光の粒となって消えて行く。

 ココミがゆっくりと立ち上がると、ダナへと向き、そして。

「ベルタ、ダナ。この方たちは私たちが責任を持って道場へとお連れ致します。お前たちは己が主を命に代えても護り通せ!」
 ココミの命を受けて二人は、お辞儀をすると俊足を発揮して道場へと戻って行った。


 ◇  ◇  ◇  ◇  


 ボウリングのストライクを決めたかの如く、クィックフォワードの突破力は追跡者を勢いよく弾き飛ばした。

 飛ばされた追跡者は空中で数回回転すると、マントを広げて羽ばたき、空中停止してしまった。

 またしても人間離れした芸当を披露して見せた追跡者に、ミサキは我が目を疑う。

「やはり、この体は重いな」
 追跡者は呟くと、ドスンッ!垂直に落下、その体は地面に叩きつけられた。

 突然目の前で起こった惨劇に、ミサキは思わず「キャッ!」悲鳴を上げて両手で顔を覆ってしまった。

 ミサキは恐る恐る指の隙間からクィックフォワードの姿を捉える。と、彼は上空を見つめたまま。

 釣られるようにして、ミサキは彼が向く方へと視線を移す。

 そこには。

 背中から生えた白い羽根を羽ばたかせる、ほとんど防御力を期待できない軽装甲冑をまとった、痩せ細った長身の男性の姿があった。

 彼の姿が天使と言えば天使なのだが、いかんせん、その痩せ具合が気になってしまう。

 男性がゆっくりと着地して、背中の羽根を折り畳むと消えて無くなってしまった。

「生憎私は飛び道具なるものを持ち合わせていないものでね。飛んでいてもしょうがないんだよ」
 ご丁寧に着地した理由を告げてくれる。

「私は突風翼竜ガストドレイクのクィックフォワード」
 礼儀正しく、クィックフォワードが名乗ると。

「自己紹介、おそれ入る。私の名はシータ。8番目のシータ。可笑しなものでね、この体で動くのは初めてなんだよ。なので、お手柔らかに頼む」

「そうさせてもらう!」
 告げるなり、クィックフォワードは、いきなりランタンシールドに備え付けられた剣でシータの首を狙う。

 だが。

 体を横に90度曲げて、これを回避。後ろへと引いた足を勢いよく前へと出してクィックフォワードを蹴り飛ばした。

 ミサキは、またしても我が目を疑った。

 タコ踊りを見せられているのか?そのしなやかで柔軟なシータの動きに、思わず鳥肌が立つ。

「な、何なのそいつ!?」
 訊ねるも、ふたりとは随分と距離が離れている。しかし、二人の交わす会話は、ミサキの地獄耳に十分届いていた。

 シータの両手に魔方陣が展開!すると、彼の手にはそれぞれショーテルが握られていた。

 まるで三日月を彷彿とさせるショーテルの刃。

 それを両手に携えるシータの風貌から、ミサキは思わず“カマキリ”を連想してしまう。

 しかも、ゴム人間ラバーメン。悪い冗談だ。

 立て続けに繰り出される、両手のショーテルによる斬撃。

 しかも。

 ランタンシールドの盾で防御しようものなら、ショーテルの特徴とも言える三日月型の刃が、盾を超えてクィックフォワード本体を斬り付けようとする。
 こうなれば、下がるしかない。

 ならば!こちらも。

 クィックフォワードは右手に籠手剣パタを装備。

 お互いに二刀流!さらに激しい剣撃が繰り出される。

 時代劇大好きなミサキにとって、それは見たことも無い、手に汗握るチャンバラシーン。


 双方揃って大きく後方へと跳んだ。

 クィックフォワードはパタを引いて構える。それは高速突撃の構えに入ったのだとミサキは直観した。

 一方のシータは。

 彼が相手との距離を離した理由は、おそらく休憩を取るためと思われた、その矢先。

 右手を頭上で大きく回転させている。

 何の意図があってか、ショーテルを振り回して何のメリットがある?と。

 クィックフォワードが踏み出した瞬間、シータの右腕がギューンと伸びて、さらに!通り越したクィックフォワードの首を後ろから狙って、今度は収縮を始めた。

「名付けて、ギロチン・オブ・ホライズン!」
 シータの自信たっぷりな宣言に、ミサキは思わず「アホだ…」呟いた。

 彼のネーミングセンスがバカ正直だからではない。

 クィックフォワードの脚は、もっともっと速くなる。いっその事、音速を超えてしまえ。

 予感は的中。クィックフォワードの後方に真っ白い輪が広がる。彼が音速の壁を突き破った瞬間だ。

 ミサキの眼に映ったのは。

 クィックフォワードの音速突撃を受けて、シータが爆散し、その肉片が鮮血の雨と共に空から舞い落ちてくる光景だった。

 後から、爆発音が耳をつんざく。

 まさに瞬殺。そして、戦いの場となった方々の瓦は吹き飛び、まるで嵐か竜巻が過ぎ去った後のよう。

「これ、どうするの?」
 歩いて戻ってきたクィックフォワードに訊ねた。

 体から蒸気を立たせながら、クィックフォワードが告げた。

「また気象庁の予測が外れて、竜巻の被害がでてしまっただけだ。気に病む事は無い」
 知らぬ存ぜぬを押し通すつもりだ。

 だけど。

 飛び散ったはずのシータの肉片や、瓦にこびりつく血だまりが、光の粒となって消えゆくのを目の当たりにすると、“あっしには関わりの無い事にゴザイマス”を貫き通す方が無難と判断。

 それに、ヒューゴたちの方が気になるので道場に戻る事に決めた。

「戻りましょう。高砂くんたちのところへ」
 告げて、クィックフォワードの首に手を回す。

 当のクィックフォワードは驚いた表情を見せて、「何のつもりだ?」訊ねてくる始末。

「さっきみたいに抱き抱えて送ってよ。それとも、ご主人様に走らせるつもり?」
 すっかりご主人様気取りのミサキであった。
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