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[18]女王の掌の上で

-176-:行けッ!早く!

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「御陵さん!」
 引き返そうとするタツローの手を引いて走り出した。

 だけど、一瞬引き戻される手。

「いいから来るの!早く!」
 急き立てて、再び彼の手を引いて走り出す。


 中では、オトギを取り囲んでいた連中に、リーダー女子が。
「あいつら人を呼ぶ気だよ!さっさと捕まえてきて!早く!」

 指示され、ようやく男たちはクレハを追いかけ始めた。

「人に見られたら、その先どうなるか考え付かないのかねぇ。ったく」
 追いかけて行った男たちの無能さに呆れると、オトギへと向き直った。

「まぁ、いいわ。一人は女だったみたいだし、そのうち捕まってここへ連れて来られるだろうよ」
 再びオトギの前でしゃがみ込むと。

「それと、男の方は御手洗・寅美の弟じゃね?せっかくだからさぁ。二人には観客になってもらおうよ」
 提案に全く反応を示さないオトギの頬を軽く叩いて視線を自身に向けさせる。

「じゃあ、それで決まりね。とりあえず」
 リーダー女子はたくし上げられたオトギのスカートを叩くようにして元に戻すと、スカートの中へと手を忍び込ませた。

 そして、ショーツをひざ下までズリ下げてしまった。

「これで逃げられないっと」
 パンパンと手を叩いて作業完了。

「縛られた女の子が、こんな格好で外へ出たら、みんなどう思うかねぇ」
 下卑た笑みでオトギを見下ろし楽しんでいた。

 悔しさのあまり睨み付けるも、返ってリーダー女子の加虐心を煽るに過ぎない。


 一方。


 追っ手に追われる中、クレハは、手を引いていたはずのタツローに、いつのまにか手を引かれて走っていた。


「早く!クレハさん!」
 脚の速さに、これほどまで差があるとは。

 クレハはタツローの手を振り解くと、たちまち立ち止まってしまった。

「何をしているんです。クレハさん!」
 タツローも足を止める。

「何が何でも人を呼んでくる事が大事なの!あなた一人の方が早くここから脱出できるでしょ」

「な、何を言っているんです!?クレハさん!」
 寄ろうとするタツローに、怒鳴るように「行けッ!早く!」命令する。

 ためらいながらも、再び走り出すタツロー。

 そんな彼の背を見届けると、溜め息ひとつ。辺りを見回した…。


 あった!!


 病院施設という普通以上に火器厳禁な場所に相応しく、ちょっと大きめの消火器が。

 期限切れだったのか?備品の多くは売り払われているのに、消火器は未だ設置されていた。

 コイツで。クレハは手に取ると。

 オラァ!と声を上げて追っ手が迫る中、クレハは消火器を手にしたままその場で回転を始めた。


 1回、2回とハンマー投げの要領で回って、そして窓へと目がけてブゥン!消火器を投げつけた。

 窓が激しく音を立てて割れれば、通行人の誰かが気づいて警察を呼んでくれる。

 誰か、気付いて!願いを込めて。


 ガァン。



 勢い付けて投げつけた消火器は窓に当たったものの、割れる事無く跳ね返されてしまった。

「ウソ!?」
 ゴロゴロと転がる消火器(結構大きめ)と窓との間を、視線を行ったり来たりさせながら、なおも驚く。

 いくら非力な人間であっても、消火器の重さや硬さがあれば、病院の窓くらい難なく突き破れるはず。

 なのに、跳ね返されてしまった。

「この窓、対爆発テロ用フィルムでも貼ってあるの」
 そこは素直に“防弾ガラス”という発想には至らない。

 追っ手がすでに間近へと迫っている!

 えぇい!と転がる消火器を男たちの方へと蹴って進路妨害するも、ヒョイといとも簡単に飛び越えられてしまった。

 挙句、手を掴まれて。

 すかさず引っ張って引き離そうとするも、逆に引き寄せられ―。

 だが、クレハは再度手を引く事はせずに、何と、男の方へと向かってゆくではないか。

 さらに、スライディング!

 男の股下へと滑り込み、見事男の背後へと回り込んだ。

 すかさず立ち上がると、手を引っ張り上げて、股下に手を伸ばした体勢にある男を宙返りさせた。

 男は背中から床に叩きつけられてダウン。しかし。

 もう一人の男の手がクレハに迫る。

「危ないッ!!」
 クレハの真横を風のように過ぎるタツロー。そして、彼は見事男にタックルをお見舞いした。

「な、何やってんのよ!?タツローくん」
 手を引いてタツローを起き上がらせる。

「だって、玄関の自動ドア、また鍵が掛かっていたんです」

「んなアホな!!」
 先程しっかりと閉めたけど、鍵なんて掛けていない。

 しかも、手で閉めただけなので、鍵が掛かるなんてゼッタイに有り得ない。

「でも、本当に鍵が―あっ」
 話している最中、バチバチと音がしたかと思うと、タツローはその場に倒れ伏してしまった。

「手間かけさせるなよな」
 その背後から、もう一人の男がスタンガンを片手に、不敵に笑う。

「きったねー」
 呟き、残る二人相手に、取り敢えず構えて見せる。

 徒手空拳には心得がある。かつて、高砂・飛遊午と同じ鶏冠井かいで道場で剣道を学んでいた。

 とはいえ、実際には“型”など一度として教えられた事はなく、いかに状況を把握して的確に周囲にあるものを利用するかを学んだに過ぎない。

 “無意識に頼らずに、常に考えを巡らせて戦え”を信条とする『鶏冠井かいで流剣道』の考えは負けイコール死。

 死にたくなければ考えろ。

 スタンガンが放つ青白い光を目の当たりにして、御陵・御伽がこれを使って拉致されたのだと悟った。

 だが、今考えるべき事は、そんな事じゃない。

 目線だけで周囲をうかがう。

 何か、スタンガンに対抗できるモノは無いか…。

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