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[8]学園に潜む“魔”
-73-:フールズ・メイト!“馬鹿詰み”よ
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“鈴木・くれは”対“猪苗代・恐子”のチェス戦が始まった。
(さてさて、どう攻めたものか?)
思案するクレハはチェス盤をじっと見つめる。
プロ棋士の父と結構強いので有名な妹を持つヒューゴの幼馴染でありながら、クレハは彼と将棋を打った事が一度も無い。
そもそもヒューゴが将棋にまるで興味を示さない。
なので、話題にすら上がった事が無い。
彼の妹の歩とも打った事が無い。彼女はクソ生意気にも2歳しか違わない事を理由に最初からクレハを対戦相手に選ばなかったのだ。
チラリとキョウコを見やる。
すでに勝ち誇った表情を見せやがって。
初心者だと甘く見ていると痛い目見るよ。こちとら駒の動かし方は頭に入っているんだから。
殺ってやるぜ!
方向違いの闘志を燃やしながらも、ここは冷静に様子見とfポーンを1マス前進。棋譜ではf3と表記される。
キョウコはすぐさまeポーンを2マス前進。同じくe5と表記。
第1手が終了。続いて第2手へ。
ちゃんと考えて打っているのか?疑問に思いつつ、まだまだ序盤と余裕を見せてgポーンを2マス前進。g4と表記。
するとキョウコは。
「チェック・メイト」宣言してクィーンを斜めにh4へと移動させた。
「チェック・メイトだとぉ!?」
まだ第2手だよ?信じられない状況にチェス盤を凝視する。白キングの前と左前方には小僧たちが。左にはお局様、右には坊主が座している。 残る空間は遠く黒クィーンが槍を構えて待ち構えている右前方のみ。
(う、動けねぇ・・・)
キングを仕留めた黒のクィーンが勝利の高笑いをするキョウコに見えてならない。
棋譜はQb4#と表記される。“#”はチェック・メイトを意味する。
「たった2手で…瞬殺じゃん・・」
ただ茫然と盤面を見つめるクレハにキョウコが嬉しそうに「フールズ・メイト!“馬鹿詰み”よ」
オイオイ、まだ追い討ちを掛けるんかい?完全敗北を喫したクレハにはもはや反論する気力さえ失われていた。
茫然とした眼差しをキョウコへと向け…る??と。
キョウコは楽しそうにクレハの目を覗き込んでいた。
「ようこそチェスの世界へ。初心者しか味わえない素敵な経験だったでしょ?」
「ステキ??」
何がそんなに嬉しいのか?初心者を弄ってそんなに楽しいのかい?
「経験を積んだら、まず引っ掛からないメイトなの。引っ掛かった時は悔しいけど、よくよく考えたら『どうしてこんな簡単な手に?』て思えて可笑しくなってくるの」
彼女の屈託ない笑顔は他人を笑い者にしている悪意に満ちたものではなく、楽しさを伝えようとする優しさに溢れるものだった。
最初は吹き出し、クスクス笑いへと。そして笑いが声になって出ていた。
キョウコの言う通りだ。何でこんな下らない手に引っ掛かったのだろう?
「猪苗代もこのフールズ・メイトで負けた事あるのか?」
盤面を見つめながら、呟くようにヒューゴが訊ねた。
「ええ。パーティーで出逢った―」「パーティー!?」「パ、パーティー!?」
2人ともパーティーと言えば家族で行うバースデーかクリスマスのパーティーしか経験が無かった。
あまりの二人の食い付きぶりにキョウコは一瞬たじろいだ。
「続けて」気を取り直してのヒューゴの声にキョウコが話を続けた。
「パーティーと言っても、政略結婚の相手を探すだけのつまらないものよ。年の離れた男性との会話なんて解らない事ばかりだし」
二人の気を逸らそうと華やかさから距離を遠ざける配慮も忘れない。
「会場で出逢った福井県の旧家のご子息の方にチェスを教えてもらったの。彼、チェスで大人の方から次々と勝ちをもぎ取っていたわ。言葉が悪いようだけど、まさにその通りだったのよ」
「ほへぇー」「はぁー」驚きのあまり、二人は感嘆するばかりで言葉が出ない。
大人を手玉に取るとは、まさにこの事だ。
「ちなみに彼、“水電子発電機”を開発した人で、教室にも設置されている“自動箸洗浄器”を開発した人でもあるのよ。とても頭の良い方よ」
あんなモノを作った人なの?
水電子発電と言う水が出涸らしの粉末状になるまで電気を吸い上げる驚異のテクノロジーを、ただお箸を洗うためだけと全力で無駄に費やすモノを作った人物だと知ると溜め息しか出ない。
「彼も私に言ったわ。『フールズ・メイトは初心者しか味わえない素敵な経験』だと」
普段の厳しさは欠片も見当たらない。今のキョウコはただの乙女だ。
「とても楽しそうじゃん?もしかしてキョウコちゃん。その男性の事、好きなの?」
配慮の欠片も無く、どストレートに訊いてしまうクレハであった。さらに。
「カッコいい人?」の問いにキョウコはすかさず頷いて見せた。
「男性なのに、とても髪が長くて凛々しい顔立ち。そして物怖じしない態度で大人たちとチェスで渡り合っていた・・もう」
胸をときめかせるキョウコに、これ以上は聞いていられないなと二人はチェス盤を元に戻し始めた。
「そう言えばフラウの姿が見当たらないな。いつも猪苗代にベッタリなのに」
「キョウコちゃん。さっき一緒に彼女と食堂へ行ったんだよね?」
「彼女なら校内を探検してくるそうよ。ロボット研究部のある他の棟へ行ったわ」
キョウコの答えに二人は「ふぅーん」と気の無い返事。
ただ、フラウが迷わず無事に帰って来れれば、それだけで良い。
(さてさて、どう攻めたものか?)
思案するクレハはチェス盤をじっと見つめる。
プロ棋士の父と結構強いので有名な妹を持つヒューゴの幼馴染でありながら、クレハは彼と将棋を打った事が一度も無い。
そもそもヒューゴが将棋にまるで興味を示さない。
なので、話題にすら上がった事が無い。
彼の妹の歩とも打った事が無い。彼女はクソ生意気にも2歳しか違わない事を理由に最初からクレハを対戦相手に選ばなかったのだ。
チラリとキョウコを見やる。
すでに勝ち誇った表情を見せやがって。
初心者だと甘く見ていると痛い目見るよ。こちとら駒の動かし方は頭に入っているんだから。
殺ってやるぜ!
方向違いの闘志を燃やしながらも、ここは冷静に様子見とfポーンを1マス前進。棋譜ではf3と表記される。
キョウコはすぐさまeポーンを2マス前進。同じくe5と表記。
第1手が終了。続いて第2手へ。
ちゃんと考えて打っているのか?疑問に思いつつ、まだまだ序盤と余裕を見せてgポーンを2マス前進。g4と表記。
するとキョウコは。
「チェック・メイト」宣言してクィーンを斜めにh4へと移動させた。
「チェック・メイトだとぉ!?」
まだ第2手だよ?信じられない状況にチェス盤を凝視する。白キングの前と左前方には小僧たちが。左にはお局様、右には坊主が座している。 残る空間は遠く黒クィーンが槍を構えて待ち構えている右前方のみ。
(う、動けねぇ・・・)
キングを仕留めた黒のクィーンが勝利の高笑いをするキョウコに見えてならない。
棋譜はQb4#と表記される。“#”はチェック・メイトを意味する。
「たった2手で…瞬殺じゃん・・」
ただ茫然と盤面を見つめるクレハにキョウコが嬉しそうに「フールズ・メイト!“馬鹿詰み”よ」
オイオイ、まだ追い討ちを掛けるんかい?完全敗北を喫したクレハにはもはや反論する気力さえ失われていた。
茫然とした眼差しをキョウコへと向け…る??と。
キョウコは楽しそうにクレハの目を覗き込んでいた。
「ようこそチェスの世界へ。初心者しか味わえない素敵な経験だったでしょ?」
「ステキ??」
何がそんなに嬉しいのか?初心者を弄ってそんなに楽しいのかい?
「経験を積んだら、まず引っ掛からないメイトなの。引っ掛かった時は悔しいけど、よくよく考えたら『どうしてこんな簡単な手に?』て思えて可笑しくなってくるの」
彼女の屈託ない笑顔は他人を笑い者にしている悪意に満ちたものではなく、楽しさを伝えようとする優しさに溢れるものだった。
最初は吹き出し、クスクス笑いへと。そして笑いが声になって出ていた。
キョウコの言う通りだ。何でこんな下らない手に引っ掛かったのだろう?
「猪苗代もこのフールズ・メイトで負けた事あるのか?」
盤面を見つめながら、呟くようにヒューゴが訊ねた。
「ええ。パーティーで出逢った―」「パーティー!?」「パ、パーティー!?」
2人ともパーティーと言えば家族で行うバースデーかクリスマスのパーティーしか経験が無かった。
あまりの二人の食い付きぶりにキョウコは一瞬たじろいだ。
「続けて」気を取り直してのヒューゴの声にキョウコが話を続けた。
「パーティーと言っても、政略結婚の相手を探すだけのつまらないものよ。年の離れた男性との会話なんて解らない事ばかりだし」
二人の気を逸らそうと華やかさから距離を遠ざける配慮も忘れない。
「会場で出逢った福井県の旧家のご子息の方にチェスを教えてもらったの。彼、チェスで大人の方から次々と勝ちをもぎ取っていたわ。言葉が悪いようだけど、まさにその通りだったのよ」
「ほへぇー」「はぁー」驚きのあまり、二人は感嘆するばかりで言葉が出ない。
大人を手玉に取るとは、まさにこの事だ。
「ちなみに彼、“水電子発電機”を開発した人で、教室にも設置されている“自動箸洗浄器”を開発した人でもあるのよ。とても頭の良い方よ」
あんなモノを作った人なの?
水電子発電と言う水が出涸らしの粉末状になるまで電気を吸い上げる驚異のテクノロジーを、ただお箸を洗うためだけと全力で無駄に費やすモノを作った人物だと知ると溜め息しか出ない。
「彼も私に言ったわ。『フールズ・メイトは初心者しか味わえない素敵な経験』だと」
普段の厳しさは欠片も見当たらない。今のキョウコはただの乙女だ。
「とても楽しそうじゃん?もしかしてキョウコちゃん。その男性の事、好きなの?」
配慮の欠片も無く、どストレートに訊いてしまうクレハであった。さらに。
「カッコいい人?」の問いにキョウコはすかさず頷いて見せた。
「男性なのに、とても髪が長くて凛々しい顔立ち。そして物怖じしない態度で大人たちとチェスで渡り合っていた・・もう」
胸をときめかせるキョウコに、これ以上は聞いていられないなと二人はチェス盤を元に戻し始めた。
「そう言えばフラウの姿が見当たらないな。いつも猪苗代にベッタリなのに」
「キョウコちゃん。さっき一緒に彼女と食堂へ行ったんだよね?」
「彼女なら校内を探検してくるそうよ。ロボット研究部のある他の棟へ行ったわ」
キョウコの答えに二人は「ふぅーん」と気の無い返事。
ただ、フラウが迷わず無事に帰って来れれば、それだけで良い。
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