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[8]学園に潜む“魔”

-64-:俺たちの他に屋上に誰かいる

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 意を決して、猪苗代・恐子いなわしろ・きょうこは目の前に立つ高砂・飛遊午たかさご・ひゅうごの胸に飛び込んだ!

 彼を男性だと意識すると、体の震えが止まらない。

 “首無しデュラハン”のジェレミーアに会って以来、自らを、やはり男性恐怖症に陥っているのだと自覚した。

 それでも目を閉じて必死に堪える。これで二人は自分が男性恐怖症に陥っていないと思ってくれるに違いない。そう信じたい。

「何やってんのよォッ!アンタ!」
 “鈴木・くれは”の放った怒号に、キョウコの背中が一瞬波打った。

 しばらくの静寂―。

 すると、周囲から微かにバタバタと物音が聞こえてきた。

「アンタァ・・、何がどういう流れでタカサゴに抱きついているのよぅ?」
 低く唸るような声でクレハが問い詰める。

「別にいいじゃない!高砂くんも、顔がこんな事になる前はクラスの女子みんな彼を狙っていたのよ。成績も良いし運動も出来るし。なのに、いつもアナタか御手洗さんが彼の傍にいたから御近付きできなかったのよ」

「あーッ!!それで、いつも私とトラちゃんに厳しく当たっていたのね!」

「聞き捨てなりませんわね!それはアナタたちが天馬の生徒に相応しくない行動を取っていたからです!公私混同は致しませんッ!」
 開き直った挙句にプイッと横を向いた。

 そんな彼女たちに。

「二人とも、言い争いを止めてくれないか」
 ヒューゴが抑えた声で仲裁に入るも。

「そこ!女の子に抱き付かれたからって鼻の下を伸ばさない!」
 クレハはヒューゴにも手厳しい。指差して指摘。さらに。

「いま、『委員長の胸柔らけ~』とか思っているでしょ!?顔に出てるぞ!」
 具体的な指摘にたじろいだ。コイツスズキはダメだ。ハナシにならん。

 そんな中、横を向いていたキョウコがヒューゴへと向いて。
「これで証明になったかしら?私!ジェレミーアに何もされていないの。本当よ」
 精一杯勇気を振り絞って訴えて見せるも、顔を赤らめたまま。一方のヒューゴは困り顔。

 初めて触れる、たわわな感触から伝わる高鳴る鼓動と微かな震え。そして時折強く目を閉じる彼女の仕種を見て彼女は“男性恐怖症”に陥っているとの結論に行き着いた。
 だからとそれが、彼女がいきなり抱きついてきた理由には繋がらない。
 それもそのはず、当のキョウコは気が動転しての行動なので、本人が理解していない行動理由を他人が理解できるはずもない。

 とにかく!今の幸せ気分は名残惜しいが。

 キョウコの両腕を掴み体から離して。
「いいから、俺の話を聞いてくれ」
 二人に訴え掛けた。でも。

「ぐるるぅぁぁ」
 もはやヒューゴの声など耳に届いておらず、クレハは怒りのあまり喧嘩を始める犬のように喉を鳴らしていた。

 だが。

 そんなクレハの目に、ふと、キョウコの後ろ姿が留まった。

 黒のシアータイツ越しに観る彼女の脚は。
 ほっそりと締まった太腿から膝裏を伝いふくらはぎへ、そして足首へと視線で辿り折り返して今度は上へと視線を向けてゆく・・。
 同性の目から見ても、その脚は見惚れてしまうほど美しい。さらにオッサン目線に切り替えると、とても色っぽくて、触れたい衝動に駆られそうだ。
(コイツ、ええ脚してるやん・・)
 クレハは思わぬカタチで冷静さを取り戻した。
「で、ハナシって何よ?」


「二人とも聞いてくれ。俺たちの他に屋上に誰かいる。っと、探している素振りを見せないでくれ」
 ヒューゴの指示に従い、二人は目線だけで周囲をうかがった。

 すると、3人の視線が向いていない方向から走る音が聞こえてきた。

 3人の視線が足音の方へと向く。そこには。

 乱れた衣服を整えながら走り去る男女生徒の姿が!出口に着くなりクレハたちと目線が合ってしまった。

「あっ!」
 驚いたキョウコが声を上げた。

「知っている顔か?」すかさずヒューゴが訊ねた。

「ええ。生徒会の人たちよ」

「あの人たち、こんな人気ひとけの無い場所でイチャイチャしてたみたいね」
 やれやれと呆れるクレハに、間髪入れずに「はしたない言動は慎んで」キョウコがたしなめた。

 逃げ去った彼らも彼らだが、向こうはヒューゴとキョウコが抱き合っている最中にクレハが乱入。修羅場と化したものと思ったに違いない。
 キョウコは顔見知りの彼らを責める気にはなれなかった。そんな事をしてしまえば特大ブーメランが返ってくる。

 でも、ひとつ気になる。

 彼らはどうやって屋上に入ったのだろう?

 またもやキョウコの頭は無駄にオーバーロードフル回転を始めた。
「あ、あの、私はちゃんと職員室で先生から屋上のカギを預かってきたわよ。だ、断じてスペアキーなんて作ったりしてないわ。神様に誓ってもいい」
 思わず視線が合ってしまったヒューゴに突然弁明を始めた。

「急に何を言っている?俺は猪苗代を疑ってなどいない。知っている顔なら、後で事情を訊けると思ってな。万が一でも彼らが魔者のマスターなら話で解決したい。でも、カギを別に作っておくのはイカンよな・・」
 言い聞かせつつ、顔を反対方向へと向ける。

「じゃあ、次はこっちだな」
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