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[6]魔者たち

-58-:まさか、コレ、血の匂いじゃないだろうな?

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 タツローは、“彼女”に抱いた印象や思春期真っ盛りの男子の好奇心は敢えて伏せて、クレハに事の経緯を語った。

「それって、通り魔じゃない!?警察には通報したの?あと家族には話したの?トラちゃんには?」
 矢継ぎ早に訊ねるも、「こんな話、きっと誰も取り合ってくれませんよ」誰にも話していないらしい。

 確かに彼の言う通りだろう。まず、女性の出で立ちからして信じ難い。しかもそれが一瞬で変化して、また元に戻るなんて。

「クレハさん!」
 いきなりのタツローの接近にクレハは退いた。「な、何よぉ」

「あのココミさんって何者なんですか?クレハさんは彼女と会って何も無かったのですか?」
 説明したい気持ちは山々なのだが、クレハも色々有り過ぎて何を話して良いのやら。
 とにかく。

「その女の警告に従っていればひとまずは安全なんだから、それに従うしかないよ」
 説明するのが面倒なのもあって、今はそれしか言ってやれない。



 明けて翌日。6月11日の朝―。

 市松市の南方に位置する黒玉門前教会(通称黒玉教会)にて。

 魔導書グリモワール“百鬼夜行”のアークマスターにして、魔者モンスターたちを従えるライク・スティール・ドラコーンは、この教会を拠点として活動している。

 元々は、かつてこの地に飛来した隕石によって被災した者たちを弔う目的で建造された教会のひとつであったが、宗教が浸透していない事もあって、今では近所に設立された黒玉工業高校(通称ジェット)の生徒たちのたまり場に成り下がっている。
 そもそも、この教会の神父を務める霜月・玲音しもつき・れおんがジェット高出身で、当時は手の付けようの無い暴れ者な上に、連夜を騒がせる暴走族のヘッドも務めていた。今は両方のOBで、後輩たちの面倒を見てやっているという具合だ。
 そんな彼が何故神父?と思われる方も、実はご近所に多々られるのだが、彼の家系がこの地に移る以前からも代々神父を務めてきたと知ると、皆渋々納得してくれた。


 8時を過ぎて教会の扉は開かれているというのに。

 身廊しんろうには敬謙な信者の姿は見当たらず。代わりに異様な出で立ちをした者達が座席(信者用の長椅子)をベッドに、ステンドグラスから洩れる彩られた朝日を浴びてそれぞれがグッスリと寝入っていた。

 霜月神父は溜息ひとつくと、自慢のリーゼントをクシで整えた。
「コイツら・・今日が日曜日だったら全員叩き出しているトコロだぜ・・はぁ・・」もう一つ溜息。
 毎週日曜日の朝には必ず礼拝がある。こんな所で寝られては迷惑でならない。そうでなくとも礼拝に訪れる信者の数は滋賀県の中でもダントツで少ないのに。

 香を焚くとするかな・・いや、いつもよりも量を増やさねば。
「どいつもコイツも、皆、サビ臭いんだよなぁ・・。まさか、コレ、血の匂いじゃないだろうな?」

 疑いを抱きつつ、魔者と呼ばれる彼らを起こさないように、静かに祭壇のある後陣アプスへと歩き出した。


  ☆ ☆ ☆ ☆


 いつもと同じ朝を迎えたというのに、クレハは少しずつ日常が壊れていく感覚に襲われていた。

 どうしても昨日のタツローの話が頭から離れない。
 彼が出会った女性は、ライクの執事ウォーフィールドを彷彿させる。
 あのような人の姿をした化け物がヤミ執事の他にもいると思うと目眩めまいがする。

 それに。

 昨日のタツローのように、ココミに協力を求められた人物が凶行とも言える手段で協力を断念させられていたのだとしたら、マスターを得た盤上戦騎ディザスターが、ベルタが初めてだったのも納得できる。
「汚ねぇけど、最も狡猾で効果的な手段だよなぁ」
 非難はすれども、策としては自陣の被害は少なくて済むし、何よりも勝手に戦場にされているこの世界の被害も比較的抑えられる。実際はどのような被害が及ぼされているのか?盤上戦騎の特性を考えると全く把握できないが…。

「とりあえずは・・ふぅ・・。誰も殺されていなきゃ良いんだけどなぁ」
 今はそう願うしかない。

 昨日は、とんだ邪魔者が現れたせいで結局急ぐハメになってしまったが、今日は余裕の登校となった。…ここ数日の騒ぎが起こる前の、あまり会話の無い寂しい登校に戻ってしまったが。

「お、おはようゴザイマスゥ」
 おどおどした表情でフラウ・ベルゲンが挨拶をしてきた。

 やはり恐れられているな・・。周りの皆は彼女を小動物のようでカワイイと評しているが、事実クレハも同感ではあるものの、恐れられている張本人としては、とても気が重い。

 猪苗代・恐子いなわしろ・きょうこが教室に入ってきた。
 皆の視線が彼女に向く。一瞬の静寂・・そして、また元の朝の騒がしさへと戻る。
 この状況に晒されてか、キョウコの表情は影を落としている。

 何?このイジメみたいな雰囲気。
 クレハのジト目が周囲を見やる。
 ここは一発、普段よりも明るくキョウコに挨拶して、この空気を吹き飛ばしてやろう。

「おっはよーゴザイマス!恐子サン!」
 フラウが先程とは打って変わって、満面の笑顔でキョウコに寄って行った。
(お前は帰宅した飼い主を出迎える子犬か?!)
 先を越された悔しさはさて置いて。

 一方のキョウコは「おはよう。フラウ」雲間から陽が射すように明るさを取り戻した。

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