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[6]魔者たち
-49-:何か御悩み事かしら?それともオトコ?
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放課後、弓道部の射場にて―。
静寂が支配する中、弓の形“会”に入った“鈴木くれは”の番える弓のキリキリと鳴る弦の音だけが微かに聞こえる。
“会”とは、その前の“引き分け”の状態で弓を引き切っているものの、的に狙いを定めている状態を差す。
彼女が今狙うは距離28メートル先の直径36㎝の星的。
“近的競技”を行っている。
本来の練習スケジュールならば、本日は60メートル先の的を狙っての“遠的競技”練習を行うところだが、クレハのクラスに転入してきたフラウ・ベルゲンが部活見学にやって来たので特別にデモンストレーション練習を行っている。
なので、顔馴染み(まだ転入当日)のクレハに実演の白羽の矢が立った。
“白羽の矢が立つ”の本来の意味は、白羽が刺さった家の子を“神への生贄に捧げる”という通達の意味を持つ。
とはいえ、この場合意味を逸脱することは決してなく、“的を外せば部の心証が地に落ちる”まこと光栄ではあるが、その実、大きな重責を担っているのだ。
フラウが両手の拳を握って“ガンバッ”のジェスチャーをするも、隣に座る部長の鳳凰院・風理がそっと手を添えて下させた。
弓道とは、礼法の競技。
礼を求められるのは選手だけにあらず、それを見届ける観客も声を発することを許されず、一部の例外を除いて、ただ穏やかに静観する競技なのである。
“離れ”!体の中心から左右に割れるように弓が放たれた。
そして“残心”。矢を放たれた後の姿勢を崩すことなく。
ところが、放たれた矢は失速して星的よりも30センチほど手前の地面に突き刺さった。
射場がどよめいた。
度重なる本来有り得ない出来事に、カザリの「いかがでしたか?」の何事も無かったかのようなフラウへの応対に射場は静まり返った。
部員たちがどよめいたのも無理もない。
“あの”鈴木・くれはが4射放って星的に1射も中てられなかったからだ。
彼女は普段の生活からは想像もできないが、去年の大会で“立”(弓道の団体戦は4人で行いチームを“立”と呼ぶ)の最後の“落”を任される程に最も安定感のある選手であった。
ちなみに今現在、落を任されているのは御陵・御伽で、クレハは出出し好調を祈っての一番手“大前”を任されている。
すべての礼法を終えて下がる中、フラウが残念がっている姿が目に入った。
表情を崩さないでも、外した本人よりも悔しがってもらっても・・と困惑した。
後は基礎練習を終えて今日の練習は終了した―。
「ご興味を抱いて頂けたら是非」
カザリの一声に部員一同がフラウに一礼した。
去り際、フラウの残した「格好は良かったデスヨ!」の応援の言葉に、まだ日本語に馴染みの薄い外国人特有の言い間違いなのだろうと感じつつ、次に同じ事を言ったら、その小柄な体を利かせてアルゼンチンバックブリーカーをお見舞いやろうと、実に外国人に対して寛大なクレハであった。
「それにしても珍しいですわね。貴女が全ての矢を外すなんて。何か御悩み事かしら?それともオトコ?」
部長のカザリの質問は“ど”が付くストレート。
ヲホホホホと上品に手で口元を隠して笑っているが、キランと光る眼鏡共々侮れない。
「い、いえ・・ちょっと緊張しただけですよ。それと申し訳ありませんでした。部に恥をかかせてしまって・・」
「いいのよ~。気にしなくても。ただの練習ですもの~。ヲホホホホ」
おっとりとした態度がまた侮れない。
部室で着替えを終えたのだが・・。
1射も中てられなかったのがショック・・という訳でも・・いやいや、アレはアレで落ち込んでいるのだけれど、今日一日ココミたちの事を一言も口に出さなかった“高砂・飛遊午”が気になって仕方なかった。
「やっぱりコレって“オトコ”の事で悩んでいる事になるのかな・・」
ふと呟いた。
部室のドアが開いて、射場の片づけと掃除を終えた1年生が入ってきた。
皆それぞれが、驚いた表情を見せるクレハに驚いた様子で返す。でも、しっかりと会釈はしてくれる。
(ミョーに気を遣わせてしまってるな)
「あ、ゴメン、ゴメン。直ぐに出ていくから。ハハハ」
苦笑いを交えつつ部室を退散・・しようとした、その時。
「クレハ先輩、よろしいですか?」
オトギが声を掛けてきた。
「え?ええ」とオトギに続いた先は、ただ部室を出ただけ。ドアを閉めたところで話し声は中にいる1年生たちに聞こえてしまう。とはいえ、場所を変えようとも言い出せずに『ヘンなハナシにならなければ』とただただ祈る。
「ナニかな~?」
恐る恐る訊ねてみる。
「先程の射場での先輩の所作、お見事でした」
深くお辞儀をするオトギにクレハは面食らった。
確かに4射全て外した相手を褒めるところはそれしかないけれど、頭を下げられるほど見事なのかねぇ?と我ながら疑問に思う。
「昨日、私が貴女を脅すような事を言ってしまったが為に、貴女の心を乱してしまった事をお詫び致します」
オトギの言葉にドアの向こうから「えぇ~?」と、どよめきが走った。
静寂が支配する中、弓の形“会”に入った“鈴木くれは”の番える弓のキリキリと鳴る弦の音だけが微かに聞こえる。
“会”とは、その前の“引き分け”の状態で弓を引き切っているものの、的に狙いを定めている状態を差す。
彼女が今狙うは距離28メートル先の直径36㎝の星的。
“近的競技”を行っている。
本来の練習スケジュールならば、本日は60メートル先の的を狙っての“遠的競技”練習を行うところだが、クレハのクラスに転入してきたフラウ・ベルゲンが部活見学にやって来たので特別にデモンストレーション練習を行っている。
なので、顔馴染み(まだ転入当日)のクレハに実演の白羽の矢が立った。
“白羽の矢が立つ”の本来の意味は、白羽が刺さった家の子を“神への生贄に捧げる”という通達の意味を持つ。
とはいえ、この場合意味を逸脱することは決してなく、“的を外せば部の心証が地に落ちる”まこと光栄ではあるが、その実、大きな重責を担っているのだ。
フラウが両手の拳を握って“ガンバッ”のジェスチャーをするも、隣に座る部長の鳳凰院・風理がそっと手を添えて下させた。
弓道とは、礼法の競技。
礼を求められるのは選手だけにあらず、それを見届ける観客も声を発することを許されず、一部の例外を除いて、ただ穏やかに静観する競技なのである。
“離れ”!体の中心から左右に割れるように弓が放たれた。
そして“残心”。矢を放たれた後の姿勢を崩すことなく。
ところが、放たれた矢は失速して星的よりも30センチほど手前の地面に突き刺さった。
射場がどよめいた。
度重なる本来有り得ない出来事に、カザリの「いかがでしたか?」の何事も無かったかのようなフラウへの応対に射場は静まり返った。
部員たちがどよめいたのも無理もない。
“あの”鈴木・くれはが4射放って星的に1射も中てられなかったからだ。
彼女は普段の生活からは想像もできないが、去年の大会で“立”(弓道の団体戦は4人で行いチームを“立”と呼ぶ)の最後の“落”を任される程に最も安定感のある選手であった。
ちなみに今現在、落を任されているのは御陵・御伽で、クレハは出出し好調を祈っての一番手“大前”を任されている。
すべての礼法を終えて下がる中、フラウが残念がっている姿が目に入った。
表情を崩さないでも、外した本人よりも悔しがってもらっても・・と困惑した。
後は基礎練習を終えて今日の練習は終了した―。
「ご興味を抱いて頂けたら是非」
カザリの一声に部員一同がフラウに一礼した。
去り際、フラウの残した「格好は良かったデスヨ!」の応援の言葉に、まだ日本語に馴染みの薄い外国人特有の言い間違いなのだろうと感じつつ、次に同じ事を言ったら、その小柄な体を利かせてアルゼンチンバックブリーカーをお見舞いやろうと、実に外国人に対して寛大なクレハであった。
「それにしても珍しいですわね。貴女が全ての矢を外すなんて。何か御悩み事かしら?それともオトコ?」
部長のカザリの質問は“ど”が付くストレート。
ヲホホホホと上品に手で口元を隠して笑っているが、キランと光る眼鏡共々侮れない。
「い、いえ・・ちょっと緊張しただけですよ。それと申し訳ありませんでした。部に恥をかかせてしまって・・」
「いいのよ~。気にしなくても。ただの練習ですもの~。ヲホホホホ」
おっとりとした態度がまた侮れない。
部室で着替えを終えたのだが・・。
1射も中てられなかったのがショック・・という訳でも・・いやいや、アレはアレで落ち込んでいるのだけれど、今日一日ココミたちの事を一言も口に出さなかった“高砂・飛遊午”が気になって仕方なかった。
「やっぱりコレって“オトコ”の事で悩んでいる事になるのかな・・」
ふと呟いた。
部室のドアが開いて、射場の片づけと掃除を終えた1年生が入ってきた。
皆それぞれが、驚いた表情を見せるクレハに驚いた様子で返す。でも、しっかりと会釈はしてくれる。
(ミョーに気を遣わせてしまってるな)
「あ、ゴメン、ゴメン。直ぐに出ていくから。ハハハ」
苦笑いを交えつつ部室を退散・・しようとした、その時。
「クレハ先輩、よろしいですか?」
オトギが声を掛けてきた。
「え?ええ」とオトギに続いた先は、ただ部室を出ただけ。ドアを閉めたところで話し声は中にいる1年生たちに聞こえてしまう。とはいえ、場所を変えようとも言い出せずに『ヘンなハナシにならなければ』とただただ祈る。
「ナニかな~?」
恐る恐る訊ねてみる。
「先程の射場での先輩の所作、お見事でした」
深くお辞儀をするオトギにクレハは面食らった。
確かに4射全て外した相手を褒めるところはそれしかないけれど、頭を下げられるほど見事なのかねぇ?と我ながら疑問に思う。
「昨日、私が貴女を脅すような事を言ってしまったが為に、貴女の心を乱してしまった事をお詫び致します」
オトギの言葉にドアの向こうから「えぇ~?」と、どよめきが走った。
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