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[2]邂逅

-19-:そんな…。私、タカサゴの人質にもならないの?

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 自販機の陰から素早く首を引っ込める。

「何や知らんケド、アイツ、人の手ェ踏みつけといて、ごっつぅ説教始めよったで。ホンマにあないな奴を引き込むつもりかいな?」
 ルーティがココミに訊ねた。

「彼ならきっと・・、彼なら、きっと私たちの力になってくれるはずです」
 ココミの、大きな本を抱きしめる手に力が込められた。

「ウチは反対やで。いくら必要霊力をクリアしとると言うても、グチャグチャに潰した手を踏みつけるなんて極道ゴクドーのする事や。アンタが良うても、他のみんなが納得せえへん」

「その点なら大丈夫ですよ。きっと」
 安心を得たかのような微笑みを向けられるも、ルーティはいささか懐疑的な眼差しを返した。

「ウチはもうちょっと人間の出来たヤツにしたほうがええと思うんやけどなぁ」
 告げると、ルーティはココミの襟をグイッと掴んで、目の前まで引き寄せた。

「アンタ!学習能力てモンが無いんか!?腕っ節強そうな連中に頼んで、今まで何言われてきた?カネ、カネ、カネて要求されて、最悪なヤツは、ウチはともかく幼児体型丸出しのアンタにまで付き合え言うてきよったドアホまでおったやないか!!それやのに、また、あないな極道なヤツに頼むつもりなんかッ!!」

「ん?」ヒューゴが声のする方へと顔を向けた。

 声の主たちは、自動販売機の陰にいるようだ。わざわざ見に行く必要もない。

 ヒューゴは再び踏みつけている男に向いた。
「お前、医者に行って、その治療費誰が払うんだよ。ダチか?それともツレか?まさか親に泣き付くんじゃねえだろうな?勝ったら武勇伝で、負けたら医者だ、救急車だ?しかも治療費は全額親持ちだぁ?」

 もはや男に、ヒューゴの説教を聞いている余裕など無かった。

 男はさらに悲鳴を上げた。
「解るか?テメェの親は、そんな下らねーことのために毎日汗水流してお金を稼いでいる訳じゃねえんだよ」

「彼を助けましょう」
 ココミはヒューゴに視線を向けたままルーティに告げた。

「アンタ正気か!アイツが悪いヤツちゃうのは判ったけど、あないなお金のことばっかりヌカしとる奴が、何の見返りも無しにウチらに手ェ貸してくれる訳あらへん!」

「大丈夫ですよ。きっと」
 ちょっとした妙案を思いついた。
「でも、アンタ。助ける言うても、あれ、もう勝負着いとるで」
「ええ。でも今から私たちがあの捕まっている女の子を助け出せば、彼に多大な恩を売ることができます」

 とはいえ、それはもはや時間との勝負だった。

 ジェットの男は、すでにヒューゴに恐れをなしている。あのままでは彼に土下座して許しを乞うのは時間の問題だ。

 ココミは焦りながらもチャンスを待つ。

 ヒューゴが、クレハたちの方へと歩み出した。
「止まれッ!!」告げながら、男はクレハの腕をさらに捻り上げた。と同時にクレハは苦悶のうめき声を上げた。
 だが、ヒューゴの足は止まらない。

(・・そんな…。私、タカサゴの人質にもならないの?)
 助けを求めて伸ばされていた手が、ゆっくりと下がっていった。

(やっぱり彼と私は、ただ斜向かいに住んでいるだけの関係なんだ・・・)
 せめて「止めろ」のひと言くらいは言って欲しかった。

 痛み以上に切なさに涙が滲み出てきた。

「お、お前、解っているのか?それ以上近づくと、この女がどうなっても知らないぞ!」

 その言葉にヒューゴの足が止まった。
「そこなんだが、お前、スズキをどうするつもりなんだ?」

「あ???」

「その何だ。両手が塞がっているのに、何をどうやって、何をどうするのか?教えてくれ」
 この状況、冷静に考えれば、もはやクレハは人質ではなかった。ただ捕まえられているだけの、男にとって手枷足枷でしかなかった。

(だからって私のことは放っておくのかよ!あーダリぃ。何とかしてこの汚ねぇ手を振り解かなきゃな)

「まあ、嫌がる女の子に体を密着させている時点で、お前には婦女暴行罪が適用されるわな。要するに痴漢だ。いくらワルで通っているジェット高でも、さすがに痴漢行為だけはかばい切れないだろうよ。カワイソーに、その若さで一生を棒に振ったな」

 心にもない憐みの言葉を浴びせられると、男は声を上げてクレハから両手を離した。
 と、クレハすかさずは男の腹に肘鉄を食らわせ「タカサゴ!―」
 っちゃって!と叫ぼうとした矢先、ヒューゴは男と離れたクレハの手を取り引き寄せると、彼女の後頭部に手を添えて男からかばうように背を向けた。
 敵をスカっとするくらいに徹底的にブチのめして欲しかったが、これはこれで幸せ気分に浸れたので、今回は良しとしよう。

 その時、真横から白い衣装をまとった少女が逃げるジェットの男に「とぉーッ!!」
 掛け声と共にとび蹴り、もとい!両足を揃えてのフライングソバットをお見舞いしている姿が目に映った。


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