1 / 26
プロローグ
しおりを挟む
見渡す限りの荒地。吹き込む風が砂を舞い上げ、侘しさをさらに醸し出す。草木も生えていない荒涼とした景色の中で、全身鎧をつけた兵士たちが転がっている。剣や槍、馬などが砂と石しかない荒地に色を添えている。
かつては、平原だった。二つの国の国境が制定されたそこは、幾度とない戦によって緑の恩恵が枯れ果て、ここ数百年は同じ景色。
粗野な笑い声が一ヵ所から上がった。不毛の大地に存在を主張する生命。一握りの兵士たちが残っていた。すべてが重装備で、肩からは赤いマントを身につけている。その中央には大鷲の紋章。
彼らの嘲笑の対象は青いマントを身につけた敵国の兵士だった。地に伏していて、足はあらぬ方向にぐにゃりと曲がっている。微かに身体が動いていることから、辛うじて息はあるようだった。
それを残存兵たちは笑いながら槍の穂先でつついたり、足で蹴飛ばしていた。執拗に敗者を痛めつける光景は常軌を逸している。出征前に自らを鼓舞するために何かを服用しているか、命を取り合う戦が彼らをおかしくしてしまっているかのどちらかだ。
そもそも、虐待に選ばれた「彼」はただの一般兵士。軍を主に構成する貴族でも何でもない。ただそこにいただけ、という理由。それだけで、殺されもせず生かされもせず、地獄の責め苦を受けている。
赤いマントの軍隊はとっくに撤退している。荒野に残ったのは、始末役として志願した者たちだ。部隊長である高位貴族は理由を察していても止めなかった。戦の勝敗が決した後は階級が下の者が何をしても些末なこと。
こうして不幸な「彼」ができあがった。
兜を剥ぎ取られ、くぐもった呻き声を上げているところに、松明の火が近づけられる。大きな悲鳴と笑い声でその場は満たされた。「おいおい、やりすぎるなよ」と言葉をかける者がいても、愉悦を言葉尻から隠しきれていない。真意は真逆だということは明らか。
「彼」は、それを最後に声を出さなかった。足がもがれた虫が脊椎運動をするように、兵士たちに痛めつけられても手足を微動させるだけ。
兜の面頬を上げた兵士たちの形相は人間のものではなかった。理性を感じさせない獰猛な野獣。獲物を取り囲んで喜びの雄叫びを上げる。薄れゆく意識の中で、「彼」は獣たちを見上げていた。
赤と青、多くの人間の血が流れた土地。大昔から同じことを繰り返してきたそこには、数え切れない怨嗟が澱んでいる。醜悪な兵士たちの振る舞いとこの戦で捧げられた魂たちでその怨嗟が膨れ上がった。どんよりと重い気配が濃厚になっていく。兵士たちは自らの行いに夢中なっている。もし、少しでも理性が残っていたなら、近隣にある薄霧の森から鳥獣の気配が消えていることに気がついただろう。
限界まで達した負のエネルギーは呆気なく弾けた。周囲に偶発的な竜巻が起こる。行き場を失ったエネルギーがすべてを巻き込んで上空へと吹き上がった。兵士たちは自然災害になす術もなく弾き飛ばされる。中心地にいるのは「彼」。一人だけ風の影響を受けずにいた。そこへ一部のエネルギーが集束していく。轟音と共に「彼」の身体が浮かんだ。
竜巻が治まった後も砂塵が霧のように舞っていた。立ち上がる人影が一つ。全身鎧がゼンマイを巻かれた人形のようにぎこちなく動き出した。
かつては、平原だった。二つの国の国境が制定されたそこは、幾度とない戦によって緑の恩恵が枯れ果て、ここ数百年は同じ景色。
粗野な笑い声が一ヵ所から上がった。不毛の大地に存在を主張する生命。一握りの兵士たちが残っていた。すべてが重装備で、肩からは赤いマントを身につけている。その中央には大鷲の紋章。
彼らの嘲笑の対象は青いマントを身につけた敵国の兵士だった。地に伏していて、足はあらぬ方向にぐにゃりと曲がっている。微かに身体が動いていることから、辛うじて息はあるようだった。
それを残存兵たちは笑いながら槍の穂先でつついたり、足で蹴飛ばしていた。執拗に敗者を痛めつける光景は常軌を逸している。出征前に自らを鼓舞するために何かを服用しているか、命を取り合う戦が彼らをおかしくしてしまっているかのどちらかだ。
そもそも、虐待に選ばれた「彼」はただの一般兵士。軍を主に構成する貴族でも何でもない。ただそこにいただけ、という理由。それだけで、殺されもせず生かされもせず、地獄の責め苦を受けている。
赤いマントの軍隊はとっくに撤退している。荒野に残ったのは、始末役として志願した者たちだ。部隊長である高位貴族は理由を察していても止めなかった。戦の勝敗が決した後は階級が下の者が何をしても些末なこと。
こうして不幸な「彼」ができあがった。
兜を剥ぎ取られ、くぐもった呻き声を上げているところに、松明の火が近づけられる。大きな悲鳴と笑い声でその場は満たされた。「おいおい、やりすぎるなよ」と言葉をかける者がいても、愉悦を言葉尻から隠しきれていない。真意は真逆だということは明らか。
「彼」は、それを最後に声を出さなかった。足がもがれた虫が脊椎運動をするように、兵士たちに痛めつけられても手足を微動させるだけ。
兜の面頬を上げた兵士たちの形相は人間のものではなかった。理性を感じさせない獰猛な野獣。獲物を取り囲んで喜びの雄叫びを上げる。薄れゆく意識の中で、「彼」は獣たちを見上げていた。
赤と青、多くの人間の血が流れた土地。大昔から同じことを繰り返してきたそこには、数え切れない怨嗟が澱んでいる。醜悪な兵士たちの振る舞いとこの戦で捧げられた魂たちでその怨嗟が膨れ上がった。どんよりと重い気配が濃厚になっていく。兵士たちは自らの行いに夢中なっている。もし、少しでも理性が残っていたなら、近隣にある薄霧の森から鳥獣の気配が消えていることに気がついただろう。
限界まで達した負のエネルギーは呆気なく弾けた。周囲に偶発的な竜巻が起こる。行き場を失ったエネルギーがすべてを巻き込んで上空へと吹き上がった。兵士たちは自然災害になす術もなく弾き飛ばされる。中心地にいるのは「彼」。一人だけ風の影響を受けずにいた。そこへ一部のエネルギーが集束していく。轟音と共に「彼」の身体が浮かんだ。
竜巻が治まった後も砂塵が霧のように舞っていた。立ち上がる人影が一つ。全身鎧がゼンマイを巻かれた人形のようにぎこちなく動き出した。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる