森の魔女と彷徨う甲冑~笑って、わたしのムーン~

犬塚ハジメ

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 見渡す限りの荒地。吹き込む風が砂を舞い上げ、侘しさをさらに醸し出す。草木も生えていない荒涼とした景色の中で、全身鎧フルプレートをつけた兵士たちが転がっている。剣や槍、馬などが砂と石しかない荒地に色を添えている。
 かつては、平原だった。二つの国の国境が制定されたそこは、幾度とない戦によって緑の恩恵が枯れ果て、ここ数百年は同じ景色。
 粗野な笑い声が一ヵ所から上がった。不毛の大地に存在を主張する生命。一握りの兵士たちが残っていた。すべてが重装備で、肩からは赤いマントを身につけている。その中央には大鷲の紋章。
 彼らの嘲笑の対象は青いマントを身につけた敵国の兵士だった。地に伏していて、足はあらぬ方向にぐにゃりと曲がっている。微かに身体が動いていることから、辛うじて息はあるようだった。
 それを残存兵たちは笑いながら槍の穂先でつついたり、足で蹴飛ばしていた。執拗に敗者を痛めつける光景は常軌を逸している。出征前に自らを鼓舞するために何かを服用しているか、命を取り合う戦が彼らをおかしくしてしまっているかのどちらかだ。
 そもそも、虐待に選ばれた「彼」はただの一般兵士。軍を主に構成する貴族でも何でもない。ただそこにいただけ、という理由。それだけで、殺されもせず生かされもせず、地獄の責め苦を受けている。
 赤いマントの軍隊はとっくに撤退している。荒野に残ったのは、始末役として志願した者たちだ。部隊長である高位貴族は理由を察していても止めなかった。戦の勝敗が決した後は階級が下の者が何をしても些末なこと。
 こうして不幸な「彼」ができあがった。
 兜を剥ぎ取られ、くぐもった呻き声を上げているところに、松明の火が近づけられる。大きな悲鳴と笑い声でその場は満たされた。「おいおい、やりすぎるなよ」と言葉をかける者がいても、愉悦を言葉尻から隠しきれていない。真意は真逆だということは明らか。
「彼」は、それを最後に声を出さなかった。足がもがれた虫が脊椎運動をするように、兵士たちに痛めつけられても手足を微動させるだけ。
 兜の面頬めんぼおを上げた兵士たちの形相は人間のものではなかった。理性を感じさせない獰猛な野獣。獲物を取り囲んで喜びの雄叫びを上げる。薄れゆく意識の中で、「彼」は獣たちを見上げていた。

 赤と青、多くの人間の血が流れた土地。大昔から同じことを繰り返してきたそこには、数え切れない怨嗟おんさが澱んでいる。醜悪な兵士たちの振る舞いとこの戦で捧げられた魂たちでその怨嗟が膨れ上がった。どんよりと重い気配が濃厚になっていく。兵士たちは自らの行いに夢中なっている。もし、少しでも理性が残っていたなら、近隣にある薄霧うすぎりの森から鳥獣の気配が消えていることに気がついただろう。
 限界まで達した負のエネルギーは呆気なく弾けた。周囲に偶発ぐうはつ的な竜巻が起こる。行き場を失ったエネルギーがすべてを巻き込んで上空へと吹き上がった。兵士たちは自然災害になす術もなく弾き飛ばされる。中心地にいるのは「彼」。一人だけ風の影響を受けずにいた。そこへ一部のエネルギーが集束していく。轟音と共に「彼」の身体が浮かんだ。
 竜巻が治まった後も砂塵が霧のように舞っていた。立ち上がる人影が一つ。全身鎧がゼンマイを巻かれた人形のようにぎこちなく動き出した。
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