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その後の話
妖精のおくりもの
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魔族の子どもたちが洞窟の一室に集まっている。獣型、竜型、虫型——多種多様な種族の者たちが仲よく団子になって目を輝かせていた。
視線の先には簡易的な料理道具がある。小さなテーブルと薪に網が敷かれただけのコンロ。その上を妖精のベルがふわふわと右へ左へ飛んでいる。
二つのボウルの中に分けられた卵の白身と黄身。ベルが手を軽く振ると小枝を曲げて作った泡立て器が素早く回転し、勢いよく白身が泡立てられていく。そこへ砂糖が宙に浮かんでさらさらと入る。液体はホイップクリームのようにもったりとした白色になっていく。ベルは物を動かすたびに手指を指揮者のように振る。
黄身の方も同じように混ぜ、牛乳を加える。白い液体が噴水のようにボウルに流れ込んだ。さらに小麦粉がさらさらと加わる。
子どもたちが優雅な様子に歓声を上げて喜んだ。
最後は白身の生地に少しずつ黄身の生地を混ぜていく。今度は素早くではなく、ヘラで練らないようにさっくりと。できあがった生地をフライパンに流し込んで準備が完了した。
「ふう」
あとは蓋をして弱火でじっくり焼くだけ。ベルは一息つくと、子どもたちに笑いかけた。
「もう少しで完成だから待っててね」
子どもたちは元気よく返事をする。
魔族の転移から一年。ベルたちは新しい生活に慣れていた。大きな力を持つものは魔力を使い、現世に干渉することができるようになりつつある。一方でここにいる子どもたちのように力のないものは、人間たちにとっては空気のような存在になっている。
人間たちに見えなくなった魔族たちの存在は空気と同じ。時折感じる魔力を天啓として受け取るようになった。
魔族たちは新しい生活になってからは穏やかに暮らしている。
ベルは退屈した子どもたちのために前世で作り方を覚えたホットケーキを振る舞おうとしていた。
本来、神族も魔族も基本的に食事を必要としない。自然からエネルギーを摂取するからだ。一方で嗜好品として飲食を楽しむことは可能だ。
だから、ベルは簡易的なキッチンを用意した。前世の幼い頃、祖母と作ったことを思い出しつつ作ることにした。材料は最近増えつつある人間からのお供えをありがたく頂戴した。膨らし粉もあれば、簡単にふっくらとした生地が作れたのだが、ないものは仕方がない。卵を黄身と白身に分けてメレンゲを作る方法で代用した。前世の記憶が役に立った。両親と暮らすようになってからはキッチンに立つことを禁止されていたから久しぶりになるが、身体が覚えていることに感謝した。
子どもたちはコンロの周りに集まり、期待に満ちた目でフライパンを見つめる。中の様子は蓋で確認できないが、想像を膨らませているようだ。以前は同じように料理をする祖母の後ろ姿をわくわくしながら見ていたことを思い出し、ベルは微笑ましくなった。
「どうかなぁ?」
わざとらしく大袈裟な口調で蓋を少しだけ魔法で持ち上げる。自分だけ中を覗き、緊張の面持ちで見守る子どもたちの注意を引く。
「うん、いい感じね」
今度は一気に蓋を全部持ち上げ、ホットケーキを見せる。湯気が立ち上がり、甘い香りが周囲に漂う。生地が少し膨らみ、丸く固まっている。表面にはふつふつと穴が開いている。
「わあ……!」
子どもたちから自然と感嘆の声が漏れる。
木製のヘラを生地の下に差し込み、接着部分を剥がす。そして、一気にひっくり返すと、綺麗な黄金色に焼けた表面が顔を出した。
また蓋をして仕上げにかかる。
「あと少しで出来上がりから、お皿を用意してくれる?」
子どもたちは元気よく返事をして木製の皿を次々と手に取り、一列に並び始めた。
ベルの予想以上にふっくらと膨らんだホットケーキができた。ナイフで放射状に切れ目を入れて八等分する。次々と差し出される皿に乗せていく。
「すぐ次焼けるからね」
ホットケーキを渡された子どもたちは満面の笑みを浮かべ、目を輝かせ、大きく香りを吸い込む。
ベルは仕上げに近くの草原で集めた花の蜜を上からとろりとかけていく。粘度の高い琥珀色がホットケーキ上でゆっくり広がり、皿まで垂れる。
子どもたちは大喜びでできたてのホットケーキを頬張り始めた。その姿が以前の幼い自分と重なり、物懐かしくて胸の中に仄かな温かさが広がる。前世では祖父母と暮らしていた過去を思い出しては寂しく思っていたので不思議だ。自然とベルの目が細まる。
側近のアカとアオにも振る舞った。アカは子どもたちと一緒になって楽しげに食べたし、アオは食べるのが勿体ないと言って供え物のように飾ろうとしていた。
ベルは一皿だけ持って賑やかな空間から抜け出す。魔法で宙にふわふわと浮かし、バランスに注意しながら道を進む。とある部屋につくと、外から中へ呼びかけた。
「ヒイロ、ちょっといい?」
すぐに黒衣をまとった男が顔を出した。切れ長の鋭い目をしている整った顔立ちの青年。人間を恐怖に陥れた元魔王だ。しかし、今の表情は柔らかい。
「どうした?」
ベルは気恥ずかしげに身体を動かし、頬を染めて言った。
「あのね、みんなでお菓子を食べてるの。ホットケーキって言うんだけど…。ヒイロもどうかなって思って」
「ベルが作ったのか?」
「うん」
考えてみれば、異性に料理を振る舞うのは初めてのことだ。バレンタインにもあげたことはない。あとからあとから羞恥心がベルの心の底から湧き上がる。
ヒイロは優しく微笑んで皿を受け取った。
「いただくことにしよう。休憩しようと思っていたところだ。茶を淹れよう。おいで」
「うん……!」
小さな妖精は満面の笑みを浮かべると、男の部屋に入っていく。
それからしばらく楽しげな笑い声が部屋から漏れていた。
視線の先には簡易的な料理道具がある。小さなテーブルと薪に網が敷かれただけのコンロ。その上を妖精のベルがふわふわと右へ左へ飛んでいる。
二つのボウルの中に分けられた卵の白身と黄身。ベルが手を軽く振ると小枝を曲げて作った泡立て器が素早く回転し、勢いよく白身が泡立てられていく。そこへ砂糖が宙に浮かんでさらさらと入る。液体はホイップクリームのようにもったりとした白色になっていく。ベルは物を動かすたびに手指を指揮者のように振る。
黄身の方も同じように混ぜ、牛乳を加える。白い液体が噴水のようにボウルに流れ込んだ。さらに小麦粉がさらさらと加わる。
子どもたちが優雅な様子に歓声を上げて喜んだ。
最後は白身の生地に少しずつ黄身の生地を混ぜていく。今度は素早くではなく、ヘラで練らないようにさっくりと。できあがった生地をフライパンに流し込んで準備が完了した。
「ふう」
あとは蓋をして弱火でじっくり焼くだけ。ベルは一息つくと、子どもたちに笑いかけた。
「もう少しで完成だから待っててね」
子どもたちは元気よく返事をする。
魔族の転移から一年。ベルたちは新しい生活に慣れていた。大きな力を持つものは魔力を使い、現世に干渉することができるようになりつつある。一方でここにいる子どもたちのように力のないものは、人間たちにとっては空気のような存在になっている。
人間たちに見えなくなった魔族たちの存在は空気と同じ。時折感じる魔力を天啓として受け取るようになった。
魔族たちは新しい生活になってからは穏やかに暮らしている。
ベルは退屈した子どもたちのために前世で作り方を覚えたホットケーキを振る舞おうとしていた。
本来、神族も魔族も基本的に食事を必要としない。自然からエネルギーを摂取するからだ。一方で嗜好品として飲食を楽しむことは可能だ。
だから、ベルは簡易的なキッチンを用意した。前世の幼い頃、祖母と作ったことを思い出しつつ作ることにした。材料は最近増えつつある人間からのお供えをありがたく頂戴した。膨らし粉もあれば、簡単にふっくらとした生地が作れたのだが、ないものは仕方がない。卵を黄身と白身に分けてメレンゲを作る方法で代用した。前世の記憶が役に立った。両親と暮らすようになってからはキッチンに立つことを禁止されていたから久しぶりになるが、身体が覚えていることに感謝した。
子どもたちはコンロの周りに集まり、期待に満ちた目でフライパンを見つめる。中の様子は蓋で確認できないが、想像を膨らませているようだ。以前は同じように料理をする祖母の後ろ姿をわくわくしながら見ていたことを思い出し、ベルは微笑ましくなった。
「どうかなぁ?」
わざとらしく大袈裟な口調で蓋を少しだけ魔法で持ち上げる。自分だけ中を覗き、緊張の面持ちで見守る子どもたちの注意を引く。
「うん、いい感じね」
今度は一気に蓋を全部持ち上げ、ホットケーキを見せる。湯気が立ち上がり、甘い香りが周囲に漂う。生地が少し膨らみ、丸く固まっている。表面にはふつふつと穴が開いている。
「わあ……!」
子どもたちから自然と感嘆の声が漏れる。
木製のヘラを生地の下に差し込み、接着部分を剥がす。そして、一気にひっくり返すと、綺麗な黄金色に焼けた表面が顔を出した。
また蓋をして仕上げにかかる。
「あと少しで出来上がりから、お皿を用意してくれる?」
子どもたちは元気よく返事をして木製の皿を次々と手に取り、一列に並び始めた。
ベルの予想以上にふっくらと膨らんだホットケーキができた。ナイフで放射状に切れ目を入れて八等分する。次々と差し出される皿に乗せていく。
「すぐ次焼けるからね」
ホットケーキを渡された子どもたちは満面の笑みを浮かべ、目を輝かせ、大きく香りを吸い込む。
ベルは仕上げに近くの草原で集めた花の蜜を上からとろりとかけていく。粘度の高い琥珀色がホットケーキ上でゆっくり広がり、皿まで垂れる。
子どもたちは大喜びでできたてのホットケーキを頬張り始めた。その姿が以前の幼い自分と重なり、物懐かしくて胸の中に仄かな温かさが広がる。前世では祖父母と暮らしていた過去を思い出しては寂しく思っていたので不思議だ。自然とベルの目が細まる。
側近のアカとアオにも振る舞った。アカは子どもたちと一緒になって楽しげに食べたし、アオは食べるのが勿体ないと言って供え物のように飾ろうとしていた。
ベルは一皿だけ持って賑やかな空間から抜け出す。魔法で宙にふわふわと浮かし、バランスに注意しながら道を進む。とある部屋につくと、外から中へ呼びかけた。
「ヒイロ、ちょっといい?」
すぐに黒衣をまとった男が顔を出した。切れ長の鋭い目をしている整った顔立ちの青年。人間を恐怖に陥れた元魔王だ。しかし、今の表情は柔らかい。
「どうした?」
ベルは気恥ずかしげに身体を動かし、頬を染めて言った。
「あのね、みんなでお菓子を食べてるの。ホットケーキって言うんだけど…。ヒイロもどうかなって思って」
「ベルが作ったのか?」
「うん」
考えてみれば、異性に料理を振る舞うのは初めてのことだ。バレンタインにもあげたことはない。あとからあとから羞恥心がベルの心の底から湧き上がる。
ヒイロは優しく微笑んで皿を受け取った。
「いただくことにしよう。休憩しようと思っていたところだ。茶を淹れよう。おいで」
「うん……!」
小さな妖精は満面の笑みを浮かべると、男の部屋に入っていく。
それからしばらく楽しげな笑い声が部屋から漏れていた。
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