異世界で妖精に生まれ変わった薄幸JC、勇者にフラれて魔王の嫁になる。

その後の話

側近の休息

　暗い緑が生い茂る深い森の中、小さな町程度の湖が静かに湛たたえている。汚れのない藍緑色。僅かに木々の隙間から差し込む太陽が湖面に光の粒を産み出している。
　パシャン。静けさに響く濡れた音が鳴った。無数の魚が群れを成して優雅に泳いでいる。人間の手のひらサイズの小さなものから大型犬ほどの大きさのものまでいる。大きなものは魚にしては爬虫類のように注意深く周囲に気を張り巡らせて知性を感じさせる。魚の群れは時には飛び魚のように宙に跳ねた。
　湖の真ん中に一人の男が立っていた。重力など物ともせずに湖面に浮かんでいる。魚の群れは親しげに彼を周りを何度も旋回する。
　男は青い肌をした長髪の若者だった。本来なら耳がある部分から生える鰭ひれ、肌に貼りついた鱗うろこ。魚人の一種。優雅に泳ぐ魚たちは魔族の兄弟だ。自然に還りつつあるこの湖の中、彼は唯一先祖返りをした闇の一族。高位魔族と同等の力を持ち、今は魔王の参謀として仕えている。
　いつもは魔王の側で忙しくしている彼だが、時間ができたときには欠かさずに故郷を訪れている。姿形は違えど、魚たちは大切な家族。近況を伝え、しばしの一家団欒の時間を過ごす。いつもは厳しい顔をしている彼も今だけは穏やかな表情を見せている。

　一年前、魔族に大きな変革が訪れた。多くの者が人間たちの住む次元から高次元へ移動した。すなわち、互いに不干渉になったということ。人間からすれば、魔族が自然と変わらない存在になったと言える。完全に離れたわけではなく、雷雨や台風になって意志を伝えることができる。
　この湖に住む魚たちは魔族としての力をほとんど失って自然に還っている。小さいものなど、もう普通の動植物と変わらない。彼らに次元を移動する体力は残っていない。だから、以前の暮らしのままでいる。長い時間をかけて自然に還るのを待っているのだ。
　別次元にいる魔族たちとは不干渉になる間柄だが、魔王の側近には強力な魔力がある。次元の壁を物ともせず、家族たちと触れ合うことができる。多忙な中で休憩時間を見つけては故郷の湖を訪れている。今だけは彼らとの安らぎの時間だ。