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第16話 世界の真実

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創造神は無からこの世界を創った。
暗闇に光を灯し、昼と夜ができた。
それから創造神は、大地、空、海……この世のあらゆる自然を形成した。
それらを治める二つの種族を生んだ。
一つは光をつかさどる者、もう一つは闇を司る者。二つの種族の力が均衡きんこうすることで世界は保たれた。
世界には様々な緑や動物が生まれ、育っていった。
世界の基盤が整ったところで、創造神は最後に人間を生み出した。
人間は繁栄を司る者なり。
か弱く寿命は短いが、繁殖と進化の力を持つ。
すべての力を使い切った創造神は、世界の発展を祈りながら眠りについた。

*****

 世界の創造を語り終えた魔王は細く息を吐き、
「闇を司る者の末裔まつえいが人間どもの言う魔族のことだ。原初の者に比べれば、我らは儚い力しか持たないが。そして、光を司る者の末裔がお前だ。驚いたぞ。まだ生き残りがいたとは。草木に新しい森の娘を生み出す力があったとは、私も思わなかった」
 その眼差しには懐かしさや親しみがこもっている。魔王城で相対したときの冷たさはなく、温かく柔らかいものだ。
「ま、待って……」
 この世界に生まれてから、ベルがずっと知りたかった情報が魔王の言葉に溢れていた。脳が追いつかず、額を手で押さえる。創造神、二つの種族、末裔——。ボッカから聞いていた話と違い、ますます混乱する。
「わ、わたしが教えてもらった話と違う……」
 やっとのことで絞り出した言葉に、魔王は一つ瞬きをし、
「それはお前が行動を共にしていた人間から聞いたものか? ならば、それは仕方がない。人間の命は儚い。百年も生きられない。繁殖の力がある代わりに寿命がとても短い。奴らにとっては、いにしえのことだ。人間のいうところの神代は、我らにとって近世といったところか……。情報が正確に伝わらないのは当たり前だ。我らは短くとも千年。万年生きることも珍しくない。どちらの創世記が真実なのかは明白だ」
 言葉を一度切ってから、眉間に皺を寄せて首を横に振る。
「我らの言葉は奴らには伝わらない。また、奴らの言葉は我らには伝わらない。私は多少の人間語は使えるが……意志疎通ができたと感じたことはない。文化が異なる生物なのだから、今までだって一度も交流を果たせたことはない。我らは人間にとって上位の存在。人間が虫と言葉を交わすことはできないだろう。それと同じだ。時間の流れの隔たりすらある。人間が創世史を理解できるはずがない。つたない知識を伝えていった結果、事実が捻れてしまったのだろう」
 魔王の口調はやや淡々としているが、悪意はなく、むしろ誠意があるようだった。丁寧に話し終えた後、魔王は地面に手をかざす。メキメキと音を立てて丸みのある葉が生えた低木が伸びる。魔王の胸の高さで成長は止まり、白い八重咲きの花が咲く。
 魔王は「ここで休め」と言って、ベルを花の上に優しく乗せた。華やかで甘い香りが鼻をくすぐる。
「神は我らよりさらに上位の存在。前の世界……とやらの女神なら、命を異世界へ送ることも可能かもしれない。そして、元が人間の命だったのなら、人間と交流ができることも納得ができる」
 柔らかい花弁はベルの疲れた身体を癒してくれるようだった。それに自然と触れることで息苦しさも和らぐ。ベルは世界を脅かす魔王とは思えない情けを彼に感じた。
「あなたの話によると……魔族は世界を滅ぼす存在じゃないの……? むしろ……」
 恐る恐る口に出したベルの問いに、魔王は目を大きく開いてから口を開けて笑った。初めて見た感情的な表情。面白い冗談を聞いているかのような反応だ。
「なんと……人間どもは我らをそのように認識していたか! 道理で話が通じないはずだ」
 魔王はしばらく肩を震わせてから、鋭い眼で遠くを見つめた。
「——まったく愚か者どもめ。救いようがないな」
 怒りや侮蔑ぶべつを含んだ低く地を這うような声。魔王の足元に生えている草がニョキニョキと伸びていく。その冷え冷えとした言葉にベルは気圧される。足がすくんで動けなくなった。
「『世界を滅ぼす存在』……とは、本当に何も知らないのだな……」
 次の声音から感情は感じられなかった。伸びた草が一瞬にして萎える。
「あの……?」
 おずおずとベルが話しかけると、魔王は何もなかったかのように話を続けた。
「ああ、そうだったな。光の者も闇の者も、創造神にこの世界を治める役割を与えられた種族。謂わば、同類だ。力を均衡に保たねばならないゆえに刃を交えることはあっても、憎しみからではない。職務に近いかもしれない。昼が終わらなくても、夜が終わらなくても、生き物たちは困るだろう。それが我らの定め」
「じゃあ……じゃあ……!」
 ベルの背筋に冷たい汗が流れる。今考えていることを口に出すのは恐ろしい。それでも、知らなければならないことがあった。
「あなたがしようとしたことは……」
 声がかすれて言葉が途切れる。この先を魔王は代わりに続けた。
「世界の均衡を乱す人間どもを一掃することだ」
 ベルから一切の音が遠ざかる。優しい風の音も、虫の美しい音色も、草がなびく繊細な音も。代わりに心臓の音がうるさく鳴り響く。
「奴らは繁栄しすぎた世界をあるべき姿に戻す。それが我らの目的だった。人間は繁殖し過ぎた。奴らは恐らく創造神の予想を超えて進化している。己の欲望のために自然を壊し、空を汚し、海を濁す。このままでは世界は滅びるだろう。本人たちが気づかないうちにな」
 魔王は顔を歪め、空を見上げる。そこにはまだ澄んだ夜空が広がっていた。月と星々が煌々こうこうと輝いている。
 ベルが前世で住んでいた町では、こんなに綺麗な夜空は見られない。だから、知っている。このまま人間たちの文明が栄えればどうなるのかを。
 魔王の話を理解したベルの顔色が白くなる。魔王がやろうとしたことはよい方法とは思えない。けれども、このままにしておけば、目の前に広がる風光明媚ふうこうめいびな景色がなくなってしまう。
「森の娘よ、お前の仲間たちは人間のせいで姿を消した」
 魔王は目を細めてベルを見つめる。
「お前たちの力の源は、緑だ。人間たちが土地を広げるために斬り倒していってしまった。光の者は強い力を持つが、優しすぎた。呑気だったのかもしれないな。『いつか人間たちが分かってくれる』と言い続け、結局は力を使い果たし、草木に宿るわずかな存在となった。聖獣も精霊もエルフもすべて消えた。お前は恐らく、残ったわずかな力から生まれた最後の妖精だろう。我らも遠からず人間どもに鉱山などの力の源を奪われ、同じ道を辿る。もう、私には仲間を統率する力はない」
 眉根が下がった魔王の表情は少し寂しげだ。この世界の行く末を憂いているのだろうか。風が吹いて闇色の髪をなびかせる。
「あなたの力はなくなってしまったの?」
 問いかけるベルに魔王は自嘲じちょう気味に笑う。眉尻が下がり、顔に影が差す。静かに揺れる草がかさかさと鳴った。
「私は一度死んだからな。大半の力を失ってしまった」
 今度こそベルは言葉を失った。ボッカと協力して魔王を倒したのは、他ならぬ自分自身だ。
「わたし……」
 何と言っていいか分からず、手で顔を覆う。もしかしたら、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか——。
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